第10話 王になる前に神になれ

 目が覚めて時計を見ると、十時を指していた。盗賊にとっては早朝だ。隣には自分同様、全裸のサフィアが布団にくるまって寝息を立てていた。どう攻めても相変わらずの無反応で面白味に欠けるが、あまりここで大声を出されても困る。突然サフィアが目をパチリと開けた。目覚め方も不気味だ。


「おはようございます、ゴルド王子」


「あぁ……」


 俺がそそくさと服を着ると、サフィアもそれに倣った。着痩せするタイプなのか、普段の印象とは裏腹になかなかの肉体だった。店主が六百万ジュールでも買い手はつくと豪語していたのも納得だ。


「そうそう、十二時ぐらいに皆起きてくるから、それまでに飯の用意をしておけよ。今までは俺がやってたが、下っ端はもうお前になったんだからな」


「ゴルド王子、料理出来たんですか?」


「ここに来てから覚えたんだよ。こう見えても結構美味く出来てたんだぜ。まあ、もう二度とやりたくはないがな」


「…………」


 またサフィアが無表情で見つめてきた。喋らないと本当に何を考えているのか分からない。


「ゴルド王子、私はあなた様に王になって頂くために、全力でお手伝いさせて頂くつもりです」


「お、おう。どうした、改まって」


「そのために、差し出がましいようですが、いろいろと助言することもあります。生意気だと思うこともあるでしょう。しかし、心にもないお世辞は本人にとって何のためにもなりません。ですから、王子に改善すべき点があれば、私は全て口に出します。ご了承頂けますか?」


「む……まあ、それが建国への近道となるのならいいだろう」


「ありがとうございます。では早速ですが、私の見立てでは、今のゴルド王子では絶対に不可能です。王になるには、ゴルド王子はあまりにも世の中を知らなさすぎます」


 ……本当にはっきり言いやがる。だが、悔しいが事実だ。建国とひと言で言っても、具体的にどうすればいいのかさっぱり分からないのだ。ただ漠然と金を集めて、城を建てて、召使いや兵士や民衆を集めればいいとしか考えていなかった。


「王子、この町には図書館はありますか?」


「ああ、あるが…………まさか!」


「昼食を済ませたらそこで一緒に勉強しましょう。もちろん、図書館にある本全てを読んで頂く必要はありません。一般常識や礼儀作法、世界の歴史や政治、ひとまずこの辺を押さえておけば大丈夫でしょう」


「ちょ、ちょっと待て。今の今まで俺は一度もまともに勉強なんかしたことないんだぞ。ていうか、そういうややこしい事は、有能な参謀の一人でも雇えばいいだろ?」


「その参謀が、無知な王子を騙して国を乗っ取ろうとしている悪党だったらどうするのですか。突出した専門知識は専門家に任せておけばいいですが、浅くても幅広い知識や能力は絶対に必要です。総合的に見て国の中で最も優秀なのは、いつだって王でなくてはいけません。第一、勉強したことがないなんて関係ありません。今からでも知識はつけることは出来ます」


 何か母親に説教されてる気分になってきた。こいつ、こんなに熱く語る奴だったのか。ますますサフィアのキャラが分からなくなってきた。


「それに、城にいた時から思っていたのですが、王子には類い稀なる才能があります。ただ、やる気が無かっただけです。料理といい昨夜見せた剣さばきといい、とても素晴らしい才能です。王子がその気になれば何だって出来るのです」


 …………確かに、思い当たる節はある。俺は勘当されるまで、一度も何かに対して本気で取り組んだ事など無かった。女遊びだって、このルックスと王子という立場を持ってすれば、いちいちオシャレだの話術だのを真剣に考える必要もなかった。初めて本気になったのは、この国でカジノに入った時だったか。あの時は本当に大成功だった。この世の万物の全てが俺に味方していた。その後金を奪われてからは無気力になり、仕事もギャンブルも何も上手くいかなくなったが。


