第13話 清水麗矢

 ペーパーテストの翌日、予め予定を聞かされていたので、足取りに迷いはなかった。


 訓練場のドアを開いた時、ついつい「たのもー!」と叫んでしまい、周りの笑い声に包まれ、赤くなりながら目的地を探し出した。

 今日は戦闘員、事務員、どちらになるにも関係なく必須となる、共通の基礎訓練の為にやってきたのだが。どうも嫌な予感がする。


「こんにちわー」

「遅いぞ」


 部屋のドアを開けた途端、不機嫌な声が聞こえてきた。

 ここは例のテストを受けた場所と同じ、『能力判定室』である。最近、継魂者エターナーになる人が減っているので、今では多目的室として使われているらしい。

 そのど真ん中に腕組みをして立っている男に、見覚えがあった。


「あ、適性テストの時にお世話になりましたっけ?その節はどうも」

「ああ、まさか反撃されるとは思ってもいなかった」

「こちらも、まさか寸止めじゃないとは思ってませんでした」

「……ふっ」

「……ふっ」

「「ハーッハッハッハッハッ!」」


 お互いに気が狂ったかのように笑い出す。だがその目は表情とは真逆の感情を表していた。


ーーよくもやってくれたなァ。手加減してやったら調子にのりやがって。覚えとけよ

ーーテストなんだからちゃんと寸止めにしろやボケ。危うく死にかけたじゃねえか!


 心のうちでは、既に第二ラウンドが始まっているのである。

 しかし、今日の目的はそこではなく、あくまで訓練だ。そう、だから事故が起こっても仕方ないのである。事故なのだから。


「いつまでも突っ立ってるんじゃない!俺だって忙しいからな。この訓練はテストの相手をした試験官が受け持つ規則だ。気に入らないが、さっさと終わらせるぞ」

「そうですね。同感です」


 皮肉で返してやったが無反応。愛想ないな、この人。誰かさんを思い出したよ。まああの話を聞いた後じゃ、誰だって悪い奴には思えなくなったけど、それとこれとは話が別だ。


 俺の試験官兼教官を務める男の名は、清水麗矢という。百八十越えの長身と目が醒めるような青い髪が特徴的だ。口調が少しキツめで、はっきりと物を言う。何を考えているかわかりやすく、腹黒い拓也とは実に対照的である。


「この訓練では本当に基礎的なことしかやらない。手加減してやってたとはいえ、俺の攻撃を躱せていたからな。動けることは分かってる。型だけ教えてやるから、あとは自分でやってみろ」

「それは褒めてくれると思っていいんですかね?」

「さあな」


 ほう?それは新手のツンデレですか?


「おおっとそうだ。霊刀を創りだせ。本来ならここで霊刀の創り方を教えるんだがな。お前はもうできてるみたいだし、できないようなら適当な木刀を使う。始め」

「構いませんけど……職務怠慢じゃないですか?」

「馬鹿言うな。こういうのは時間の節約って言うんだよ。ほら、さっさと始めろ」

「はいはい」


 テスト以来、初めて霊刀を創ったが特に問題ない。あとはいかに早く創り出せるかだな。奈々は慣れだと言っていたし、気長にいきますか。


「よし、まずは『一の型』から。単純な刀の振り下ろしだ。踏み込む足は右足。素振り始め!」


 といった『型』を十程度終えたころ。


「よし、そろそろいいだろう」

「終わりですか?」

「『型』はこれで終わりだ。もしお前が戦闘員になったらもう少しやるだろうがな。基礎訓練はここまでだ」

「じゃあこれで帰らせ」

「今から俺と実戦形式で一本勝負だ。俺は寸止めでやるが、お前にはまだ難しいだろう。刺すなり斬るなり、寸止めにする必要はない。行くぞ」


 そう言うと、清水は間をとり、霊刀を創り出して、構えを取る。


「は⁈ いやいや、これおかしいでしょ!なんで訓練が勝負になってるんだよ!」


 ついつい敬語も忘れて、理不尽を訴える。


「知るか!男なら、売られた喧嘩は買うもんだ!」

「んなむちゃな!」


 完全にゴリ押しである。この部屋のカメラは今は停止しているので誰かが助けてくれる可能性は低い。気付いたとしても、誰も助けてくれない気がする。誰だって、とばっちりを喰らいたくはないだろう。


