第19話 覚悟と火操

 この一週間、北陸エリアからの襲撃は続いていた。小さな勢力で関東エリア各地に現れ、こちらの増援が到着すると退却していく。

 来るか来ないかも分からない攻撃に備え、神経を尖らせて待っているのは精神的に参ってしまう。

 それも相手の作戦なのだろうか?対策は今のままで大丈夫か?

 積もる不安もあるが、相手が北陸エリアという事もあり、仲間の結束が揺らぐことはなく、誰も弱音を吐かなかった。


 そんな中、俺はぬくぬくと訓練場で過ごしていた。

 仲間の力になりたいが、今のままでは足手まとい。そう自分に言い聞かせて、毎日を全力で過ごしている。


 結局、倉橋さんは学校を休むことになった。そのせいか、拓也も学校に来る回数は減っている。

 俺と奈々は相変わらず学校に通っている。こんな悠長なことでいいのかと上田さんに聞いてみたが、余計な心配は無用だと言われた。言外に、お前は役に立たないと言われているようで、悔しかった。

 襲撃があるのは日暮れより遅い時間だ。その時間帯になると、増援に送られるメンバーが呼び出され、各地に送られる。

 第二次世界大戦中、徴兵制度というものがあった。一般の人々を無理矢理兵隊として召集し、戦地に送っていたそうだ。徴兵が決まった人には『赤紙』というものが届けられた。当時は、戦争に反対することが許されなかったため、家族は泣きながら、偽りの喜びの震えなければならなかったという。増援メンバーを知らせるアナウンスは、そんな話を思い出させた。


 今日も惰性のように学校に通い、授業を受ける。頭の中は訓練のことで一杯で、授業の内容は全く理解できなかった。

 電車の中でも、今までの訓練を思い出し、イメージトレーニングを繰り返す。

 そんな時、あることを思い出した。戦闘に深く関わることだと考え、隣で気持ちよさそうに寝ている奈々をゆすり起こした。


「奈々、おーい奈々。起きてくれ」

「む〜? もう着いた?」

「いや、まだだけど。ちょっと聞きたいことがあってさ」

「うん? なあに?」


 眠そうに目を擦り、盛大な欠伸を一つ。

 これ、聞いても大丈夫か?


「随分前にさ、奈々は植物を操れるって言ってたよな?」


 人に聞かれると変な顔をされるので、小さな声でヒソヒソと話す。


「え? うん。出来るけど、前にケンヤに言ってたかな?」

「言ってたぞ。最初に公園であった時に少し力を見せてくれたじゃないか」

「……ああ!あの公園の時だね?うん。ちょこっと使った覚えあるよ」

「だろ? 確か、俺や奈々みたいに、大きな力を与えてくれる武将の魂を身体に宿していることの、特典みたいな感じだったよな?」

「そうそう。仕組みは全然わからないけどね。大抵使えると思うよ」

「オーケー。となると、もしかすると俺もそういう能力があるかもしれないってことだよな?」

「うーん……。どうだろ? こればっかりは調べてみないとね。よし! 博士に連絡してみよう!」

「瀬戸博士か?」

「うん。こういうの何て言えばいいかな……能力開発かな?それは博士の担当になってるから、いろいろ力になってくれるはずだよ」

「そうなのか。じゃあ今日は研究室に直行するよ。奈々は先に訓練始めといてくれ」

「そう? でも興味あるから私も付いて行くよ」

「わかった。じゃあ一緒に行くか」


 能力開発なんて、まるでSFの世界だ。年甲斐もなくワクワクする。いや、年相応か。


 本部に到着し、あの面倒な過程を通り過ぎ、瀬戸博士の元にたどり着いた。博士に連絡してから三〜四十分ほど経ったが準備などは終わっているのだろうか?


 ドアをノックして、呼びかける。


「博士、失礼します」

「いらっしゃい。待ってたよぉ」


 相変わらず、のんびりとした話し方。部屋の中も、前に来た時からほとんど変わっていない……不思議な置物が増えているような気もするが、気のせいか。


「連絡した通り、俺の能力について調べてもらおうと思ってきました」


 さあさあ、いったいどんな能力が出て来るんだ?


