第11話 上田秋穂
「あっ、ケンヤ。やほー。結構遅かったね」
「おーす。まーいろいろあって」
緩く、のんびりとした奈々らしい挨拶に癒されながら、寮のドアをくぐり、談話室に向かう。ここまでの経緯をお伝えしよう。
放課後。
結局家に帰り、荷物を放り出し、動きやすそうなスポーツジャージに着替え、家を飛び出した。電車が出そうになっていたので急ごうと走り始めて、特に時間を決められていなかったのに気がついた。
ならいっそのんびり行こうと、電車を見送り、この帰宅ラッシュの少し前の閑散とした駅に、一人で座って待っていた。
次の電車は特急で、主要な駅でしか止まらない。こんな住宅街の駅に止まらないのは当然だった。実はこれに乗っていれば学校から本部付近まで直通で行けるのだが、家に帰るという選択をしたので、この電車は関わりのないものだった。
ホームを高速で駆け抜けていく。それを何気なく見ていたが、一つのことに気がついた。
見えるのだ。中にいる人がくっきりと。スマホをいじっている人や雑誌を読んでいる人、帰宅途中の学生が話している顔まで判別できる。まるでコマ送りだ。
「こりゃスゲェな」
継魂者エターナーは身体能力が強化されるという話は聞いていた。その恩恵は動体視力にも来ているということを身を以て知ることができた。
しかし今の俺を見ている人がいたら、さぞドン引きだっただろう。電車を見ながら無意識にニマニマと笑い、「スゲェ、スゲェ」とブツブツ呟いていたのだから。
そんな一つの発見とともに、次の電車で本部まで運ばれてきたのだが、大事なことを忘れていた。
どうやって入ればいいんだ?
昨日奈々から教えてもらったのは例の入り口だけ。昨日は午前中の中途半端な時間のおかげで人もいなかったのだが、今は学校も終わり、仕事から帰ってきた人もちらほらしている。そんな場所でアレを動かすのは流石に……。
そんな時、通信機から振動を感じ、ポケットから取り出す。電話のようだ。
「もしもし?」
「もしもし、ケンヤさんですね?こちら事務の上田です。ゲートの前をぶらついてどうしたんですか?不審者にしか見えませんよ?」
「……どっから見てるんですか?」
「そこにカメラがついてるでしょう?」
「……俺ってあなたと会ったことありましたっけ?」
「いえ、初めてですが?何でしょうか?新手のナンパか何かですか?」
「……なんでもないです……」
……なんていうかなー。ここの人ってみんなこんなんなのかな?すごいグサグサくるんだよね。しかも初対面。いや、この場合まだ会ってもいない。
「結局どうされたんですか?」
「あ、周りに人いるし、ゲートを開けられそうにないけど他の入り口の場所を聞いてなくて……教えてもらえませんか?」
「なんだ、そんなことですか。はやく言ってくれれば不審者なんて思いませんでしたよ?まったく……」
「ハハハ……」
あなた、こっちが用件言う前に言ったよね?不審者って。
「右方百メートル程先にコンビニがあるでしょう?そこの店員に通信機を見せてください。裏口を使わせてもらえます」
「そうですか。わざわざすみません」
「いえいえ、仕事ですから」
……電話越しにバカにしてる感じが伝わってきてるぞ。本当にここの奴らは以下略。
さて、敷地内に入った所で、例のアパートを探すとしますか。エレベーターに乗らないと、地下まで降りられないし。
うっすらとした記憶を頼りになんとかアパートに到着。しかし、ここでも問題は発生した。
「このエレベーター。どーやったら下まで行けるんだ?」
落ちるだけなら簡単だ。前回と同じように、風呂場に入って鍵を締めるだけ。……罠が発動してくれなければおそらく死んでしまうが。
これも前回は奈々が準備してくれたので、ロック解除とでもいえばいいのか、とにかく手順がわからない。
すると、ゲートの時と同じ振動が、ポケットから伝わってきた。嫌な予感。
「もしもし?」
「もしもし、ケンヤさんですね?こちら事務の上田です。エレベーター前で」
「実はですねっ!エレベーターの使い方がわからなくて困ってたんです!」
同じ手は食わんぞう。
「ちっ。そうですか。ではお教えしますね……」
今のは空耳かな?舌打ちなんてするはずないよね!
