第13話 守備範囲外
アクーアカンパニーの所在地である経済大国のオリハルコは、アイアーンとは陸続きだ。本来なら飛行機で行きたい距離ではあるが、武器を持って飛行機に乗るわけにはいかないので、仕方なくいつもの軽トラックで行くことになる。車だとおよそ二十時間……さすがにきつい。尻の痛みに耐えながら、ようやくオリハルコの首都フローライトに到着した。この首都のど真ん中に、アクーアカンパニーの本社ビルがあるらしい。品のある人々の賑わい……近未来的で洒落た街並み……クリスタとは性質が違うが、負けず劣らずと言ったところか。クリスタやオリハルコに比べれば、アイアーンなんかゴミ溜めだ。こういう場こそ、俺に相応しいと言えよう。しかも聞いた話では、どうやらここもクリスタ同様、悪魔対策の結界が張られているらしい。といっても、こっちはクリスタと違って、魔術ではなく人工的に科学の力で作り出した結界だそうだが。
「とりあえず、アクーアカンパニーの近くのホテルで部屋を取るぞ。その後はマリン・アクーアの監視だ。隙を見て作戦を実行する」
作戦か……。あんな回りくどいことするより、拉致して脅して奪い取ることが出来れば楽なんだが、どうやらそうもいかないらしい。何せ相手は世界一ともいえる大企業の社長だ。ブツを奪う前に事を荒立てれば、どんな手段を用いて対抗してくるか分かったものじゃない。仮に拉致に成功したとしても、最悪アクーアカンパニー側が社長を見捨てる可能性だって無いわけじゃない。奴らが聖剣を盗まれている事に気付いた頃には、俺達は既に国境を越えている……それがベストだというのが、オルパーとリドットが出した結論だ。
*
こちらに来てから一週間。根気強い尾行や張り込みの結果、アクーアの自宅や大まかなスケジュールは把握することが出来たが、当然ながらガードが堅い。まるで国王のように、常に屈強なボディーガード達が周りを取り囲んでいる。堅すぎても返り討ちに遭うが、逆にあまりガードが緩すぎてもこの作戦は成立しない可能性がある。ギリギリのラインを見極めなければならない。まあ、見極めるのは俺の仕事ではないが……。
今も、とあるビルの屋上で、アクーアの動向を双眼鏡ごしに見張っていた。そして、待ちに待ったチャンスが訪れた。今日はボディーガードが普段より遙かに少ない。私服なので端から見ると分かりづらいが、おそらくたったの四人。それもそのはず、今日は愛人と思わしき若い男とのプライベートのデートだからだ。アクーア自身も帽子とサングラスで変装しているが、ずっと見張っていた俺達からすればバレバレだ。
「よし、やるぞ。配置につけ」
「了解」
オルパー達四人はそれぞれ覆面を被り、顔を隠した。大急ぎでビルを駆け下り、アクーアの近くの建物の影に隠れた。俺は別の場所で待機だ。人通りは決して少なくはない。覆面四人組に、街の人間達はあからさまに不審の目を向けている。ぐずぐずしている暇はない。
「うおりゃあああ!」
「えっ!? きゃああ!」
オルパー達が飛び出し、一斉にアクーアに襲いかかった。すかさずボディーガードがアクーアの前に躍り出て、オルパーの剣を自身の剣で受け止める。あのオルパーの剣を止めるとは、さすがはアクーアのボディーガード……そう思った瞬間に、リドットの弾丸がそいつのこめかみを貫いた。
「何だ貴様らは!」
残りの三人が武器を抜いてオルパーとリドットに襲いかかるが、間髪を入れずにエメラが一人の心臓をナイフで抉り、もう一人をリドットが返り討ちにした。そして最後の一人も、オルパーによって斬り伏せられた。
「う、うわああぁ!」
アクーアの愛人が情けない悲鳴を上げて逃げ出した。その背に向けて、サフィアが指先から熱線を発射すると、愛人の体は瞬く間に火だるまと化す。大人しそうに見えて、結構エグイ事をする奴だな……。覆面で顔は見えないが、どうせ無表情だろう……恐ろしい奴だ。
逃げようとするアクーアをエメラが後ろから捕まえ、首にナイフを押し当てた。周りの人間達は既にこの異常事態を見て、悲鳴を上げながら一目散に逃げ出している。ここにいるのは、アクーアとオルパー達四人、そしてまだ隠れている俺の六人だけだ。そろそろ俺の出番が近い……緊張してきた。
