第17話 人間と悪魔の戦争

 俺達は今、海の上にいる。俺は船に乗るのは初めてで、少し船酔いがきつい。行先は、悪魔王ダイモンの居城があるオブシア大陸の外れに位置する、ガネット村。オブシア大陸の国のほとんどは、既に悪魔王の手で滅亡しているが、ガネット村という小さな漁村は眼中に無いのか、そこが攻め入られることはなかったようだ。


「あ、見えてきたよ。あれがガネット村の港だ」


 この小さな船を操縦しているリドットが声を上げた。普段滅多に外人など来ないせいか、ガネット村の住人達は困惑していたが、俺達はそんな事はお構いなしだ。以前この寂れた漁村で、カラット団として活動していた時期があったらしい。ひとまず、その元アジトへと向かう。それはアイアーンにあるアジトと違って、村の中で堂々と建っていた。一階建てだがそこそこの広さだ。長い間誰も使っていなかったせいか、外も中もボロボロで埃まみれだ。


「やはりまだ誰も来てないみてえだな。まあ、集合日時は明日の午後一時だから当然だがな」


 オルパーが椅子にどかっと座り呟いた。そう、明日の午後一時にオルパーが今までにかき集めた傭兵、および武器を積んだ船が到着することになっている。いよいよ戦争が始まるのだ……人間と悪魔の戦争が。人間とは今までに何度も戦ったことがあるが、悪魔は見た事すらない。だいぶ強くなったとはいえ、果たして俺の剣術なんかが通用するのだろうか。戦争の勝利よりも、俺の生存の方が遥かに重要だ。俺が死んでしまっては、勝利しても何の意味もなくなる。いざとなったら、いつでも逃げられるようにしておかなければ。


「今日は特にやる事は無い。各々体を休めるなり、武器の手入れをするなり、好きにしてろ。だが村の外には出るなよ。この大陸には、悪魔共がうようよしているからな」


 言われなくても出る気などない。さっき見た感じでは、このガネット村には年寄りしかいない。恐らく、若い連中は皆他国へ逃げていったのだろう。何の面白味も無い村だ。素直に明日までここで大人しくしている方がいいだろう。俺はソファーの埃を軽く払ってから寝転んだ。



 *



 翌日、昨日に引き続き、ガネット村には次々と他国の船が押し寄せてきた。しかもその船から降りてくるのは、大勢の武装した男達だ。事情を全く把握していないガネット村の住人達は、軽くパニックになっている。俺達は港に立ち、ざっと二百人はいる男達を出迎える。オルパーとリドットには顔なじみの者も何人かいるようで、昔の友人に会ったかのように歓迎していた。オルパーが選りすぐった連中なだけあって、どいつもこいつも強そうだ。その中には、俺も知っている唯一の顔……ダマスカ団のボスであるドニクスの姿もあった。


「よう、来たなドニクス」


「ふん。来なかったら悪魔にビビッて逃げ出したと思われんだろうが。それに、俺が手を貸さねえと、てめえら全員殺されそうだからな。オルパー、てめえを殺すのは俺の役目だ」


 相変わらず威圧感が半端じゃない男だ。口ではああ言っているが、どうやらこの二人の間では、いつの間にか男の友情とやらが芽生えていたらしい。まあ、味方になってくれるなら心強いが。しばらくしてから、今度は武器商人の巨大な船が到着した。中には大量の剣や槍や銃火器、更には軍用車や戦車までもが積んである。平和だったガネット村が一瞬できな臭くなった。オルパーが前に出て、皆に向かって言った。


「ここにある武器は好きに取ってくれて構わねえ。全部俺が払っておいてやる。もちろん、使い慣れた自分の武器を使いたい奴はそうしてくれ。だが、これらはいずれも最高級の武器ばかりだ。悪魔共との戦争で、必ず強い味方になってくれるだろうぜ」