かくかくしかじかで、なんとか今に至るのだが。これは例の上田さんに物申さねばなるまい。
「なあ奈々。上田さんって知ってる?」
「上田さん?ああ、あの人か〜。やっぱりなんかあったの?もぐもぐ」
こっちが何か言う前に『やっぱり』ってことは、その筋で有名なんだろうか?どういう人かは奈々の苦笑いが雄弁に物語っている。
ところでそのお菓子、どっから出てきた?
談話室で椅子に腰掛けながら話していたのだが、気付かないうちに奈々はお菓子を食べ始めていた。
「いや、ここまで来る途中にいろいろ案内してもらったんだけどさ。その、電話口の対応が……」
「そうそう懐かしいな〜。上田さんね。新人相手だと意地悪しちゃうんだよ。虐めてるわけじゃなくてね?まだ慣れてなくて、緊張したり、固まっちゃったりしてる人をリラックスさせようとしてるんだよ」
「そうかなぁ」
なんとも疑わしいことだ。だって舌打ちまで聞こえてきたぞ?
「年上とかの人には流石にしないみたいだけど」
「まあそりゃあそうだよな。あれ、かなりダメージでかいし」
当に毒舌って感じ。
「私も新人の時はお世話になったなぁ。今は普通に話せるし、いい人だよ?」
「そうか……まあ何にせよ、お礼も兼ねて挨拶してこなきゃな。顔も覚えてもらった方が何かと都合もいいだろうし」
「うん。賛成かな」
談話室を出て、事務室に向かう。
実際、事務室には用があった。昨日の呼び出しについて、しっかりと理由を聞いておきたいというものだ。前回の適性テストみたいに、いきなり始まるのは御免被る。こっちにだっていろいろあるのだ。心の準備とか。そうある意味でなく、本当に心臓に悪いのだから。
事務室に到着。
「すみません。上田さんはいらっしゃいますか?」
「上田さんですか?少々お待ちください」
この受付のお姉さん。上田さんって聞こえた時、一瞬眉がピクッてなってたぞ……。この人も同じ道を辿ってきたんだなぁ。
「お待たせしました。初めまして、上田秋穂と申します」
お姉さんと入れ替わってやって来たのは、眼鏡をかけた完全無欠なキャリアウーマンだった。あいや、風貌がね?
「初めまして、細川ケンヤです。先程はお世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ、たどたどしい説明になってしまい、申し訳ありませんでした」
『お世話』の所に力を入れて皮肉にしてやったのだが、どこ吹く風、全く気にする様子もなくニコニコしている。
とんだ女狐だな……。
この感想はそのまま容姿にも当てはまる。かなりの美人であるのだが、どこか狐っぽい雰囲気が漂っている。少しつり目気味なのもそうなのだが、やはり内側から湧き上がる何かがそうさせているのだろう。先入観を捨てきれてはいないから、それも関わっているかもしれない。
「それで、ご用件は何でしょう?」
「ええとですね。実は昨日、こんなメールが届きまして。わざわざ連絡でくるようなことではない気がしたので、もしかして何か特別にやることがあるのかと心配になったのですから」
「なるほど、少々お待ちください」
そう言うと、3Dタブレットを取り出し、空中をスクロールし始めた。俺の日程を調べてくれているらしい。そういう風に、普通に対応してくれればいいのに……。
「お待たせしました。本日は特に任務、試験等はございません。後日の日程としては、明日、3Dタブレットに関するペーパーテスト。二日後、訓練場で基礎訓練を受けて頂きます。その後、ペーパーテストと先日行った適性テストの結果で配属先が決定致します。おそらく今日の用件は『さぼるんじゃねぇぞこら』位の事だったと思います」
……途中までは良い感じだったんだけどなぁ。最後にジャブがくるとは思わなかったよ。しかし、ここは俺も華麗に流してやろうじゃないか。いつまでも舐められたまるもんですかい。
「そうですか。どうもありがとうございます」
「では失礼します。あと、これくらいのことでいちいち私を呼ばないでください。他にも仕事がありますので」
「そ、そうですか。なんかすみませんでした」
「わかればいいんです。それでは」
ほっほー。ついに隠す気もないじゃないですか。ジャブどころか右ストレートだよ。だいたい呼んだのはお礼を言いたくて来てもらっただけで、今の用件はついでだってのに!
