第19話 唯一の常識人

「リドット……最初からこうするつもりだったの? ずっとあたしらを騙してたわけ?」


 エメラが信じられないという口調で問いかける。俺も未だに半信半疑だ。基本的に人を信用しない俺でも、リドットに対しては一定の信頼を置いていた。頭よりも先に体が動くオルパーに代わって、カラット団のブレーンとして、カラット団を支え続けていた。くせ者揃いのカラット団の中では唯一の常識人だと思っていたんだ。


「うーん……話せば長くなるけどね。それに対しての答えはイエスだよ。僕の故郷がダイモン様に滅ぼされてから、僕の主はずっとダイモン様なんだよ」


「意味が分かんない。何で自分の故郷を滅ぼした奴なんかに従ってるのよ? それとも従うふりしながら、虎視眈々と復讐の機会を窺ってた? だったら、今がその時じゃないの!」


 エメラが取り乱している。こいつのこんな所を見るのは初めてだ。無理もない……エメラとリドットの付き合いは、俺よりもずっと長いのだ。リドットはすぐにはそれに答えず、しばらくの静寂の後にゆっくりと口を開いた。


「僕は……脆弱な少年だった。体も細く小さくて、よく近所の悪ガキ達にいじめられたよ。僕は強さという物に憧れていた。自分には到底縁が無く、手を伸ばしても届かない物だったから。それはずっと変わらなかった。そして、僕が十四歳の夏の日に……ダイモン様が降臨された。圧倒的だったよ……村の力自慢の男達を一瞬で、まるで虫けらを踏み潰すかのようにダイモン様は殺戮していった。村一番の強者で、僕の尊敬する父も瞬きしている間にバラバラになっていた。心の底から恐怖で震えたよ。それと同時に、僕はこれまでにない興奮を覚えていた。その絶対的な強さに、僕の尊敬の対象は一瞬にして父からダイモン様に移った。そして願った…………あなたのしもべにして下さい、とね」


 その時を思い出しているのか、リドットは股間を膨らませて恍惚とした表情を浮かべていた。完全に狂ってる…………何がカラット団唯一の常識人だ。こんなイカれた奴は見たことがない。


「弱い人間である僕を、ダイモン様は快く迎え入れてくれた。そして強くなった。今見せた魔術も、ダイモン様から教わった物だよ。人間界には伝わっていないから、これを使える人間はこの世で僕だけだ。ダイモン様は誰より強いが、恐れ……いや、警戒している物もある。それが聖剣ブリリアントと、今回のように命をも惜しまない勇敢な徒党を組んだ人間達だ。並の武器を持った人間一人一人は取るに足らないが、神が与えし聖剣と共に数多の人間達が同時に攻めてくれば、さすがに危ないかもしれない。ダイモン様はそう考えた。そこで使わされたのが僕というわけだ。幸運にも、そう時間はかからなかったよ。カラット団という反乱組織の存在を知るまではね。聖剣の在処はなかなか見つからなかったけど、長期間粘った甲斐あって、ようやく見つけ出してダイモン様の元まで運ぶことが出来た」


 そこから先は聞かなくても分かる。カラット団の一員として活動し、悪魔に立ち向かえる人間を集める。そして聖剣を見つけ、ダイモンにとって脅威となりうる物を一堂に集める。そして最後の最後でダイモンの元に戻り、騙し討ちしてまんまと聖剣を奪う。事実、聖剣も兵隊のほとんども失った今の俺達に、人間達に、もはや打つ手などない。ダイモンの脅威はこの世から全て取り除かれる。俺達は最初から、ダイモンの手の平の上で踊らされていたのだ。


「リドット…………! てめえは許さねえ! 許さねえぞ!」


 オルパーが再び球体の中で聖剣を振り回すが、やはり効果は無い。リドットがうるさそうに、呆れた様子で振り返った。


「よせ、オルパー。それは絶対に破壊できない。一定時間経過するか、術者である僕が解かなければね。だから、大人しくそこで見てなよ。君の可愛い団員達が、一人ずつ殺されていくところをね」


 リドットはいつもの柔和な笑みを浮かべながら、闇市場で買った愛用の銃を俺達に…………いや、俺に向けた。


「レディーファーストと言いたいところだが、まずは君からだ、ゴルド君」


「う、嘘だろおい! いい加減冗談は止めろよ! ていうか何で俺からなんだ!?」


「君たち三人の中で、一番何かしでかしそうだからさ。君の天賦の才と神がかり的な強運は侮れないからね。早めに死んでもらうことにするよ。大丈夫、動かなければ一瞬で死ねるから」


 リドットが引き金に指をかけた。やばい。やばいやばいやばいやばいやばい!! 殺される…………マジで殺される! 逃げるのは不可能だ。リドットがこの距離で外すわけがない。ならば一か八か、剣で立ち向かうか? それも無理だ。間合いが離れすぎていて、距離を詰める前に撃ち殺される。どうする……どーする……ドースル…………。


