第14話 トップシークレット

 窓の外を見ると、既に朝日がフローライトの街全体を照らし始めていた。気だるい…………。アリス、サンドラ、ライザを同時に相手にした夜の翌朝でも、ここまでの疲労感はなかった。危うく先にこちらがギブアップするところだった。たった半日で、いろいろな物を搾り取られた気がする。そして口の中が気持ち悪い。俺はいつもより念入りに歯磨きと洗顔をしてから、出かける準備を始めた。今日からアクーアのボディーガードとして働くことになる。聖剣はここにはなかった。部屋の隅々まで調べたわけではないが、高い金を払ってわざわざ競り落とした物を、目の付かないところにしまってあるとは考えにくい。本社の社長室にでも飾ってあるのだろうか。


「ゴードン君、準備は出来た?」


「はい、マリンさん。いつでも行けますよ」


 もう君付けか……まあ別にいいがな。二人でエレベーターに乗り込み、一階のエントランスを抜けると、黒塗りで車体が異常に長い車が停まっていた。その横に立っているスーツを着た男がこちらに気付き、頭を下げた。


「社長、おはようございます」


「おはよう。紹介するわ。彼は今日から新しく私のボディーガードを務めてもらう、ゴードン君よ」


 ああ、アクーアの部下か。俺は軽く頭を下げた。そしてこの運転しにくそうな車がリムジンってやつか。初めて見た。中は広々としていて、まるで一つの部屋だ。アクーアのボディーガードらしき屈強な男も何人かが既に乗っていた。


「ゴードン君、今日は午前の仕事を終えた後に、社内を案内するわ。いろいろ見せたい物もあるの」


「それは楽しみです」


 つまり自慢話に付き合わされるわけか。その見せたい物の中に、聖剣は含まれているんだろうな? 俺の方からは、聖剣の保管場所を教えてくれなんて言えないんだぞ。


 やがて、アクーアカンパニーの本社ビルが見えてきた。予想はしていたが、マンション同様にでかくて広い。まるで要塞だ。本社ビルの入り口前に車をつけ、運転手が素早く降りて後部座席のドアを開ける。そこには社員と思わしき男女が二十人ほど、両サイドに一列ずつ並んで立っており、アクーアが車から降りると同時に一斉に頭を下げた。


「社長、おはようございます!」


「ええ、おはよう皆さん」


 ……まるで女王だな。そのまま他のボディーガードと共にビル内に入り、エレベーターで最上階に向かう。そんなに高い所が好きなのか、この女は。最上階に着くと、目の前には社長室と書かれた黒い扉が一つだけ。ここの最上階も、フロア全てがアクーアの部屋ということか。アクーアに続いて社長室に入ろうとすると、他のボディーガードに止められた。


「おい待て。我々が付き添うのはここまでだ。社長は部屋に他の者がいると、落ち着いて仕事が出来ないんだ」


「構わないわ。ゴードン君だけ、お入りなさい」


「えっ? し、しかし社長。この男はまだ今日から始めたばかりでは……」


「私の言うことに何か反論でもあるのかしら?」


「い、いえ! 失礼しました!」


 他のボディーガードに睨まれながら、俺は悠々と社長室に足を踏み入れた。正面の壁は全て窓ガラスになっており、自宅マンション同様に素晴らしい景色が広がっている。他の三方の壁には、巨大な絵画がかけられていたり、水槽が埋め込まれていた。床では高級なカーペットの上で、猫が数匹寝そべっている。


「私は仕事しているから、ゴードン君は適当にくつろいでていいわよ」


 アクーアはそう言ってパソコンを立ち上げ、カタカタと操作しながら数字やグラフとにらめっこを始めた。何をしているのかさっぱり分からないし、知る必要も無い。俺はお言葉に甘えて、室内を歩き回り、景色や水槽を見るふりをしながら聖剣を探した。


 …………無いな。どこにも無い。三千億ジュールもの大金を払って買ったものなんだ。絶対にアクーアの目の届く所にあるはずなのに。俺はひとまず諦め、水槽の魚を無意味に目で追って時間を潰した。仕事が一段落終えたのか、アクーアがパソコンを落として立ち上がり背伸びした。気付けばもう十二時だ。


「待たせたわね。それじゃ、三階の食堂でランチを済ませてから社内の案内をするわ。タダだからお金の心配はいらないわよ」


「それはありがたい。ごちそうになりますよ」



 *



 サフィアの料理に匹敵する味を堪能した後は、アクーアに連れられてめぼしい所を案内してもらった。全く興味が無い物をオーバーリアクションでいちいち相槌を打つのは些か疲れる。とりあえず、日用品や自動車、食品、住宅、観光、軍事機器など、とにかく何でも扱っていることは分かった。その間も聖剣が無いか目を光らせていたが、見つからない。本社ビルを適当に見学した後は、隣の研究棟の九階にやってきた。