そうしてモヤっとした気持ちのはけ口を見失いながら、受付の前で立ち尽くすのであった。
談話室に戻ると奈々と拓也がなにやら楽しそうに話していた。
「あ、ケンヤ。話聞いたよ?上田さんに絞られてるんだって?」
面白くて堪らないという気持ちを隠しもせず、ニコニコーー俺にはもはやニヤニヤに見えるーーと笑いながら聞いてきた。
上田さんって誰かに似てると思ったら、コイツだったか。敵が二倍になってしまった。
「まあな。でも奈々に聞いたらいい人だって言うから、別に気にしてねーよ」
少なくとも、表面上は。
「確かに上田さんは優しいから。そのうち仲良くなれるよ」
「そうあって欲しいもんだね」
「それで、用事の方はどうだったの?」
奈々としてはそっちの方が気になるらしい。
「ああ。それなんだけど。明日はペーパーテスト、明後日は基礎訓練だって。訓練の方はともかく、ペーパーテストって具体的にどんな……って、奈々、どうしたんだ?」
「……はっ!えっ、何?どうかしたの?」
「いや、なんか我ここにあらずみたいになってたから……」
「あっ、うん。確かにちょっと意識が途切れたかも……。でも大丈夫!」
いや、大丈夫じゃないでしょうよ。突然意識が飛ぶって。ほら、そこの狐がプルプル身体を震えさせちゃってるじゃないか。
「おい拓也。お前も大丈夫か」
「いや、だって、奈々がペーパーテストって単語を聞いた途端、眼から、光が、すごいお腹痛い!」
……笑いながらヒーヒー言ってやがる。こんなの見るのいつぶりだろう。あっ、昨日見たか。
「で、ペーパーテストーー今度は奈々も耐えたようだーーって結局何なんだよ?3Dタブレット関連の事だって聞いたけど」
ようやくまともな状態に戻ってきた拓也に答えを求める。
「ああ、それは配属先を決めるのに必要な物なんだ。この前の適性テストが実戦の力を測る為に行われる様に、ペーパーテストは事務能力を測る為に行われる。適性テストがもちろん優先されるけど、そこで判断に迷った時に参考資料として使われるんだよ」
「なるほど、点数が高ければ事務員として採用されるって訳か」
「そうなるね」
「事務員になる気がない俺としては無用の産物だな」
「いや、一概にそうとも言えないよ?」
「なんでだよ?」
「やっぱり戦闘員は花形だからね。少なくとも一般並みとして認められないと行けないから。こっちの方も」
そう言ってトントンと自分の頭を叩く。
「つまり、脳筋って馬鹿にされるって言いたいのかよ?それを言うなら奈……いや、なんでもない」
「気持ちはわかるけど、なにせ強いから。ここは実力主義の世界でもあるんだよ」
当の本人は不思議そうな顔で俺たちの顔を交互に見ていた。
「まあいいさ。適性テストは今更どうしようもないし、やるだけやってやんよ!」
自分の心の変化はなんとも気付きづらいものだと、後々になって思うのだった。
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