 次はその料理だ。オルパーを恐れてとはいえ、嫌々ながらも全力でやった結果があれだ。初めてにしては上手くいきすぎた。更にアミールの館での逃走劇。途中まではともかく、最後には俺を見捨てたエメラへの怒りと、自分の命を守るために、限界以上の脚力や思い切りを見せた。ダマスカ団との戦いでも、あの四人組への怒りで一人で六人ものならず者を殺した。それからの数ヶ月間、危ない目に遭いながらも、火事場の馬鹿力で生き残り、昨夜も新たな奇跡を起こしたばかりだ。


「俺が、人並み外れた天才だとでもいうのか? 庶民とは格が違うとは常々思っていたことではあるが」


「その通りです。クリスタの王族は代々文武両道で、何事においても素晴らしい能力を発揮していたと聞きました。現にシルバ王子は真面目でしたから、その才能をみるみる開花させていました。しかし……これは私の勘になってしまいますが、ゴルド王子はシルバ王子以上の才能をお持ちだと思っております」


「あ、当たり前だ。あんな奴に俺が負けてたまるか!」


 と意気込んだはいいものの、どうしてもあの日シルバに一撃で沈められた事を思い出してしまう。いや、俺はまだ本気を出していないだけだ。真面目に訓練すれば、あんな奴屁でもない。


「その才能を生かすも殺すもゴルド王子の心構え次第です。……話が長くなりました。では、昼食の準備をして参ります」


 そう言ってサフィアは部屋を出て行ってしまった。俺はしばらくベッドに座り、ボーッとしていた。まさかサフィアにあんな風に言われるとは思わなかった。


 ────使える。奴は使えるぞ。奴の忠誠心は本物だ。そして博識で洞察力もある。そして、下僕でありながら俺のためを思い、言いたいことは遠慮せずにズバズバ言ってくる。更に、魔術を使えるから俺のボディーガードにも出来る。闇市場一番の掘り出し物だ。六百万ジュール以上の価値があった。しかし……勉強か。俺の最も嫌いな物だ。いや、大丈夫だ。俺は天才だ。やる気さえ出せば、どうとでもなるはずだ。やってやる……やってやるぞ。俺は必ず王になるんだ。


「そういえば王子、一つ聞き忘れました」


 自己暗示をかけている最中に突然ドアが開いて驚いた。サフィアが顔だけを覗かせている。


「な、なんだ。驚かすな」


「あの背の高い眼鏡の方……リドットさんでしたっけ? あの方との付き合いは長いのですか?」


「は? いや、別に。まだ数ヶ月の付き合いだが。それがどうした?」


「……いえ、何でもありません。少し気になっただけです。失礼しました」


 ドアがパタンと閉められた。何だったんだ? まさか、リドットに好意を抱いたんじゃないだろうな。いや、そんな恋愛感情などを、あいつが持ち合わせているわけもないか。


 *



 サフィアの料理はとてつもなく美味かった。俺達四人はいずれも最初の一口を頬張った瞬間に、数秒間固まった。あんな適当に買い揃えた食材で、どうやってあんな物が作れたのか謎だ。その後は自由時間なので、サフィアと共にスチル図書館へとやってきた。入ってすぐに目に入るのは、見渡す限りの本、本、本。早くも頭が痛くなってきた。


「ゴルド王子は座って待っていて下さい。私が取ってきます」


 そう言ってサフィアは、いかにも堅苦しそうな本が並ぶ本棚から見繕い始めた。テーブルに頬杖をつきながら周りを見渡すと、どいつもこいつもクソ真面目な顔で本や新聞を読んだり、勉強に励んでいる。漫画やエロ本ならともかく、一体何が面白くてあんなの読んでいるんだか。