「さて、社長さんよぉ。命が惜しけりゃ、あんたんとこで開発している新薬ターイズの製造方法を教えてもらおうか」
「ひ、ひい!」
アクーアカンパニーは様々な事業を手がけており、医薬品製造はその中の一つだ。これまで不治の病とされてきた病気の特効薬として、最近新たに新開発されたのがターイズだ。だが、もちろん俺達の目的はそんな物ではなく、聖剣ブリリアントだ。ターイズを狙っている悪党がいると思わせ、少しでも聖剣の警戒を緩めるという策だ。さて、いよいよ佳境だな……行くとするか。俺はレイピアを握りしめ、オルパー達に向かって飛び出した。
「その女性から離れろ!」
「むっ! 何だてめえは!」
オルパーが俺に剣を振るった。すかさずレイピアで受け止めると物凄い衝撃が走り、俺の体はたまらず吹っ飛んだ。背中から地面に叩きつけられ、激痛が走る。くっ、あの馬鹿野郎が……! もうちょっと手加減しやがれ……! 心の中で毒づく間に、今度はリドットが発砲してくる。弾丸は俺の左腕をほんの僅かにかすった。し、心臓に悪すぎる…………。
「おのれ、悪党共め! これでもくらえ!」
俺は素早く踏み込み、オルパーの胴を斬りつける。斬った所から大量の血……正確には血糊が吹き出した。当然、服の下には防刃チョッキを着ている。
「ぐああ! ち、ちくしょう! このままじゃ済まさねえからな、覚えてろよ!」
ベタベタな捨て台詞を吐いて、オルパー達四人は逃げ去っていった。大したことはしてないのに、どっと疲れた。 俺は腰を抜かしてへたり込んでいるアクーアのもとへ歩み寄り、手を伸ばした。
「大丈夫ですか? お怪我は?」
「え、ええ……私は大丈夫よ。それより、その左腕。血が出ておりますわ」
「ん? ああ、かすり傷ですよ。ははは……」
無傷で済むのもリアリティや緊迫感に欠けるから、というのはエメラの提案だった。まったく……リドットが少しでも手元を狂わせていたら大怪我するところだった。演技どころではなくなる。
「まだ奴らが近くにいるかもしれない。危ないから家まで送っていきますよ、お嬢さん」
「お嬢さんだなんて……私もう四十超えておりますのよ?」
「えっ? そうだったんですか……あまりにも若くてお綺麗だったもので」
「まあ……!」
アクーアが頬を赤らめる。案外ちょろいな、このババア。遠目で見たら若い美女だったが、近くで見るとやはり年齢を隠し切れていない。いかにも金の力で人工的に維持している若さと美貌という感じだ。自分で言っておいてなんだが、お嬢さんというのは無理があり過ぎる。
「それにしても酷い男ですね、あなたの恋人は。あなたが殺されそうだというのに、一人で逃げ出すなんて」
俺は向こうで黒焦げになっている、アクーアの恋人を見て言った。まあ、俺でもあの状況なら女を盾にして逃げるがな。
「そうね……。でも、もういいの。所詮何人もの愛人のうちの一人だから。それに、他の男ももういらないかもしれないわ。あなたのような素敵な男性に出会えたんですもの……」
「えっ? 今なんと……」
「な、何でもありませんわ! さあ、行きましょう」
我ながら本当に便利な顔だ。さっきのヒーローショーの効果もあるんだろうが、既に俺の虜になっているようだ。ここから徐々に関係を深め、聖剣の在処を聞き出す。それが俺に課せられた任務だ。
「そういえば、まだお名前を伺ってなかったですわね」
「名乗るほどの者ではありませんが、ゴードンと申します。旅の剣士です」
オルパーから偽名を名乗るように言われている。初代ゴルド王の剣を落札した直後にゴルドを名乗る男が近づいたら、いくらなんでも不自然過ぎるからという理由だ。
「私はマリン。マリン・アクーアです。名前ぐらいは聞いたことあるかと思いますが、アクーアカンパニーの社長を務めておりますわ」
「えっ、アクーアカンパニーの社長!? これは驚いた……道理で品のあるお方だと……」
「もう、お上手ね」
その後も、自分で言ってて歯が浮くようなお世辞を言いながら並んで歩き、程なくしてアクーアの自宅マンションの前に到着した。自宅付近の張り込みはエメラの担当だったから、俺は初めて見るのだが、その大きさに俺は圧倒された。高さだけならクリスタ城以上だ。敷地も広く、いくつもの花が咲き誇る庭園や噴水などもあり、一目で大金持ちと分かる中年の女が小型犬を散歩させている。その辺の王族なんかよりも、よっぽど裕福な暮らしをしているに違いない。
