第10話 引っ越し

風呂から上がると、親父がリビングで大の字になっていびきをかいていた。季節は春なわけで、ダラっとなる気持ちはわかるけど、これじゃ自宅警備すらできていない。なんせ平日の昼間なのだ。会社の休みは土日だったはず。……つまりはそういうことなのか。

 何にせよ、引っ越しのことはちゃんとしないといけないだろう。いざとなれば本部で暮らすってことまで言わなければ。


 ん?本部のことって、言っちゃまずいよな?ホテルに泊まるって言ったら取り合ってもらえないし、下宿って言っても挨拶に行かれたら困るし。さてはて、どうするか。


 うーん、と悩んでいると、お腹がなった。まだ昼飯を食べていなかった事を思い出し、冷蔵庫を漁り始める。


 昨日の夕飯の残りは……ないな。朝飯で全部食べちゃったのか? あれ?朝飯?……はっ!そういえば、昼飯どころか朝飯も食べてないぞ?道理でふらふらする訳だ。なんだか頭も痛くなってきた。あの嫌な夢を見たのも多分そのせいだろう。うん。


 冷蔵庫を閉じて食品庫を開けてみる。カップ麺が二個あったので、それを食べることにした。両方に湯を入れて三分待つ。


 ……暇だな。とりあえず、目を瞑ってカウントダウン。待つ時の三分はどうしてこうも長いのか。かと言って何か暇つぶしを始める程の時間でもないし。もどかしいな。おっと。そろそろか。三……二……一……いただきます。ってあれ?


 目を開けると、そこにあったはずのカップ麺が一つ消えていた。


「は⁈ 」

「いやー、わざわざ俺のために二個目を作ってくれるとは。父親想いの息子に育って、父さんは嬉しいぞ。じゃ、いただきます」


 と言うとズルズルと音を立てながら食べ始めた。


「ちょっと待てよこのニート!」

「は?ニート?誰のことだ?」


 親父はわざとらしく周りを見渡す振りをして、その間もちゃっかり麺を食べ続ける。


「返せやそのカップ麺!いややっぱ食べかけなんてもう要らないけど!それは俺の久々のご飯なんだよ!」


 成長期に二食抜くってことがどれだけ辛いことなのか。こいつはわかってない!ほら、お腹もグルルルって狼みたくなってるし。


「は?でもお前寝てたじゃん。麺が伸びたら勿体ないと思って良心で食ってやってたのに。てかそれ伸び始めてるぞ」

「ん?ああほんとだ。サンキュ……なんていうかこのやろう!寝てたんじゃなくて、いろいろ考え事してたんだよ!」

「お前が考え事?ふーん。まあ食べちゃったんだし、諦めな」


 親父が手をひらひらと振りながらリビングのソファーに座り、テレビのスイッチを入れてくつろぎ始めたのを見て、結局諦めざるを得なかった。


 結局これか……。親父はいつもあんなんで会社で迷惑とかかけてないのだろか?かけてるだろうなぁ。まさかその結果がこの状況なのか……。

 もういいや。この十六年間でだいぶ慣れてるし、いちいち根に持ってたらきりがない。それよりもこの麺をはやく食べてしまおう。


 飯をほとんど掻っ込むように食べると、親父を恨みがましく一睨みしてから自分の部屋に戻る。


 引っ越しのことは夕飯の時に話そう。お袋もその場にいた方がいちいち説明しなくて済むし。それまでどうするか……。よし、寝るか。さっきみたいな悪夢なんざそうそう見るもんじゃないし。えっ?勉強?ハハハ、ナンノコトカネ?


 そう決めてベッドに転がると、いつの間にか意識は薄れ、二度寝に突入していった。



 お袋に夕飯が出来たと呼ばれるまで、三時間近く寝ていた。いよいよ決戦の時。


 ていうか、よく考えたら別に大したことないよな!いざとなったら家出でもなんでもして、本部で生活すればいいんだから!……穏便に済むに越したことはないけど。いや、なんとかそうなってほしい……。


 内心少し緊張しながら食卓に向かう。この程度で緊張とか、チキンの極みじゃないだろうか。


「ケンヤ遅かったなぁ。はやく食べようぜ。腹減ってるだろ?」


 誰のせいだよ!っと心の中でツッコミをいれて、席に着く。


「「「いただきます」」」


 三人で黙々と食べ始める。

 普段なら誰かが口を開くのはずだが、なんとなく俺の雰囲気を察したのか、二人とも黙ったままだった。


 よし……いざ。


「あのさ、引っ越しのことなんだけど……」

「ああ、あの話、無くなったから」

「やっぱり俺だけでもここに……は?」


 今なんて?


