第12話 性のスパイラル

 あれから更に数ヶ月の月日が流れた。また一つの仕事を終え、アジトへ帰還した。今回もちょろかった。換金の必要の無い現金だから、九割を物置部屋に保管した後に、残りの一割を直ぐさま分配される。


「で、これがゴルドの取り分だ。今回も良くやってくれた」


 俺の前に四つの札束が放られた。千六百万のうちの四百万だから、五分の一を大きく上回る取り分だ。サフィアの金は俺の金も同然だから、サフィアの取り分と合わせると六百万ジュールになる。


「正直、お前の飲み込みの早さには驚かされてるぜ。初めは使い物にならないと思ってたんだがな」


「盗賊としてもだけど、剣士としても、何ていうか強くなったよね。その辺のニワカ剣士じゃあ、もうゴルド君の相手にならないんじゃないかな?」


「……そりゃどうも」


 褒められて悪い気はしないが、こいつらは今の俺より更に強いから、あまり素直に喜べない。特にオルパーには、たとえ俺が十人でかかっても勝てる気がしない。


「よし。そんじゃあ、ちと早いが今夜はこれで解散!」


 それだけ告げると、オルパーは自室に戻った。時計を見ると十一時だった。確かにまだ少し早い。リドットが立ち上がって、出口に歩き出し、それに気づいたエメラが口を開いた。


「あら何、また散歩? こんな汚い町で、物好きねぇ」


「ああ、ちょっとね。夜の町の独特の空気が好きなんだ」


 そう言ってリドットは梯子を上っていってしまった。俺もリドットが行った後に席を立った。この時間なら、まだあいつらも起きているだろう。


「あんたも出かけんの? チンピラに絡まれても助けないわよ」


「すぐそこまで行くだけだ。レイピアを持っていくし、サフィアも一緒だから平気だ」


「ふーん。ねえ、あんた達最近コソコソと何やってんの? ヤるんならあたしらに遠慮しないで、ここの部屋使えばいいじゃん」


「そんなんじゃねえし、別にやましいことはしてねえよ。お前には関係の無いことだ。行くぞ、サフィア」


「はい」


 俺達はアジトを出て、例のマンションへと歩き出した。あれからも勧誘は順調に進み、既にあのマンションには四十人の国民候補者が住んでいる。全員女なのが気になるが、極めて順調と言えよう。どいつもこいつも、すっかり俺に心酔している。救いの神だと信じ切っている。まったく、ミルクチョコのように甘々でおめでたい連中だが、そのおかげで徐々に投資金額を回収出来つつある。というのも、カラット団がいつも利用している情報屋のブライトから、女達に仕事を紹介させたのだ。時給七百ジュールのチンケな飲食店員から、体を売る高額な夜の仕事まで様々だ。そして女達はいずれも体を売る選択をした。俺は一切強要していない。そう、競っているのだ……俺に気に入られるために。


 建国費用の名目で女達が上納した金額は、マンションのロビーに棒グラフ状に描いて貼り出している。そうやって競争心を煽るのだ。一人が五万ジュール俺に貢げば、もう一人が六万ジュール貢ぐ。すると更に別の一人が七万ジュールを…………笑いが止まらない。一度こうなってしまえば、黙ってても金がどんどん増えていく。まさに正のスパイラルならぬ、性のスパイラルだ。そんなことを考えているうちに、マンションに着いた。


「王子。私、少しこの場を離れても大丈夫でしょうか?」


「ん? まあ、しばらくは戻らないと思うから別に構わんが。どうかしたのか?」


「いえ、少し気になる事があるだけです」


「そうか。物騒だから夜の一人歩きは用心しろよ」


「はい。お気遣いありがとうございます」


 サフィアを見送り、俺は一階の突き当たりの部屋をノックした。ここには最初に声をかけた三人組の女……アリス、サンドラ、ライザが住んでいる。間もなくドアが開かれ、俺の顔を見たアリスが満面の笑みを浮かべて、俺を部屋に招き入れた。


「いらっしゃい、ゴルド様!」


「寂しかったですよぉ~!」


 ソファーでくつろいでいたサンドラとライザも、立ち上がって俺を出迎えた。もはや、最初に会った時の面影はどこにもない。もちろん良い意味でだ。俺が思った通り、三人共町を歩けば誰もが振り向く美女へと変貌を遂げた。


「ゴルド様、これ……少ないですけど、建国費用に充てて下さい」


 三人がそれぞれ、二十万ジュールずつを俺に手渡してきた。込み上げる笑いを必死に抑えた。他の者達と比べて、この三人の美貌は頭一つ抜けている。それゆえ、体を売れば当然高く付くのだ。上納金のランキングは、常にこの三人がトップだった。


「そんな、こんなにたくさん……。無理しなくていいのに。もっと君たちの好きに使ってもいいんだよ?」


「ゴルド様は私達にお金と住む場所と仕事……そして何より、生きる希望を与えて下さいました。ゴルド様に尽くすことこそが、私達の最大の喜びなんです」


 ……素晴らしい。優秀なだけでなく、下僕の鑑のような発言だ。不覚にも少しじーんときてしまった。建国後はこいつらもサフィア同様、俺の傍に置いてやろう。


「ありがとう。それじゃあ、有効に使わせてもらうよ」


「ところでゴルド様。今夜はここに泊まっていかれるんですか?」


「いや……でも、二~三時間ぐらいならここにいられる」


「それだけあれば充分です。あの、シャワー浴び終わるまで待ってて頂いてもいいですか?」


「ああ、いいよ」


 そう、頑張ってくれている下僕には、ご褒美をあげなくてはいけない。伊達に長年女遊びはしていない。俺のテクニックを持ってすれば、一度抱くだけでも女を虜にするのは容易いことだ。


