第16話 ムカつくからぶっ殺す

 目が覚めた時には、既に見慣れた光景が広がっていた。スチル町だ……ってことは、俺は二十時間もぶっ続けで寝てたのか。まあそのおかげで、尻を痛めることも退屈な思いをする事もなくて良かったが。いつもの廃車置き場に軽トラックを止めて降り立った。さすがのリドットも、長時間運転でかなり疲れているようだ。路地裏のマンホールの蓋を開け、俺達はようやくアジトに戻ってきた。


 各々リビングの椅子に座り、サフィアはコーヒーを作るために湯を沸かし始める。俺は慎重に聖剣ブリリアントをテーブルに置いた。こうして改めて見ると、その黄金色に輝く美しい姿に目を奪われる。オルパーが柄にもなく緊張した様子で、ゆっくりと聖剣を手に取った。


「気を付けろよ、オルパー。滅茶苦茶斬れ味いいからな、それ」


「おう」


 俺の時同様に、聖剣の光がオルパーを包み込み始める。いや、同様ではない。光がどんどん強くなっていき、ぼんやりと光る程度だった俺の時と比べると、明らかに激しい光を放ち始めた。


「う、うおお……これはすげぇ。力がどんどん湧いてくるぜ」


 何だよ……持ち主の子孫である俺よりも、ただの盗賊のオルパーの方に強く反応するのかよ。いまいち納得いかないが、まあ別にいいさ。どうせ売っ払って金に換えるんだからな。何せ落札価格三千億だ。今までに集めた現金や盗品を全て合わせても、この聖剣一本の足下にも及ばない。くくく、感謝しろよ貴様ら。紛れもなくこの俺の大手柄なんだからな。


「なあ、次の闇オークションはいつやるんだ? 早いとこ現金に変えたくてウズウズしてんだよ。当然、最低でも取り分の半分は俺が貰っていいんだろ? ほとんど俺一人でやったようなもんなんだからな」


「………………」


 …………ん? 何だこの空気は。何故誰も何も言わない。ちょっと欲張りすぎたか? いや、今までの例を見る限り、取り分の半分は妥当だろう。ま、まさか……ここに来て裏切る気か? 俺を利用して聖剣を手に入れ、用済みになった俺を今ここで……。オルパーが聖剣をテーブルに置き、俺は思わずビクッと体を揺らしてしまった。


「今はまだ売らねえ。その代わり、使い終わったらこれはそのままお前にくれてやる」


 マジか! てことは三千億ジュールを独り占め出来るってことか? 願ったりだ…………それだけあれば、小国の一つぐらいならさすがに建てられる。しかし、待てよ……?


「それはありがたい話だが…………。使い終わったらって、何に使うんだ? まさかアクーアみたいに魔力を吸い出して、商売でも始める気か?」


「………………」


 また、だんまりかよ。何か今日のオルパーは様子がおかしい。いや、リドットとエメラもだ。こんなお宝を目の前にしてるのに、全然嬉しそうじゃないどころか、神妙な顔つきになっている。


「リドット、貯金は今いくら貯まってる?」


「現金だけで百八十億。残りの盗品を全部売り捌けば、合計二百億ってとこじゃないかな」


「……よし、金は充分だろう。そして、肝心要の聖剣ブリリアントも、今ここにある。全ての準備が整った」


「だ、だから何の準備だよ?」


 オルパーは目を閉じ、深呼吸をしてからゆっくりと口を開いた。


「…………全ての貯金を軍資金に換え、この聖剣を用いて、悪魔王ダイモンをぶっ倒す!」


「……………………は?」


 今、何ていった? 悪魔王ダイモンを、倒す? いや、聞き間違いだよな? だって、そんなことが出来るはずが無い。そもそも俺達はただの盗賊だ。大魔王だろうが悪魔王だろうが、そういうのを倒すのは、勇者や英雄や天使や神の使いなどと、相場が決まっている。俺達の仕事では断じてない。


「ゴルド君、サフィアちゃん、君達には今まで黙っていてすまなかったね。悪魔王ダイモン討伐が、カラット団の最終目標なんだ。そのために今まで収入の九割ずつをカラット団のお金として貯金してきたし、聖剣ブリリアントの情報を探し続けていたんだ」


「もう死んじゃったけど、今までのカラット団の仲間達も皆それを目的としてたよ。知らなかったのは、あんたとサフィアだけよ」


 リドットの説明にエメラが補足した。


「な、何で黙ってたんだ」


「言ったらお前逃げるだろ。猫の手も借りたい状況だったから、とりあえずこの事は黙っていて、資金集めに協力してもらってたってわけだ。だが、別に騙して利用してたわけじゃねえぞ。相応の報酬は常に支払ってきたつもりだからな」


