第15話 金ピカの剣を抱える男

「ブライト、俺だ。カラット団のゴルドだ」


 俺は浴室にいるアクーアに聞こえないように小声で名乗った。


「ああ、ゴルドのだんな。おはようごぜえやす。こんなに朝早くからどうしたんで?」


「聞きたいことがある。聖剣ブリリアントが闇オークションで、マリン・アクーアに競り落とされたのは周知の事実だろう。今俺達はオリハルコの首都フローライトに来ていて、これを奪うために画策している。ちなみにこの聖剣、そっちの盗賊団の連中も狙ってる奴がいるか?」


「いるかいないかって事ですかい? 一応それも情報の一つだから、多少なりともお代が発生しますぜ?」


 ちっ、相変わらずケチ臭い奴だ。まあその分、こいつの情報は信頼におけるがな。だからこそ、今回の作戦にはこいつの協力が必要だ。


「そんなケチな事を言っていいのか? こっちはとっておきの情報を、お前にタダでくれてやろうってんだぜ。俺は聖剣ブリリアントの在処を知っている。それをお前に教えてやる」


「ほ、ほんとですかい!? ガセだったら承知しませんぜ」


「ああ、間違いない。俺は今、アクーアとかなり近しい関係にある。在処以外にも様々な情報を持っている。まあどうしても信用出来ないなら、他の情報屋に協力を依頼するが……」


「ちょ、待ってくだせえよ。だんなも人が悪い。欲しがってる奴ならいますよ、いくらでも。でも外国だし、持ってるのも世界一とも言える大企業の社長だから、本気で手を出そうって奴はいないんじゃねえですかね? おたくんとこぐらいですよ、そんな無謀なのは」


 まあそうだろうな。だが、それでは困る。かつて闇市場の帰りに襲ってきた、チターン団のような強欲で無茶苦茶な連中が欲しい。


「確かな在処が分かれば狙ってくるか?」


「まあ………物が物ですからねぇ。それなら命賭けてでもやる奴はいそうじゃねえですか?」


「在処だけでなく、警備の状況も俺は全て把握している。更に、その警備や聖剣のガードが緩くなる日時も知っているぞ」


 後半は嘘だ。日夜問わず、警備が緩くなることなど無い。


「正確に言うと、たった今聖剣がどこにあるのかは俺は知らない。なんでも、今はとある場所で、かなり厳重に管理されているらしい。しかし、七日後の午後六時に、本社ビル横の研究棟の十階に聖剣が運ばれてくるんだ。しかもその時には、ガードもかなり甘い。まさかこんな風に情報が漏らされているなんて夢にも思ってないからな。これはアクーア本人から聞き出した、確かな情報だ。どうやら八日後から、聖剣の研究を本格的に始めるらしいからな」


 これも当然嘘。聖剣は今もこれからもずっとそこにあるし、ガードも常に厳重だ。だが、こうして狙い目の日時は決めておく必要があるのだ。


「なるほどですねぇ。しかしだんな、そんな事をあっしに教えて、何をしようってんです? そこまで分かってるなら、おたくらで盗み出しゃいいんでないですかい?」


「細かい事情はお前は知る必要はない。この情報を売ればお前は儲かる。それだけでお前は充分だろう? 売ってほしいのは、強欲で血の気の多い、命知らずな盗賊だ。多ければ多いほどいい。何なら、複数の盗賊団に売ってもいいぞ。その方がお前も情報料をたんまり取れるだろうしな」


「わかりやした。だんながそこまで言うなら協力しやしょう。要するに、七日後の午後六時に、出来るだけ多くの盗賊達を、アクーアカンパニー近くの研究棟に送り込めばいいんでやんしょ?」


「ふっ、そういうことだ。頼んだぜ」


 ちょうど会話が終わり、受話器を置いた直後にアクーアが風呂から上がってきた。ギリギリセーフだ。これで下準備は整った。決行日時は七日後の午後六時……。七日の猶予を持たせたのは、出来るだけ多くの盗賊達を集めるための期間。六時にしたのは、アクーアが仕事を終わらせて暇している時間だから、俺自身も動きやすく、尚且つまだ内部の警備が自動化して強化される前の時間だ。盗賊達の襲撃の混乱に乗じて、聖剣を盗み出す。これが俺が描いた作戦だ。



 *



 待ちに待った、あれから七日後の六時……その三十分前だ。俺は双眼鏡で社長室の窓から外の様子を伺った。特にいつもと何も変わらない景色だ。ここから見える範囲のどこかに、盗賊共がスタンバイしているのだろうか。六時に聖剣が研究棟に運ばれてくると言ったが、六時ジャストに来るとは限らない。そろそろ行った方がいいか。俺は大方仕事を終わらせて小休止に入っているアクーアに声をかけた。


