第16話 戦う理由:前編

「ハーゲン、ハーゲン、ふふふふふ〜ん♪」


奈緒はアイスとお菓子などが入ったコンビニの袋を上機嫌で振り回している。


『久しぶりにアタシの家に泊まりに来なさいよ! 』


河原での彼女の提案は僕にとって正直かなり魅力的だった。


だが、僕らも幼なじみで何度も泊まりに行ったことがあるとはいえ、もう高校生。


男女が一つ屋根の下というのは倫理的にどうかと思って奈緒には何度も確認したが、大丈夫の一点張り。


そして奈緒はスマホを取り出し自宅に電話をかけて、僕らが泊まりに行く旨を伝えるとまさかの即OK。


僕と英司も家に連絡を入れたのだが、こちらも即座に許可が出た。


僕の両親に至っては『輝がいないなら今日は外食ね! お父さん、お寿司食べに行きましょお寿司! 』なんて言い始める始末だ。


そんなこんなで親公認で奈緒の家に泊まりに行くことになった僕たちは、先程の約束通りコンビニでアイスとお菓子数点、ジュース類を購入して――何故か全部僕の奢りで――奈緒の家へと向かうことになったのだ。


とは言っても、奈緒の家は僕らの家から徒歩5分程の距離でしかないのだが。


ボロボロになった学生服を脱いでカッターシャツ1枚になっているせいか、4月終わりの夕方は少し肌寒い。


僕と英司はスキップをしながら帰路を急ぐ奈緒を見て、思わず微笑んだ。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


「とーちゃくっ! 」


スキップを止めて、クルッと一回転してこちらを振り向いた奈緒はコンビニからずっとこのハイテンションだ。


アイス1つで本当に単純だなぁ。


「奈緒の家も結構久しぶりだな」


「最後に遊びに来たのは高校入学前の春休みだもんね。泊まりに来たのはもっと前だよ」


「2人とも家の前で喋ってないで早く早く〜」


「……とりあえず入るか」


「あはは、だね」


玄関前で手招きする奈緒に急かされて僕と英司はいそいそと服部家の門をくぐった。


「ただいまー! 」


「「おじゃまします」」


「あら、いらっしゃい。2人とも久しぶりねぇ〜」


玄関で僕らを出迎えてくれたのは奈緒のおばさんだった。


「おばさん、ご無沙汰してます」


「今日はお世話になります」


「あらやだ英司くんも輝くんもそんな他人行儀にしちゃって! いつも通り我が家だと思って振舞ってね? なんならお義母さんって呼んでくれてもいいわよ? 」


「もう、お母さん! 恥ずかしいから止めてよっ! 」


「あら、反抗期なの? んもう、輝くんと英司くんがいるからって照れちゃって。いいわね〜奈緒はイケメンに囲まれて、両手に花じゃない」


「ちょっ、輝と英司はそういうのじゃないから! というか本当にやめて! 」


「はいはい、分かったわよもう」


おばさんのアグレッシブさも変わりないようだ。


確実に機嫌を損ねるので本人には絶対に言わないが、奈緒は多分おばさんの遺伝子を色濃く受け継いでいると思う。


「それにしても輝くんボロボロじゃない! よく見たら英司くんも……。どうしたの? ケンカでもした? ははぁん、それで家に帰り辛かったのね? まあいいわ、深くは聞かないからとりあえず2人ともお風呂入っちゃいなさい。制服は洗濯しといてあげるから」


