第3話 関東エリア本部

 奈々に連れられてやって来たのは、こじんまりとしたアパートの一室だった。


「まさかここって、大堀さんの部屋じゃないよね?」

「もちろん。ここは関東エリア本部だよ。継魂者エターナー達のね。それと私のことは奈々って呼んでよ。私は君のことケンヤって呼びたいからさ」

「あ、ああわかったよ。よろしく、奈々」

「うん。こちらこそ、よろしくね」


 なんか改まって言うと恥ずかしいな。

 そうそう。関東エリアって単語もでてきたし、ここで現在の日本の状態について詳しく説明しようと思う。

 第三次世界大戦終了後、荒れ果てた日本には一日でも早い復興が必要となっていた。

 経済は完全に崩壊、行政もままならない状況が続き、国民は疲れ果て、絶望する寸前だった。

 復興の遅れは、それぞれの地方の被害状況の把握が正しく行えていないことが大きな原因となっていた。

 政府に正しい情報がすぐに伝わらず、復興資金などを出そうにもうまくいかないことが多かった。そこで考え出された政策が、地方自治の強化である。

 政府は多額の資金と納税や立法などの様々な権利を地方の都道府県に譲渡し、情報伝達のミスなどによる無駄を省こうと考えた。

 その結果復興は早まり、経済は活気を取り戻したが、ある問題が発生した。

 それは政府の停滞である。

 それぞれの地方に多額の支援を送り財政は崩壊寸前。国民はとてもじゃないが、税金など払っていられなかった。政策を立てようにも、もはや国会には議員が集まらなかった。ほとんどの事は地方議会で決まってしまうので、国会は立法機関としての役割を果たせていなかったからだ。憲法で国の最高立法機関となっているにも関わらず。

 今ではそれぞれの地方が国のごとく振る舞うようになり、時間が経つにつれ国民はそのことに慣れていった。

 そうして今の日本は九つのエリアに分かれている。


 北海道のみで構成された北海道エリア。


 青森、岩手、秋田、宮城、福島、山形の六県で構成される東北エリア。


 新潟、石川、富山、福井、そして分割された岐阜、長野の上半分で構成される北陸エリア。


 千葉、東京、埼玉、神奈川、栃木、茨城、群馬の七都県で構成される関東エリア。


 山梨、静岡、愛知、三重、そして岐阜、長野の下半分で構成される東海エリア。


 滋賀、大阪、京都、和歌山、兵庫、奈良の六府県で構成される関西エリア。


 鳥取、山口、岡山、広島、島根の五県で構成される中国エリア。


 香川、高知、徳島、愛媛の四県で構成される四国エリア。


 そして福岡、大分、長崎、熊本、佐賀、宮崎、鹿児島の七県で構成される九州エリア。


 沖縄は第三次世界大戦中に独立を宣言し、今では日本という国の括りには属していない。


 戦争から二百年が経過した今、この体制は完全に定着している。

 今ケンヤ達がいるのはその関東エリアの中の中心にほど近い、元東京都のあたりである。

 アパートはたいして広くなく、小さな居間にキッチン、風呂にトイレと、とりあえず生活できる程度の設備があるだけだった。


 正直、本部というからにはもっとすごい所を期待してたんだけどな……。一応確認しとくか。


「本部ってこの部屋なのか?言っちゃ悪いけど……ちょっと貧相じゃないか?」

「? あっ、違う違う。本部って言ったけど、この部屋のことじゃないんだ。ここはただの入り口なの。準備するからちょっと待っててね」


 と、あちらこちらをガサゴソやり始めた。


 準備もすぐできるもんでもないのか。暇だし、携帯でもいじってるか。


 そう思い携帯のスイッチをつけてみると、画面の左上には圏外の文字が。


「あれ?こんなとこで圏外?今時繋がらない所の方が珍しいってのに……」


 なんて愚痴っていると、トイレに通じるドアからひょっこり顔を出した奈々が、


「ああ、ごめんね。このアパート付近はジャミングがかかってて、本部から配られる特殊なやつじゃないと繋がらないから、もうちょっと我慢してて」

「あっそうなの?オッケーオッケー」


 なんと、ジャミングまであるのか。軍の秘密基地みたいだな。似たようなものか?

 となると、何をしよう?そこでふと奈々に目を向ける。準備とやらで床のスイッチかなにか探しているのか。四つん這いになっていた。

 そこで気がついた。公園から歩いて来てそのままなので当然だが、奈々は例の戦闘服(?)を着ている。その服は黒色で身体にフィットする作りになっているようだ。


 つまり……その……お、お尻のラインとかが……おおっと!これ以上は言えないね!

