第12話 生きるということ

 翌日、本部に着くと通信機に通知があった。

 昨日上田さんに教わった通り、ペーパーテストをやるので事務室横の試験室まで来い、との事だった。適性テストの時とは違い、学校の教室くらいの大きさの部屋だったが、椅子と机が一つあるだけで、他に何もないのは同じだった。


 今回はカメラもついてないみたいだな。見られている感じがすると、落ち着かないし、精神的にも随分と負担になる。カンニング防止も何も、この部屋には監督のお姉さんと俺しかいない。部屋に入る前に持ち物チェックで携帯も回収されてるし、問題無いんだろう。


 ペーパーテスト、実際紙に書くのではなく、3Dタブレット上で操作を行い問題を解いていく形式。これ自体は学校の定期テストと大差ないので、違和感は感じなかった。


「始めてください」


 監督のお姉さんの合図で3Dタブレットのスイッチを入れる。

 試験の時に使われるタブレットは、ほとんどの機能が使えなくなっている。使えるのは試験用のアプリだけ。3Dの画面は本人しか見えないのでーー仕組みはんからないがーー現代のテストでカンニングをするのとはほぼ不可能と言っていい。


 さあ、こんなものはサクサク解いて、さっさと終わらせてやるよ!



 一時間後。

 そこには燃え尽きた戦士ケンヤの姿が。


「適性テスト及び本テストの結果を考慮し、後日配属先をご連絡致します。明日は戦闘員、事務員共通の基礎訓練が御座います。お疲れ様でした」


 ほとんど耳に入っていなかった。おぼつかない足取りで寮の談話室に辿り着く。

 中では何度か挨拶を交わした事のある、見覚えのある人が何人かいたが、俺の顔を見るたびにギョッとし、何があったかを察してハッとした顔した。何かを小声で相談した後、慰めるように俺の肩を叩きながら談話室を出て行った。どうやら一人にしてくれるらしい。

 椅子に深く腰掛け、大きな溜息をついた後思ったことはたった一つだった。


 ここに拓也が居なくて本当に良かった……。


 今は精神のキャパシティーが限界で、とてもあいつの相手をできそうになかったからだ。

 結果をお伝えしよう。……一問もわからなかった。

 そもそもレベルが高い上に、本当に『事務能力』に特化された問題で、一般の高校生がこんなの解けないだろ!と叫びたいという衝動に駆られる程だった。実際に叫んで不正行為になったとしても、点数に変動はなかっただろうが。


 談話室のドアが開き奈々が入ってきた。風呂に入ったばかりのようで、下ろした髪が艶やかに光り、随分と色っぽく見えた。


「あっ、ケンヤお疲れ様。……やっぱり零点だった?」

「……ご想像にお任せします」


 やっぱりだなんて失礼な。でも実際そうだので、何も言い返せない。


「気にすることないよ。私も零点だったもん。あのテストで点を取れる人って、ほとんどが元ビジネスマンでああいう仕事をやってた人達だから」


 ーーって上田さんに言われたんだよねぇ。


 昔、自分も同じ様に落ち込んだ時にかけてもらった言葉を思い出していた。


「や、やっぱりそうだよな!あんなの高校生が解けるもんじゃないよな!」


 うんうんと自分を落ち着かせるように言い聞かせている所に、今度は精神を壊滅させる、あの悪魔がやって来た。


「あ、ケンヤ。やっぱり零点だった?」


 ……同じセリフでもここまで差がでるか。気分的に。


「あーそーですよ。零点ですよ!と言ってもあれじゃお前だって大差ないんだろ?」

「あっ、ケンヤ。それは聞かないほうが……」

「えっ?」

「僕?僕は満点だったよ?」

「えっ?ごめんなんか幻聴が……パードゥン?」

「満点だったよ?」


 奈々の、『テストと聞いて意識が飛ぶ』という事を、今なら理解できる。そんな自分がいた。


「お前!満点とか、どんな不正をしたら取れるんだよ!その方法、なんで昨日教えてくれなかったんだ!」

「別に不正なんてしてないよ。失礼だなぁ。昔父さんの手伝いしてたから、ああいう仕事に慣れてるだけだよ」

「父さんって……いや、もういいや。なんか悪かった」


 ある事を察してしまったのだ。


「やだなぁ。気にしないでよ。むしろここの人達はそういう人の方が多いんだから。ね?」


 拓也は奈々に向かって同意を求める。


「うん……そうだね。いつまでもくよくよしてられないし!」


 少し暗い顔をした後、取り繕うように笑顔を見せたが、心の表情は全く隠せていなかった。


 この奈々の顔は一度見たことがある。あれは俺の人生のターニングポイント。継魂者エターナーになって、奈々と初めて会った時。


『残念だけど、不死ではないんだ。あくまで歳を取らないってだけ。強い人は永遠に生き続けることができる。

 だから『エターナー』って呼ばれるんだよ。それが本当にいいことかどうかは、別としてね……』


 奈々が言ってたのは、こういう事か……。

 生き残る為に闘い、生き残っても、周りの大切な人達はいなくなってしまう。

 これは継魂者エターナーの宿命なのだ。俺の周りの奴らも、いつかは死んでしまうだろう。親父、お袋。大して仲の良い友達がいないのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。