 まあ、確かに悪魔王に刃向かおうなんてイカれた集団だと知ってたら、とっくに抜けていたに違いない。サフィアがコーヒーを皆の前に置き、俺はそれを口に含みながらもう一度冷静に考えた。


「……まあ、俺に黙ってたことはこの際いいとして、動機が分かんねえよ。あんなのに手を出して、一体何の意味がある? 英雄にでもなりたいのか?」


「カラット団員は全員、何かしらの理由で悪魔王に恨みを持つ者だ。俺は十年前……幼い弟と妹を殺された。まだ八歳と五歳だった。それを、あのクソッタレ野郎は俺の目の前で……!!」


「……僕の故郷の村も、ダイモンの軍勢に滅ぼされたよ。家族も村人達も全員殺された。生き残ったのは僕だけさ」


 そういうことか。復讐……そこには何の損得も利益も発生しない。悪魔王がムカつくからぶっ殺す、ただそれだけのシンプルな理由だ。だが生憎、俺は別に悪魔王に個人的な恨みはない。


「……ん? エメラ、お前も何か悪魔王に恨みがあるのか?」


「まあ、ね。あんたに話しても仕方ないことだけど」


「何だよ、俺が聖剣を盗ってきたおかげで復讐出来るんだろ?」


「そうだったわね。じゃあ話してあげるわ……仇討ちよ。悪魔に殺された、あたしの父さんと母さんのね」


「は? 何言ってんだよ。お前の両親は病死だろ? それも、ダイモンがこの世に現れる前の話だ」


「あたしもそう聞かされていた。でも、子どもの頃にあたしは聞いてしまったのよ。あんたの父親と大臣が話しているところを、偶然にね。病死なんかじゃなかった…………外交のために他国に出向いた時に、二人は悪魔に襲撃されて殺されたそうよ。ダイモンが現れたのは約十年前だけど、悪魔そのものはもっと昔からいたからね」


 そうだったのか……全然知らなかった。それにしても意外だ。この冷血女が、写真でしか知らない両親に対して、仇討ちするほどの情を持っていたとは。


「国民の不安を煽らないようにするためか、両親は病死ということにされた。でも、それがきっかけで出来たのよ。クリスタの悪魔除けの結界はね。あたしは気に入らなかった。両親の仇の悪魔を探そうともせず、結界を張って引きこもって、自分達だけ助かろうとする、あんたの父親やその側近達がね。だから出て行ってやったのよ。あたしの手で悪魔共を根絶やしにするためにね」


 事情はよく分かった。三人共、俺の知らない深い悲しみと、悪魔王に対しての激しい怒りを胸に秘めていたということだ。俺にはその気持ちは分からないが、復讐など馬鹿馬鹿しいなどと否定する気もない。しかし一番の問題は、俺もその復讐に付き合わされるのかどうかということだ。


「俺はカラット団を結成後、世界各地を回り、俺と同じ志を持ち、尚且つ力のある者を集めた。もっとも、今ここにいるメンバー以外は皆死んじまったがな。それと同時に、単に金だけで動く傭兵も集めた。そいつらは俺が連絡を入れればいつでも動ける。貯金は主に武器や兵器を買うためだが、そいつらの雇い金としても使うためにある」


「……悪魔王ダイモンは、世界の国々を次々と滅ぼしてんだぞ。本気で勝算があると思ってんのか?」


「元々、世界中の軍事国が徒党を組んで攻め入れば、勝算はあったと俺は考えている。だが実際には、どいつもこいつも自分だけは助かりたい、誰かが何とかするだろうという考えで、自分から攻めに行くことさしなかった。結果後手後手となり、いとも簡単に攻め落とされたんだ」


 ────まあ、説得力はある。実際、悪魔王といえど絶対の存在というわけではない。滅ぼされはしたが、ある程度持ち堪えた国もあると聞いた事がある。こいつらやダマスカ団のドニクスのような一流の猛者が何十何百と集まり、一級品の武器や兵器を携え、更に聖剣の力を持ってすれば、悪魔王討伐もまるっきり夢物語というわけではない。そもそも大魔王も、ゴルドという一人の人間によって倒されたわけだしな。


「で、俺もそれに参戦しなきゃいけないのか?」


「お前も今やカラット団の貴重な戦力だ。出来ればそうしてもらいたいところだが、こればっかりは強制はしねえ。悪魔に恨みがないお前が参戦する義理はねえからな。抜けるなら抜けろ。退職金ぐらいは払ってやるよ。サフィア、お前はどうするんだ?」


