第5話 試験官室にて
ケンヤのテストが折り返しを迎えた頃。
奈々と拓也は試験官室で重苦しい雰囲気に包まれていた。
ガラス越しに直接見るのではなく、部屋に設置されたカメラの赤外線センサーを使い、二人の位置と大まかな動きをモニターで観察していた。
煙の中でも必死に逃げ惑うケンヤの息が上がり、苦しそうにしているのが見えるような気がした。
「ケンヤ、頑張ってるね」
奈々は不安そうに、ずっとモニターを覗き込んでいる。
「そうだね。実力にかなり差があるはずだけど……。あれが戦場での勘ってやつかな。羨ましいよ」
小さく笑いながらそう言いつつ拓也は別の事を考えていた。
奈々は特に何も思わないみたいだけど……ケンヤの動きが少し、不自然な気がする。
ケンヤが刀を躱し始めるタイミングが、煙に視界を奪われているこの状況にしては少し早いように思える。
もちろん、あくまでも主観でそう言っているだけで、実際現場に行ってみたらそんなに酷い状況でもないのかもしれない。
頭ではわかっていても、どうしても気になってしまうのだった。
まさか本当に勘で避けたりしてないよね?
そう考え、一人心の中で笑ってしまった。
「あっ、拓也見て!」
奈々に呼ばれて、考え事を中断しモニターに注目する。
が、その変化は、モニターを見る必要のないものだった。
ガラス越しに、ケンヤがいるであろう場所から光が届いてきていた。
「これは…『霊刀』の光……!」
「拓也、いつのまにケンヤに霊刀の創り方を教えてたの?」
「僕は教えてないよ。むしろ驚いているくらいさ」
霊刀とは
自分達の中にある魂の一部を具現化させ、武器として使っているのだ。
霊刀を維持するには、自分の魂を常に少しずつ送らなければならない。
その為、一度手から離れると刀を形取っていた魂は霧散して消えてしまう。
霊刀の大きな特徴は二つ。
一つ目は、物体に干渉することができないということ。
物に触れられないのである。
何かを斬ろうとしてもすり抜けるだけで何も変化は起きない。
同じように物体側から霊刀に干渉することもできない。
ただ、一部の例外があるのだが、それについてはまた別の機会にする。
なお、霊刀同士はお互いに干渉できるので相手の刀を刀で受けるということは可能である。
二つ目は魂を斬る事ができるということ。
対継魂者戦では、物質的な刀や剣などより、よほど役に立つ。
なぜなら
つまり、身体の自然治癒力も上がっているので軽い刀傷などは数秒で回復してしまうのである。
他にも物質である分重い、常に携帯しなくてはいけないので不便であるなどデメリットも多い。
今までの説明は物質的な物と比べての話だったが、本題はここから。
それはどこか一箇所に固まっているのではなく、一部を除き、混ざり合うように身体中に均等に広がっている。
身体中を流れる血液をイメージすると理解しやすいだろうか?
霊刀はその魂を切り取ることができるのである。
例えば。
「ケンヤ!危ない!」
霊刀を創ろうとして無防備になったケンヤに試験官が斬りかかっていた。
奈々は聞こえるはずもないケンヤに向かって叫んでいる。
「これは……まずいかもしれない」
刀を避けきれなかったケンヤは左肩を触って一瞬不思議そうな顔をした後、肩から先が動かなくなったのに気付いたようだった。
霊刀の影響である。
身体の神経などに問題はない。霊刀は物質には干渉しないからだ。
では、なぜ動かないのか。
今ケンヤは左肩から先の魂を完全断ち切られている状態にある。
どういうことかというと、左肩の存在が脳から消えているということなのだ。
魂には核のようなものがあり、大抵の場合、それは脳に宿る。
先述した、『固まっている魂の一部』である。
身体の末端などの魂がその核との接続を絶たれると、切り取られた分の魂は身体から消え、霧散してしまう。
すると、核の影響を受けている脳は、切れ取られた部分の存在を忘れてしまう。
神経が繋がっていても動かない理由はこれだ。
しかし、そうすると
そうならない理由も方法も、ちゃんとある。
まずは理由だが、それは『意識』の問題である。
不思議なことだが脳は忘れても、意識には残っているのである。
一日を過ぎると意識からも消えるようであるが。
普通、意識は脳からきているはずである。脳が忘れれば意識からも消えるはずだと。
