第17話 戦場ー2
三十分程度で、出口の光が見えてきた。目的地に着くまでに何度か奈々に話掛けたが、どの会話も長く続かなかった。
時間が経つごとに、奈々の雰囲気が変わっていったからだ。鋭く研がれ、磨き上げられる刀のように。
ゆっくりと、無音でホームに静止した『地下鉄』の蓋が開く。そこに、一人の男が迎えに来ていた。
「お待ちしていました。大堀中将。それと……小間使い?」
「……俺はパシリじゃないぞ」
「冗談です。中将、もう少しで戦闘は収まりそうだと連絡が入っていますが、念のため、お願いします」
「分かりました。すぐに向かいます!」
群馬支部のエレベーターは極々普通のエレベーターだった。そもそも、本やバスタブ常備なんてことの方がおかしい。
支部の中は基本的に本部に似た構造で、全体的に規模を小さくしたイメージだ。もちろん中を回ったわけではなくく、外に出るまで案内してくれた男に聞いた話だ。
外に出てみると、日が沈みかけ、空に鮮やかなグラデーションが出来ていた。
「私達が急いでいけば五分もかからない距離だって。急ごう!」
「オッケー!」
エリアの境界近くは人通りが少ない。だからこそ戦闘が起こっているとも言える。とにかく、速度に制限をかけなくて済む、有り難い状況だった。
「見えてきた!」
「人目を気にしてないとはいえ、派手にやってんなぁ」
北陸エリアと関東エリア、それぞれ約五十名、合計百名程度が刀を持ち、大きく展開しながら戦っていた。『戦闘』というより『合戦』が近いかもしれない。
戦国時代の合戦ではみんな鎧を着ていただろうから物々しさでは劣るかもしれないが、残像が残るほどの速さで振るわれる霊刀の輝きが夕焼けの光を反射して、橙色の軌跡を残している様は、なんとも不思議な光景だった。
惚けるようにその様子を見ていると、奈々から注意が飛んできた。
「もう少ししたら戦闘を終わらせちゃうから、この雰囲気をよく覚えておいて」
「え?」
「参謀長から言われたでしょ?『体感せよ』って。そんな風に眺めてるだけじゃダメだよ。もっと本気で、自分も戦っているつもりでいなきゃ」
「あ、ああ。分かった」
自分も戦っているつもりで……。全体を見ながら、一人一人の動きに集中しながら……。
そこで一つの異変と、一つの違和感に気がついた。
違和感の方はどうにも分からない。この光景のどこに、初めて戦場を見た俺でも感じるような違和感があるのか。
しかし、異変の方は一目瞭然だった。奈々との一対一タイマンの時と同じ。眼に熱が走り、治った時には百名全員の身体の中の『白』が蠢いているのが見えていたのだ。
その時、奈々が叫ぶように名乗りを上げた。
「関東エリア本部所属!大堀奈々、今到着した!北陸エリアの者に告げる!今から十秒の猶予を与えよう!このまま戦うなら、私がお前達を殲滅する!投降するなら、命までは取らない!さあ、選ぶがいい!」
な、なんと男らしい。いつもの可愛らしさはどこへ行ってしまったのか。
「一つ!二つ!三つ!」
奈々がカウントダウンを始める。
北陸エリアの者達は動揺し、少しずつ関東エリアの者達に押し込まれていく。
流石奈々、やっぱ強いんだな……。
「四つ!五つ!六つ!」
「ちっ!もう充分だ、撤退しろ!」
北陸エリアの分隊長だろうか。その合図がかかった途端、戦況は一気に傾いた。
本当に…….逃げ足が速いやつって……いるよなぁ。
「七つ!八つ!九つ!」
関東エリアの面々が追撃を試みるが、北陸エリアは思ったりも連携が取れているようで、殿しんがりを交代しながら全力で逃げていく。
あれ?……なんか……目が……霞んで……。
「十!」
やべ…………。
「えっ?ケンヤ!」
奈々の最後のカウントと俺がその場で意識を失ったのは、ほぼ同時だったそうだ。
______
覚醒した時、俺はベッドに寝かされていた。なんとか起き上がろうとするが、身体に力が入らない。
白い天井を見上げていると、ベッドを囲んでいるカーテンの向こうから、ドアのスライドする音がした。
聞き覚えのある足音はそのままベッドに向かって来て、カーテンを押し開けた。
「あっ、ケンヤ起きたんだね。安心したよ。これ、支部の人から差し入れだよ」
奈々が手に持ったバスケットの中には、たくさんの果物が入っていた。
「てことは、ここは群馬支部の医務室か?」
「そう。急に倒れちゃうから、びっくりしたよ。本部に連絡したら大騒ぎになってね? 参謀長が直々に様子見に来るなんていうから、みんな止めるの大変だったんだよ?」
「参謀長が? なんで?」
「命令したのは参謀長でしょ? 戦場で何かあったら、責任は自分にあるって思ってるんじゃないかな」
「なるほど」
そういえば一度も会ったことないな。少しだけ惜しい気もする。
「それにしてもどうしたの?ちょっと前までピンピンしてたのに。お医者さんが言うには、魂の使い過ぎだって。でも大して動いてないし、あの程度の加速で使い切るような魂の量じゃないはずだし……。なんか心当たりない?」
「心当たりか……」
当然ある。あの異変だ。突然見えるようになったと思ったら、一気に力が抜けていった。間違いなく、あれが原因だろう。
ただ、正直に話すのは抵抗があった。自分でも見ていて気分のいいものではないし、何より、あの状態が普通だとは思えない。人と違うというのは恐ろしい。中学生以降は、大衆の中に溶け込もうと必死だった。目立たないように、目をつけられないように。