「や、やめろ……頼む、やめてくれ!」


「やめないよ、じゃあね。短い間だったけど楽しかったよ」


「う、うわああああ!!」


 リドットの銃口が火を噴き、一際でかい銃声が大広間に響き渡った。それと同時に、俺の体は真横に吹っ飛んだ。…………ん? 何故後ろではなく真横なんだ? それに痛みもない。床に倒れ込んだ俺の目の前に、何かが降ってきてボトリと落ちた。これは…………人間の腕!? すぐさま両手を目の前にかざした。付いてる……これは俺の腕じゃない。


「サフィア!」


 オルパーとエメラが同時に叫んだ。床には、左腕を失ったサフィアが転がっている。意識は無いようだ。そこにはおびただしい量の血が染み渡っている。サフィア、俺を庇ったのか……。そしてリドットの破壊力抜群の弾丸は、サフィアの細い腕を胴体から切り離したのだ。


「あらら……順番が変わっちゃったか。急所ではないけど、その出血じゃあもう助からないね。まったく、弾はまだあるのに無意味なことを……」


 エメラが弾かれたように動いた。ナイフをリドットに投げつけ、銃を弾き飛ばした。その勢いのまま、もう一本のナイフを手に持ち、電光石火の如くリドットに突進し、一気に間合いを詰める。


「死ね! クソ野郎!」


 リドットが咄嗟に後ろにのけ反り、エメラのナイフがリドットの顔面を掠める。リドットの両眼の下に、鼻を跨いだ横一線の傷が出来上がる。エメラが更に追撃を仕掛けるが、一手遅かった。リドットが腰に携えているもう一丁の銃を引き抜き、エメラに発砲した。弾丸はエメラの右肩に当たり、エメラの体が後方に吹き飛ぶ。


「うああっ!」


 エメラが肩を押さえて、痛みにもだえ苦しむ。ずっと仲間として一緒に暮らしてきたエメラも、何のためらいもなく撃ちやがった……。サフィアもエメラもやられた……残るは俺一人。相手はダイモンとリドットの二人。たとえ天地がひっくり返ろうとも、ここからの逆転勝利などありえない。猫が恐竜と狼に立ち向かうようなものだ。俺が馬鹿だった。やはりこんな所に来るべきじゃなかったのだ。


「くくく……危ないところだったじゃないか。なかなかハラハラさせてくれるなリドットよ」


「申し訳ありません、ダイモン様。お見苦しいところをお見せしました」


「いや、それでいい。その方が面白いぞ」


 ふざけるな。こっちは面白くも何ともない。生きた心地すらしない。ナイフで弾かれた銃を、リドットが拾い上げた。サフィアの犠牲も、エメラの攻撃も、ただの時間稼ぎにしかならなかったようだ。結局、死の運命から逃れることは出来ないのか……。


「待たせたねゴルド君。じゃあ、今度こそさよならだ」


 再び銃口が俺に向けられる。このままじっとして苦しまずに死ぬか、最後まで悪あがきして逃亡し、一パーセント以下の生存に賭けるか……決断の時だ。


「むっ!?」


 リドットが上を見上げ、直後にそこから飛び退いた。何か巨大な物が降ってきて、さっきまでリドットが立っていた床が爆散する。舞い上がった床の破片がパラパラと音を立てて落ちていく。物じゃない……こいつは……。


「ドニクス!」


 オルパーが叫んだ。そう、ダマスカ団のドニクスだ。ドニクスが斧でリドットを強襲したのだ。救世主だ…………この土壇場で、最高の救世主が現れた。ドニクスが、床にめり込んだ斧を片手で持ち上げ、肩に担ぎ上げた。


「こっちの戦いが終わったから助太刀に来てみりゃ……随分と予想と違うことになってるじゃねえか。あ? 眼鏡野郎、てめえ悪魔の手先だったのか」


 言うまでも無いと言わんばかりに、リドットは口角を上げて無言で答えた。


「ドニクス、他の連中はどうした!?」


「死んだよ。人間も悪魔も全員。生き残ったのは俺一人だけだ」


「…………そうか」


 仲間の死に、オルパーが肩を落とす。だが、他人の死を悔やんでいる場合ではない。このままでは、すぐに後を追う羽目になる。


「へえ、凄いじゃないか。あれだけの数の上級悪魔相手に勝利するなんて。君も大したものだ」


「すかしてんじゃねえぞ眼鏡野郎。てめえもすぐにあの世へ送ってやるぜ」


 ドニクスとリドットが戦うのか……。ドニクスの実力は、オルパーとほぼ互角だ。リドット相手なら負けることはないだろう。しかし、ダイモンに加勢されたら勝ち目はない……。俺はチラリとダイモンの方を窺う。大広間の隅に置かれていた椅子に座り、あくまで高みの見物を決め込んでいるようだ。待てよ……このままドニクスがリドットを倒せば、オルパーを捕らえている球体は恐らく消えるだろう。オルパーが解放されれば、ダイモンにも対抗出来うる。希望が見えてきたぞ。頑張ってくれドニクス。もはやお前が最後の希望だ。