「行くぞ!」

「あーもう、どうにでもなれってんだ!」


 一気に加速してつばぜり合いに持ち込んで……。


 そう思い、一歩目を踏み出したのだが。


「おい、動くんじゃない。首が胴体から離れるぞ」

「は?」


 いつのまにか、目の前に清水が立っている。その手元には、清水の創り出した霊刀。そして、その刃先は俺の頸動脈を切り裂かんとしていた。


「うわぁあ!」


 情けない声を上げ、思わずバックステップ&尻もち。

 実際に怪我をする訳ではないが、いきなり刃物が首に当てられるのは心臓に悪い。霊刀で首を斬った場合、首より下の魂は、脳にある魂の核との繋がりが断たれ、身体から魂が霧散してしまう。そして、大量の魂を一度に失った肉体は死んでしまう。


 ていうか、ほとんど見えなかったぞ……。


 相手の初動が見えたと思った時には、既にこの有様だったのだ。


「お前はまだ目が慣れてないんだろう。しばらくすれば、なんとか追いついてくるはずだ」


 霊刀を霧散させ、さっさと立てと言わんばかりに手を差し出す。その手に掴まり立ち上がったものの、頭の中はショックで真っ白になっていた。


「テストの時、俺がお前の腕を斬った後、そのまま俺に突っ込んできたな。なかなかいい機転だった。一度斬られた肩をもう一度斬らせるなんて、普通は誰も考えない。おかげでお前は、最短距離で俺に近づけたわけだ」


 テストのラストアタックの時。清水の懐に飛び込むための賭けに出た。既に動かなくなった腕ならば、斬られたとしても何も問題ないだろうという、完全に捨て身の突撃。

 もし、あの時の一撃が横薙ぎであったら。拓也に試験終了のブザーを鳴らされ、そこでゲームオーバーだったに違いない。


「実戦であんなことはするんじゃないぞ。命がいくつあっても足りないからな」

「はい……」

「どうした、急に元気がないじゃないか。まあいい。訓練はこれで終わりだ。ゆっくり休めよ」

「ありがとうございました……」


 清水が部屋を出て行った後もショックは抜けず、その場に立ち尽くしていた。


「本当に手加減されてたんだな……」


 一人の部屋に、呟きが虚しく響く。


 心のどこかで侮っていた。最初から霊刀があったら、勝てていたんじゃないかと。

 甘かった。完敗だった。悔しさも屈辱も、何も湧いてこない程の、圧倒的な実力差。

 あの段階にたどり着くまでに、一体どれだけの時間が必要なのだろうか。きっと十年や二十年ではないだろう。こんなこと、少し考えれば分かることだったはずなのに……。

 最近は精神攻撃が多過ぎる。少しは休ませてくれよ。


 シャワーを借りて汗を流した後、また通信機で事務室受付に呼び出された。また何か予定があるのかと勘ぐったが、ただ書類を受け取れとのことだった。

 なんの変哲もない茶封筒を渡されたが、中を見る気も起きず、談話室の机に放り出し、そのままぐったりとしていた。

 BGMのクラシックが心に染み入ってくる。普段はつまらないと思うのに、こういう時はクラシックが有難いと感じる。随分と都合のいいことだ。



 時刻は午後八時。

 あれから一時間近く経過していた。

 なんとか身体を持ち上げ、家路に着く。家に帰ってみると、珍しく二人とも帰っていないようだった。空腹を訴えるようにお腹が鳴るが、食欲は湧かない。何もやる気がしないのだ。自室のベッドで横になり、気持ちの整理をしながら、だんだんと夜は更けていった。



 今日も本部に足を運ぶ。

 通信機に連絡が来ていないということは、一日自由、ということだろう。そうなれば、一晩で前向きに切り替えたこの気持ちを余らせておくのは勿体無いと、訓練場に足を向けた。

 すると、第一訓練場から賑やかな声が聞こえたので、中を覗いてみた。


「ほら次!」

「奈々の連勝はこの俺様が止めアブォファ!」

「はい次!」


 どうやら組手のようなものをやっているらしい。次々と奈々への挑戦者が現れるものの、ほとんど瞬殺。奈々は一体何人の相手をしているのだろうか。


「お!ケンヤくん。君もボコボコにされてきたらどうだ?悪くないぞう」

「いやー、あれは流石にキツイですよ」


 なんだそのドM発言は。まさか、この周りの男共。奈々からのご褒美目当てか……。いや、なんでもない。きっと思い違いだ。

 ここは奈々に見つからないうちにそっと部屋を出て……。


「あっ、ケンヤじゃん!タイマンしようよ!タイマン!」


 タイマンとか、女の子のセリフじゃねーよ。


「いや、俺はちょっと用があるから……って!何するんですか!」

「おら!奈々からのご指名なんだからきちんと相手しねーと!」

「そんな、ちょっと待って!」


 抵抗する間もなく囲まれ、奈々の前に放り出される。


「さあケンヤ、勝負!」

「いや、俺フェミニストだから女の子を殴るなんてとんでもな」

「大丈夫!ケンヤに殴られるなんて有り得ないもん!」


 俺の言葉を遮って悪戯っぽく笑う奈々の顔は可愛いが、今のセリフはいただけないぜ?


