第6話 瀬戸研究室—1

 試験が終わった。

 これで戦闘員か、事務員かの適性とやらが決まってしまうらしい。

 奈々と拓也からは、


「大丈夫!きっと戦闘員に選んでもらえるよ!」

「むしろ戦闘未経験であそこまで出来たんだから、十分すぎるんじゃないかな」


 と励ましの言葉をかけて貰ったが、あまり頭には入ってこなかった。

 最後までやりきれなかった所為か、自分が上手くやれたという実感は全くない。


「まあ、しょうがないよな。事務員になっても全力でやればいいさ」


 なんて、二人には強がって見せたが心が晴れることはなかった。

 ただいま午前五時。

 あの殺されかけた時からたったの五、六時間程度しか経っていない。

 気分的にはもう二、三日経っているんだけど。

 テストで疲れたのでそろそろ休みたいと言うと、奈々が宿舎まで連れて行ってくれることになった。


「そういえば、徹夜状態なのに、全然眠くないな。まああんな事すれば当然か」


 寮に着くまで黙っていては奈々と二人っきりの時間が勿体無いので、適当な話を振ってみる。

 すると、隣を歩いていた奈々が、


「それもあると思うけど、継魂者エターナーは基本的に眠くなったりしないんだよね。

 もちろん寝ようと思えば寝れるし、あんまり長い間寝ないでいると、脳が休まらなくて無駄に疲れちゃうから、普通はみんな夜になると寝てるよ?」


「なるほどね。俺もそうしようかな。起きてても特にやることないし」


 何気なく聞いたら結構真面目な話が返ってきてしまった。こういう時、次に何て言えばいいのかさっぱりわからん。

 てゆか、継魂者エターナーの特徴とかってたくさんありそうだなぁ。ある程度覚えないといけないかな……。

 なんか嫌な予感がする……。いや、気にしたら負けだな。うん。


「そういえば、俺今日も学校あるんだよ。荷物とか全部家だから、一回帰りたいんだけど?」


 と奈々に聞いてみる。

 すると奈々は不思議そうな顔をして、


「学校?今日、これから?」


 と返してきた。


「そう、今から。とゆうか、奈々だって学校とかあるんじゃないのか?高校生だろ?」

「高校生?私が?……あーっ!そーいえば私って元は十七歳だもんね!忘れてたよ〜」


 クスクス笑い出す奈々。


「元は?今だってどうみても十七歳だろ?まさかその見た目で五十歳とか……あっ」

「そう、気付いた?前に言ったでしょ?継魂者エターナーは歳をとらないって。私がこうなったのは十七歳の時だから、見た目はそのままだけどね」

「じゃあ本当は何歳なんだ?」


「なーいしょ!」


 と、はぐらかされてしまった。

 まあ別に奈々が何歳だろうと関係ないよな。自分も同じ立場だし。

 もう少し歩くと、『社員寮』と書かれた札がかけられている扉が見えてきた。


 ……ここって宿舎だよな?なのに名前が社員寮って……会社じゃないのにおかしいだろ……。はっ!まさかここって給与制度とかあるのか?

