第7話 瀬戸研究室—2

 第一印象は、ゆったり、だった。

 身体付きからも、口調からも。とにかくゆっくりゆったりとしたイメージを受けた。

 差し出された手に応えるために、握手。ついでに自己紹介をしとこう。


「こちらこそ、初めまして。細川ケンヤです」


 正しい礼儀作法なんてわからないし、とりあえずお辞儀しておけば問題ないだろ。

 そう思い、頭を下げようとすると、


「あ、そんなに固くならなくていいよぉ。ゆっくり、くつろいでいってねぇ」


 と、ニコニコしながら椅子に座り直した。


「あ、ありがとうございます」


 一段落ついたところで部屋の中を見渡してみる。

 研究室と言っても、沢山コンピューターが並んでいたりとか、複雑な機械がピコピコ光っているとかとは違い、むしろ素朴な下町の工場にいるような感覚だった。


「結構予想と違ったんじゃない?」


 と拓也が耳打ちしてきた。

 同じく耳打ちで、


「ああ、なんかもっと科学臭のするところかと思ってた」

「うん、実は博士ってコンピューターとかは全然使えないんだよね」

「そうなのか?じゃあどうやって研究してるんだ?今時コンピューター無しなんてほとんど聞いたことないぞ」

「うーん。まあそもそも博士の研究してる分野にはコンピューターが要らないといえば要らないから……」

「分野って、継魂者エターナーに関することだろ?確かに魂なんて非科学的なもんだし、一理あるか」

「うん、その研究の成果ならもうすぐ分かると思うよ。奈々はそれ関連で呼ばれてるはずだし」

「なるほどな。じゃあ見てのお楽しみってことで」


 と、会話を終わらせたところで博士が居なくなっていることに気が付いた。


「あれ?奈々、博士はどこ行ったんだ?」


 振り返った奈々はむくれた顔をしていた。


「二人が話してる間に私に渡す物を取ってくるって言って倉庫の方に行っちゃったよ」


 と言うと、今度は両手を腰に当て、如何にも怒ってます、みたいなポーズをとった。


 もしかして、奈々さんご立腹でいらっしゃる?


「てゆうか、今日二人とも内緒話二回目!気になるから私も混ぜてよ!まったく!」


 プリプリと言う音が聞こえてくるようだった。

 怒ってる奈々も可愛いなぁと、のんびり考えながら博士を待つ。

 奥に見えるドアの中が倉庫らしい。どんな物が置いてあるのか。ちょっと気になる。


「お待たせぇ」


 倉庫から出てきた博士は何か持っていた。あれは……、


「鞘?」


 刀とワンセットとも言うべき『鞘』。これが今回のメインってわけか。


「あっ、博士ありがと〜。随分早く修理出来たんだね」

「そんなに激しい損傷じゃなかったからねぇ。手直し程度で済んだんだよねぇ」


 そう言って奈々に鞘を渡す。


「大丈夫だと思うけど、確認してみてくれるかねぇ」

「うん。りょーかい」


 奈々は軽く目を瞑りふっと息を吐いた。


 刀を出すのか。そういえば俺がやった時は大分時間が掛かったけど、奈々はどれくらいで創れるんだろうか。数えてみよう。


 右手が輝き、そこには刀が握られていた。


「刀を創りあげるまで二、三秒くらいか。流石に早いな」

「そう?まあこれは慣れが物を言うから、ケンヤはゆっくり慣れて行けばいいよ」


 奈々が鞘に手を掛け、ゴソゴソやり始めたのを見て、


「そういえば、ケンヤには霊刀とか継魂者エターナーの詳しいことは話してなかったよね?奈々の調整が終わるまでの間に説明しておくよ」


 と、懇切丁寧にいろいろと教えてくれた。


「つまり、試験の時に左肩から先が動かなくなったのは霊刀の影響ってわけか」

「そうそう。ケンヤはすぐに理解してくれるから助かるよ」


 言われたことをちゃんと頭で整理出来たの、今回が初めてだけどな。自分で体験してきた所為か。


 あれ?ちょっと待てよ?