「あのね、ケンヤ。その事なんだけどね。ケンヤが飛び出した後、会社の方から連絡が来て、どうも間違いだったって連絡がきたのよ。私も最初はお父さんがまた適当なこと言ったのかって疑ってたんだけど」


 お袋はじろっと親父を睨みながらそう教えてくれた。親父が家の中でどれだけ信用がないのかよくわかる。


「いやいや、俺でも流石にそこまでいい加減じゃないって」


 親父にも多少の自覚はあるらしい。


「つまりは、なんにもなかったってこと……?」

「そういうことになるな」

「そういうことは昼の間に言ってくれよ……。人のラーメン食ったりしないでさ!」


 おかげで無駄に気疲れしたじゃないか。もちろん声にはださないが。


「しょうがないだろ、忘れてたんだから。だいたいお前が急に飛び出したりしなければって話だ。仮にも高校二年生だろ?中身はともかく」


 親父にだけは言われたくないな。


「あーもう。わかったよ。昨日は急に飛び出してさーせんでした。これでいいかよ?」

「俺はともかく母さんにはちゃんと謝れ。心配してたから」


 要するに親父は心配してなかったと。予想通りだな。でも確かに、お袋には悪いことしたな。


「ごめんなさい」

「次からはちゃんと連絡しなさいね?」


 それは家出としてどうなんだ?まあいっか。


「要するに、引っ越しの話は無くなり、今まで通りこの家で暮らす。それであってる?」

「その通りだ。……なんだ、随分と気の抜けた顔をして。ほっとしたってか?」

「さーね」


 図星だが、ここで答える義務はない。


「ご馳走さま!」


 残りのご飯を飲むように食べ、慌ただしく自分の部屋に戻り、ベッドに横になる。この天井を見るのも、今日は何回目だろうか?


「随分と濃いというか、忙しいというか。変な日だったよなぁ」


 そう口に出すと、この二日間のことが思い出された。そして、この異常な状況にビックリするほど順応している自分に気がついた。


 今までケンカもしたことないやつが、急に戦闘するなんて正気の沙汰じゃない。もしかして、俺にはその類いの才能が……なんてあるわけがない。

 何もかも人並みだ。度胸に関してはそれ以下だ。これは自分を卑下してるんじゃなくて、事実そうなんだ。

 俺に憑依してる魂は、一体全体何を考えているのだろうか。いや、意志なんてものはなくて、偶々俺に入ってきただけなのか。よくわからない。なんにせよ、この状況からは抜け出せないだろう。抜け出す気なんてさらさら無い。なんだかんだ、楽しんでいるからな。なにより、奈々がいるのが素晴らしい……ん?


 何度も寝返りをしているうちに忘れていた物があるのに気がついた。


 本部からの帰り際、奈々から貰った例の通信機……制服に入れっぱなしだ。取ってくるか。


 風呂に入った後、放置されていた制服から通信機を取り出し、ポケットにしまう。制服の方は今洗濯すれば朝までには乾くはず。


 自分の部屋に戻り通信機のスイッチを入れる。基本的な操作は、従来のスマートフォンと大きな差はないようだ。画面には基本的なアプリがズラリと並んでいたが、どうも使うのはこの『メール』と『電話』だけになりそうだ。


 スイッチを切ろうとしたところで、いかにも初期設定な着信音が鳴り響く。メールだ。内容はこうだった。


『明日、学校が終わり次第、本部に出向くこと。以上。』


 完全な事務のメール。だが、今まで通り学校に通わせて貰えるということは理解できた。忙しくなればそうも言っていられないだろうが、ある程度普段の生活を送ることができそうだ。


 明日も本部で何かするのか?するだろうなぁ。わざわざメールが来るくらいだし、新米はやる事が多そうだ。例えるなら、学校の入学までの手続きやら必要な物を揃える準備とか、そういった感じの。