 闘うサラリーマン、細川ケンヤ。

 なんちゃって。


「さ、入って入って〜」


 と、まるで自分の家かのような振る舞いで扉を開ける。

 入り口横にはカードの読み取り用の機械が置いてあった。

 奈々はそこに自分の名前の書かれたカードを差し込む。


「居住者はこのカードで出入りを管理してるんだよ。ケンヤもここに住むなら発行して貰えると思うけど……」

「いやいや、確かに本部のすぐ隣は便利だけど、ここから家までそんなに遠くないから遠慮しとくわ」

「だよね。家があるならそこに住んでくれた方が部屋を無駄に使わなくても住むし、本人もその方がいいよね。普通」

「む、無駄……。俺ってそんなに必要でもないのか……」

「あっ、ごめん。今なんて言ったの?聞き逃しちゃって」

「いや、何でもないよ……」


 本人は無意識だろうし、自分の心の傷はそっと塞いでおく。

 話を変えよう。なんか話題はないかな。あっ。そういえば前に奈々が闘ってるを少し見たけど、かなりの実力だった気がする。圧勝だったし。

 確か豊臣秀吉の魂が入ってるんだっけ?そりゃ強いに決まってるか。実際のところ、俺の中の魂はどんなやつのものなのか。

 今まで結局、誰も教えてくれていない気がする。

 聞いたらマズイのかもしれないけど、まあものは試しというやつで。


「ところで奈々。俺の中の魂って結局誰のものなんだ?最初に会った時に俺のこと監視してたって言ってたじゃん?もしかして結構有名な人とか……?」

「あれ?まだ言ってなかったっけ?ケンヤに憑依してるのはね……」

「あっ、いたいた。奈々、ケンヤ、探したよ」


 突然呼ばれて会話がストップする。


 あっ、これはまた聞けない予感。


 振り返るとこちらに向かって拓也が歩いてくるところだった。

 試験の後、拓也は誰かに呼ばれたのでそこで別れていたのだが……。


「もしかして、俺らも呼ばれたのか?」

「うーん、まあメインは奈々なんだけどね。ケンヤのことを話したら、ついでだから一緒に会いたいってさ」


 なるほど。俺はオマケか。


「私がメイン?てことは、あれができたのかな?」

「じゃないかな?思ったよりも早くできたね」

「一体なんの話だ?」


 まあ俺は新人だししょうがないけど、俺一人だけなんの話かわからないのはなんかモヤっとする。


「大丈夫。すぐに分かるよ。ついて来て」


 と拓也が言うので、大人しくついて行くことにした。


「ところで、どこ行くんだっけ?」


 少し歩いたところで、目的地を聞いてなかったのを思い出す。


「『瀬戸研究室』って場所だよ」

「研究室?それってこの関東エリア本部の敷地内にあるのか?試験前に案内してくれた時には聞いてないぜ?」

「あれは大まかに、主な場所だけを選んで回ってたからね。細かい部署ならけっこたくさんあるから。それに時々何してるのかわからないようなとこも……」

「……それってもはや、部署っていうか同好会とかそういうレベルなんじゃ……」

「そう言われても全く否定できないところが悲しいね」

「あっ、そういえば。私どっかの部署に入ってた気がするよ?どこだったかな?」

「はっ?奈々は戦闘員のグループに所属してるんだろ?二つの部署に所属とか問題無いのか?」

「うん、なんかね。結構前になるんだけど、暇な時に宿舎でぼーっとしてたら知らない人に話しかけられてね。僕を助けると思ってここに名前とサインを書いてくれーって言われたから、はい、わかりましたーって、書いちゃったんだよね。今思い出すとどっかの部署への申請書だったような……」

「はあっ⁈ なんの説明も受けず、書類の中身も見ずにサインしたのか?」

「うん。そうだけど?」

「……あのさぁ奈々。この本部の中にはいないと思うけど、世の中には借金の連帯保証人やら違法な契約やらがあってだね」

「ナニソレオイシイノ?」

「急に何故片言⁈ しかも美味しい⁈」

「あー、ケンヤ、ちょっとこっち来て」


 歩みを止めた拓也は俺を奈々から離れたところまで引っ張っていく。


「な、なんだよ急に」

「えっと、ケンヤ?人は誰だって得意なことや苦手なことがあるよね?」

「ああ、そりゃそーだろ」

「奈々は、戦闘員の中でもかなりレベルが高いんだ。魂のおかげってのもあると思うけど、何より本人の戦闘センスが半端じゃない。僕が今まで見た事のある人の中で十の指に入ると思う」