「マリンさん、ちょっと研究棟に行きたいのですが」


「研究棟に? 何かあるのかしら?」


「以前マリンさんを襲った連中が、こちらに向かってくるのが窓の外からチラッと見えました。何か嫌な予感がします……もしかしたら、またターイズを狙ってるのかも」


「本当に? まあ、警備を強化したから大丈夫だとは思うけど、ゴードン君がいた方がより安心ね。分かった、私も行くわ」


 俺達は足早に研究棟へと向かった。まだこれといって変化はない。外で突っ立っているのもなんだからと、とりあえず中に入った。中にいる社員達は、ボチボチ帰り支度を始めている。社員が全員あがるまで、誰が侵入しようが物騒な防犯システムは作動しない。どこぞの怪盗なら、人を傷つけずに華麗にブツだけを盗み出すんだろうが、あいにくここに来るのは野蛮な盗賊共だ。力任せに聖剣を奪いに来るに違いない。アクーアが心配しているターイズがある九階にも来たが、当然変化はない。時計を見ると、六時を三分ほど過ぎていた。もういつ来てもおかしくない。俺はふと、窓の外を見た。


「うお!」


「ゴードン君どうしたの? …………あっ!」


 来てる来てる。目をギラつかせた盗賊共がわんさかと。予想以上に多い。ざっと見て百人は余裕で超えている。冷や汗が俺の頬を伝った。多ければ多いほどいいとは言ったが、こんなにも大群で押し寄せてくるとは……やはり上限を決めておくべきだった。これじゃあ俺の命も危ない。よく見ると、こちらに向かって走りながらも、盗賊共の間で小競り合いが起きている。おそらく、複数の盗賊団がお互いに、自分達以外にも聖剣を狙っている盗賊共がいることを知らなかったのだろう。我先にと、お互いに邪魔し合いながら真っ直ぐ研究棟へ押し寄せてくる。この混乱も、俺が逃げるのを円滑にするために狙ってやったものだが……とにかく数が多い。


「マリンさん、ここは危険です。上に行き、身を潜めましょう!」


「で、でもターイズが!」


「命には代えられません。この階にターイズの資料があると分かれば、逆に奴らはこれ以上、上の階に上がって来ないかもしれません」


「……分かったわ」


 俺とアクーアと研究員達は大急ぎで十階に避難した。俺達の慌てた様子に驚いた十階の研究員達だったが、窓の外を見て更に驚いたようだ。ここで九階から下を全て封鎖して、防犯カメラの機関銃や警備ロボットを全て起動させてしまえば、あの人数相手でも何とかなったかもしれない。しかし、下の階にはまだ騒ぎに気付いていない社員や研究員達が残っている。ロボットに侵入者と社員を区別する術はないから、社長という立場上そんな決断は出来ないだろう。まあ、本当にやばくなったらやるしかないだろうがな。


「……マリンさん、一つお願いがあります」


「な、何かしら」


「あの大群では、鍛え抜かれた軍人達でも、やられるのは時間の問題です。しかし聖剣の力を借りれば、僕なら奴らを退けることが出来るかもしれません」


「聖剣を……?」


「迷っている暇はありません。大丈夫、僕を信じて!」


 俺は両手で力強く、アクーアの肩を叩いた。そしてアクーアの目をじっと見据えた。アクーアの頬がみるみる赤く染まっていった。時間が無いんだ、さっさと聖剣をよこせ。その気持ちを出来るだけ抑えた。


「わ、分かったわ。……カプセルを開けて! 聖剣を解放しなさい!」


 アクーアの命令に、研究員が慌ててパソコンを操作し、カプセルを開け放った。そしてコードを外し、聖剣を俺に手渡す。よし、後はこいつを持ってとんずらするだけだ。


「では、僕は行きます。皆さんは危ないから、決して下りてこないで下さい」


「気を付けてね、ゴードン君!」


 ああ、祈っててくれ。俺が無事に逃げ出せるようにな。俺は階段を駆け下り、九階で待機した。窓を開けて下を覗くと、さすがに多勢に無勢なのか、警備の軍人達は全滅していて、既に盗賊共に研究棟への侵入を許していた。それでも盗賊共の死体の方が遙かに多いのだから、かなり善戦はしたのだろうがな。このまま馬鹿正直に研究棟から脱出しようとすれば、間違いなく奴らと鉢合わせになり、俺は殺される。だから待つ……出来るだけ引きつけるのだ。俺は窓から目を離し、全神経を階段に集中させた。エレベーターは既に緊急停止しているから、奴らは必ず階段を上ってくる。すぐ下の階から、研究員のものと思わしき悲鳴が聞こえてきた。いよいよだ……階段を駆け上がる足音が徐々に近付いてくる。よし、今だ!


