第14話 守衛

 現在、談話室を出て、事務室受付に向かう途中である。


「ねぇケンヤ。守衛って何?」

「警備員ぽいなにかじゃないか?むしろなんで奈々が知らないんだ?それに戦闘員と事務員以外にも配属先があるなんて、聞いてないぜ?」

「うん、私も初めて知ったもん」

「えー」


 奈々らしいと言えばそれまでだけど。


「まあ受付に着いたら聞いてみようよ。じゃないとケンヤ困っちゃうでしょ?」

「まあそうだけど……」


 事務室に着くとなにやら騒がしい雰囲気が漂っていた。けたたましい電話の音があちこちから聞こえてくる。何事かと思い、通りかかった人に事情を聞いたところ。


「エリアの境界近くに北陸エリアの人たちが集まってるのを見たって情報が入ってきたんだってさ。それでそこ以外にも集まってないか、各地に見張りの手配をしているらしい」

「北陸エリア?またあの人達……やんなっちゃうなぁ」

「また?そんなによくあることなのか?」

「ケンヤも一回会ってるじゃん。ほら、初めて会った時の公園でさ」

「……ああ!あの人か!危うく殺されかけたんだっけ……」

「そうそう。あいつの所属エリアが北陸エリアだったんだよ。ケンヤが継魂者エターナーになった途端に来なくなってたから、やっぱりケンヤを殺すためだったんだね。日を分けて刺客を送り込んできたり、学校に忍び込んで来たりで、大変だったんだから」


 その日々を思い出しているのか、奈々の眼はどこか遠いところを見ているようだった。


「……なんか知らないところで迷惑かけてたのな」

「ちなみに学校は拓也の管轄だったから、ついでにお礼言っといたほうがいいかもよ?」

「……一応ね」


 あいつに護られてたと思うと、なんかぞっとするんだが。


「それよりも、ほら!早く聞いちゃおうよ。『守衛』のこと」

「いや、それには僕が答えるよ」


 振り返ると、ニコニコと笑った拓也の顔が近づいて来ていた。


「あれ?拓也いつからいたの?」

「『ちなみに学校は〜』って所からだね。ケンヤ、お礼言ってくれるんだ?嬉しいなぁ」

「へいへい、助けていただいたけど、感謝の言葉はございません」

「あれ?今おかしかったよね?ほら、もう一回」

「気のせいだろ?」


 絶対認めないぜ?奈々が苦笑しているが、気にしなければ、どうということはない。


「まあいいや。それで、『守衛』だったよね?聞きたいことって」

「そうそう。ついにね、ケンヤにも配属通知が来たんだけど、その先が『守衛』ってなっててね?私も初めてみたからよくわからなくて……」

「無理もないよ。そもそもこの仕事なんて、存在しないのとあんまり変わらないんだから」

「ちょっと待て。今のは聞き捨てならないな。つまり俺は空気同然だと言いたいのかよ?」


 ジリジリと拓也に詰め寄るが、当の本人はどこ吹く風である。


「なんでかっていうと、守衛、つまり本部の警備をするんだけど、その役目が必要なくなったからなんだよ」

「どういうこと?」

「奈々が入るより前の話だから知らなくて当然だけど、昔は設備が整ってなかったんだよ。今じゃ地下要塞みたいだけどね。

 当時は最低限の環境を揃えて、なんとかやってたんだ。人員も少なくって、今みたいに支部がなかったから、他エリアの奴が入ってきてもなかなか気づけなくて大変だったよ。一度は本部内まで侵入されて、焦ったなぁ」

「おいおい、それは流石に……」

「それを教訓にして作られたのが『守衛』なんだ。本部と、その近辺をパトロールして回る役目。戦闘が始まっても、戦場には行けなくて、ずっと本部の警備をしてなくちゃいけなかったから、かなり不人気な配属だったよ。ケンヤ、お疲れ様」

「ハハハ、つまりなんだ。俺は来ることもないだろう敵に備えて、本部を徘徊しながら、これからの継魂者エターナーライフを過ごせと?ハハハハハ」


 乾いた笑い声が虚しく響く。


「でもある意味美味しい仕事だよ?正直、本部を用もなくうろちょろしてたら邪魔だと思われるから、何もしないほうが助かるだろうし、給金もそれなりに貰える。レッツ、ニートラーイフ!」