「うん。連絡ありがとうねぇ。さっきまで桜ちゃんと相談して、ケンヤくんに能力を教えるべきか、相談していたんだよねぇ。許可は下りているから、しっかりやらせてもらうからねぇ」

「なんで許可が必要なの?ケンヤの能力って何かまずいものなの?」


 奈々からすれば、確かに不思議だろう。俺自身は、自分がやたらと過保護にされているのを知っているからしょうがないかな、くらいにしか思わなかったが。


「多分、俺が能力を手に入れた途端、調子に乗って敵に突っ込んで行ったりしないか、心配したんじゃないか? 瀬戸博士、大丈夫ですよ。俺はイノシシじゃありません」

「うん。桜ちゃんもそんなに心配してるわけじゃなかったみたいだから、そんなに気にしないでねぇ」

「うん、分かった。話の邪魔してごめんなさい」

「問題ないよぉ。じゃあまず、継魂者エターナーの能力について、詳しく説明しようかねぇ」

「え?あ、はい。お願いします」


 ま、まさか、餌を目の前に待ったをかけるつもりか。講義はいいから、早く、早く能力カモン!


「継魂者エターナーの能力は、大体二種類に分けられるよ」


 あ、あれ? 博士のぽわぽわな雰囲気が急になくなって、何かやたらと真面目な感じに……。


「一種類目は自然を操ること。火や水や土。雷、つまり電気を操る人もいるよ。ほとんどの人たちはこちらに分類されるね。

 そんなにたくさん種類があるわけじゃないから、同じような能力を持っている人が複数になることもあるみたいだよ」


 口調まで早くなってる……本気モードなのかな?


「奈々ちゃんの能力は植物を操る力。正しくは、植物の成長の過程を自由に操る力だね。急速に植物を成長させたり、枯らしたりすることが出来るんだよ。そうだよね?」

「うん。種の状態の果物を、一瞬で実らせたりも出来るだよ?かなり便利なんだよね〜。でも、使い過ぎは禁物!疲れてヘトヘトになっちゃうから」

「博士、それも魂の所為何ですか?」

「そうだよ。能力を使うには、影響を与える対象に魂を送り込まくちゃいけない。原理は霊刀と一緒で、魂を流し込み続ければ効果は持続するし、魂の供給を断てば元の状態に戻るんだよ」

「なるほど……質問いいですか?」

「もちろん」

「なぜ能力を使える継続者エターナーは限られているんですか?それも才能次第ってことでしょうか?」

「いや。もっと分かりやすく、簡単な理由だよ。能力を使うには魂が必要だ。奈々の言う通り、能力を使えば疲労感を感じるし、もっと酷いと死んでしまうこともある」


 マジかよ。なんだか釘を刺された気分だ。


「そんな力を魂の保有量が少ない者が使えば、どうなるか? 想像がつくだろう?」

「一瞬で魂が消えてしまうと?」

「その通り。調べたことはないし、調べたら何人の死者が出るか分からない故、確かめることは不可能だが、恐らく、能力の素質自体は全員が持っていると、私は考えている。実用に耐え得る者だけが、能力の使用者になることが出来る、というわけだ」