こちらを見るやいなや早口でまくし立てられ、いつの間にかお風呂を借りることになっていた。


それにしてもよくコロコロ表情の変わる人だ。


こういう所も奈緒に似ている。


「じゃあその間アタシは部屋の片付けしてるわね。お母さん、終わったら晩ごはん手伝うわよ」


「あら、ありがとう。着替えは去年のヤツで大丈夫かしら? 子供って成長が早いんだから……。もし小さかったらお父さんの貸すから、遠慮なくいってね? 」


「何から何までありがとうございます。じゃあ行くか、輝」


「うん、じゃあ奈緒もまた後で」


そう言って、僕らは脱衣場に向かった。


「にしてもおばさんは変わってねぇな」


「相変わらず面白い人だよね」


服を脱ぎながら英司と雑談に興じる。


「英司、また逞しくなったんじゃない? 」


「そうか? 高校に入ってから部活もしてないし、特に特別なことはやってないんだがなぁ」


「僕は線が細いから羨ましいよ」


英司は中学までずっと野球をやっていただけあって結構な筋肉がついている。


すると浴室に入った時、英司の腹にアザができているのを見つけた。


「もしかして、それって綺羅星の……」


「ああ、これか? 確かに綺羅星のヤローにぶっ飛ばされた時のだが、大したことねぇよ。多分手加減されてたしな」


「手加減? なんで分かるのさ」


「俺だって喧嘩したことがないって訳じゃねぇよ。それに、お前との戦いを見てりゃ分かるさ。綺羅星が本気で俺を蹴り飛ばしていたら今頃内臓破裂でお星様になってるぜ」


ザバァと湯船に張ったお湯が体積分だけ押しのけられる。


「僕との戦いを見ればわかるって……確かに綺羅星の蹴りは重かったけど、そこまでは大袈裟過ぎるよ」


「いや、そんなことねぇよ。輝、お前は気づいてないかもしれないけどな、綺羅星と戦ってる時の輝はものすごい身体能力だったぞ。普段じゃありえない様な動きをしてた。これが《神の遺物アーティファクト》のお陰なのかは分からんが、とにかく漫画みたいなバトルだったぜ」


そう言われて思い返してみると、思い当たるところがチラホラとある。


普段の僕ならそもそも槍をあんな風にビュンビュン振り回したりはできないし、トドメの一撃となった『敵穿つ銀閃ブリューナク・シャイニングレイ』、投槍を空中で放つなんて曲芸はもってのほかだ。


そう考えると《神の遺物アーティファクト》の効果で身体能力が上昇していると考えるのが妥当だろう。


「ま、とにかく俺は問題ねぇよ。ほら、サッサと体洗っちまえよ」


「う、うん」


それにしてもまだまだ《神の遺物アーティファクト》には謎が多い。


神々の黄昏ラグナロク》や《神話の大地アースガルズ》についても分からないことだらけだ。


これから先、僕らはどうなってしまうのだろうか。


漠然とした不安を感じながら、ひとまず僕はシャワーを浴びることにした。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