 俺は健全な男子高校生だ。だからこういう時にこそ、自分は紳士であることを思い出して耐えねばならないんだ!決して変態紳士ではない!

 まあ……でもね……紳士だって男なわけですよ。だからチラリと目線が奈々の方に向いちゃうことだって、無いとは限ら……。


「お待たせ〜!」

「スンマセンでしたーー‼︎」

「うええ⁈ なっ、何? どしたの?」


 チラリと視線を向けた途端、奈々が突然立ち上がったので見ているのがバレたのかと勘違い。結果土下座に走ってしまった。


 やれやれ、男ってのはツライ生き物だね。


 奈々は慌てて俺に顔を上げるように言い、落ち着くためにコホンっと、咳払いをした。


「えーと、本部に行く準備が整ったからそろそろ出発しよっか?」

「お、おう。先程は大変お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳……」


 奈々は笑いながら、


「いやいや、全然気にしてないよ?そもそも急に土下座とかビックリしちゃったよ〜」


 と、俺の謝罪を遮った。


「あははは……」


 思い出したら顔が熱くなってきた。ああ、穴があったら入りたい。


 これ以上、恥の上塗りはしたくないな。注意しないと……。


「じゃあお風呂に行こっか!」

「へっ?ふろ?……風呂?」


 その瞬間さっきの奈々の姿を思い出して、あんなことやこんなことの想像(妄想?)が、頭の中を駆け巡っていった。

 まだ赤みの取れていなかった顔はさらに赤くなり、身体中から汗が吹き出てきた。


 やばい、顔から火がでそうだ!なんとか誤魔化さないと!


「イヤイヤイヤ!風呂っていきなり過ぎるって!俺達まだ付き合ってもないんだしまだそういうのは早すぎるっていうか!」


 ……うん。全然誤魔化せてない。俺は何を言ってるんだろうか。頭の中は一体どうしたというのか。今のセリフを吐きつつ、また頭の中に浮かんでしまった奈々の映像で更に体温が熱くなってきた。

 なんて一人で悶絶していると、奈々は一瞬ポカンとした表情になり、すぐに少し赤みの入った顔をした後言った。


「あ、あのね、そういうことじゃなくて本部の入り口は風呂場にあってね?だから、その……ね?」


 奈々がそのセリフを言うのを聞きながら俺は部屋中を必死に見渡していた。

 なんでかって?

 それはだな、今俺の顔はもはや恥ずかしさのあまり赤を通りこして赤黒くなり、爆発寸前。一瞬でも早く奈々の前から消え去ろうと必死だった。


 穴は⁈ 穴はどこだーーー⁈‼︎ この際、なんでもいいから隠れられる場所はないのか⁈


 すると、奈々の後ろにドアを発見。なりふり構わず突撃。すれ違いざまに奈々の驚く顔が見えたが、知ったこっちゃない。

 部屋の中に転がり込むと、急いでドアを閉め、鍵をかける。


 これで一安心か……。


 するとドアの向こう側から奈々が焦った声で、


「ちょっと待って!そこは……」


 この時、俺には奈々の声が聞こえていなかった。


 ______


 さて、状況を確認してみようか。


 奈々の前から逃げ出して、お風呂に飛び込み、ドアの鍵を閉めた。その途端床がオープンしちゃってもうびっくり。何かに掴まろうとか、考える暇もなかったね。


 さっきまではヤバイヤバイって焦ったんだけど、もうなんか開き直っちゃって天国ってあるのかなーとか、死ぬ時痛いかなーみたいなことが頭の中でぼんやり浮かんでくるような心境に。

 落ち始めてから、かれこれ二十秒くらいたったころ、ようやく光が見え始めた。


 あー、向こうはお花畑かな。楽しみだなー。

 父さん母さんさようなら。僕は一足先にご先祖様に会いに……ってあれ?


 人間から肉塊にジョブ(?)チェンジする時を待っていたのだが、なかなか来ない。

 おかしいと思い目を開けて情報収集に勤しもうとするが、なにかで首が固定されてしまっている。


 穴の出口付近にある何かのおかげで底に落ちずに済んだことだけは理解できた。


 試しに手足を動かしてみるが、やはり固定されてしまっているようでビクともしなかった。


「やあ、いらっしゃい。元気そうでなによりだよ。ケンヤ」


 下から笑いを含んだ声が聞こえた。決してバカにしてる風ではないのだが、面白がっているようだ。

 残念ながら仰向けなので顔は見えない。


 どっかで聴いた声だなぁ……? 誰だっけ?


