第18話 それぞれの思惑
会議用だと思われる長机。それを挟んでの、厳格な雰囲気……ではなく、ゆったりまったりとした雰囲気で、三人のお茶会が始まった。
「急にお呼びだてして、申し訳ありません。お加減の方はいかがですか?」
「はい、大丈夫ですよ。ゆっくり寝かせてもらえたので、大分よくなりました」
まさかあの倉橋さんが参謀長だったとは。拓也が学校を守っていた本当の理由がやっと分かった。俺のためじゃなく、倉橋さんを、参謀長を守るためだったのな。万が一「こっそり忍び込んできたやつに暗殺されちゃいました」ってことがないように。
「どうでしたか?初めて戦場をその目で見て。もしかすると、忘れてしまいましたか?」
「幸い、記憶はしっかりしているので覚えています。なんというか、倒れてしまったのは単に自分の鍛錬不足で、魂を効率よく使えないからかもしれません」
「そうでしたか。まだ一カ月も立っていませんから、無理のないことです。とりあえず、元気なお顔でしたので、安心しました」
ここまでは社交辞令の一環だな。そろそろ突っ込んだ話をさせてもらおう。まずは。
「気になってたんですけど……その椅子、何ですか?」
あの椅子は、あまりにも部屋と倉橋さん本人にミスマッチだ。部屋はいろいろな機器で埋め尽くされているし、倉橋さんは日本美人だ。あんな中世ヨーロッパみたいな椅子が一つだけ鎮座してるのは、流石に目立つ。
「細川さんも変だと思うでしょう?昔は部屋がこんな風になるなんて思っていなかったので、特に意識せず使っていたのですが……。何度も経理に新しい椅子をくださいと申請を出しているのですよ?でも毎回受理されなくて。椅子一つだけなのに、どうしてなんでしょう?」
その理由わけは隣のお姉さんだろう。
ちらっと見たら目をそらした。こいつが裏でもみ消しているに違いない。そんなちまちましたイジメみたいなこと、辞めればいいのに。長いことそうしているうちに、引っ込みがつかなくなったのか?機会があったら注意してやろう。俺自身のことも含めて。
「まあそれはそれとして。細川さんには、今後のことについて話したいと思います。正直迷いましたが、緊急議会により、話した方が良い、という結論になりました」
「今後、ですか?」
もしや、俺にも就職先が⁈
「はい。まず、今の配属のことです。正直不服でしょう?皆様から茶化されているところも、何度か見かけました」
「まあ……そうですね」
知ってるならなんとかしてほしい。
「ですが、今は強くなって欲しいのです。先日のように、刺客が現れても一人で対処できるくらいには。あなたの魂保有量は関東エリア内でもトップクラスです。上手く使えるようになれば、大堀中将ーー奈々さんとも対等に戦えるだけの力を、あなたは秘めています。上田さん、お願いします」
上田参謀は手元の3Dタブレットを操作し、あるデータを表示させて、こちらに寄越した。
「あなたの中に存在する魂は『ノブナガ』です」
はい?
「ノブナガ……織田信長ってことですよね?」
「そうです。天下統一の道半ばで倒れてしまった、あの織田信長の魂だと思われます」
「なんかそう言われると縁起悪いですね。最後まで生き残れなさそうな感じで」
「それでは困るのです。だからこそ、あなたを戦闘員ではなく、守衛に回したんですから。私が許可しないと戦闘員にはなれない、ということにしてあります」
俺ってかなり大事にされてるんだな。過保護なくらいだ。その割にはかなり自由に生活させてもらって、なんだか申し訳ない。
「それはいつ頃になりますか?俺としては一刻でも早い方がいいんですけど」
「それはあなた次第です。訓練を積めば、必ず強くなれます。そうすればいつか、また清水さんと戦ってもらうかもしれません」
「そこで勝てばいいと?」
「勝てば文句なしですが、おそらく無理でしょう。負けた時は、戦闘員としてやっていけるのかどうか、私が是非を判断します」
つまり、あのテストのリベンジマッチってわけか。
「わかりました。俺は今出来ることをやって、許可が出るのを待っていればいいんですね?」
「そうです。物足りないかもしれませんが、少し辛抱してください」
「了解です」
俺の事を心配してくれての措置だから、こちらから文句を言うわけにもいかないし。
確かに倉橋さんの言う通り、今の俺が戦場に行っても大して役には立たないだろう。俺だって犬死は御免被る。
「次に、これは戦闘員になってからでもいいのですが、先に言っておいてしまおうと思います。大事なことです。