「質問があるんだけど」

「うん。好きなだけどうぞ」

「霊刀は物に干渉できないんだよな?なら鞘って意味ないんじゃないか?」

「おっ、いいとこに気がついたね。確かに霊刀自体は物質に干渉できない。逆も然り。でも世の中、何事にも例外って物が存在するよね?」

「その例外ってのがこれか?」

「その通り。奈々、それをケンヤに持たせてみて」

「りょーかい。はい、ケンヤ」

「お、サンキュー。ってあれ?かなり軽いぞ?」

「そう。実はその鞘。殆どプラスチックでできてるんだ。普通の刀なら鉄とか作られてるんだろうけど」

「プラスチック?その例外ってプラスチックのことなのか?」


 拓也は首を横に振って、


「プラスチックは形を作る為のもので、大事なのはその中身なんだ」

「中身?」

「それが、瀬戸博士が『博士』たる所以でもあるよ」


 博士を見ると少し照れくさそうにこっくりと頷いた。中身と言われたので鞘の中を覗いてみる。


「中には何も無いぞ?」

「あっ、そういうことじゃなくて。鞘に厚みがあるよね。その間に入ってるんだよ」

「?どういうことだ?」

「えーっとね、鞘の一番目外側の層がプラスチック。二番目の層が例の物で、三番目の層がまたプラスチックっていう構造になってるんだよ」

「挟み込まれてるってことか?」

「そうなるかな」

「よし、分かった。……で、そろそろ正体を教えて欲しいんだけど」

「そうだね。あんまり焦らしてもしょうがないし」

「いつも単刀直入だとありがたいね」


 と、意味もなく嫌味を言ってみる。すると、拓也がにやっとした。


  どうやらここからが本題らしい。やれやれ。

 話が始まる前に鞘は奈々に返しておくか。調整も途中みたいだし。


「じゃあ話の続き、頼むわ」

「了解。博士が長い間研究して発見したものなんだけど……『糸』なんだ」

「糸?縫い物に使うやつだよな?」

「形状がそうなってるからそう呼んでいるだけで、用途は全くの別物だよ」

「えーと、例外だっけ?物質は霊刀に干渉できないっていう特徴の。てことは……」

「ご名答。この糸は物質でありながら霊刀に干渉できる。今の所そんな特徴を持っているのはこれだけだよ」

「ふぇーなるほどね。そんな物を見つけたなら、博士が『博士』って呼ばれて当然ですね」


 と博士を褒めると、また少し照れくさそうにしていた。


 面白いな、この人。


「正式な名称は『縛ばく』。半径五センチ以内に存在する魂を霧散させずに保持する力がある。これが発明された時の衝撃は凄かったね。」

「そこまでの事なのか?この…縛ばくだっけ?の効果は」


 いまいちよくわからない。拓也がそこまで言うからには凄いんだろうけど。


「日常生活では殆ど使わないだろうね。でも、これが戦闘、特に大規模戦闘になった時に鞘が有るのと無いのじゃ全然違うんだよ」

「と言うと?」

「一番大きなメリットは、霊刀を手から放した状態で持ち歩けること。

 縛ばくを使った鞘にいれておけるからね。手に持ったまま歩きまわると維持の為にずっと魂を消費しなくちゃいけなくなる。長時間の戦闘では少しでも魂の消費を抑えたいから重宝するんだ」