「アリス、私達も入るんだから、長風呂は駄目よ」


「分かってるわよ、もう!」


「いやいや、慌てなくていいよ。ちゃんと三人が浴び終わるまで待ってるからさ」


「は~い!」


 ここが終わったら、アリス達の次に成績の良い女の所にも顔を出してやらなくてはな。おそらくその頃には寝ているだろうが関係ない。寝込みを襲ってやれば勝手に喜ぶ。今夜は長い夜になりそうだ。



 *



「……王子。ゴルド王子。起きてください。昼食の用意が出来ております」


「うっ……」


 サフィアの声で目が覚めた。十二時ちょうどか。眠い…………寝不足な上に、昨夜は相当体力を使ったせいで体が重い。しかし今日は昼の一時から会議だ。さっさと食べなくては。鉛のような体を無理やり起こし、あくびをしながらリビングへのドアを開けた。既に他の三人は食べ始めている。相変わらず美味そうな料理だ。寝起きなのに、見た途端食欲が湧いてくる。顔を洗ってから席に着き、俺も食事を始めた。それにしても、オルパーが随分と上機嫌に見える。今日の会議と何か関係があるのか? 全員が食べ終わり、午後一時、会議が始まった。


「よし、会議を始めっぞ。まずは朗報だ。俺達が長年追い求めていた物の在処が遂に判明した」


 それを聞いて、リドットとエメラが明らかに目の色を変えた。


「……確かな情報なんでしょうね? ソレに関しては今までいくつものガセネタが出回ってたけど」


「間違いねえ。何せ、闇オークションで出品されたんだからな。実際に出品されたところも、競り落とした人物も、何人もの人間に目撃されている。競り落としたのは、世界有数の大企業であるアクーアカンパニーの女社長、マリン・アクーアだ。物自体も、複数の鑑定士による鑑定書付きだから、偽物って事もないはずだ。ちなみに落札価格は三千億ジュールだそうだ。はなっから俺達じゃあとても手が出せる金額じゃねえってわけだな」


「さ、三千億……マジかよ。それって一体何なんだ? そんなに凄いお宝なのか?」


 俺は話についていけず口を挟んだ。


「ゴルド君にはまだ話してなかったね。それはね……英雄であるクリスタの初代ゴルド王が、大魔王討伐の際に使ったという、神が作りだした聖剣ブリリアントさ」


「……は? 俺の先祖の剣だと?」


 確か、百年ぐらい前にクリスタ城から盗み出されて、それっきり所在不明になってたとか聞いたことあるな。圧倒的な切れ味を誇るのはもちろんのこと、剣自身が持つ魔力によって、魔術を使えない者でも剣を振るうだけで、様々な魔術を自在に操れるようになる。更に、手に持つだけで持ち主の力を限界以上に引き出してくれるという、至れり尽くせりの伝説の聖剣だ。確かに凄いお宝だ。


「てわけで、聖剣ブリリアントは俺達が頂く。そこで……今回の成功の鍵を握るのはゴルド、お前だ」


「お、俺!?」


「その女社長マリン・アクーアは、大の男好きらしい。特に、若くてハンサムな男がな。お前最初の面接の時にナンパが特技っつったよな。今こそお前の最大の長所を活かす時だ」


「…………つまり、その女社長に取り入って、隙を見て聖剣を盗み出せってことか?」


「そういうことだ。だから、ほとんどお前一人に頑張ってもらうことになるな。まあ、盗み出すのが無理でも、保管場所さえ分かれば、後はいつも通り俺達全員で連携して盗めばいい。並のセキュリティじゃあねえとは思うがな」


 俺一人で……本気かよ。しかし、三千億ジュールか。今までとは文字通り桁が違うな。しかも一番の功労者は文句なしに俺になるわけだから、一割の半分ぐらいは俺の取り分になるはずだ。つまり、仮にまた同じ三千億ジュールで売れたとして、取り分は百五十億ジュール…………建国が一気に近づくわけだ。


「……よ、よし、いいだろう。やってやろうじゃねえか」


「ねえ、オルパー。本当にこいつ一人で大丈夫なの? 失敗する予感しかしないんだけど」


 エメラが口を挟んだ。ムカつく言い方だが、当然の意見だ。俺自身もはっきり言って自信がない。


「成功率は高くはないが、現状他に手がねえのも事実だ。とりあえず、アクーアに取り入るための最初の踏み台ぐらいには俺達でなってやるつもりだ。その方法については、これから考えることになるがな」


 やれやれ……まさかこんな事になるとは。しかし偶然にも、女の扱いに関しては現在進行形で実践中だ。どうせやるなら、その女社長とやらも虜にして、建国のためのパトロンにしてやるぐらいの気持ちでやってやる。

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