それは『戦闘時、なにがあっても生き残ること』です。
例えば、自分より強い相手と対峙した時や相手の数が多くて対処しきれない時。これを絶対に守って欲しいんです。
私の立てる作戦の方針は、少しでも死者を抑えるというものです。もし私の作戦が失敗した時、皆さんには自分の命を最優先して欲しいのです。命があれば、未来があります。私は、その可能性にかける為にも絶対に死んではならない、と考えています」
「つまり、敵前逃亡しても構わないと?」
「そうです」
「でも、それじゃあ全体の士気に関わるんじゃないですか?一人が逃げ出したらまた一人、また一人……って」
「つまり、細川警備員はこう思っているんですね?一人が戦う意欲をなくせば、それは全体に広がり、結局誰も戦わなくなるのではないか.……と」
「上田さん?」
「幸いなことに、それは杞憂です。そもそも、戦場から撤退するのも相当に難しいのです。こちらが背中を見せれば、敵は一気に士気を上げ、追撃してきます。
撤退戦は普通に戦うより、厳しいものとなるでしょう。ほとんどの戦闘員は撤退の指示を受けたことがありますからね。逃げると決めるのも、それはそれで勇気がいることなんです。それに実際……これは言わない方がいいかもしれません。失礼しました」
聞いているとなるほどと思うが、そんなに単純なものだろうか?あと、言いかけたなら最後まで行ってくれよ。気になるから。
「とにかく、私が徹底して欲しいのは『無茶をしない』ということなんです。生き残ることは、最重要任務と思ってください」
「わ、わかりました」
強い語気に、すこし気圧される。いや、語気というより、全体のオーラというかなんというか。怒鳴られたわけでもないのに、この人の言うことを聞かなければという気持ちになってくる。
これがカリスマ性だろうか?
「こちらからのお話は、以上でおしまいです。細川さんからは何かありますか?」
「一ついいですか?」
「どうぞ」
「倉橋さんも継魂者エターナーですよね?その……戦ったりするんですか?」
腰から刀下げたら戦国乙女というか、戦う大和撫子とか、すごくいい感じだと……。
「今何か変なこと考えてませんか?」
「へっ⁈ いや、全然、そんなことないですよ?」
咳払いを一つ。
「残念ながら、私は戦うことが出来ません。最初は皆さんと一緒に訓練しようとしていましたが、ある時気づいたんです。私には戦う力がないと」
「それは、戦いの才能がないってことですか?」
「違います。本当に戦う力がないのです。戦闘員の方と同じように、走ったり、刀を振ったりすることが出来ません。一般の方々と同じようにしか、動けないのです」
「それって、どういう……?」
「その理由は、少し前に瀬戸博士が調べてくれました。どうやら私の身体には、私自身の魂しか宿っていないようなんです」
「継魂者エターナーの超人的な動きは、武将の魂が自分の中に存在し、それを利用することで成り立っている、でしたっけ?」
「そうです。だから私はごく普通にしか動けませんでした。その代わりある部分に魂が集約されていたんです」
「ある部分?」
「ここです」
倉橋さんの右手は自分の頭を指し示していた。
「頭?」
「はい。全ての魂が、この頭に集まっているんです。私の脳の知能指数は相当高くなっています。つまり、私の場合は、身体能力ではなく、脳が活性化されているんです」
「なるほど。それで参謀長というわけですか」
「そうです。これは私だけに限ったものではないんです。今の所、全国で九人確認されています。
各エリアに一人ずつ散らばって、それぞれ私と同じような役割を負っているんです。
皆さんは私達のことを『九賢人』と呼んでいるみたいです。賢人なんて、私には勿体無い言葉だと思うのですけどね」
賢人。賢い人か。やることもさぞ多いんだろう。大変そうだ。何より責任が……。考えるだけで、胃がキリキリする。
「五年に一度、私達九人が集まって会議を開きます。『エリア首脳会議』って言うんですけど、これが大変で。お互いの裏を取ろうと必死になるんです。少しでも今後五年間を有利にしないといけませんから。
会場は毎回違うエリアを使用します。前回は北陸エリアでしたから、今年は関西エリアになるはずです」
「そ、そうですか」
一つ聞いただけなのに、いろんな情報が一気に出てきて混乱しそうだ。
「他に何か聞きたいことがあったら、遠慮なくどうぞ」
「あ、じゃあもう一つだけ」
「何でしょう?」
「来週は学校行きますか?」
「そうですね……これ以上北陸エリアからの侵攻激しくなるようでしたら、休むかもしれません」