「でも別にずっと持っとく必要もないんじゃないか?一回霊刀を消して必要な時にまた創れば解決じゃねーの?」

「それだと逆に無駄が大きいよ。霊刀をまた一から創り直してたら魂の消費が倍になるじゃないか。それに不意打ちを受けた時に咄嗟に対応できないだろ?」

「おお。なるほど」


 なんかいろいろ考えられてるんだな。今更だけどなんも考えてなかったわ。


「話の腰を折って悪かった。続きを頼む」

「うん。戦場での他の利点は細かいことが多くなるね。戦闘になれば実感できると思うけど」

「なるほどな。楽しみにしとくよ。もし戦闘員になれたらの話だけどな」

「あっ、アハハ……」


 こいつ、忘れてたのかわざとなのか。相変わらず何考えてるかわかんないな。


「で、戦闘でのってことはまだ役立つ方面があるわけか」

「もちろん。戦闘の時よりもダイレクトに利益を産んでるよ」

「だいたい想像つくけどな」


 この答えには自信があったので挑発代わりにドヤ顔してやる。


 拓也のやつ、俺をバカ扱いしかけてる気がするからな。ここで反撃してやるぜ。


 すると、挑発に乗ったのか、急に意地の悪そうな笑顔で、


「へー、じゃあこれはケンヤに答えてもらおうかな。凄い自信満々だしさ」


 ふと思ったんだが。こいつドSなんじゃなかろうか。

 いいさ。拓也がSだろうがMだろうがおネェだろうが。俺の知ったことじゃない。そんなことより、さっさと鼻を明かしてやろう。


「どうせ鞘を売ったんだろ?

 この技術が東京エリアにしか存在しないなら、他のエリアは喉から手が出るほど欲しいよな。

 研究されることも考えたら、さぞかし法外な値段を設定しただろうよ。

 違うか?……って、二人ともどうしたんだよ?」


 ドヤ顔第二弾をかましてやろうと思ったら、奈々と拓也が唖然とした表情を浮かべていた。


「ケンヤってやればできる子だったんだね……」

「そういう頭の回転の速さを普段の生活に活かせばいいのに…はぁ」

「おいこらそこの二人。流石に馬鹿にしすぎじゃないですかね? 言っとくけど、俺の頭の良さは平均くらいで、人並みだからな⁈」


 これ以上言っても駄目だろう。拓也は素知らぬ顔でスルーだし、奈々に至ってはもはや聞いていない。

 ていうか、奈々はいつから話を聞いてたのか。調整とか終わったんなら一声かけてくれればいいのに。

 ……気づいたらもう七時か。学校に行く前に少し休みたかったんどけど、しょうがないか。博士に挨拶して、そろそろ退室させてもらおう。


「博士。今日この後学校があるんで先に帰らせて貰いますね。お疲れ様でした」

「わざわざ来てもらって悪かったねぇ。気をつけて帰ってねぇ」


 と、にっこりして手を振ってくれた。


 一応、拓也にはいろいろ教えてもらったんだから、お礼の一つくらい言っとくか。


「拓也、いろいろ説明ありがとな。ほんと、助かってるよ」

「これも新人教育の一つだから気にしないで」


 むっ?なんかちょっと上からじゃないか?やっぱり馬鹿にされてるよな……。俺は器のでかい男だから別にいいんだけどね?

 ただどうしても言いたいことがある。これだけは今解決しないと。


「あとさ、さっき話してた時にそれとなく気づいてもらおうとしたんだけど」

「うん。何かな?」

「この左腕。早くどうにかしてくれ」

「「あっ」」


 奈々と拓也がいかにも『やべ、忘れてた』みたいな顔をしながら俺から目を逸らした。


「二人ともこっち向け」


 二人の視線を無理矢理戻させる。


「これだけ不自然に左腕がぶら下がっているのに、どーして二人とも気づかないのかなー?まさか気がついてて放置してたなんてことはないよねー?」


 ゆらりと二人に詰め寄ると、その分だけ二人が後ずさる。


「ケ、ケンヤ、誤解だよ。実は完全に忘れてたーなんて思ってないし、後でちゃんとケアするつもりだったんだから!ほ、ほんとだよ!」


 そう言う奈々の目は泳いでいる。


「いやー、ごめんゴメン。まあ正直、ケンヤだし自分でどうにかするかなーって」

「お前は堂々としすぎだ!あとせめて取り繕え!」


 なんか泣きたくなってきた……。

 俺はこいつらと一緒で無事に生きていけるのだろうか……。

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