「す、凄い所にお住まいなんですね。驚きました。では、僕はこれで……」
「ちょっとお待ちになって!」
呼び止められるのは分かっていた。つい最近まで、幾度となく経験したお決まりパターンだからな。
「良かったら、少し上がっていきませんこと?」
「しかし、いいのですか? こんな高級マンションに、僕みたいな流れ者が入ってしまって」
「もちろんですわ。ぜひ、お礼をさせて下さいな」
そう言って上目遣いに俺を見上げるアクーアの目は、まるで獲物を狙うメスライオンのようだった。やれやれ……やはりこうなるのか。この女、さっき焼け死んだ愛人で発散出来なかった欲求を、俺にぶつける気だ。お礼などとよく言えたものだ。得するのは明らかにお前の方だろうが。まあいい、ここまでは想定内だ。四十過ぎの女は守備範囲外だが、一つの人生経験として甘んじて受けよう。俺は大きく深呼吸して、戦場へと足を踏み入れた。
庭園を抜けてマンションに入ると、俺は更に驚かされることになる。二重のオートロックドアをカードキーと顔認証で抜けると、王宮と見まごうような、だだっ広く貴金属や美術品で飾られたロビー。そのロビーをせわしなく徘徊する、警備ロボットと掃除ロボット。エレベーターは指紋認証で起動し、外の景色を眺めながら猛スピードで上昇していく。ここに来た直後から思っていたことだが、とにかく近未来的だ。クリスタが魔術で補っている部分を、全て科学の力で補っているようだ。エレベーターは最上階である六十階で停止し、ドアが開いた。
「うわっ」
「ふふふ……驚いたかしら?」
廊下に出るかと思ったが違った。そこは既に部屋になっていた。最上階のフロア全てがアクーアの部屋というわけか。内装の飾り付けや家具から漂う高級感は凄まじいものがある。エレベーター部分以外の壁は全て窓になっていて、三百六十度フローライトの景色を一望できる。
「まだ日も暮れていないけど、ワインでもいかが?」
「そうですね。せっかくなんで、頂きます」
俺は窓辺に座り、夕日や街の景色を見ながら高級ワインを舌の上で踊らせる。素晴らしい眺めと味だ。クリスタにいた時ですら、こんな贅沢な暮らしはしていなかった。まあそれは、親父が堅物だったからというのもあるが。つまり俺が王になれば、こんな暮らしも夢じゃないということだ。
「ゴードンさん、旅の剣士とおっしゃってましたけど、またどこかに行かれてしまうのかしら?」
「いえ、正直ここが気に入りました。人も多く、文明も発達していて、そしてとても綺麗です。しばらくはここに留まろうかと思います。まだ住む部屋もありませんが……」
「それでしたら、ここに住みませんこと? あなたとてもお強いし、先程のような無法者もいるし、是非とも専属のボディーガードになって頂きたいわ」
やはり乗ってきたな。俺も最初からそれが狙いだ。一時も離れずにいるには、愛人兼専属ボディーガードという身分が最も適している。自慢のボディーガードを四人も殺した連中を、たった一人で退けたという実績が、それを可能にする。
「願ってもいないことです。この街で暮らそうにも、まずは部屋も仕事も探さなくてはいけないところでしたからね。アクーアさんさえ良ければお願いします」
「ふふ、決まりね! それと、もっと馴れ馴れしくマリンでいいわよ」
「……分かりました、マリンさん」
「はあ~あ、何だか酔いが回って火照ってきちゃったわ……」
アクーアはそう言って席を立ち、服を脱ぎ始めた。全裸になったアクーアがベッドに座り、妖艶な笑みを浮かべてこちらを見つめてくる。気が早い女だ。タダでいい思いは出来ない…………クリスタを出てから学んだことだ。俺は心の中で大きくため息をつき、残りのワインを一気に飲みほし、アルコールの力を借りて気持ちを奮い立たせる。席を立ち、服を全て脱ぎ捨て、その守備範囲外の肉体に覆い被さった。
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