この理由はまだ解明されていない。一応の仮説はある。
それは、『斬られた瞬間のイメージが脳に貼りつく』というものである。
脳自体は忘れているのだが、一時的な作用として意識には反映されるのではないか、ということだそうだ。
おそらくそれで正解だと自分では思っている。
そして、重要な治し方について。
身体中の魂を利用して、切断された部分に魂を流し込む方法である。
先程言ったように、魂は血液に例えやすい。
血液はある程度無くなっても時間が経てば身体の中で作られる。
それと同様に、霊刀の維持などで消費した魂は時間経過で元の量まで回復する。
だが、切断されたままの場所の分が回復されることはない。
そこで体内の魂を均等になるように全身に広げ、切断された部分に魂を送り込むのである。
すると核に繋がっている魂が全身に流れ、動かすことができるようになるという寸法である。
ただ、全体の魂の濃度は薄くなり、その分身体全体の機能は低下してしまう。
また、魂の総量が下がると、副作用として全身にかなりの怠さを感じる。
これが今、ケンヤの陥っている状態だろう。
しかもケンヤはまだ身体の魂をうまく制御できない。
おそらく今ケンヤの左肩は完全に動かなくなっている。
これは勝負あったかな……。
上からは自分の判断で試験を止めることが許されている。
本来は生死に関わる時に使用する権利なのだが今の状態ではケンヤはもうまともに動けないはずだ。
しかも試験官があいつとなると、マズイ気がするんだよね。まだケンヤも頑張っているけど……これ以上は……ん?
ふと試験室を見ると煙が晴れてきて二人の姿が見えるようになっていた。
対峙する二つの顔はまったく違う表情を浮かべていた。
一方はさっさと終わりたいという意思を隠しもしない、つまらなそう表情を。
もう一方は苦しそうに、でも絶対に諦めないという意思を秘めた、覚悟ある表情を。
「……もうちょっと待ってみようかな」
「なんか言った?」
奈々が緊張した表情で聞き返す。ケンヤ達の闘いにかなり集中していたようだ。
「ううん。なんでもないよ」
そう言ってチラッと時計を見る。
時間も残り少し……何も起きないかもしれないけど、待ってみよう。
そう思った刹那、ケンヤが叫ぶように言い放つ。
「待たせたな!試験官さんよぉ!こっからが本番だからな?」
大きく息を吸い込み、
「気合い入れてこーぜ!」
その後のケンヤの行動は二人を、いや三人を驚かせるものだった。
真正面から突撃を始めたのだ。
「ちょ、ちょっとケンヤ!どうしちゃったのー‼︎」
奈々は心配なんて一瞬で吹き飛んだらしく、顔がガラスに貼りつくように、いやもう殆ど貼りついた状態で叫んでいた。
「何かやりそうだとは思ったけど、これはビックリだね」
もはや、笑えてくるくらいに。
でも、ケンヤ。ここからどうする。
幾ら何でもあのスピードで突っ込んだらあいつの刀を躱せない。
たとえ可能でも大きく体勢を崩してしまうはず。
このまま何も無ければ……ゲームオーバーだ。
遂にケンヤが刀の間合いに入る。
その瞬間刀はケンヤに襲い掛かった。
「ケンヤ危ない!」
奈々は結末を見ないためか、目を閉じてしまう。
しかし、数秒後、目を開けた奈々の前には予想とは異なる風景が広がっていた。
強い光を放つケンヤ。
壁際まで飛ばされた試験官。
「えっ?あれっ?今、だって、拓也見てた?」
奈々は予期せぬ状況に完全に混乱していようだ。
奈々は強いのに不測の事態に弱いからなぁ……と心の中で苦笑いする拓也。
「うん。見てたよ。これはなんというか…ビックリというより、メチャクチャだったよ。」
そう言ってついつい二度目の苦笑いをしてしまう。
「ケンヤが突撃して、刀の間合いに入った瞬間までは見てたんだよね?」
「そうだよ。もうダメだ〜って思って、そこで目を瞑っちゃたから」
「OK。じゃあ簡単に説明するよ。実は……あっゴメン。時間だよ。また後でね」
「えっ?あっ、ちょっと⁈拓也⁈」
もう少し観てみたいけど、こればっかりはね。
試験終了のブザーが響く。
「試験終了。三分経過したよ」
続きを見るその時も、きっと遠くないだろうから。
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