「あれ? もしかして僕が誰かわかってもらえてないかな? まあ今日……おっと、もう昨日か。昨日初めて喋っただけだし、声だけじゃわかんないよね」


 ん? 昨日? あっ。


「もしかして真鍋?」

「そう!正解。いきなりケンヤが穴から落ちたって連絡を受けた時は、正直ビックリしたね」

「俺はお前がここにいることにビックリしているんだけどね……。ん?てことはお前も?」

「ご名答!実は僕も継魂者エターナーなんだよ。学校では君の監視が主な仕事でね」


 何事もないかのように話しているが、こちとらビックリだ。


 新学期、初めてできた友達がまさかこんな……ねぇ?


 今では俺もそっち側にいるらしいが。


「てゆうか今、俺どうなってんだ?身動きできないんだけど」

「ああ、それは本来侵入してきた敵を捕まえる為の罠の一つだよ。使うのは初めてなんだけどね。なんせ敵なんかそうそうこないし、ケンヤを助けるついでにデータが取れるかなーみたいな」

「つまり、俺は実験台ってわけね」

「気を悪くしたなら謝るよ」

「いや、別になんとも思わないけどさ。とりあえず降ろしてくれないか?体が動かないからかゆいところも掻けないし」

「あっ、そうだね。なんか今の状態に全然違和感がなかったから、つい忘れてた」


 ちくしょう。こいつ、面白がってんな?後で仕返しを……。


「ぐほあっ!」


 いきなり身体の支えがなくなり、床に打ちつけられてしまった。


「あははは、ごめんごめん。解除する時、合図とか出したほうがよかったかな?」


 こいつ、絶対わざとだ。とことん俺で遊びつくしやがった。

 てか、学校で話した時とキャラ変わり過ぎじゃないか?もっと大人しい感じだったはずだ。


「なんかお前学校と時と随分テンション違うのな」

「ん?まあね。学校ではあんまり目立ちたくないし」

「そーいえば俺の監視してたとか言ってたな。なんでまた?」

「そりゃあ、君がもうすぐ継魂者エターナーになるってことがわかってたからだよ。関東エリアに新しい戦力が増えるのに、それが何かあって仲間になる前に死んじゃいましたーとかじゃ話にならないよ」

「はっ?死ぬ?事故とかでか?」

「んー、まあそれもあるっちゃあるんだけど。もっと怖いのは他のエリアからの刺客だよ。この場合、継魂者エターナーになる前は特に気にしなくていいんだけど、念のためね」

「他のエリア?隣の東海エリアや北陸エリアとかか?なんで俺が狙われる?」


 さっきから質問してばっかだな。まあこいつも別にめんどくさそうな顔をしてるわけでもないし、この際全部聞いとくか。


「普通の足軽とかのレベルなら大したことないんだけどね。今ケンヤに憑依してるような大きな魂は、成長すると手がつけられなくなってくる。そこで、まだ戦闘に慣れていない最初のうちにサクッと倒してしまおうと思うわけなんだよ」


 少しニヤッとして、


「特に魂が憑依した直後なんかは狙い目だね。戦闘どころか、ふらふらしてまともに歩くことすらできないし」


 俺はそこで数時間前のことを思い出していた。


「もしかして、俺を襲ってきたあの男が……?」

「僕は報告しか受け取ってないからわかんないけど、多分そいつが刺客だね。奈々がいなかったら君、今頃どうなってたか」


 今度は堪えるようククッと笑い始めた。


 人が死にかけたってのに……気楽な奴だな。確かに憑依した後、すぐにそいつを狙えばローリスクだし、効率もいいとは思うけどね。

 そーいえば奈々はどうしたんだろうか?まだ上にいるのかな?