「ほとんどの人が、この事で一度悩むんだよ。恋人や家族がどんどん老いていくのに、自分だけはいつまでも変わらない。過去には自殺してしまった人もいるくらいさ」

「だから私たち継魂者エターナーは、仲間を家族と思って、すごく大事にするんだよ。どんな時もお互いをカバーして、助け合って生きてるの」


 ……学校での上辺だけの付き合い、友人関係など、本当に馬鹿らしく思えてくる。お互いに軽口を叩きながらも、心の奥では信頼している。今現在、こんなに暖かい場所は、他にないのかもしれない。


「悔しいかな。二人のことが羨ましいよ」

「ケンヤ、それじゃ他人事みたいだよ?言ったでしょ?ここにいる人達って。ケンヤが含まれてないなんて、そんなのあるわけないじゃん!」


 奈々はそう言って、俺の手を強く握ってくれた。


 本当に暖かい。これは、きっとどんな時も、いつまでもそうに違いない。


「あれー?ケンヤどうしたの?顔が真っ赤だよ?」


 ニヤニヤしながらそれを見ていた拓也がちゃちゃを入れる。


「な!おまっ、何言ってんだよ!全然そんなことないっての!」


 握られていた手を慌てて引っ込める。……少し名残惜しかったが。


「この話はここでおしまい。楽しい話じゃないんだしさ。そんなことよりもケンヤの配属、楽しみだね〜」


 悪魔の笑みを浮かべる拓也は、俺の感情補正も手伝って、かなりさまになっていた。


「このやろう……俺の不幸は全部お前が押し付けてきてんじゃねえのか⁈ この諸悪の根源め!」

「ははは、なんとでも呼ぶがいいさ!」


 実は普段通りに戻った雰囲気にほっとしたなんてこと、拓也には絶対に秘密にしておこう。





 ここは事務室の奥に存在する、『作戦会議室』。関東エリアの全ての継魂者エターナーに指示を出し、予算などの本部の運営に関する、全ての決議を行う場である。

 ここに入ることができる者は限られている。まず、この関東エリアの実質的なリーダーである『参謀長』。それを補佐するために選ばれた、総勢十名からなる『参謀』と呼ばれる者達。そして、このエリア最強の継魂者エターナーである『大将』。

『参謀』は参謀長が適任だと考える人物が選ばれる。その人物の人柄はさることながら、予想外の事態への対応力、判断力が求められる。大抵は事務員として、高い能力を持つものが選ばれる。

 この十一名で決議は行われる。『大将』はその特権により、本部エリア内で行けない場所が無くなるというだけで、実際のところ、会議室ですることなど、何もないのだ。

 しかし、今行われている決議には、珍しく十二名全員が揃っていた。その議題とは。


「たった今、細川ケンヤさんのペーパーテストの採点が終わりました。結果は……よくあることです。先日の適性テストの映像と併せて、これを最終決定とします。何か異議がありましたら、挙手を」


 参謀長は少し冷たいとも思えるような、透き通るような声で会議の開始を告げる。


「よろしいですね?では、前回の決議の振り返りから始めましょう。上田さん、お願いします」

「はい。前回の結果は九対二で細川さんの戦闘員配属に賛成となっていました。初の実戦に近い状況で霊刀を創り出すことに成功し、試験官に『戦闘不能』と判断されず、制限時間を生き延びた。その史上二人目の快挙により、非常に高い評価を彼に与えました」


 実際のところ、拓也がなんとなく続けさせたら、たまたまうまくいってしまっただけのことなのだが、その偶然が思わぬ所で働いていた。そして史上一人目とは、ご存知、大堀奈々だ。


 そして、もう一つ。上田さんだが、あの上田さんである。昨日、ケンヤがお礼に行った時、ちょうど会議が始まる寸前だった。それでああいうセリフが出てきたのである。『参謀』は常に会議室にいるのではなく、普段は事務員として働き、会議や有事の際にこうして集まっているのだ。