「冗談じゃねぇよ!みんながどんな眼で俺を見るのか、簡単に想像できるわ!後ろ指差されて、俺の人生詰んじまうじゃねぇか!……拓也お前笑ってんじゃねぇぇぇえ!」


 拓也の胸ぐらを掴んでゆっさゆっさと揺する。首を前後にカクカクさせながらも、面白くてしょうがないという笑い声は、収まることを知らなかった。


ーー


「いやー!やっぱり彼は面白いですね!イジリ甲斐があります」

「あんまりいじめてはかわいそうですよ、上田さん」

「いえいえ、いじめではないです。あくまで、イジッてるだけです」


 参謀長と上田参謀は、作戦会議室で北陸エリアへの対策を話していたところ、モニターの一つにケンヤが写っているのを見つけた。そこで、上田参謀は息抜きついでにと、この映像をメインモニターに映し出していたのだった。


「落ち込んでるかと心配でしたが……杞憂でしたね」

「大将の言う通り、彼はそんな柔じゃないですよ」

「……あなたに目をつけられた新人の方には、毎回謝らないといけないのではないかと、凄く不安になります」

「そこはご心配なく。ちゃんと相手は選んでいますから」

「本当にお願いしますよ?」

「もちろんです」


 この人には信頼を置いていますが、こういう時だけは心配になります……。


「今後、彼が送った生活の記録を取り、この環境に順応できたと分かるまではあの場所に留まっていてもらいましょう。下手に戦場に出せば、生きて帰ってきてくれるのか……安心出来ません」


 結局のところ、上田さんは細川さんのことを気にかけているようですね。ほっとします。


「彼には一度、戦場を見てもらいましょう。奈々さんを教育係としてつけておけば、不測の事態にも対応できると思いますし」

「そうですね、ただ……奈々が人に物を教えるなんて、できるでしょうか?」

「……周りの皆さんが協力してくれますよ、きっと」


 奈々さん、頑張ってください。


「さあ、そろそろ話を戻しましょう。北陸エリアへの対応ですが、今のところ、エリアの境に近い支部に偵察を命じていますが、動きはない、とのことです」

「こちらから手を出してはいけませんよ?そこは徹底させてください」

「もちろんです。向こうに大義名分を与えたりすれば、つけあがってきますからね」

「ひとまず様子を見て、何かあれば本部から准将以上を一名、派遣しましょう。深追いは許されません」

「了解しました」


 上田参謀は指示を出すため、事務室に戻っていった。


「……あの時の大乱さえなければ、北陸エリアとは良い関係を築けたのでしょうか……」


 一人の部屋で、答えの出ない疑問は、いつまでも頭から離れることはなかった。


ーー


 配属決定から一週間が経過した。

『守衛』の仕事は本当に何もないようで、結局、戦闘員の面々と同じようなメニューをこなす生活を送っていた。内容は相当にハードで、この身体でなかったら絶対にこなせないようなものばかりだった。

 具体例を挙げるなら、マラソンとほぼ同じ、四〇キロを一時間半で走りきること。これでウォーミングアップだ。全力で走ればさらに早いタイムも出るだろうと言われているが、やったことはないらしい。

 普段から身体を動かすという習慣がなかったせいか、非常に疲れる。肉体的にも、精神的にも。軍隊に所属している気分だ。帰り道の辛さは地獄に等しい。本部で寝泊まり出来たらどんなに楽だろうか。教育係として頼る様に言われていたので、奈々に聞いたところ。


「構わないけど、今って学校が終わってから訓練に来てるでしょ?ここに朝からいたら、実質二倍になっちゃうよ?」


 ビバ、学校。まさか学校に感謝する日が来ようとは。


 そして北陸エリアについてだが、今のところ大きな動きは見られない。向こうの目的がわからない以上、こちらも対応し辛く、エリアの境は一触即発の緊張感で満ちているそうだ。


