第16話 戦場ー1
奈々が学校に通い始めて、はや三日。
あの後、結局拓也を無理矢理巻き込み、三人が幼馴染だったと理由をつけて、周りの男子を納得させた。
なんとか解放されたのは良かったものの、代わりに奈々に話しかける奴らが増えたせいで、悶々とした気分になるのだった。
「なーんかモヤッとするんだよな」
「ん? 何?」
「なんでもない」
昼休みになると、三人揃って屋上で昼飯を食べる。流石にここまで追ってくる輩はいない。
「ケンヤさ、もしかして焼きもち?」
「ち、違うっつーの。拓也は余計なこと言うんじゃない」
「はいはい」
今のところは随分平和だ。北陸エリアは未だに攻めてくる様子はない。どちらかといえば、学校のクラス内の方が戦場バトル・フィールドと化している。
どうしてみんな奈々を狙うかねぇ。他にも可愛い人とか、綺麗な人とか多いのに。ほら、倉橋さんとか。
「今日は帰り、どうする?ちょっと寄り道してく?」
「こらこら奈々。訓練あるんだから、まっすぐ本部に帰らないと」
「むー。まあそうだけどさ。せっかく戦闘以外で外に出てるんだから、もったいない気がしちゃうんだよね」
「確かにそうだけど……今は我慢しないと。また落ち着いた時に、三人でゆっくり出掛けようよ」
「そうだな。時間は幾らでもあるんだから」
「……そうだよね。はい、ご馳走様!次の授業なんだっけ?」
「数学だけど……どうせ寝ちゃって聞かないだろ?」
「たははは……面目無い。でも!長いこと生きてきたけどさ! 数学必要な時なんて、全然ないんだよ? むしろ無駄だと思う!」
「しょうがないだろ。大学入試の制度なんだから。無駄でもやらなきゃダメなの」
「じゃあ私は関係ないもん!」
「開き直るなよ……」
「さっ、二人とも。そろそろ行かないと遅れるよ?」
「はーい」
「へいへい」
放課後。
拓也はテニス部をあっさりと辞め、今は帰宅部所属だ。
奈々にはたくさんの部活からお誘いが来ていた。入学してすぐの体力テストの結果が凄まじかったので、部活間の奈々争奪戦は熾烈を極めた。奈々は相当苦労したようだが、全ての話を断り、帰宅部に収まった。
事実を言えば、奈々が力の加減を間違えたことによる事故のようなものだったので、対応に追われていたのは、ある意味自業自得であった。
そして、本部へ向かう電車の中。
「それにしても、退屈だよね」
「何がだ?」
「学校に行っても何かハプニングがあるわけじゃないしさ。北陸エリアが攻めてくるわけでもないし」
「贅沢なこと言っちゃ駄目だろ?学校なんて普通あんなもんさ。学校に閉じ込められて、怪談めいたことが起こったりするのはフィクションの世界だけさ。
だいたい、周りからしたら、俺達の環境はものすごい『非日常』なんだぞ?慣れた本人からしたらつまらないとしてもだ」
「はーい」
「それに……」
突然、三人同時に着信音が鳴り響く。本部からだ。
「エリア北西部で北陸エリアと交戦中。大堀中将、真鍋少将、細川警備員は、至急本部に集まるように、だってさ。随分とタイムリーだね」
「なんか俺だけ釈然としないんだけど。なんだよ。中将、少将と来て、せめて准将だろ。警備員って横に並べられるとなんか恥ずかしい……」
「とにかく急ごう!楽しくなってきた!」
流石は戦闘バカ。
「急ごうって言っても今電車の中だから。着くまでおとなしくしてないと」
「分かってるよー」
たしなめる拓也と足をバタバタさせる奈々を見て、親子みたいだなと思ったのは、俺だけじゃないはずだ。
ーー
本部に入ると、今までに無い殺伐とした雰囲気に包まれた。皆が忙せわしなく動き回り、それぞれの役割を果たすために真剣になっている。
「お待ちしていました。中将、少将、……ぷっ、警備員」
「笑わないでくださいよ……」
「上田参謀、今の状況は?」
「はい。現在旧群馬県の北陸エリアとの境で交戦中です。規模は小さいのですぐに収まると思われますが、念のため准将以上を一人、現地に派遣せよとの命令が参謀長より下されました。大堀中将、行ってきてください」
「了解です。殲滅すればいいんですよね?」
殲滅って……物騒だよなあ。実際そんな状況なんだけど、どうも俺は感覚がずれてるというか、未だに実感がないというか。
「そこまでする必要はありません。状況を見て、崩れそうな所があれば支援する。その程度で十分です」
「そうですか……。分かりました」
凄い不服そうな顔してるなぁ。
「それとそこの警備員!」
「なんか口調まで雑になりましたね」
「あなたにも参謀長から命令が来ています」
「しがない警備員に何の用でしょう?」
「中将について行って、戦場を実際に体感せよ、とのことです。ただし、絶対に戦ってはいけません。もし敵が近づいてきたら、全力で逃げなさい。絶対ですよ?これは振りでありませんよ?」
「は?ま、まあ……いいですけど」
「では、二人は至急準備を。真鍋少将は二人を手伝ってあげてください」
「了解しました」
警備員に配属されて、戦場なんて縁のない話かと思ってたが……いい機会だ。本当の戦いってのがどんなものか。しっかり見せてもらおうじゃないか。
奈々は戦闘服に着替える為、一度自室に帰って行った。今日は学校から直接本部にきたせいで、制服のまま本部まで来ていた。その服では戦いづらいだろうと、上田さんが俺専用の戦闘服を手配してくれたのだが、俺は全力で拒否するつもりだった。
以前奈々の着ていたものを思い出したからだ。全身タイツとまではいかなくとも、あれはかなり身体のラインが出る代物だ。スタイルのいい奈々が着るならまだなんとかなる。見ていられる。むしろ視線が吸い寄せられ……ごほんごほん!
