第2話 継魂者
細川ケンヤ。十六歳。高校二年生。
超絶イケメンの美少年。……だったらどれだけ良かったか。
実際は短めの黒に少し紫が混じったような色の髪。目は少し釣り目気味で、まあ人より少し大きいだろうか。
客観的に見て、全体的な評価は中の上くらいだと思う。ブサイクでないだけましか。
極々普通な人生を送っていた。……ほんの数分前まで。
とりあえず、今日の一日を振り返ろう。
約十六時間前。
今月は四月で、新年度が始まってまだ間もない頃。クラスの雰囲気もぎこちなく、みんなそれぞれの出方を伺いながら一日を過ごしていた。
残念なことに、俺は去年仲の良かったやつとはクラスが別れ、多くの時間を一人で過ごしていた。つまり、ボッチだ。
まだ四月も始まったばかりだし、大丈夫だよな……?
なんて心配をしていると一人の男の子が後ろから声を掛けてきた。
「ごめん、次の授業ってなんだっけ?」
誰かと思い振り返ると、声の主は少し照れくさいのか、ちょっと耳が赤くなっていた。
耳が隠れるくらいの長さで、ふわふわした癖のある茶髪。目元からは優しそうな印象を受ける。
いわゆる『ゆるふわ』系というやつかもしれないな。俺よりはモテそうな顔だ。くそぅ。
こいつは確か、真鍋拓也という名前だったはず。後ろの席だし、そのうち話し掛けようとは思っていたので、名前を覚えていた。
流石に高校生になって、「やあ、僕細川ケンヤっていうんだ、よろしくね!」なんて初対面の挨拶はなかなかしない。とういうより、恥かしくてできない。
こうやって何気ない日常会話で話かけてもらった方が、こっちもなんとなく気が楽だ。
あくまで個人的な意見だけどね。
「英語じゃなかったか?単語の小テストのオマケ付きで」
「あー、そうだった。めんどくさいよね〜。こんな四月の頭からガンガンテストやるとか、あのちょび髭はほんと何考えてるのやら」
「あっ、そっちのクラスでも遠藤はちょび髭って呼ばれてたのか。俺、最初見た時はマジで吹きそうになった」
「そうそう。あれはインパクト強すぎ」
会話も盛り上がり、こいつはかなりいい奴だと思い始めたところで、始業のチャイムが鳴り響いた。
授業が一段落した昼休み。
どちらが言うでもなく、自然に二人で弁当を食べ始める。
しかし、その顔はあまり明るいとは言えなかった。なぜかといえば。
「なあ、俺らなんか、見られてない?」
「やっぱり? 僕も最初は気の所為かと思ったんだけど……」
今朝話していた時は盛り上がっていて気付かなかったのだけど、授業中になると何やら視線を感じてしまうのだ。
周りを見てその原因を確認しようとするのだが、すぐにその気配がなくなってしまう。
「誰が見てるか、拓也わかった?」
「たぶんだけど、倉橋さんだと思う」
「あいつか……」
倉橋さんとは倉橋桜のことで、クラスで、いや学校の中で一位か二位かと言われるほどの美少女である。
かわいいというより美人系の顔立ちで、目は大きく、睫毛も長い。真っ黒で長い、とてもサラサラした髪。日本美人の極みとでも言おうか。
しかし、基本的に無口無表情で、誰が話かけても「ええ」とか「違う」とか、一言しか喋らず、あまりの気まずさに誰もが話すのを諦めてしまう。
そんな彼女がこっちをガン見しているという。
他の女子からなら、童貞らしく「もしかして俺に気がある⁈」とか喜んでしまうかもしれない。
だがそれが倉橋さんだと思うと、そういう恋愛的な感情より、何を考えているのかわからないという不安感が先行してしまうのだった。
「俺ら、なんか気に障ることしたかな?」
「いや、まったく心当たりはないけど」
「事情を聞きに行くのは勇気がいるよな」
「倉橋さんだもんね」
二人ともヘタレであることを暗に暴露しての、傷の舐め合い。