 そんな日常を過ごしていたある日。


「おーい、ケンヤー?ちょっと話が有るんだけどいいかな?」


 訓練を終え、久しぶりに談話室でのんびりしていたところで、奈々がこそこそと近づいてきた。


「?いいけど、どうしたんだ?」


 ま、まさか愛の告白……いや、このパターンはそろそろ辞めよう。いい加減に学習しなければ。


「実はね、私も学校に行ってみようと思うの。久しぶりに」

「……え?」

「だから、学校だってば!学校!」

「あ、ああ。そうか、学校か。……無理でしょ」

「え?どうして?」


 本気で不思議だと思っているらしい。そりゃ見た目は高校生だけどさ。首をちょこんと傾けている姿は凄く可愛いけどさ。


「因みにどこの高校に行くつもりなんだ?」

「ケンヤが通ってるとこ」

「それは訓練の一環?」

「違うよ。前に聞いてると思うけど、私達の訓練って別に義務じゃないんだよね。みんな同じメニューやってるのは、その方が効率がいいってだけの話だもん」

「なるほど」

「ね?問題ないでしょ?」


 話が逸れかけたが、問題はそこじゃない。


「うちの学校は私立だから、編入試験とか受ければ入れるとは思うけど……こんな中途半端な時期じゃ入れないんじゃないか?」


 奈々の学力じゃ入れないんじゃないか?という言葉は飲み込んだ。


「ああ、それなら大丈夫だよ?」

「へ?なんで?」

「あの学校って、ここで運営してるところだから」

「ここ?」

「うん、ここ」

「……それは関東エリア本部のことでしょうか?」

「そうだよ?」


 衝撃の事実。まさか生徒の中にも継魂者エターナーがいるとか言わないよな?……既に一人いたか。

 まさか学校の運営までしてるとは。お金のためになんでもやってる……っていうのは言い過ぎか?


「それなら納得。不安がないわけじゃないけどさ。いつから登校するんだ?」

「手続きに時間はかからないと思うから……来週辺りからかな?」

「それって拓也には話した?」

「まだだよ」

「じゃあ、拓也には秘密にしておこう。あいつ驚くと思うし」


 それより、学校に来るかどうかわからないけど。今は週三くらいでしか来てないからな。留年しそうだと思ってたが、こういうことなら関係ないな。


「りょーかい。じゃあ日取りが決まったらケンヤの通信機に連絡入れるね」

「おう、頼むわ」

「それじゃあね。今日もお疲れ様」

「お疲れ様」


 会話を終えると、奈々は自室に、俺は家の帰路に着いた。

 いつもなら辛いだけの帰り道が、今日は飾られた花道のように見える。なぜならば。


 よおぉぉぉしゃぁぁぁあ!ついに始まる!俺と奈々の学園ライフ!ニートライフから勝ち組ライフに下剋上!


 いまにもスキップし始めそうな足を、なんとか残っている理性で抑えつつ、昇天しそうな気分で一夜を過ごすのだった。


 そんなケンヤのテンションの高さの裏で、作戦会議室では、奈々と参謀長が秘密裏に話し合っていた。


「参謀長。ケンヤに学校のこと伝えてきたよ」

「ありがとうございます。中将」

「ねぇ参謀長。名前で呼んじゃ駄目?参謀長って呼びにくいし。ほら!年も近いし!」

「私は構わないんですけど……一応、仕事の場ですから」

「むー。じゃあ仕方ないね。それにしても、またどうして今更学校なの?学校の管轄は拓也……少将だよね?」

「それなんですが……中将にはケンヤさんの監視をお願いしたいのです」

「監視?」

「そう。学校だけではなく、登下校の時が一番不安です。場合によっては、そのままエリア境に救援に行ってもらうかもしれません」

「それは構わないけど……。まさか北陸の奴らの狙いってケンヤなの⁈ しばらく収まっていたからもう諦めたと思ったのに……」

「この時期となると、それ以外に思いつかないのです。ケンヤさんは一人で戦うにはまだ心許ないのです。中将、頼めませんか?」

「もちろん!任せといて!」

「それと、この事をケンヤさんには伝えないで下さい。自分のせいで、なんて勘違いしないように。彼のケースが特殊過ぎるだけですから」

「うん。りょーかい。それじゃあね」

「はい。お疲れ様でした」


 奈々が部屋を出て行ったあと、知らずに張り詰めていた息を吐き出し、椅子に身を預ける。軋んだ椅子に、そろそろ変えようか、と意識の端を持っていく。意識の大半は自分の失態を責めてしまっていた。


 そもそも、ここまでケンヤさんが狙われるのは私のせいです。一体どこからあの情報が漏れたのか。知っているのはたったの三人。私と大将と瀬戸博士。このエリアを一から築いてきたメンバーです。裏切るなんてことはあり得ないはず……では何故?


 真実を曇らせ、思考を遮るように、新月の夜は更けていく。

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