 傭兵達が武器に群がり、それぞれが感嘆の声を上げた。俺にはよく分からないが、どうやら本当に凄い武器ばかりらしい。リドットとエメラもそれに加わっているし、せっかくなので俺もいろいろ手に取ってみた。ずっと使ってきたレイピアも刃こぼれしてきているし、こんな細い武器では心許ないからな。それにしても……どれもこれも軽いな。最高級というだけあって、軽くて丈夫な金属でも使っているのか? いや、違う。武器である以上は、重さはある程度はどうしても必要だ。つまり俺の腕力が上がっているのだ。以前は平均的な重さの剣ですら扱えなかった。様々な修羅場を潜り抜けて、知らず知らずのうちに成長していたということか。俺はこの中から最も手に馴染む、柄まで銀色に輝く剣を選んだ。正直、銀色は好きな色ではないが、デザインを気にしている場合ではない。俺に相応しい黄金色の聖剣を持って、悪魔王と戦うのは、オルパーの役目だしな。


 全員が装備を調えると、それぞれ軍用車や戦車に乗り込み、遥か北西に位置する悪魔王ダイモンの居城へと走り出した。ほとんどが道なき荒野で、時々通りかかる町もただの廃墟と化していた。やはり、この大陸のほとんどが既に悪魔の手に落ちているようだ。突然リドットがブレーキを踏んだ。俺達カラット団の軍用車は先頭を走っており、他の数十台の後続車もそれに倣って止まった。


「どうした? リドット」


「…………何か来る」


 俺は双眼鏡を覗いて前方を見た。まだ昼間だというのに、あっちの方はやけに暗い。いや、違う……あの黒いのは……悪魔の群れだ。とんでもない数だ。アクーアカンパニーで盗賊共に追いかけ回されたが、あれとは比較にならないほどの大群……やばすぎる。


「知能を持たない下級の悪魔みたいね。一対一ならどうってことないけど、さすがに面倒な数だわ」


「戦車部隊に迎撃してもらって、ある程度数を減らしてもらわないとね。砲弾にも限りがあるから、こんな所であまり使いたくないけど」


 オルパーが車から降りて、戦車部隊に合図を送った。戦車部隊が先頭に立ち、砲台を前方に照準を合わせる。場がしんと静まりかえった…………正に嵐の前の静けさというやつか。それにしても、何で皆こんなに落ち着いてられるんだ。あたふたしてるのは俺だけじゃないか。こっちは二百人しかいないんだぞ……そんなに腕に自信がある奴ばかりなのか。黒い塊が、目視でもはっきりと形が分かるぐらいに近付いてきた。


「…………今だ! 撃てえーーーーーっ!」


 戦車の砲台が一斉に火を噴き、荒野に響き渡る轟音に、俺は耳を塞いだ。その威力は凄まじく、悪魔共を次々と吹っ飛ばしていった。五分ほどその状態が続いた後に、オルパーが撃ち方止めの合図を送った。ちょっと待て……まだ結構残ってるぞ。


「よし、行くぞぉ! 悪魔共を皆殺しにしてやれ!」


「おおおおおお!!」


 聖剣を持ったオルパーを先頭に、傭兵達が一斉に車から飛び出し、武器を手に悪魔の大群へ突っ込んだ。リドットとエメラもそれに続いて走っていく。う、嘘だろ……いくら下級悪魔相手に弾を節約したいからって、まだ明らかに多勢に無勢だぞ。


「……行かなくていいんですか? ゴルド王子」


「う、うるせえな。行くよ、行けばいいんだろ」


 サフィアにせっつかれて、俺も仕方なく車を降りた。なるべく強い奴の後ろにいよう。俺に向かってきた奴だけを相手にすればいい。


「サフィア、分かってるとは思うが、何かあったらすぐに俺を助けろよ。常に俺の盾になるぐらいのつもりでいるんだ」


「承知しております」


 俺とサフィアは遅れて戦場に到着した。前線では既に激しい攻防が繰り広げられている。特に凄いのはやはりオルパーだ。元々強いのもあるが、聖剣の力もあってか、鬼人の如き活躍を見せている。他の傭兵達もさすがに強い。ほとんどダメージも受けずに次々と悪魔を倒していく。これは俺の出番は無さそうだ…………と思ったが、やはりそう都合良くはいかないらしい。二匹の悪魔が、翼をばたつかせながら俺達の目の前に突如降り立った。全身真っ黒の体に、コウモリのような翼、鋭い爪と牙……こうして間近で見ると、自分がどれほど無謀なことをしようとしているのかが身にしみて分かる。