「お待たせしました。では始めましょう」


「うっ……」


 目の前に積まれた本。「一から覚える一般常識」……「意外と知らない礼儀作法」……「子どもむけ せかいのれきし」……「政治学の基本」……「頂点に立つための帝王学」……駄目だ、目眩がしてきた。タイトルだけでつまらないのが分かる、


「政治学と帝王学は私も学んだことはありません。ですから、一緒にやっていきましょう。でもまずは一般常識から……」


 マンツーマンの勉強会が始まった。はっきり言って眠気との戦いだ。コーヒーをいくら飲んでもまるで効きやしない。全く何で俺がこんな事を……。いかんいかん。やる気だ、やる気を出すんだ。王になった自分を想像した。酒池肉林を想像した。土下座するシルバの後頭部を踏みつける自分を想像した。


 ここに来てから四時間が経過した。一体何がどうなっている? 最初はまるで古代語のようにわけの分からなかった文章が、スポンジが水を吸収するかの如く脳に刻まれていく。こんなに簡単だったのか? 最初からこうやって真面目にやっておけば今頃は…………。いや、それは考えないことにしよう。


「さすがです、ゴルド王子。やはり私が見込んだ通りのお方でした。いえ、それ以上です」


「ふふん、当然だろう。俺は庶民とは格が違うからな」


「読み切れなかった本は借りて持ち帰りましょう。夕飯の時間も迫っていますので。ところで王子……王子の理想とする国家はどんな国家ですか?」


「そんなの決まってる。全てが俺のために存在し、俺の思い通りになる国だ」


「なるほど。しかし、普通のやり方では無理ですね。今の王子なら分かるかと思いますが、そんな暴君には普通の国民はついてきません。他国に移住されるならまだ良いですが、最悪の場合クーデターを起こされて、王子が国を追放されたり捕まって刑に処される可能性もあります」


「まあ、確かにそうだな……。なら、どうすればいい?」


「先ほど席を外した時に、こんな本を見つけました。私も以前読んだことがあります」


 サフィアが一冊の分厚い本を置いた。「ミスリル教団 ビルー」……何だこれ?


「ミスリル教団というのは、およそ百年前、世界を震撼させたカルト教団です。その教祖、ビルーの生涯を元にしたノンフィクション小説です」


「ふーん。……で、それがどうかしたのか?」


「ビルーは家族も友人もいない孤独な男でしたが、最後には約三万人の信者を従える巨大な宗教団体へと成長を遂げました」


「ほう、それは凄いな。どんな手品を使ったんだ?」


「手口はいろいろあって、詳しいことは本に書かれていますが、一言で言えば洗脳です。洗脳といっても、魔術の類などは一切使っていません。彼は自らを神の化身と名乗り、信者達にそれを信じ込ませました。ビルーの発言は神の発言同様。彼が死ねと言えば即座に死に、殺せと言えば実の親も迷わず殺す。洗脳はそこまで完成されていました。彼自身のカリスマ性もありますが、その洗脳術の数々……大いに参考になる点があるかと」


 素晴らしい。まさに俺の理想そのものだ。その信者達は、虐げられているという自覚すらない。そんな奴ばかりの国民を集めて国を作れば……。


「しかしビルーは失敗しました。野望が大きすぎたのです。彼は信者達を従えて世界を征服するため、各地でテロまがいの行為を繰り返し、最後には巨大な軍事国家に押し潰される形で、ミスリル教団は消滅したのです。ゴルド王子は、建国後に世界を征服したいとお考えですか?」


「考えたこともない。俺はただ、一生自分の思うがままに好き放題遊んで暮らしたいだけだ」


「でしたらきっと大丈夫です。王になる前に、まずは神になることです。天地がひっくり返ろうと、ゴルド王子を裏切らない者を集めましょう」


「王になる前に神になれ、か。順序があべこべだな……。だが面白そうだ」


 次にやるべき事は見えた。盗賊稼業も引き続きやらなければいけないが、合間を縫って知識をつけ、国民候補となる信者を集めることにしよう。

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