 そう考えると、また気が重くなってきた。明日は普通に学校に行けるんだし、さっさと寝るか。今日は本当に寝てばっかな気もするけど。


 奈々曰く、継魂者エターナーは眠くならないそうだが、それが疑わしく思える程、簡単に意識は落ちていった。



 次の日の学校。

 拓也はまた休んでいた。聞いた話では俺の監視が仕事だったようだから、もう学校に来ることもないのかもしれない。何も知らない周りからしたら、ただの不登校としか思われないだろう。まだ四月。拓也と仲の良いやつもクラスにはいないだろうから、気にするやつもいない。


 俺は日常生活のため、なんとか『こっち』の友達を数人作った方がいいかもしれないな……。両親に気づかれない為にも、その方が都合がいい。



 放課後、本部に行こうとして考える。移動手段についてだ。

 現在の関東エリアでは電車での移動が主流になっている。

 石油を使って走る車は金持ちの贅沢品、もしくはコレクションとなっている。それは第三次世界大戦による、石油の高騰のためである。


 第三次世界大戦の際、世界中にある天然資源、主に石油は、今まで以上に世界中で消費されていった。その結果、当時の科学者の石油は『まだ百年近くは保もつだろう』という研究結果は、全く意味を成さなくなり、再調査の結果、四十年程度しか残っていないということが判明したのである。僅か三年の間に、通常の消費量の約二十倍が消え去ったのだ。

 今まで石油に頼り切った生活をしていた人類は、この事態にようやく危機感を持ち始め、国は自然エネルギーを見直し、本格的な研究に乗り出した。

 それから二百年近くたった今、自然エネルギーの電気への変換効率は格段に上がり、家の屋根には進化したソーラーパネル、風力発電の風車、水素を利用した発電所、場所によっては水力発電や地熱発電。それは極々普通のものになっていた。原子力発電はしばらく残ってはいたのだが、無駄な資金がかかる上に廃棄物の処理の場所が無くなったということで数十年前に全国で完全に廃止された。電力会社は最後まで駄々をこねていたが。

 紙はほとんど再生紙が利用され、学校では一人一台、学校から貸し出される3Dタブレットーー画面が使用者にだけ3Dで見えるようになり、操作は画面をタッチして行うーーを利用して授業を行うことも少なくなかった。教師は使い方さえ覚えればプリントを作るより、データのやり取りの方が格段に楽なので好んで使う者も多かった。

 その他の石油を使う物のほとんどは廃止、もしくは紙のように、再生紙などのリサイクルで使われているのが現状だった。


 ここまでの石油が無くなったという話をしつつも、実際のところ、石油自体は世界中に残っていた。サウジアラビアを筆頭とする石油産出国はもちろんのこと、アメリカ、ロシア、フランス、イギリス等々、世界中の国が貯蔵していたからだ。その中には当然、日本も含まれている。

 その理由は当然、戦争への備えである。この二百年の間、自然エネルギーの研究は大きく進み、今では火力発電なしでも、全国の需要を賄えるだけの電力は生産できている。

 だが、戦争となれば勝手が違う。普段よりも多くの電力を使う事はもちろん、何より自然エネルギーを利用するための設備には問題がある。

 それは持ち運べないこと。ソーラーパネルくらいならどうとでもなるが、風車や発電所などを戦艦に取り付けるわけにはいかないからだ。現代の兵器は大量の電力を消費する。故に、戦争の際はどうしても石油が必要になるのだった。


 まとめると、先の研究結果は、あくまでこれから産出することができる量にすぎない。しかし一般人が日常的に使用する余地がないのは確かなのであった。


 話を戻そう。

 電車は主流と言うだけあって、かなり細かく、街中に張り巡らされている。電気自動車はあるにはあるが、あまり使われない。電車の方が早い上に、ある程度の近さまで行けば徒歩でいけてしまうし、何より駐車場がある場所は少ないので、逆に不便とも言える。

 昔は地下鉄というものがあったそうだが、同じような働きをしていた物がなぜ無くなったのか。小さい頃、不思議に思っていたが、理由は一昨日判明した。

 本部の位置は、家を挟んでちょうど反対側だ。

 いつも乗降する駅を通り過ぎて行けなくもないが、一度家に戻りたい。そうすると、また違う駅で乗車したほうが本部の近くに降りれるし……。まっ、そんなに急ぐ旅路ではござんせんし、ゆっくりと参りましょうか。

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