 つまり、俺や奈々に宿っている魂のようなものじゃなければ、能力を発動した瞬間に死んでしまうと、そういうわけか。

 奈々は気づいていないみたいだが、博士が倉橋さんに許可を求めた本当の理由が、ようやく分かった。


「さて、二種類目ですが、これは説明するのが難しいですね。一種類目以外、というのが正しいでしょうか?」

「例外の集まりだと?」

「そういうことですね。一つ目の『自然を操る』ことと、似ているというか、全く別物というわけではないんですがね。ただ、例外の中の共通点は存在しますよ」

「共通点、ですか?」

「ええ。それは、とにかく規格外な能力、ということ。圧倒的な力。武力で負けていようが、数で負けていようが、関係ない。そんな力なんだよ」


 ん? ちょっと待ってくれ。


「じゃあその人が一人いれば、そのエリアは無敵じゃないですか!もう訓練するのも馬鹿らしくなっちゃいますよ!」

「そういうわけにも行きませんよ。この能力を持っている人は、大抵大将に任ぜられる。もし全面戦争などが起こった場合、彼らが参謀長を守ることになりますよ」

「参謀長を? 確かに大事ですが……戦争なら、何より大将の首でしょう? 俺たちの戦いは、世界大戦というより、戦国時代の戦という方がしっくりくるじゃないですか」

「残念ながら、私たちの戦は、大将の首をとっても終わらない。大将も多くの兵の一人に過ぎないよ。

 ケンヤくんは、『エリア首脳会議』のことはもう聞いたかい?」

「はい、先日聞きました。倉橋さん達『九賢人』が集まって開かれるそうですね」

「そう。話すと長くなるし、能力のことと関係がないから詳しくは話さないけれど、第一回の会議である取り決めがあったんだよ。これから天下を争うだろうエリアが集まって、基本的なことを決めていった。

 その一つが、戦の勝ち負けだ。お互いが全滅するまで戦うなんて、馬鹿げているだろう? だから、ルールを決めた。

 当時、まだ『九賢人』は全員揃ってはいなかったが、既に能力を発見された彼らは特別な存在だった。それを自覚していた彼らは、ある結論に至ったんだ。英断だと思ったよ。賢人になった者で、二十歳を超えている者はいない。まだほんの子供だ。第一回の頃は、まだ継魂者エターナーに成り立ての子も多かった」


 なんだ? どういうことなんだ?


「彼らは戦の勝敗ケリをつけるのに、自分の命を賭けたんだ」


 な……!


「桜ちゃんは、自分の命で関東エリア全体を背負っている。これは比喩なんじゃなく、厳然とした事実なんだよ」

「そんな……じゃあもし俺たちが負けそうになって、死傷者が増えそうになってしまったら……」

「彼女は自分の命を差し出すだろうね。一人でも多くの命を繋ぐために」

「……彼らに戦う力はないんでしょう? 倉橋さんと同じように」

「そのはずだよ。皆、自分のエリアの人達に任せるしかないんだよ。自分ではどうしようもない。策を練る以外には」


 大将、エリア最強の継魂者エターナーが戦場ではなく、自分のエリア奥深くに居座ることには、ちゃんとした理由があったんだ。

 その理由にも、きっと共通点がある。

 戦に負けたくない。そして、自分の命をかけて戦に臨む、少年少女達への尊敬、感謝、そして、謝意。

 たった今話を聞いた俺でさえ、倉橋さんの決意の重みが理解できた。それが百何十年続いているのなら、大将達の気持ちは、過ぎた年月と同じだけ強くなっていることだろう。


「私がこの話をしたこと、桜ちゃんには秘密にしておいてくれるかな? 彼女は気を使われるのが苦手なようだし」

「分かりました」


 倉橋さんがどんな人なのか。もっと知りたくなってきた。今は忙しいけれど、落ち着いたら一度ゆっくり話してみたい。


「さあ、桜ちゃんは一人でも多く生き抜いて欲しいと思っているよ。私はそれに、全力で力を貸す。その為にも、ケンヤくんには強くなってもらわないと」

「もちろん。任せてください!」


 訓練の意味がないだなんて、言った自分が恥ずかしい。


「私の仕事は君の能力を発見すること。それを昇華させて、戦う力に変えるのは君の努力次第だよ。早速始めよう」


 そう言うと、博士は倉庫に繋がっているらしい扉から、様々なものを取り出した。

 ライター、ペットボトルの水、土、電池、エトセトラ。


「あの……博士?これは?」


 ガラクタですか?という言葉は飲み込んだ。


「ケンヤくんの能力が特別なものだった場合、発見するのは相当難しくなるからね。まずはポピュラーな力から探っていこう」


 そこからは、博士の言う通りにことを進めた。渡されたものに手をかざし、自由に操るイメージを送り込む。実際に送り込めているのか、見ただけではよく分からないが、上手くいっていると信じたい。