奈々達のことは信頼しているが、言おうとするとどうしても身体が強張る。
「ごめん、分からない」
「そっか……しょうがないね。とりあえず、動けるようになるまではここで休もう」
「俺は一人で大丈夫だから、奈々だけでも先に帰ったらどうだ?」
「そういうわけにはいかないよ。ほら、私にだって責任あるかもしれないし」
「それはないと思うけど……悪いな、ありがとう」
「ううん、気にしないで」
身体に力が入るようになったのは、既に日を跨いだ頃だった。奈々に支えられながらゆっくりと『地下鉄』に向かう。
「今日は本部に泊まった方がいいんじゃない? もう夜も遅いし」
「そうするよ。ていうか奈々は大丈夫か?俺重くないか?」
「これくらいなら全然平気だよ。心配してくれるくらいなら自分で歩いてくださーい」
「も、もうちょっとだけ頼む」
「はーい」
まるで介護されている老人のようだ。情けない。
本部のホームには、医療班と思しき面々が俺達の帰りを待っていた。
奈々に世話のお礼を言った後、担架に乗せられ、そのまま医務室へ。診察ということで、幾つか質問を受けたが、結局正直に答えることはできなかった。
家に連絡を入れさせてもらったが、どうやら誰もいないようだ。最近、二人とも泊まりの仕事が多いのか。
その日は本部に留まり、学校の方は大事をとって休ませてもらった。日常生活をおくる分には問題ない程度までは回復したが、まだ訓練についていけるほどではない。
奈々はといえば、既に訓練場で汗を流していた。昨日戦えなかったのが不満だったらしく、いつも以上に激しく動いている。周りの相手をしている奴らがかわいそうに思えてきた。
その様子を眺めつつ、せめてストレッチでもしようかと思い始めた頃。
「連絡。細川警備員、至急、作戦会議室に来るように」
ピンポンパンポーンというチャイムが訓練場に軽やかに響く。
一瞬の沈黙。そして、爆笑。
「いやー、細川君。君は警備員になったんだっけねぇ。悪いことすると、君に捕まえられちゃうのかぁ〜」
「う、うるさいな!俺だってやりたくてやってるわけじゃない!」
「別に悪く言ったりしてないだろ?ただちょっと……ぶふぉっ!」
「笑うな!いや、もうこの際笑いたきゃ笑えばいい!」
俺はやけくそでそう叫ぶと、恥ずかしさから逃げるように訓練場を出て行った。
いや、別に逃げてないよ?ほ、ほら、用事あったしさ!作戦司令室行かないとね!
ぶつぶつと言い訳をしながら事務室に向かう。その奥に司令室があると聞いていたからだ。
「失礼しまーす。なんか放送で呼ばれたんできました」
「ああ、細川警備員、参謀長がお待ちしています。こちらにどうぞ」
事務の受付の人に連れられて、事務室の中を通っていく。皆机の上は整頓され、それぞれキビキビと動いている。今は昨日の戦闘の事後処理に忙しいようで、疲れた顔をしている人も少なくなかった。
少しして受付の女性の歩みは止まり、一枚のドアの前で振り返った。
「ここです。中で参謀長と上田参謀がお待ちしています」
「分かりました」
女性はドアをノックして、中に用を伝える。
「参謀長、細川警備員をお連れしました」
「ありがとう。入れてあげて」
「分かりました」
またこちらを向いて、
「ここから先、私は入れません。許可は頂きましたので、ノックの後、入室してください」
「あ、どうも。何から何まですみません」
「いえ、失礼します」
ドアの前に、一人取り残される。
金縛りにあったように、手がドアに向かおうとしない。初対面だからというより、突然自分達の社長ドンに呼び出されたとあっては、緊張も並じゃない。喉はカラカラ。心臓はバクバク。突きつけられるのはクビの二文字か、それとも……。
ま、多分昨日のことだろうけど。
大方予想はついている。奈々から参謀長が心配していたという話は聞いていたし、呼び出されるかもとも言われていた。
だが今のところ、この目について話すつもりは全くない。例の理由もあるが、どうしても言わなければならないときでも、最初は奈々に打ち明けたい。奈々ならきっと大丈夫だと、頭でははっきり分かる。いや、ここの誰に言っても、きっと大丈夫だ。
まだ見えない壁がある。それでも、いつかはその壁も壊せるはず。ゆっくり行けばいい。時間は山程、海程、無限にあるんだから。
「失礼します!細川ケンヤ、入ります!」
「どうぞ」
ドアの向こうで待っていたのは二人の女性。
髪をまとめ上げ、大人の魅力を振りまく上田参謀。
俺は中身を知っているので、身体は無意識に拒否反応を示したが。
そしてもう一人。部屋に似合わない豪華な西洋風の椅子に座っていた。長く、手入れのされた黒髪、人形のように、しかし人間らしい、ほんのりとした赤みを帯びた白い肌を持つ。髪と同じ、夜空を思わせる瞳。
見覚えがある。いや、ほとんど毎日のように会っている。仲が良いどころか、まともに喋ったことすらない。それでもクラスメイトの顔くらいは覚えている。
「倉橋……さん……?」
「はい、関東エリア参謀長、倉橋桜と申します。以後、お見知りおきを」
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