「ここでは、うちが最近新開発した、ターイズという薬を作っているわ」


「ああ、昨日の連中が狙っていた薬ですか。そんなに凄い物なんですか?」


「ええ。これまでの医療の常識を覆すわ。どんな大手術でも治らなかった不治の病が、これを飲むだけでたちどころに治るんですもの。当然、製造方法はうちのトップシークレットで、私とここの研究員しか知らないわ。その病を治すにはどんなに高くてもターイズを飲むしかないから、これだけで莫大な利益が出せるの」


「なるほど。ああいう輩が強引な手段で狙ってくるのも頷けますね」


「そうね。だから、この研究棟の警備を更に強化するつもりよ」


 よし、狙い通りだ。これである程度は聖剣から警備の目を逸らすことが出来る。


「さて、いよいよ一番見せたい物を見せるわ。さっきはターイズがトップシークレットって言ったけど、それは過去の話。これから見せるのが本当のトップシークレットよ。ここの十階にそれがあるの」


 …………まさか。興奮を抑えながらアクーアの後に続いた。十階は新技術開発部となっている。エレベーターのドアが開くと、そこは一つの大きな部屋になっていた。せわしなく動き回っている数十人の白衣を着た研究員達が、アクーアに気付いて頭を下げる。俺は室内をぐるりと見渡した。


 ────────あった。間違いない、あれが聖剣ブリリアントだ。それは部屋の中央の巨大なカプセルの中に安置されており、様々な色のコードに繋がれていて、淡い光を放ち続けていた。柄から切っ先に至るまで、全てが黄金色だ。結構な大きさで、これを振り回すのは少々骨が折れそうだ。


「ふふ、綺麗な剣でしょ? 大昔に大魔王を討ち滅ぼした、英雄ゴルドが使っていた剣よ」


 まさかその子孫が目の前にいるとは、夢にも思っていないであろうアクーアが、自慢気に話を続ける。


「はあ~……そんな物をどこで手に入れたんです?」


「オークションで買ったのよ、三千億ジュールでね。さすがの私にとっても安い買い物ではなかったけど、その購入代は一年かそこらで取り戻せるわ。何せ、文字通り金の成る木ですもの」


「どういう意味です? ただの骨董品というわけではないんですか?」


「あの剣はね……無尽蔵に魔力を持っているのよ。今までは科学の力だけで会社を発展させてきたけど、あの剣によって大きく変わることになるわ。私達が電気やガソリンを利用している部分を、魔力で代用している国があるのをご存じでしょう?」


 当然だ。クリスタがまさにそうだ。


「でも魔力にも限りがあるし、そもそもこの国には魔術士なんてほとんどいないから、資源エネルギーとして使うのはまず不可能だったわ。でも、あの剣一本あれば全てが解決する。コードが剣にいっぱい繋がっているでしょう? ああやって魔力を吸い上げているのよ。いくら吸い上げても次々と湧いてくるの。まだ実験段階で、実用化はまだもう少し先になりそうだけど、新たなエネルギー源として人々の暮らしに浸透するようになれば、ターイズなんかとは比べ物にならない利益が出るわ!」


 …………こりゃ駄目だ。サフィアやアリス達のように手懐ければ、もしかしたら「くれ」の一言で聖剣が手に入るかもしれないと思っていたが、この調子では何があろうと首を縦に振らないだろう。しかも運が悪いことに、ターイズの警備を強化させたのが裏目にでてしまった。同じ建物にあるんだから、単に聖剣奪取の難易度を上げてしまっただけだ。


「うーん、確かに凄いですねぇ。人々の暮らしが激変するかもしれませんねぇ」


 半分諦めかけてきたせいか、相槌もつい適当になってしまう。


「よかったら、手に取ってみる?」


「えっ、いいんですか?」


「ゴードン君剣士でしょ? さっきから興味津々で見てるから、もしかしたら伝説の聖剣を触ってみたいのかなと思ったんだけど」


「それじゃ、ちょっとだけ……」


 アクーアが研究員に命じると、研究員がパソコンを操作して、カプセルを開け放った。アクーア自ら慎重にコードを外し、両手で抱えながら俺の所へ持ってきた。研究員達が心配そうに見ている。