「なあ、真鍋」

「拓也でいいよ」

「じゃあ拓也。奈々はどうしたんだ?まだ上か?」


 拓也は少し考えるようなそぶりをみせると、


「多分ね。そろそろ来てもいい頃だけど……おっきたきた」


 そういうと拓也は真上の方を指差した。


 そう。俺の真上を。


 見上げるとすぐそこまで平らな床が迫ってきていた。


「うおぉぉぉぉぉ⁈」


 全力で飛び退き、ギリギリでかわす。背後でチン!とエレベーターが到着音が鳴る。

 振り返ると、中から奈々が出てくるところだった。


「お待たせ〜。あれ? ケンヤどうしたの?」


 奈々は笑いを堪えるように顔を背けた。


「いや、なんでもねえよ……」


 俺は身体を折りたたみ、股の間から奈々の顔を見ることとなっていた。


 もう今日は……散々だよ……。


 _______


 落ち着いたところで、拓也に中を案内してもらう。忘れかけていたが此処は関東エリアに在籍する継魂者エターナー達の本部である。中はかなり広く、いくつかの部屋に分かれている。


 まずは先程までいたエレベーターホール。他にも本部への入り口はあるそうで、幾つかのエレベーターが用意されていた。

 外から中に入る時は、エレベーターを使うのに準備と手順が要るそうだ。俺が風呂場から落ちたのは、間違った手順で下に降りようとしたからだそうだ。本来なら床ごと下に動き始めるのが、床がパックリあいてしまった。一種の罠って言ってたな。


 エレベーターホールを抜けると、それぞれ主要な場所に繋がる分かれ道に行き当たる。

 道は三本あり、左から宿舎、本部、訓練場という並びである。


 まずは宿舎。

 ここには関東エリアにいる継魂者エターナー約二千人のうち三割がここで暮らしている。全ての部屋が個室であり、風呂は大浴場。

 食堂も備えられていて、ここでは日替わりのメニューを楽しむことができる。

 献立内容はランダムで昨日は中華、今日は和食など様々、かなり美味しいのでほとんどの人がここを利用しているようだ。

 とりあえずごく普通の生活ができるようになっているだけなので、特に豪華な内装などはなく全体的に質素なイメージを受けた。

 ちなみに奈々も此処に住んでいるとのこと。

 階級などが違ってもみな同じ生活になるので気楽なんだそうだ。


 次に本部。

 広さで言うと宿舎や訓練場に比べてかなり小さい。本部の仕事は大きく二つに分けれられる。

 一つ目は事務仕事。宿舎や訓練場で使われる備品の調達や、継魂者エターナー達の健康状態のチェック。その他諸々の総合的な仕事が多い。

 事務の役の人のほとんどが、訓練の際、戦闘に耐えられるだけの精神力がないと判断された者がほとんどらしい。

 一般人には継魂者エターナーのことは知られてはならないので、このような役割の人がどっちにしろ必要で、ちょうどいいという理由もある。


 先ほど述べた訓練については後述する。


 そして二つ目だか、それはこの施設の中で最も重要な役割となる『司令塔・作戦考案』である。

 こちらは継魂者エターナー達の中でも相当頭の回転が良い者のみが集められている。

 敵の襲撃があった場合、それを最小限の力で押さえ込み、最大の成果をあげることのできる作戦を作る。現在の兵力やエリア内の地形などを完全に把握し自由に使えるようにと、毎日のように作戦会議が行われている。

 当然その精度は高く、今まで失敗した作戦は片手で数えられる程しかないらしい。

 まさに関東エリアの参謀と言えるだろう。


 失礼だけど、みんな眼鏡をかけてそうなイメージがあるな……。


 最後は訓練場について。

 ここでは体力向上や格闘技の訓練などがメインとなっている。

 魂の力で身体能力が上がっているとはいえ、元々の身体が強いに越したことはない。

 そんなわけで、武道場のような場所で、柔道やら空手やらの鍛錬を教官の元で各自行っている。

 軍隊のように強制的にやるのではなく、自分の好きな時に好きなだけやるシステムを採用している。

 一見だるだるなシステムだが、訓練をサボり、結果として実戦で死んでも知らないよ?というシビアさが裏にあるのである。


 まあそもそもここにはそんなバカな輩はいないそうだけど。

 それと、ここであるレベルまで登り詰めると裏メニューがあるらしい。まだ必要ないからと教えてはもらえなかった。

 訓練場の様子をぶっちゃけてしまうと、巨大な格闘技専門のジムというイメージが強い。


 綺麗なジムのお姉さんみたいな人。いないかな?


 今まで先頭に立ち、案内をしていた拓也が振り返り、


「これで一通り案内したよ。だいたいわかったかな?」

「まあなんとか。ギリギリな」


 うん。ほとんどわかってない。一気に説明されてもわかんないし。順番に覚えればいいだろ。


「じゃあ急だけど後のスケジュールも詰まってるしさっさと済ませちゃおっか」

「は?何を?」

「新人の能力適性テストだけど?」


 な、なぬ?

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