こうなれば気づかないふりをするしかないと、黙々と昼飯を食べ始めた。
授業も終わり、帰宅時間。
俺は帰宅部なので自宅に、拓也はテニス部なので部室に直行した。
家に到着。白をメインに塗った壁の一戸建て。ここら一帯の中では大きい方だと思っている。
「ただいま」
「おう、早かったな!」
あれ? 家に誰かいる? 靴を脱ぐのに下を向いていた顔を上げると、そこにはがっしりとした体格の親父が立っていた。
年の割に締まった身体は、細マッチョという表現がピッタリくると思う。紫が強い黒髪にちょっときつめの目つき。俺はどうやら親父の遺伝が強くでているらしい。
そんな親父が家にいることに関して、俺が驚いている理由。それは、両親は共働きでこの時間に帰っても家にいることはほとんどないからだ。
親父に関しては出張が多く、家に帰っていることの方が珍しいくらいだった。
なので、不思議に思い、質問する。
「親父、こんな時間、そもそも家にいるのも珍しいじゃん。なんかあった?」
「おいおい、まるでいるのがおかしいみたいな言い草だな。素直になれ。素直に。お父さ〜んとかいって甘えにきてもいいんだぞ?」
ニヤリと笑いながら腕を広げ、「さあ飛び込んでこいっ!」 などと言っている。
「あほか。小学生じゃねーんだから」
「む。親向かってにあほとはなんだ、あほとは」
「へいへい、さーせんでした」
さっさと話を切り上げ、二階の自分の部屋へ退散させてもらう。
そして、遅めの夕食。午後八時ごろだった。
お袋と親父と三人で今日あったことなどを話し、さあそろそろ食べ終わろうかというところだった。
突然、親父がこう言った。
「おい、ケンヤ。明日から引越しの準備、始めとけよ」
「は? 引越し?」
「おう、引越し」
しばし沈黙。引越し? てことは転校? そんな言葉が頭を駆け巡り、二秒後。
「いやいや待ってくれよ! 急過ぎだろ!」
激しく食卓を叩きながら抗議する。
「そりゃ急さ。今日決まったから。会社からの通達でな」
へらっと笑いながら、さらりとえげつないこと言いやがってこのやろう。
「いや、そういう連絡はもっと早く知らされるはずだろ⁈ 親父が俺に言い忘れてて誤魔化してるんじゃないだろうな⁈」
「そんなわけあるか。本当の話だ」
本当はわかっていた。お袋も呆然としてたから。でも、簡単に引き下がってたまるか。
「だいたい時期もおかしいだろ⁈ 四月が始まったばっかりだぞ! こんなの会社の側だって、仕事の引き継ぎとか、いろいろ面倒なはずだ!」
「そんなこと俺が知るか。会社に聞け。会社に」
なんとか反論しようとしても、全てのらりくらりと言い逃れてくる。埒があかない。
「じゃあ俺だけでもここに残してくれよ!なんとかやってみせるから!」
「一人で? お前が? ぷっ。ブワッハッハッハッハッ! 家事全般一人でできるのかよ? 洗濯やら料理やら。絶対無理無理! あ〜腹いてぇ〜」
こ、こいつ……ぶん殴ってやりてぇ。
「あーもう知るかっ! とにかく俺は嫌だからな!」
子供っぽいとは思ったが、そのまま家を飛び出してしまった。その時、ちらっと意地の悪い親父の笑顔が見えたのだが、俺にはそれを気にかけている余裕はなかった。
家を飛び出してから、約二時間程経過していた。
現在午後十一時。
勢いで家を飛び出してしまった手前、すぐに帰るわけにもいかず、コンビニで雑誌を立ち読みしたり、公園のベンチで横になり携帯をいじったりと、無駄な時間を過ごしていた。
「さっむ……」
四月の夜はまだ冷え込む日もあり、薄着でいると風邪をひいてしまいそうだ。
このまま一晩過ごすのはちょっとキツそうだな……。家に戻るか……。
いやいや!それだけは!ダメっ、絶対!