「ふう、重いわねホント。鞘が無くて刃が剥き出しだから、気を付けて持ってね」


 俺は聖剣を受け取った。アクーアが手を放すと、ズシッと重みが伝わってきた。これが先祖が使った聖剣ブリリアントか……。柄にもなく、感慨深くなっている。しばらく見ていると、聖剣の光が徐々に俺の腕を伝ってきた。次第にそれが全身に回り、気のせいかさっきより聖剣が少し軽くなった気がする。いや、気のせいではない。この剣は、持ち主の力を限界以上に引き出すと聞いていた。聖剣が力を与えてくれているのだろう。とはいえ、これだけで大魔王を倒せるとは到底思えないから、やはり先祖は元々強かったのだろう。その強さを見込んで、神が先祖に聖剣を与えたと考えるのが妥当。…………それにしてもこの剣……いや、まあ今はいいか。


「……ありがとうございます。剣士として、この上ない貴重な体験でした」


「どういたしまして。じゃあそろそろ社長室に戻りましょうか」


 聖剣は再びカプセルに戻された。一体どうやって盗めばいいんだ……。いずれにせよ、今はその時じゃない。チャンスが訪れるのを待つしかないか。



 *



 まったく、あの女の性欲と体力は一体どうなってるんだ。毎晩毎晩、二回も三回も……。聖剣奪取するまで、ずっとこんな生活が続くのか? しかしあんな近くにあるのに、実際に手に入れるのは、世界の裏側の山脈の頂上に咲く花を摘むよりも難しい。まだアクーアが寝ている早朝、俺は洗面所で歯を磨きながら愚痴をこぼしていた。鏡の中の俺は、心なしか痩せたというか、やつれた気がする。あれだけ毎日美味い物を食っているにも関わらずだ。


 アクーアの宣言通り、研究棟の警備は強化され、周りには武装した軍人達がうろつくようになった。アクーアカンパニーが軍事機器を卸売りしている関係で、軍とのコネがあるらしい。更に研究棟内部……夜間は機関銃を装備した防犯カメラや、警備ロボットが見張っている。それにより、侵入者は発見され次第蜂の巣にされる。また、不法侵入が起こるとすぐにエレベーターは停止し、各階の階段はシャッターで塞がれる。


 もちろん社員のいる昼間には、カメラ機能以外は作動しない。ならば夜間こっそりと忍び込むよりも、真っ昼間から堂々と強盗すれば良いのかというと、決してそんなことはない。昼間は昼間で軍人共の数が多いし、この街の警官は優秀だ。仮に圧倒的な暴力で軍人共を全て片付けたとしても、応援の警官隊がボウフラのように湧いてくるだろう。先に力尽きるのは間違いなくこちらだ。


 何度か隙を見て、ホテルで待機しているオルパーに電話連絡を取り、現状の報告をしたが、さすがに頭を抱えているようだ。いくら奴らが強くても、たった五人ではどうしようもない。やはりどうにかして夜間に忍び込むしかないのか? 五人では無理。だが数十人……いや、もし百人いれば。だが、そんな大人数どうやって集める? スチル町のマンションにいる女達を総動員させれば…………ってアホか俺は。何か、何かないのか。簡単に大勢の……それも死んでも構わない使い捨てに出来る兵隊を集める方法は…………。


 ────────閃いた!! これだ、これしかない。少なからずリスクは伴うが、そんなのはこれまでやってきた事に比べればどうってことない。くく、やはり俺は天才だ。庶民とは格が……。


「おはよう、ゴードン君」


「わっ!」


 突然話しかけられ、歯ブラシを落としてしまった。鏡越しに全裸のままのアクーアと目が合った。起きていたのか……まったく、心臓に悪い。


「ふふ、昨夜も激しかったわね」


「……マリンさんが魅力的だからですよ。つい夢中になってしまいました。ははは……」


 乾いた笑いがこぼれる。くそっ、淫乱ババアが。今のうちに精々浮かれてろ。今に青ざめさせてやるからな。


「ちょっと早く起きちゃったから、シャワー浴びてくるわ。昨夜は汗だくになってしまったから」


「そ、そうですね。それがいいです」


 アクーアがそのまま風呂場へ入っていった。チャンス到来、善は急げだ。うがいを終え、シャワーの音を確認してから、電話の受話器を取った。奴の電話番号を記憶しておいて良かった。ボタンを押す度にいちいち音が鳴る電話にハラハラしつつ、十一桁の番号を押し終える。……なかなか出ないな。やはり寝ているのか? 十回ほどコールして、諦めて受話器を置こうとしたその時、コール音が止まった。


「……ぁい、もしもし?」


 受話器から流れてきた情報屋ブライトの濁声が、俺の鼓膜を不快に撫でた。

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