「試験官が『清水麗矢』だったことも評価するべきだと考えます。手加減していたとはいえ、彼に一撃でも入れられる者は、エリア内に数える程しか存在しません」


 参謀の一人が主張する。


「前回反対されていたのは上田参謀と、参謀長だけでした。理由をお聞かせ願いたいのですが」


 また違う一人が声を上げた。

 上田参謀と参謀長はアイコンタクトを交わし、どうするか相談したようだったが、結局参謀長が答えることにしたようだ。

 先ほど『上田さん』と言ったことや、このやり取りで、参謀長と上田参謀との関係をなんとなく掴むことができる。


「わかりました。説明しましょう。私が細川さんの戦闘員配属に反対する理由は一つだけです。

 それは、彼の行動が私の作戦理念に反する、というものです。私が作戦を考案するとき、まず最初に考えることが、『いかに被害を減らすか』ということです。最小限の戦力と物資。長く戦いを続けるに当たり、欠かすことのできないものです。そのために、一戦一戦での死傷者を、可能な限り抑えることが必要です。

 そこで重要なのが、実際に戦うことになる、戦闘員達の判断力。私は、敵と味方のデータを比べ、個々の戦闘が有利になるように作戦を組みます。しかし、現場ではデータに依らない部分が、少なからず存在します。当然相手も人間で、何が起こるかわからない。私は経験したことがないですが、戦闘時は一瞬の判断や閃きが全てを決めると聞いたことがあります。

 その話を聞いて、私が戦闘員に定めた最優先事項が『逃げること』です。逆境に陥った時、何よりも自分を大事にして、命を守ること。勝てない相手と判断したら、すぐに逃げること。皆さんは敵前逃亡だというかもしれませんが、そうなってしまったこと自体、私の力が及ばなかったということなのです。もし、全員が逃げ帰ってきたとしても、それは私の責任です。それを受け止め、もう一度作戦を組み直します」


 そう宣言する彼女の目は自信に満ちており、周りの参謀達はそれに引き込まれていた。


「話を戻しましょう。今の話を聞いて、細川さんの適性テストに思い当たる節があると思います。戦闘中盤当たりまではほぼ完璧といえるでしょう。勝てない相手と判断し、うまく攻撃を躱し続けていました。その後、霊刀を創りだそうとして隙を見せ、攻撃を受けてしまいました。

 問題はその後です。左腕が完全に使用不可となった中で彼は試験官に向かって行きました。あの時は上手くいったかもしれませんが、もし、あの場が戦場で、戦闘を続けていれば、間違いなくケンヤさんは死んでいたでしょう。今後の成長を考えれば、それは、この関東エリア全体の大損害です。そんなことは決して有ってはならない。

 もちろん、彼は私の作戦理念を知りませんし、最優先事項のことも知りません。そこは仕方ないともいえるでしょう。しかし、本当に危ない場面で自分を動かすのはその人の本質です。彼は今回、それを充分に晒してくれました。

 恐らくですが、彼は、私の最優先事項を守ることはできないでしょう。頭ではわかっていても、いざという時にどうなるか……。それが不安なのです。

 これが、私が細川ケンヤさんを戦闘員に配属に反対する理由です。いつかは戦闘員になって頂くつもりですが、今はその時ではないと考えています。以上です」


 全員が慎重に考え始めた。細川ケンヤをどうするか。この話を聞いた以上、簡単に結論は出せなくなっていた。

 一人を除いて。


「参謀長。そんなに気負う必要はないんだぜ?俺たちは強いし、お前の作戦はいつも成果がでてるじゃねぇか。アイツだってそんなに柔なやつじゃねえよ。俺が保証する」

「……ありがとうございます。こういう時だけは、大将が頼りになると実感できます」

「おうおう。言ってくれるじゃないの」


 そう言いつつハッハッハッと笑うその顔には、この二百年近く、エリア最強で在り続ける誇りと自信が満ち溢れ、参謀長とは違った安心感を周りに与えるのだった。


「さあ、そろそろいいでしょう。これが細川ケンヤさんの配属の、最終決定です。戦闘員配属に賛成の者」


 あれだけいた賛成派は、見る影もなくなっていた。


「では、戦闘員配属は見送りとし、参謀長の認可でのみ、細川ケンヤさんの処遇を変更できるものとします。皆さん、お疲れ様でした」


 上田参謀の合図で会議は終了したかに思われたが。


「ところで、細川ケンヤさんはどうなるのですか?ペーパーテストの点は察しますが、戦闘員でもないとなると……あそこですか」

「ええ、あそこしかないでしょう。ある意味保留のようなものですから、あそこで充分です」


 ここで上田参謀が、自分で気づかないうちにニヤリとしていたのを見逃す者はいなかった。


 そしてこの頃、ケンヤがくしゃみを連発していたのは言うまでもない。

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