とはいえ、今の所持金だとネカフェくらいが精一杯か……。まあ背に腹は変えられないよな。
ため息をつきながらふと空を見上げると、煌々と輝く満月が浮かんでいた。暗い夜空に、黄色い円形がよく映えていた。
満月になると光が強くて、他の星が見えなくなるんだっけか。なんか寂しいな……。
なんて、心にも思ってはいないのだけれど。
「行くか ——」
目指せネカフェ。そう思い一歩目を踏み出した時だった。
突然、頭を激痛が襲った。立ち眩みとか、貧血とか、そういうレベルではなかった。目の前の風景がグニャリと歪む。足元がふらつきベンチに手をつく。空の月は形を楕円や四角、三角など様々に変えていく。
深い闇の中に落ちるような幻覚に陥る。気づくと地面がすぐそこまで近づいて来ていた。
俺は倒れたまま、気を失った。
気がつくと公園のベンチで寝て、いや、寝かされていた。頭がぼーっとして、うまく働かない。
なんとか体を起こして前を見ると、向かいのベンチに一人の男が座っていた。
「やあ、目が覚めたみたいだね」
黒いスーツ姿のそいつは、じっとこちらを見つめていた。
何かを探るような目つきだ……。
「どちら様?」
回らない頭を無理矢理回して、一言絞りだした。
「そうだね。答えてもいいんだが……」
少し考え込むような仕草をするが、どうやら教える気はさらさらないようだ。
「残念だけど、確認も取れたから。時間も惜しいし、そろそろ行くよ——」
は?確認?何のことだ?
「——サヨナラ」
何か白いものが男の右手に集まっていく。そのまま俺に近寄り、その手を軽く握り込んだ。
すると、右手は強い光を放ち、それは次第に刀に変化していった。
夜の闇の中にいきなり現れた光に、広がりきった瞳孔は耐えられず、完全に視界を奪われてしまう。
「くそッ!」
逃げようとするが足元がふらつく上に、目の前は真っ白。結局すぐに倒れてしまう。
「無理して動かなくてもいいよ。すぐに終わるから」
男は刀を俺の首スジに当てそう宣言した。
マジかよ。こんなとこで俺の人生終わりなんて。あーやばい、なんかいろんな場面が頭をよぎっていく。これが走馬灯ってやつなのか……。
「これで任務完……っ‼︎ 」
突然男が大きく飛び退いた。
「あっぶない……。本当にギリギリになっちゃった。これは後の説教が怖いな〜」
やっと戻り始めた視界には女の子の背中が大きく映っていた。
男と同じく刀を構え、そこからただならぬ殺気が現れていた。
「ちっ!ほんのちょっと遅れてくるだけで良かったのに……邪魔してくれるなよ」
男は憎しみを込めた目で女の子を睨む。
「そんな簡単に行くわけないでしょ?ほら、私がラスボス。かかってきなさい!」
このセリフを皮切りに女の子と男の戦闘が行われ、それを見た俺は気絶し、今に至る。
現在、午前一時である。日をまたいでしまった。
そんな時間でも眠気はまったく訪れない。むしろ、興奮してどうしようもなく目が冴えていた。向かいのベンチには例の女の子が座っている。
ぼーっとしながら見たときでもなんとなく気づいてはいたが、落ち着いてみると、かなりの美少女であることがわかる。
真っ赤な髪をポニーテールにして、丸っぽい優しい感じのする目が印象的。
身長はそこまで高くなく、俺よりすこし低いくらい。
戦闘用の服だからだろうか。黒く、身体にピッタリフィットしているので身体の線がよく見え、スタイルが抜群によいことがわかる。
正直、目のやり場に困ってしまう。
「えーっと、とりあえず命を助けてくれてありがとう。で、いいんだよな?」
「うーん、そうなるかな?厳密に言うとちょっと違うけど、そう思ってくれて構わないよ」
どういうことだろうか?まあこの際どうでもいいか。
「その……さっきのは?」
「さっきのって?あの男のこと?詳しくはわからないけど、他のエリアの刺客だと思う。あんまり強い奴ではなかったけどね」
「刺客?ま、まあ男のこともそうだけど。俺が知りたいのはこの二時間の間に起きたこと全般だよ。それに気を失う前に聞いたような気がしたんだけど……
そう、