「マジかよ⁈ 奈々ってそこまで強いのか」


 奈々の方をチラリと見ると、何話してるの?とでも言いたげな顔でこっちを見ていた。


「そう、それでなんだけど……ほら、例えば何か人よりもズバ抜け出来ることがある人って、他のことがあんまりできないってことが……」

「あー、わかったわかった。皆まで言わなくていい」

「察してくれた?」

「もちろん。さっきの奈々との会話と今の拓也の話を聞けば、嫌でも」


 要するにアレだ。奈々はビックリするくらいのバカってことだ。脳筋。戦闘バカとも言うか。

 そりゃ本人の前では言えないよな。


「みんなその辺は暗黙の了解って感じになってるからよろしく頼むね」

「はいよ」

「ねぇねぇ、二人で何話してたの?」


 ちょうど会話が切れたところで、我慢しきれなくなった奈々が近づいてきた。


「別になんでもないよ。ね、ケンヤ」

「ああ、なんでもないって、本当に」

「あー!絶対何か私の事話してたでしょ!」

「いやー?全然違うことだけど?」

「ウソっ!ケンヤ、ニヤニヤしてるじゃん!」


 なぬ?自分ではポーカーフェイスのつもりだが。


「まあまあ、奈々、落ち着いてよ。研究室までもう少しで着くしさ。さっさと用事を済ませちゃおうよ」

「むーっ!まあいいけど!」


 ほっぺを膨らましてぷいっとそっぽを向いてしまう。

 そんな子供のような可愛らしい仕草をする奈々を見た時、顔が赤くなっていたのは内緒にしとく。

 幸い、二人ともこっちを見てなかったし。


 もう少し歩くと、例の分かれ道に戻ってきた。


「この先はどの道で行くんだ?やっぱり本部の近くにあるのか?研究室ってくらいだし」

「普通はそうかもね。でも本人の意向で、かなり変な所に入り口があるんだよ。ある意味では本部にも近いかな」

「ある意味?」

「お楽しみってことで」


 そう言いながら拓也の向かった先は、エレベーターホールだった。


「こんなとこに入り口が?」

「そうなんだよ。すごく分かりづらくてね。新人で何も知らない人がここにお使いを頼まれて、泣きそうな顔してウロウロしてるなんて風景も、珍しくないくらい」

「そりゃ俺はラッキーだったな。無駄に精神的ダメージを受けなくて済む」


 半分苦笑い。


「ほんと、笑い事じゃないよ。えっと、スイッチを押さないと……」


 拓也はエレベーターのボタンに向けて手を伸ばした。

 が、押したのはボタンではなく。

 ボタンの少し下辺りの、何もない位置だった。


「……拓也、なにやってんの?まさか近視?」

「心配してくれるのはありがたいけど、僕の視力は正常だよ。もうちょっと待ってて」


 少し待つと、先程押した位置の壁がゆっくりと変形し、壁からボタンが出てきた。

 下方向を示すボタンの形を。


「下向き……?てことは……」

「そう!研究室って地下にあるんだよ!ビックリした?」


 と奈々がドヤ顔で教えてくれる。


「いや、今いるとこだって地下だろ?ビックリはしたけど」

「よし、さっさと用事済ませちゃお?」


 全然聞いてねー!これも奈々らしい、と言ってしまえばそれまでだけど。


 小さく溜息をついている間に到着したエレベーターに乗り込む。


「研究室って深いとこにあるのか?」

「いや?大した深さじゃないからすぐ着くよ。ほら」


 エレベーターが止まり、ドアが開く。


 廊下を少し進んだ先に見えるのは、飾り気のない、病室に使われているようなスライドドア。


「ここが『瀬戸研究室』?」

「そうだよ。博士が待ってる。行こうか」


 やっぱり研究室だから博士がいるのな……。


 先頭を歩いていた拓也がドアをノックする。


「博士。二人を連れてきました。入れてください」


 途端、ドアのカチリと解錠された音が聞こえてくる。

 ドアに手をかけ、スライドさせる。


「失礼します」


 部屋に入ると、お腹のでた、黒の天然パーマの髪を持つ、恰幅のいいおじさんが椅子に座って待っていた。


「わざわざありがとねぇ、拓也君。よく来たねぇ、奈々君。あっ、それと、初めましてだねぇ。ケンヤ君」


 立ち上がり近寄ってきて、俺に手を差し出した。握手を求めているようだ。


「私の名前は瀬戸雲水。よろしくねぇ」

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