「じゃあ!来週、良かったら俺たちと一緒に昼ご飯食べませんか?」
「昼ご飯?」
「屋上で食べるんです。俺と奈々と拓也と。倉橋さんも来ませんか?」
前に屋上で奈々が言いかけたのは倉橋さんのことだろう。もう俺に秘密にする必要がないならーー俺が誘わなくても奈々が無理矢理引っ張ってきてくれると思うがーーちゃんと誘わないと。
「有難いお話ですけど……私と一緒でいいのでしょうか?学校での私って、その……すごく冷たいと思うんですけど……」
まあ確かに、美人で無口なんて、完全に謎の女だよな。みんなが避けるのも無理はない。
「正直言うと、俺もこうやって面と向かって話すまでそう思ってました。でも、それが誤解なら全然問題ないですよ。むしろ学校の奴らの驚く顔が見れてスッキリするかもしれません」
そんでもって、また男子に囲まれるかもな。
「では……お言葉に甘えて。来週からよろしくお願いします」
「こちらこそ」
出されたお茶を飲み干すと、一礼して部屋を出た。
それにしても、俺がレディをこんな風にお食事ーー別に間違ってないだろ?ーーに誘えるようになるとは。一ヶ月前では考えられないことだ。奈々のおかげで、美少女耐性でもついたのだろうか。なんにせよ、精神的に成長したみたいで喜ばしいな。ハッハッハッ。
その頃、作戦司令室。
「まさか細川さんから誘ってくれるとは思いませんでした」
「相当緊張したみたいで、耳まで真っ赤でしたね。写真に収めておきたかったですよ」
「まだ十七歳ですから。思春期なんですね。なかなかかわいい人で、退屈しないで済みそうです」
「参謀長だって十七歳じゃないですか」
「そういえばそうですね。長く生きてると忘れてしまいます」
自分達の会話が見た目と反して中年のおばさんのようになっているのを、二人は気づいていなかった。
___________
旧新潟県と旧石川県の境。
人里離れた場所に、一人の男。そしてログハウスがぽつんと建てられていた。
お金持ちの別荘というには、少し小さい。かといって、一人暮らしのおじいさんが住むには大きすぎる。
しかし、大事に使われているのか、手入れはしっかりされているようで、周りは綺麗に掃除されていた。
「相変わらず寂しい風景。桜も散ったから、余計に寂しく感じる。これもわびさびですかね」
ログハウスの床には赤いカーペットが敷かれている。普段人が土足で入るにも関わらず、埃一つなく、新品のようにしっかりしている。
しかし、ここはあくまで通過するための場所であり、細かな気遣いに気付く者は少数だ。
二階建てのログハウスであるにも関わらず、登りの階段は存在しない。ひたすら地下へと降っていく。
ここは北陸エリア本部。
北陸エリアに籍を置く、総勢千人の継魂者エターナーの総本山である。
「大将、おはようございます」
「おはよう」
上杉劉邦。二十歳。北陸エリアの長であり、上杉謙信の魂を体に宿しているといわれる、正真正銘の上杉の末裔である。
七十年ほど前、当時の北陸エリアでは、一人の大将と二人の中将を決め、そこに参謀長と、副参謀長を含めた五人の会議を、全ての決定機関として定めていた。
ある日、会議で問題が起きた。大将と二人の中将の意見が割れ、決してお互いに分かり合おうとはしなかった。議会での立場は大将と中将、共に平等だったため、どちらとも退こうとしなかった。
全会一致制だった議会では、決着をつけることは出来ず、火種は燃え上がり、派閥争いによる内紛にまで発展した。
疲弊した北陸エリアの継続者エターナー達は、次第にこの争いに憤りを感じるようになった。
そもそも、なんのために仲間割れを起こしたのか。どうしてこうなるまで続けてきたのか。なぜ終わらせることが出来ないのか。解決は不可能なのか。
そんな時、一人の男が継続者エターナーとして本部に迎え入れられた。
彼は今の現状を知ると、即座に刀を創り出した。誰も太刀打ち出来ない、止めることの出来ない現状にケリをつけようとしたのだ。
結果、彼は打ち勝った。三人を闘いの場から引きずり下ろしたのだ。
闘いを終わらせた功績として、彼は大将に収まった。それは、北陸エリアを纏めることが出来る、一強時代の始まりでもあった。
「こんにちは。遅れてしまいましたか?」
「いえ、大丈夫です。きっかりですよ」
彼が司令室に入った時には、既に六つのうち五つの席は埋まっていた。
元大将を含めた、中将三人、参謀長、副参謀長。それに上杉を合わせた六人が、合同会議のメンバーである。