「まあ気になるよね……。よし、順番に説明していくよ。とりあえず私の名前、大堀奈々っていうの。よろしくね。君は確か、細川ケンヤ君であってるかな?」
「なんで俺の名前を……」
「悪いとは思ったんだけど、いろいろ調べさせてもらったの。まあそのおかげでさっき助けるのも間に合ったんだし、プラマイゼロってことで!」
ニコッと笑いながら調子よく喋っている。笑う顔も可愛い。誤魔化されているのは流石に気づいたけど。
「まあ、それは置いとくとして。説明しないといけないことが山ほどあるからどんどん行くよ〜」
「お、おう」
「まず、基本的な事、
継魂者エターナーっていうのは文字通り、魂を継ぐ者ってこと。大昔に死んでしまっている人達、具体的に言うと武将とかだね。時代は特に関係ないんだ。平安だったり、室町だったり、戦国だったり。その頃の戦で死んじゃった人達も含まれるよ。
例を上げると足軽とかが当てはまるかな?そういった人達の魂が憑依している人間のことをそう呼んでいるんだよ」
「ふ、ふーん。なんとなくわかったよ」
本当はまったくわかっていないけど。
「でも、なんで継魂者って書いてエターナーって読むんだ?意味的にあってないと思うんだけど?」
そう聞くと奈々はうんうんと頷いて、
「普通そう思うよね。実はエターナーって呼び方は継魂者の最も特徴的なところからきてるんだよ」
「へぇ、どんな?」
「それはね、継魂者エターナーって歳を取らないんだよ。簡単に言うと不老ってことになるかな」
「は? 不老不死ってこと?」
奈々は首を横に振った。
「残念だけど、不死ではないんだ。あくまで歳を取らないってだけ。強い人は永遠に生き続けることができる。
だから『エターナー』って呼ばれるんだよ。それが本当にいいことかどうかは、別としてね……」
一瞬だが、暗い、悲しそうな顔ををしたのをケンヤは見逃さなかった。
この話はあんまり触れない方が良さそうだな。話題を変えよう。
「じゃあ、憑依する魂についてだけど。魂にも、強いとか弱いとか差があるのか?」
「うーんとね。魂が強いんじゃなくて、魂が人間を強くするんだよ。身体能力は全体的に上昇するよ。上がり方は魂の大小によるんだけど。例えば足軽と戦国大名を比べると、その能力向上の様子は月とスッポン。一対一の戦闘ならほぼ一瞬で終わるかもね」
そう言って奈々は自慢気な顔して、
「ちなみに私の中には豊臣秀吉の魂がはいってるんだよ!すごいでしょ?」
「豊臣秀吉⁈ そりゃすげーな。さっきの男相手に一方的だったのも頷ける」
「いや、あんなのせいぜい四割程度しか力を使ってないよ?それに、能力を使わないと本気とは言えないし」
「能力?」
「そう。有名な武将の魂に共通することは、憑依した人間が一つ、特殊な能力を使えるようになるってところだね。例えば、私の能力は植物を自由に操ることができるよ」
奈々は近くの木に向かって手を伸ばす。するとその木の枝が急激に伸び始めた。
「マジかよ……」
奈々が手を下ろすと枝の伸びは止まり、元の長さに戻り始めた。
こちらを向いてニッコリ笑うと、
「すごいでしょ?」
と、軽くドヤ顔。すごいなんてもんじゃないと思うけど。
「でも、能力にも弱点はあってね。使い過ぎると、魂を消費して気絶してしまうの。だからあんまり乱用はできないんだよ」
「なるほどね。全力の時の切り札ってわけか」
「そういうこと!これを使わないといけないような相手とは会いたくないってのが本音だけどさ。……っと大分話こんじゃったね。一度ゆっくり落ち着いて話せるところに移動しようか」
そう言って公園の出口に向かって歩きだした。
気がつけば、もう一時間近く経っていて、時計は午前二時を指していた。
「りょーかい。でも、どこへ行くんだ?」
後について行こうと立ち上がる。すると、奈々が振り向いてニコニコしながら、
「それはね、ケンヤの仲間達のところだよ!」
なぜあんなに奈々が楽しそうなのか、理由はわからなかった。しかし、不思議とついて行くことに不安を覚えてはいなかった。
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