「ほーう?じゃあ俺は殴るどころか、奈々をお姫様抱っこしちゃおうかな〜?」

「ふふふ、そんなことは百年早いね!」


 今のは結構リアルだなあ。百年ってとこ。本当にかかりそうだ。


「行くよ!」

「こいや!」


 今度は油断しない。初動でなんとか動きを予測しないと!


 集中すると、少しずつ周りの音が消えていった。奈々の動きに、全神経を集中させる。


 その時だった。突然、目が熱くなり、視界に変化が訪れた。奈々の全身に、白いものが漲っているのが見えてきたのだ。

 それは次第に奈々の右足に集まっていく。全体的に見て、右足の白い部分の濃度が高くなっているのだ。

 白の移動が終わった瞬間、奈々の右足が地面を蹴り、右足に溜められたものが一気に解き放たれる。

 凄まじい跳躍だった。奈々とケンヤの間は約十メートル。それを助走など一切なしで、一直線に飛んできたのだ。その速さは凄まじく、身体が反応できない程だった。

 奈々の拳が吸い込むようにボディに決まり、「オゲホォ」と呻きつつ、派手な音を立て床に背をつけた。

 途端に騒がしい音が戻ってくる。気付けば視界も元に戻っていた。


「いよっ!流石中将!新人相手でも手加減ないですな!」

「ちょっと!その呼び方止めてよね!普段は関係ないんだし、結構恥ずかしいんだから!」

「いやー、流石中将殿。敵いませんな〜」

「ケンヤまで!もー知らない!終わり!解散!」


 完全に拗ねてしまった奈々は、そのまま訓練場を出て行った。


「なあケンヤ君。女の子にボロ負けしたからってあんまり気にすんなよ?ここで奈々に勝てる奴なんて大将くらいしかいないんだしさ」

「なるほど、だから中将……」


 前に拓也の言っていたことを身を以て確認した、って所か。


「僕も上がります。お疲れ様でした」

「おう、また今度な」




「あっ、ケンヤお疲れ様〜」

「ああ、お疲れ様」


 シャワーを借りた後、談話室に行くと、いつもの場所を奈々が陣取って待っていてくれた。


「さっきはごめんね。あざとかは……まあ心配ないか」

「ああ、本当にダメージ回復も早いな。便利だよ、この身体」


 先の仕合ではお腹への鈍い痛みの代わりに、あるものが手に入ったので、実はかなり上機嫌だった。


「……ケンヤさ。見えてたでしょ?私の動き。目が完全に私を追ってたのが分かったよ」

「へ?あ、ああ。なんとかギリギリだけどな。もしかして、手加減してた?」

「いや、そんなことないよ?少なくとも昨日の清水さんと同じか、それ以上のスピードは出したつもり」

「そっか……よし。ていうか、清水さんから聞いたのか?昨日のこと」


 そう、今日は見えたのだ。奈々が言うには同じくらいのスピードらしい。これはかなり大きな進歩だと思う。見えないものが見えるようになったのだから。手に入ったというのは、このほんのちょっとの『自信』のことだ。


「うん、実は清水さんに頼まれてね。訓練の時に落ち込んでたみたいだから、なんとかしといてくれって。詳しく聞いたら、これこれこういうことだって言われたの。それで訓練場で待ってたんだけど、練習の相手してくれって言われて暇つぶししようとしたらあんなことに……」

「なるほどね。大人気だな」

「あんまり嬉しくもないけどね」

「むさい人ばっかだもんな。鍛えてるしゴリゴリな感じで」


 そんでもって、みんないい人ばっかだな。こんなこと、口が裂けても言うつもりはないけど。それにしても『なんとかしといてくれ』の答えが腹パンとは……結果オーライか。


「それと、用がもう一つあってね」

「そうなのか?」

「うん。これなんだけど」


 そういって渡されたのは、昨日の茶封筒だった。


「ああこれ。完全に忘れてたよ」

「忘れ物ってことで、受付に預けられててね。ついでだからって頼まれたの。重要書類らしいよ?」

「えっそうなの?それじゃ早速開けてみますか……」


 大雑把に封を破り、出てきた書類を読み上げる。


「配属通知書、細川ケンヤ殿。能力判定テスト及び事務試験の結果から、貴殿の配属先を『守衛』とする。以上」

「へ?」

「は?」

「「『守衛』?」」

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