 一時間ほど経ち、奈々が船を漕ぎ始めた頃。ようやく全てのものを試し終えた。

 少し疲れているということは、魂を送り込むこと自体は成功したということだろう。


「お疲れ様。思ったより早く終わったね。奈々ちゃんの時は、探すのに時間が掛かって大変だったけれど、ケンヤくんはクセがなくて助かったよ」

「え? 俺の能力、分かったんですか?」


 どんな物を試してもピクリとも変化しなかったから、もしかして俺にも大将の素質が……とか思ってニヤニヤしていたのに。


「見た目には出なかったけれど、ケンヤくんの魂と一番波長が合っていたのはライターの火だったよ」

「いや、あの……だったよ、と言われても……。どういうことですか?」


 それに波長とか、一体どうやって調べたんだ?


「まだケンヤくんが力をうまく使えないから、変化はほとんど起きなかったけれど、確かに魂は送り込まれているんだよね。魂が送られたものには、僅かにその痕跡が残るんだ。実は、この実験を始める前にこんな手袋をしていたんだけど、気付いたかい?」

「あ……いえ、全く気付きませんでした」


 ただの白い手袋にしか見えないが……。


「これには『縛ばく』が使用されていてね。魂を掴み取ることに特化した造りになっているんだ。これを使えば微かに残った魂を、五感、というより触覚を使って感じる事が出来るんだよ」


 しょ、触覚?あ、触った感覚ってことね……。


「偶然、一番始めに試したライターがずば抜けた魂の保有量だった。物質に魂は存在しないからね。余分な計算は要らないんだよ」

「そんな便利なものまで作ったんですね……」


 博士も実は『賢人』の一人でした、なんてオチが怖い。


「他の可能性も否定出来ないが、とりあえず、君の能力は『火』を操るもののようだよ。そういえば、東海エリアの彼も『火』を使っていたね。奈々ちゃん、もうすぐ東海エリアとの合同演習があったよね? その時に、ケンヤくんに彼を紹介してあげて。いいかな?」

「え? 私? もちろんいいけど……私、あいつのこと苦手なんだよね」

「無理しなくていいぞ? 自分でどうにかやれると思うし」


 奈々に負担をかけるなんて、とんでもない。


「いや、気にしないで大丈夫だよ。その時になったら、向こうから勝手に来るだろうし……」

「そ、そうか。じゃあ頼むわ」


 なんか気になるな。そいつが悪い虫なら払っておかねば。


「これからは普通の訓練の他に、火を操る訓練もしていってね。慣れるまでは、火の扱いはしっかりしなきゃ駄目だよ?」

「了解です」


 火を操るとかいって、火事になったら目も当てられない。死ぬほど恥ずかしい。というより大惨事だ。


「じゃあ、僕の仕事はこれでおしまいだねぇ。二人とも、お疲れ様」

「ありがとうございました。失礼します」

「失礼します!」


 気が抜けると口調は元に戻るのか……。


 部屋から退出し、時計を見ると、現在七時過ぎ。……そろそろか。


 予想通り、ここ一週間聴き続けたベルが鳴り響く。


「エリア北部で小規模な敵勢力を確認。まもなく戦闘に入ります。清水少将は至急、現地に向かってください」

「今日は清水さんが担当か……奈々はいつだっけ?」

「確か明日だよ。敵が来たらの話だけどね。来るかな? 来るだろうなー。あ〜めんどくさい! 来るなら最後までかかってこいって感じだよ!」

「そう言うなよ。安全が何よりなんだからさ」

「分かってるよー」


 不服そうな顔をしているが、自分が行けば、エリア境に近い継魂者エターナー達の負担が軽くなる。それを知っているから、文句を言いつつもきちんと仕事をするのだろう。


「俺も手伝えればいいんだけどな」

「気にしたってしょうがないよ。参謀長からの命令だし、何よりケンヤの仕事は『守衛』でしょ?」

「ぐはっ! そろそろ忘れかけていたのに……。まあ、自分の持ち場はしっかりこなすさ」

「偉い! その調子!」


 いつまでこんなことが続くのかは分からないが、俺は自分が出来ることをする。みんなの力になれるように。

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