「参謀長。昨日の件についての報告をお願いします」
「了解。昨日の作戦、結論から言えば成功だよ。
本来、エリア間の『戦』を起こす時は宣戦布告をしなきゃいけないから、お互いが『小競り合い』って認識で済む程度の規模に抑えた。相手の対応の仕方も予想通り。次の機会で仕掛けられると思う」
北陸エリアの参謀長、谷ヶ崎真斗。
倉橋 桜と同じ『九賢人』の一人。いたって真面目な風貌だが、敬語が苦手で、年上でも関係なくタメ口になってしまう。しかし、北陸エリアでは基本的に実力を重視するので、特に気にしている者もいない。
「分かりました。順調なら何よりです。もう少し準備が必要ですが、いつかは関東エリア、東海エリアと戦うつもりです。その為に、相手の戦力の芽は摘み取っておきたい。頼みますよ?」
「もちろん。うまくやるよ」
「頼もしいです。さて、もう一つ大事なことがあります。この作戦の全てを決める肝を担う方が必要です。御三方の内一人で良いのですが、お願いできませんか?」
今現在、北陸エリアには三人の中将がいる。三人共実力は拮抗しているので、全員が同じ地位だ。
もちろん、内紛を起こすような性分で、その状態に満足するはずもなく。それぞれが少しでも相手を出し抜こうと隙を伺っていた。
今回の作戦を成功させれば、大きな功績になる。しかし、それ相応のリスクは存在する。
攻めるべきか、退くべきか。勝負所だ。
「私が行きます」
利島隆人。嘗て、北陸エリアの大将を務めた男だ。
今ではもう、大将復帰は諦めていた。実力の差は歴然だからだ。上杉劉邦の『強い』では済まされない、そんな力。感動すら覚えていた。
大将には忠誠を誓っている。年下だが、自分よりも周りのことが見えている上、何より仲間想いだ。力に溺れることもなく、謙虚なところも印象が良かった。
だが、一つだけ気に入らないことがある。あの二人と同じ立場に置かれていることだ。どうしようもないことだが、かといって、このまま引き下がるつもりはない。
「利島中将。今回の作戦はかなり危険です。生きて帰ることが出来ないかもしれませんよ?」
「分かっています。大丈夫。少なくとも、犬死などしませんから」
二人の中将は気にくわないのか、それぞれ睨むような視線を利島に向けた。
彼はそれを無視した。二人のことを臆病者だと思ったからだ。
「それではお願いします。決して無理をしないでくださいね?」
「ありがとうございます。すぐに準備をしなければいけませんので、これで失礼します」
利島は席を立ち、一礼すると、一歩一歩を踏みしめるように、部屋を出て行った。
「とりあえずこれでこの案件はなんとかなりそうですね……。どんどん片付けてしまいましょう。他に議題がある方、お願いします」
「人事部より報告です。今年開催される『エリア首脳会議』の際の警備についてですが……」
その後も会議は続き、二時間が経過した頃、ようやく解散となった。
「やはり、長い間やっても慣れませんね。こういう事務仕事は。この際北陸エリアの制度自体を変えてしまいましょうか」
「やめてよ大将。それを始めたら僕たちの仕事量が二倍……いや、三倍くらいになっちゃう。今だってすごく忙しいんだから。ね?大和?」
原大和。北陸エリアの副参謀長。谷ヶ崎と同い年。北陸エリアでは、構成員のほとんどが二十歳以上という環境の中、谷ヶ崎にとって、気を置けない貴重な親友。賢人である谷ヶ崎には及ばないが、元々頭の回転が速く、時々始まる谷ヶ崎の意味不明な会話についていける唯一の人物だ。
「そうですよ。真斗はともかく、僕の身体が持ちませんよ。むしろもう一人くらい、事務の人間を増やしませんか?」
「いやいや、戦闘員は一人でも多く欲しいですから。お二人は過労死寸前まで頑張って下さい」
「……どんなブラック企業だって、目の前でそんな事言いませんよ……」
「さあ!会議も終わりましたし、各自でしっかり休みましょう!」
そう言うと、上杉は二人を残し、飄々と部屋を出て行った。
「なんていうかさ。ブレないよね、あの人。部下を死地に送り込んだっていうのにあの調子。ジブギャラスっていうか」
「信頼してるってことじゃないのか?利島中将なら問題なく帰ってこれるって。あと、ジブギャラスっていうより、ジブライヤって感じだな」
「確かにそうか。逃げに徹したら大丈夫だってデータにも出てるし。なんとかなるかな」
二人の心配を他所に、作戦実行の時は刻々と近づいていく。
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