では、それを俺が着たらどうなるか。ただの変態の出来上がりだ。想像するだけで鳥肌が立つ。
「お待たせしました」
「申し訳ないんですけど、俺は……あれ?」
「どうしました?」
「い、いえ、なんでもないです」
形はBDUバトル・ドレス・ユニフォームに近いが、色は黒基調で、ところどころ紫色のラインが入っている。
少なくとも、全身タイツではない。
「これが戦闘服ですか?」
「そうですよ。何か不備がありましたか?」
「い、いや、大丈夫です。ありがとうございます」
「紛らわしいので、はっきりしてください。それと、どこでもいいから、さっさと着替えてきてください」
「す、すみません」
相変わらず、上田さんからの風当たりは強いのな。
数分後。
「ケンヤ遅いよー!早く早く!」
「ごめんごめん。ちょっと着るのに手間取っちゃって。それにしても、奈々は戦闘服似合ってるなぁ」
「そお?ありがと!」
形はほぼ同じだが、当然女性用。黒基調に赤のラインといった具合だ。
「やっぱり、赤と黒は決まるよなぁ」
「でしょ?この服大好きなの!」
「ほら、二人とも早く行かないと、戦闘が終わっちゃうよ?」
「分かってるよ拓也。そんなに急かさなくても! さ、行こっか!」
なんか奈々のテンションが高い気がする。暗いよりはよっぽどいいけどね。
「でも、どうやって行くんだ?旧群馬県っていうと……結構距離あるぜ?」
「うん、そこは大丈夫!ついてきてね」
「了解」
連れられてやって来たのは、お馴染みのエレベーターホールだった。
「やっぱりここか」
「まあね。博士の所に行くのとは違って今度は普通のボタンだよ。ほら、そこのBってボタン押してみて」
「研究所よりも下なのか?」
「詳しくは知らないけど、エレベーターに乗ってる時間は研究所より長いかな」
「なるほどね」
乗り込んだエレベーターの内装は風呂場、ではなく書斎になっていた。普段利用している場所とは別の入り口である。
到着のアナウンスの後、ドアが滑らかにスライドする。
「これは……」
「すごいでしょ?作るの大変だったんだから!」
無くなったと言われていた『地下鉄』。それが今目の前にあるのだが。
「これ何?」
「卵みたいな形でかわいいでしょ? 戦前まで運行してたリニア新幹線って知ってる? 今は戦争の所為で無くなっちゃったけど。そのシステムを使って作ったのがこれ!」
「ふむふむ。じゃあなんで地上で作り直さないんだ?そうすればみんな使えるじゃん?」
「そしたら他エリアの継魂者エターナーも簡単にエリア内に流れ込んできちゃうよ?一般人に紛れられてたら攻撃できないし」
「あ、ああ、なるほど。でもエリア政府は俺らの事情なんて知らないんだし、協力すれば作れちゃうんじゃないの?」
「協力?ああ、そっかケンヤは知らないもんね。各エリアの政府なんて、ぜーんぶ継魂者エターナーに牛耳られてるよ」
「は?」
「関東エリア首長は私達の指示通りに動いてるだけだよ。というか、それは全エリア共通かな」
わーお。つまり表の世界でやってる選挙は、操り人形を誰にするかを決める選挙ってわけか。あれ?
「表の人間にバラしてもいいのか?俺らのこと」
「もちろんだめだよ?」
「じゃあどうやって操るのさ?催眠術とか?」
「えっ?ち、ちょっと待ってよ?えーと、うーんと」
「……もしかして、今までの説明って、全部受け売り?」
「そ、そんなことないよ!自分で調べ……」
「誰から?」
「……拓也から」
「素直でよろしい」
なんだか癪にさわるが、帰ったら拓也にちゃんと聞いてみるか。
「そんなことより!早く行こう!ね?」
「へいへい」
台座に少し斜めに置いた卵を乗せたような形のその乗り物には一人用、二人用、八人用があった。四方向に伸びるレールのうち、北西、旧群馬県方面のものを選ぶ。
二人用ということは、少しの間、奈々と二人っきりか。学校の男子に聞かれたら惨殺されそうだな。
中は一人用の椅子が二つ並んでいるだけ。特に座り心地が良いわけでもなく、悪いわけでもなく。俺の自室と同じくらい、何も置いてない。
「本当に移動のためにしか使わないのか?」
「そりゃそうだよ。遠足とかなら地上の電車使えばいいもん。それに、本当に短時間で着いちゃうよ?」
「せめて関東エリア内だけでも、リニア新幹線通せばいいのに。そしたら儲かりそうじゃん?」
「うーん。もう難しい話はやめようよ。頭痛くなってきた」
「はーい。ベルト締めたぞ。準備オッケー」
「じゃあ発進!ポチッとな」
『地下鉄』は滑るように走り出し、少しずつスピードが上がっていく。振り返った時には、既に入り口の光が豆粒のようだった。
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