「行くぜ!」


 ドニクスが真っ正面から突っ込んでいく。あの馬鹿、銃で返り討ちに遭うぞ。リドットが当然のように銃を構え、間合いを詰められる前に引き金を引く。その瞬間、ドニクスは腕にはめた鋼鉄の手甲で弾丸を受け止めた。凄い……あの超威力の弾丸をくらってビクともしないとは。


「おらよ!」


「!」


 リドットと距離を詰め、巨大な斧で一気に攻めたてる。相変わらず、超重量武器をまるで軽量武器を扱うように振り回す化け物だ。よし、いいぞ。そのままやってしまえ。俺は心の中で静かにドニクスの勝利を祈った。


「ぐおっ!」


 リドットの弾丸がドニクスの右腕を貫いた。ドニクスは斧を左手に持ち替えて再び攻めるが、リドットはそれを全て紙一重で避ける。またしてもリドットの銃口が火を噴き、今度はドニクスの右足を撃ち抜く。何だ、どうした。何故押されているんだ。悪魔との戦いで体力を使い果たしてしまったのか? いや、確かにそれもあるかもしれないが、そこまで動きが悪くなっているようにも見えない。では何故……? オルパーも驚きを隠せない様子だ。更に三発目の弾丸がドニクスの土手っ腹を貫き、とうとうドニクスが膝をついた。


「くっ……て、てめえ……!」


「ははは……残念だったね。今まで隠してたけど、僕の実力は元々オルパーよりも上さ。聖剣さえなければ、一対一で戦って負ける気はしないよ。ゴルド君にはガッカリさせちゃったかな?」


 リドットがドニクスの額に銃口をあてがい、引き金を引いた。銃声と共にドニクスの鼻から上が吹き飛び、脳漿と血液が床にぶちまけられ、ドニクスの肉体は糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちた。終わった……今度こそ終わった。ちくしょう……ぬか喜びさせやがって。


「ゴルド、もうお前がやるしかねえ! ボケッとしてねえでさっさと剣を抜け! お前がリドットを倒せば、後は俺が何とかしてやる!」


 馬鹿野郎……勝てるわけないだろが。お前と同格のドニクスですら歯が立たなかったんだぞ。だが、もう他に手はない。俺は覚悟を決め、剣を抜いて構えた。くそっ、手が震えている…………脚もだ。


「ゴルド君、無理は良くないよ。大人しくしていた方が身のためだ」


 こうなったら破れかぶれだ。もうどうにでもなれ。俺は震える脚に活を入れた。その次の瞬間、俺の後ろから何かが横を通り過ぎ、猛スピードでリドットにぶつかった。


「うぐっ!?」


 衝突の衝撃でリドットが後方に吹っ飛び、ダイモンが座る椅子のすぐ横の壁に激突した。ぶつかったのは…………サフィアだ。良かった、意識を取り戻し……………………はっ!? 俺は自分の目を疑った。腕が、先ほど弾丸によって千切れた左腕がついている。俺は左腕が落ちていた場所に目をやった。……落ちている。間違いなくサフィアの左腕が。じゃあ今のサフィアについている腕は何なんだ? 俺はよく目をこらして見た。サフィアの白い肌とは全く違う、全体的に赤黒く湿り気を帯びていて、所々太い血管が浮き出たグロテスクな左腕がついている。


「う……く……サ、サフィア!? 一体どうなっている? その左腕は何だ?」


 リドットが頭を押さえながら問いかける。オルパーは驚きのあまり声すら出ない。本当にどうなっているんだ? サフィアが俺の方を振り返った。ダイモンと同じ、真紅の眼だ。まさか…………。


「ゴルド王子、申し訳ありません。もう少し早く戦線復帰したかったのですが、再生が遅れました。お怪我はありませんか?」


 サフィアはいつもと何ら変わらない様子で俺に声をかけた。


「いや、再生ってお前……。もしかしてお前……悪魔…………なのか?」


「はい。正確には悪魔と人間のハーフですが。人間の肉体では生命維持が困難になりましたので、悪魔の肉体に切り替えました」


 滅茶苦茶なことを、ごく当たり前のように言う。思わず目眩がした。あまりの急展開の連続で、こっちの頭がどうにかなってしまいそうだ。一つ言えるのは、俺はまたしても延命出来たということだ。これから始まるのは、人間と悪魔の戦い…………一見何もおかしいことはない。だが、人間のリドットは悪魔側。悪魔のサフィアは人間側という、何とも奇妙な状況だ。俺はこの時ばかりは、悪魔の勝利を心から願った。

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