「私はどちらでも。ゴルド王子がやるならやりますし、抜けるなら私も抜けます」


「どこまでもゴルドについていくってわけ? あんた本当に変わってるわねぇ。あたしは嫌いじゃないけどね」


 エメラが半ば呆れ気味に言った。まあ、サフィアならそう言うだろうとは思っていた。さて、俺はどうするか……。抜けるのは簡単だ。クリスタを追放された時とはまるで状況が違う。今の俺には金がある、忠実な下僕がいる、知識がある、剣術の心得がある。再スタートを切るのは実に容易い。しかし、悪魔王討伐に成功すれば、聖剣が俺の物となり、売れば莫大な金が手に入る。だが、失敗すれば間違いなく死ぬ。


「……少し考えさせてくれ」


 俺は席を立った。そういえば、オリハルコに行ってたせいで、しばらくマンションの下僕達に顔を出していなかった。考えるよりも先にやる事があるな。俺はアジトを出て、マンションへと足を運んだ。



 *



 集金と下僕達へのご褒美を一通り終えた俺は、札束を手にマンションのロビーのソファーに座り、今後のことを考える。死んだらこの札束もただの紙くずだ。誰かがマンションに入ってきた……サフィアだ。


「お疲れ様です、ゴルド王子。凄いですね、彼女達。しばらく来ない間にそんなに稼いでくれてたんですか」


「ああ、まあな。…………なあ、サフィア。俺はどうするべきだと思う? やるか、それとも抜けるか」


「私個人の考えになりますが、やるべきだと思います。建国に成功したところで、悪魔がこの世にいる限り、安心して暮らすことは出来ません。結界を張ったところで、いつ対策を打たれるか分かりませんし。それに、確かにリスクは今までの仕事とは比べ物になりませんが、リターンもそれ以上にあります」


「そうだな。確かに聖剣は魅力的だが、死んでは何もかもが無意味になる」


「いえ、聖剣もそうですが……悪魔王を倒せば、クリスタに戻れるではありませんか」


「…………え?」


「ゴルド王と約束したんですよね? どんな手を使ってもいいから、悪魔王を倒すことが出来ればクリスタの王にする、と」


 そうだ。そういえばそうだった。悪魔王討伐なんて初っ端からプランから外していたから、そんな約束があったことはすっかり忘れていた。実際に悪魔王と戦うのは、聖剣を持ったオルパーなんだろうが、誰がとどめを刺したかなんて、そんなことは関係ない。要は悪魔王が死んだ時に、俺がそこにいればいいんだ。


「いや、しかしなぁ。ようやく自分の理想の国作りに向けて、本格的に動き始めたところだし、今更クリスタに戻るのもな。親父はうるせえし、シルバはムカつくし、家臣や国民は俺を嫌っているだろうしな」


「全員追い出せばいいじゃありませんか」


「えっ」


「ゴルド王子は王になるんですから、王子に逆らう者は追放してしまえばいいのです。ゴルド王だろうとシルバ王子だろうと。クリスタの城と土地だけ貰って、そこからゴルド王子の理想とする新しい国を作ればいいのです。ゼロから国を作るより、その方がよっぽど楽です」


 ……俺でさえそんな発想はなかった。こいつ、本当に恐ろしい女だ。味方で良かったとつくづく思う。しかし、こいつの言うとおりだ。聖剣に加え、クリスタの土地や建物も全て俺の物になる。こんなチャンスは間違いなく二度と無い。俺はすくっと立ち上がり、マンションを後にした。



 *



「そうか、やってくれるか」


「ああ。その代わり、約束は守ってくれよ。戦いが終わったら、聖剣は俺が貰うからな」


 アジトに戻った俺の返答に、オルパーは満足げだった。俺一人加わったところで、戦力にそこまで大きい影響は出ないと思うが、期待はされているようだ。


「ところで、悪魔王討伐がカラット団の最終目標と言っていたが、その後はどうするんだ? 解散するのか?」


「今更カタギの仕事に戻れるとは思ってねえし、盗賊稼業は続ける。お前も建国のためにまだまだ金が必要だろ。今度はそっちを手伝ってやるぜ」


「いいのか?」


「面接でお前が言ってただろ。建国の暁には、俺達を特別待遇で国民として招き入れてやるってな。こう見えて、結構期待してるんだぜ」


「あっ……」


 確かにそんな約束をしていた。クリスタの土地と聖剣を売った金を手に入れても、理想の国家にはまだまだ遠い。男手も少ないし、俺としてもありがたい話だ。オルパー……こいつ、意外といい奴だな。俺は今更ながらにそんな事を思っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る