「王子、申し訳ありません。一匹だけなら私だけが戦えば済むのですが、二匹同時に王子に近づけさせないようにするのは、少し難しいかもしれません」


「……分かったよ。お前は左の奴をやってくれ。俺は右をやる」


 右側の悪魔の方が少しだけ小さいからだ。俺は新調したての剣を抜いた。大丈夫……俺は天才だ。周りにいる庶民ですら、さっきから悪魔共をバッサバッサと倒してるんだ。こいつらに出来て俺に出来ない道理などない。


「シャア!」


 悪魔が鋭い爪を振り下ろしてくる。それを俺は間一髪で後ろに跳んで避けた。くそっ、自己暗示してる最中に攻撃してきやがって。更に続けて攻撃してくるが、それも何とか避け続ける。見える……こいつの攻撃の筋が、何となくだが読める。俺は攻撃の一瞬の隙をつき、悪魔の心臓部に真っ直ぐ剣を突き立てた。


「グギャッ!」


 悪魔が醜い悲鳴を上げて倒れ、動かなくなった。やった……俺が一人でこの悪魔を始末したのだ。何とも言えぬ達成感が湧いてきた。


「ふはは、どうだサフィア。俺の戦いぶりを見たか!」


 サフィアの方に目をやると…………そこには既に三匹の悪魔の死体が転がっていた。一匹は黒焦げに、一匹はバラバラに、一匹は氷付けに……。サフィアが俺に気付いた。


「さすがです、ゴルド王子。この調子で頑張りましょう」


「…………そうだな」


 何か馬鹿にされてるようで、せっかくの達成感が冷めてしまった。もちろんこいつに悪意などないんだろうが。しかし、自信をつけた俺は、さっきよりは積極的に前に出ていく。みるみるうちに悪魔共の死体の山が出来上がっていく。思った通り、こいつらは俺の敵ではないようだ。百パーセント勝てる戦いというのは、なかなか楽しいものだ。戦いは徐々に終息に向かい、あれほどいた悪魔の大群が、見事に全滅した。軽傷者は多数だが、重傷者および死者はゼロ。奇跡的な数字だ。俺は大きくため息をつき、汗をぬぐいながらその場に座り込んだ。


「準備運動にもならなかったな」


「もう少し歯ごたえがあると思ったんだがな」


「まあ、下級悪魔ならこんなもんだろう」


 そこかしこから、傭兵達の余裕に満ちた声が聞こえる。こっちはバテバテだというのに。うなだれる俺の目の前に、水筒が差し出される。


「お疲れ様でした。大丈夫ですか? ゴルド王子」


「ああ……」


 水筒を受け取り、喉を鳴らしながら一気に水を飲み干す。ただの真水なのに、極上の酒のように五臓六腑に染みわたるようだ。


「素晴らしい戦いぶりでした。最初はぎこちなかったですが、王子は戦いの中で成長されているようで、最後の方はまるで別人でした」


「ふっ……いつも……言ってるだろう。俺は、庶民とは……格が違うんだ……」


 呼吸が整わないうちにこんな事を言っても、強がりにしか聞こえない。まあいい、次はもっと楽に勝ってやる。各々車に戻り、再び荒野を走らせる。オルパー達三人は無傷だった。


「オルパー、聖剣の使い心地はどうだい?」


「想像以上だ。戦っている間にもどんどん力が溢れてくるぜ。斬れ味も魔術の威力も並みじゃねえ。これなら、ダイモンの野郎を倒すのも夢じゃねえかもな」


「そうか。それは期待出来そうだね……」


 そう上手くいけばいいがな……まあ、信じるしかあるまい。実際この最初の戦闘は、見事に大勝利をだったわけだしな。しかし何だ……この胸騒ぎは。全てが順調のはずなのに、嫌な予感が治まらない。これが一体何なのか、俺には分からなかった。

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