「おりゃああ!」


 窓枠に足をかけ、九階の高さから俺は飛び下りた。地面が物凄い速さで迫ってくる。俺は聖剣を地面に向け、魔力を解き放った。剣先から突風が噴射され、俺の落下速度が遅くなっていく。本来なら死んでもおかしくない高さからの落下にも関わらず、俺の体は羽根のようにふわりと着地した。こんな事をするのは当然初めてだ。だが狙ってやった。出来る確信があったのだ。以前初めて聖剣を手に取った時、本能的に魔術の使い方を知った。魔術を使えない者でも、聖剣を持てば使えるようになるというのは、まさにこういうことだったのだ。


 やはり俺の作戦は完璧だ。敵はみんな研究棟の中にいる。既に聖剣は持ち出されているとも知らずにな。いずれ警官隊がやってくるだろうが、俺なんかには見向きもせずに、盗賊共を鎮圧しに行くはずだ。俺は足の踏み場もないほどそこら中に散らばる死体を踏みつけながら、出口へと走り出した。


「へへ、あばよ社長…………ぶっ!」


 後ろを見ながら走っていたら、何者かにぶつかって尻餅をついた。


「いてて……」


「……あ? おい、こいつが持ってるの……これ聖剣じゃねえか?」


「確かに普通の剣にしては随分派手だな。それにこいつ、研究棟の方から走ってきたぞ」


 俺はギクッとなって上を見上げた。やばい、なんてことだ。まだ盗賊共が残っていたのか。軽く数十人はいるぞ。ブライトの奴、一体どれだけ集めたんだ。


「間違いなさそうだな。おい、そいつをよこせ!」


「くっ! 誰が渡すかよぉ!」


 俺は一歩跳び下がり、聖剣を思い切り横に薙ぎ払った。すると地面から爆発が起こり、目の前の盗賊共が吹き飛んだ。しかしまだ数は多く、全員を相手には出来ない。爆煙が上がり、盗賊共がひるんでいる隙に、一気に脇を駆け抜けた。


「おい、逃がすな! 追え-!」


「つ、捕まってたまっかよ! うおおおおおお!」


 俺は聖剣をかかえて全力で走った。聖剣のおかげで力が湧いてくるが、聖剣自体が重いから結局走る速さに変わりは無い。こんなに全力疾走するのは、初仕事でアミールの警備兵達から逃げた時以来かもしれない。国道らしき広い道路に出る。右側では何台もの車が走っている。金ピカの剣を抱える男と、野蛮な無法者の大群の異様な鬼ごっこに、街は大混乱に陥っていた。先回りされていたのか、六人の盗賊が前方から向かってくる。六人を相手にした経験はある。今の俺なら切り抜けられるはずだ。俺は聖剣を構え、躊躇わずに突っ込んだ。


「六対一で勝てると思ってんのか馬鹿が! 死ねえ!」


 一人が剣を振り下ろしてきた。俺はそれを聖剣で受け止めた……はずだった。音がない、手応えもない。敵の剣の先も……ない。俺の傍らに、その剣の先が回転しながら地面に突き刺さった。斬れたのだ……聖剣で受け止めたことによって。鉄の剣を斬ったのにも関わらず、まるで包丁で豆腐を切った時のようだった。常識では考えられない斬れ味に、敵も口をぽかんと開けて固まっている。よし、今だ。


「ハアッ!」


「ま、待て!」


 敵が反射的に剣でガードするが、まったくの無意味だ。空気を切り裂くように聖剣を振るうと、夕日で赤く染まる道路に更に赤い血の雨が降り、あっと言う間に盗賊六人のバラバラ死体が出来上がった。後ろを振り返ると、追っ手の盗賊共がすぐそこまで迫っていた。足止めを食らってだいぶ追い付かれてしまったようだ。いくら聖剣があるといっても、やはりこの人数相手では無謀…………俺は悲鳴を上げる脚に再び鞭を打って走り出した。肺が大量の酸素を催促する。心臓がバクバク飛び跳ねる。汗が滝のように溢れ出る。後ろを振り返る余裕など無いが、すぐ後ろに盗賊の大群が迫っているのが気配で分かる。やばい、このままじゃ捕まる……殺される……! 


「ぐはっ!」


 背中に衝撃が走り、俺の体が前のめりに吹っ飛ぶ。くそっ、殴られたか!? しかし、俺の体は地面に落ちずに、そのままうつぶせの姿勢で地面すれすれを滑空している。地面が猛スピードで、視界の下に流れていく。なんだ、どうなっている? この飛行も聖剣の力か?


「ったく世話が焼けるぜ。だが、お前にしちゃ上出来だ」


 ……オルパー? 俺は助手席の窓から腕を出したオルパーに背中を掴まれ、宙ぶらりんになっていただけのようだ。車の走る勢いそのままに、すれ違い様に俺をかっさらったのだろう。リドットが運転する軽トラックはそのまま止まらずに国道を突っ走り、完全に盗賊共の追撃を振り切った。片手で俺の体ををぶら下げたままのオルパーが、俺を荷台に放り込んだ。あれほど尻を痛めてくれた、この居心地の悪い軽トラックの荷台が、まさかこれほどまでに、まるで我が家に帰ってきたような安心感を与えてくれるとは思わなかった。俺はやった……俺は生き残った……。その実感が湧くと、今までに張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れ、例えようのない疲労感に全身が包まれる。


「ゴルド王子、お疲れ様でした。お怪我はありませんか?」


「まさか本当に盗み出してくるなんてね。ほんのちょびっとだけ見直したわ。初の単独任務成功のご感想は?」


 同じく荷台に乗るサフィアとエメラの問いに、もはや答える気力も無い。俺はそのまま横になり、目を閉じると同時に意識が飛んだ。

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