「ふぅ……」


「いいお湯だった」


僕らがホカホカと体から湯気を立たせてお風呂から上がると、リビングの方からいい匂いが漂ってくる。


「あ、アンタたちあがったの? ちょうどご飯ができたところだから早くリビングまで来なさいよ」


脱衣場を出たところで出くわしたのはエプロン姿の奈緒。


ピンクの生地にチェック柄があしらわれたエプロンを学生服の上に纏った奈緒は家庭的な一面を際立たせ、普段の快活さとのギャップが少し新鮮だった。


「分かった、すぐ行く」


「ちなみに今日のメニューは? 」


「ふっふっふっ……聞いて驚きなさい、今日のおかずは服部家特製のハンバーグよ! 」


「それは美味そうだ。輝、早く行こうぜ! 」


「うん! あれ昔から大好きなんだ! 」


「ハンバーグ1つで単純ねぇ……」


奈緒がやれやれといった様子で首をすくめる。


アイス1つでほだされる奈緒も大概単純だと思うが、今日はハンバーグに免じて突っ込むのは許してあげることにしよう。


リビングに行くとそこには奈緒のおじさんとおばさんが揃って待っていた。


「おじさん、お久しぶりです」


「今日はお世話になります」


2人揃ってペコリと頭を下げる。


「ああ、輝くんに英司くん、久しぶりだね。2人とも大きくなったなぁ。前見た時はこんなに小さかったのに」


そう言っておじさんはテーブルくらいの高さで手をヒラヒラさせた。


もうビールを飲んでいるようで赤ら顔だ。


「んもう、アナタったらいつの話をしてるのよ。2人とも奈緒と同い年なんだからもう高校生よ? 」


「はぁ〜、時間が経つってのは早いもんだ。うん、うん」


なにやら感慨深いのか、おじさんはしきりに頷いてビールをあおった


「くぅ〜! 母さん、もう1本! 」


「しょうがないわねぇ、今日だけよ? 」


「さすが母さん、分かってる! 」


「んもう、調子いいんだから」


「お待たせ〜、ってお父さんもう飲んでるの!? 」


「おお奈緒、遅かったじゃないか。さぁ食べよう」


エプロンを脱いだ奈緒がリビングに入ってくると、おじさんの音頭で全員が着席した。


「それでは、いただきます! 」


「「「「いただきます」」」」


手を合わせて食前の挨拶を済ませると、会話もそこそこに早速夕食を食べ始める。


綺羅星との戦いで体を動かしたからだろうか、箸が止まらない。


ちなみに本日の献立は白米、味噌汁、ハンバーグ、サラダの4品で構成されている。


「ん、やっぱりハンバーグは美味しいなぁ。奈緒はずいぶん料理上手になったね」


半熟の目玉焼きが上に乗った服部家特製のハンバーグ。


肉汁が豊富で、箸を入れるたびにジュワッと溢れ出してくる。


腹ペコな男子高校生には暴力的な美味さだ。


その証拠に英司も視線をハンバーグに固定して黙々と口に運んでいる。


「あ、ありがと……。でも、よくアタシが作ったって分かったわね? 」


「僕が何年奈緒の幼馴染みやってると思ってるの。奈緒の味くらいすぐ分かるさ」


そう言うと奈緒の顔がおじさんみたいに赤くなる。


「アンタは真顔でそういう事言うんだから……あーもう暑っ! 」


耳まで真っ赤にしてパタパタと胸元を扇ぐ奈緒。


こういう所だけ見ると可愛いから、ついついいじめたくなる。


「輝は地でこういうことするからな。ジゴロだぜジゴロ」


「あらあら、若いわねぇ」


「はっはっは、俺も若い頃はイケメンでなぁ。母さんもそりゃあもうメロメロで……」


「んもう、アナタったら! 恥ずかしいわ」


服部家は夫婦円満で羨ましい限りだ。


「それにしても英司、ジゴロは酷いよ。そんなこと言ったら英司だってこの前告白されてたじゃないか」


「え!? 嘘、いつの間に!? 」


「つい2日前くらいだよ。同じクラスの子だっけ? 」


「ああ、中澤さんだったかな? 『一目惚れでした』って言われたけど、断った」


「英司も見てくれだけはイケメンだからね」


「中澤さんって結構カワイイ子じゃないの、もったいない」


「悪いとは思ってるけど、理由が理由なだけにな。一目惚れってはある意味嬉しいんだが、俺は中澤さんのことを何にも知らなかったし。というか輝、見てくれだけとはなんだ、だけとは」


「まあ、ほぼ初対面の人と付き合うって難易度高いわよねぇ……」


「そういうことだ、っと。ごちそうさまでした」


「ごちそうさまでした。ふう、美味しかった。お腹いっぱいだよ」


「はい、お粗末さまでした。2人とも先にアタシの部屋に行ってて、アタシもすぐ行くから」


「了解〜」


ヒラヒラと手を振る英司に続いて階段を上って2階に上がる。


階段を登って右手側の突き当たり、ここが奈緒の部屋だ。


扉を開けて中に入ると、そこには全体的にピンク色が多めの、いかにもな女の子の部屋があった。


幼稚園の頃から何度も何度も足を運んだこの部屋だが、高校生になったからだろうか、テーブル周りの座布団でくつろいでいる英司とは対称的に僕は無性にそわそわしてしまう。


なんだか落ち着かずにキョロキョロとしていると、不意にラックの上に目がいった。


そこに飾られているのは無数のトロフィーや表彰楯、金銀銅のメダルと一対のスパイク、それからショートカットの美少女がメダルを手に微笑む写真だった。


どれも丁寧に磨かれており、スパイクにいたっては現役選手のそれと遜色のない程のものだ。


「これって……」


ダッダッダッダッ、バタンッ!


思わずそちらに近づいて見ていると、駆け足の足音の後に勢いよく部屋の扉が開かれた。


「おっ待たせ〜! お菓子とか持ってきたわ……よ……」


扉の先にはお菓子とジュースを載せた両手盆を持つ奈緒。


「あっ……」


「えっと……」


困惑と羞恥と寂寥と、その他にも様々な感情の入り交じった2つの視線がぎこちなく交錯した。

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