第9話 真夜中のカーチェイス

 いきなり始まったカーチェイスに、俺はただ戸惑うことしかできない。深夜とはいえ、通行人はいる。そんなことはお構いなしに、俺達の軽トラックを先頭に、自動車の集団はヘッドライトもつけずに街道を爆走していた。追っ手の何人かがこちらに銃を向け発砲してくるが、その度にリドットが間一髪でハンドルを左右に切って躱した。荷台に乗っている俺とエメラとサフィアは、いつ死んでもおかしくない状況だ。振り落とされて死ぬのが先か、銃で撃たれて死ぬのが先か……どっちも御免だ。


「リドット! 十一時の方向にも待ち伏せがいる!」


 エメラが叫ぶと同時に、リドットは右に急ハンドルを切って路地に入り、待ち伏せしていた男の発砲した銃弾が荷台を掠めた。俺はアタッシュケースを抱え込むように必死に身を伏せた。


「ゴルド! 金だけは死んでも落とすんじゃねえぞ! 落としたらぶっ殺すぞ!」


「わ、分かってるっての!」


「うーん……ちょっとまずいかもね。どんどん増えてくるよ」


 確かに、一体どこから沸いてくるのか、敵は増え続ける一方だ。エメラが立ち上がり、ナイフを追っ手に向けて……正確には、追っ手のタイヤに向けて投げた。見事に命中してパンクさせたが、一台だけでは焼け石に水だ。どこに仕込んでいたのか、エメラは更にナイフを取り出し迎撃に徹するが、敵も警戒してなかなか命中しない。


「うっ!」


 突然エメラが呻き、俺に向かって倒れてきた。危うく二人共荷台から落ちそうになる。どうした、撃たれたのか!? しかし銃声はしなかった。違う……暗くてよく見えなかったが、エメラの右肩に、下向きに矢が刺さっている。下向き……? 俺はハッとなって上を見上げると、ビルの上からも何人かの敵がこちらにボウガンを向けていた。あんな所からも狙われていた……! この狭い一本道の路地裏では、完全に俺達はただの的だ。あの待ち伏せは、俺達をこの道に誘導するための罠だったんだ。


「うわああ!! や、やめろお!!」


 俺はレイピアを滅茶苦茶に振り回した。敵が再度ボウガンを撃ち込んでくる。しかし、放たれた矢は全て、俺が振り回したレイピアによって弾き飛ばされていった。何という奇跡……自分でも信じられない。何とか路地を抜け、射程距離外に逃げ延びた。しかし車やバイクはまだ追ってくる。


「エメラ、大丈夫かい?」


「……大丈夫なわけ、ないでしょ……! くそっ」


 エメラが激痛に顔を歪めた。いい気味だと言いたいところだが、このままでは俺も危ない。エメラが力任せに矢を掴み、引き抜こうとしたが、サフィアが咄嗟にエメラの腕を掴んで制止した。


「な、なによ?」


「止めた方がいいです。重力も手伝ってか、矢は結構深くまで刺さっています。止血剤も包帯もないのに、こんな所で無理に引き抜いたら出血多量でますます危険です。痛くてもそのまま我慢して下さい」


「……分かった」


 今まで何も喋らず座っていたサフィアの突然の言動と、強気なエメラがあっさりと従ったことに俺は驚いた。相変わらずの無表情で、この緊迫した場に似つかわしくないことに変わりは無いが。


「オルパー、一体奴らは何者なんだ?」


「盗賊団だ。あの数や手口から察するに、おそらくチターン団だろうな。闇市場にもそれっぽい奴らがいた。俺らの店が繁盛していたのを見て、目をつけたんだろうな。闇市場でのトラブルは御法度だからあそこでは大人しくしてたが、一歩外に出れば売上金や商品を強奪しようが何しようが関係ねえってわけだ」


「準備や手際が良すぎる。はなっから誰かの売上金を奪うつもりだったんだろうね。仕方ない……オルパー、ちょっと運転代わって」


「ちっ、運転はあんまり得意じゃねえんだがな」


 軽トラックを走らせながら、リドットはドアを開けて荷台に乗り込み、オルパーが素早く運転席に移りハンドルを握った。


「エメラ、動けるなら助手席に座っててくれ。その腕じゃあどっちにしても戦闘は無理だ」


「そうさせてもらうわ……」


 エメラは肩を押さえながら立ち上がり、助手席のドアを開けて車内に滑り込んだ。リドットは先ほど四百万ジュールで買った銃を抜き、追っ手に照準を合わせ、引き金を二度三度と絞った。銃声のとてつもない爆音に、俺は思わず耳を塞ぐ。弾丸は追っ手の車のボンネットを突き破り炎上させ、バイクは着弾の衝撃で吹っ飛び転倒した。


「痛たた……さすがに凄い威力だ。手が痺れたよ。慣れるまで大変だねこりゃ」


 金額の分の価値はあったということか。わざわざ運転手やタイヤをピンポイントで狙うまでもなく、次々と車を大破させていった。銃の威力も凄いが、それを扱えるリドットも大した物だ。この調子なら逃げ切れるかも……。そう思いかけた瞬間、軽トラックが大きく揺れた。


「うわっと!」


 立ち乗りしていたリドットがバランスを崩し、危うく落ちかけた。


「な、何だ!? 何やってんだオルパー!」


「うるせえな、ドラム缶が転がってたんだよ! 暗くてギリギリまで見えなかったんだ! それより大丈夫か、リドット!」


「ああ、僕は何とか…………あっ」


 リドットが何かに気付いた。今度はなんだ?


「眼鏡を落とした」


「は?」


 見ると、確かに眼鏡が無くなっている。今の揺れで落ちたのか。嫌な予感がする。俺は恐る恐る尋ねた。


「おい、まさか……眼鏡がなかったら銃を使えないなんてことないよな?」


「……明るければぼんやりとは見えるけど、こう暗いとどうだろう」


 リドットが立ち上がり、再度発砲を続けるが、先程の命中精度がウソのように、まるで当たらなくなった。逆に敵の弾丸は、運転がオルパーに代わってから徐々に精度を増し、既にサイドミラーが破壊されている。万事休すか……? しかし、俺はあることを思い出した。


「サフィア、お前魔術を使えるって言ってたよな? それで奴らを撃退出来ないのか?」


「多分、出来ない事は無いと思いますが。やってみましょうか?」


「聞くまでもないだろ! さっさとやれ!」


 サフィアは赤子のハイハイのように荷台の後ろに移動し、道路に人差し指を向けた。一体何をするつもりだ? 次の瞬間、サフィアの人差し指から青い光線が発射され、みるみるうちに道路が凍り始めていく。その上に乗った車やバイクが次々とスリップし、壁に激突した。あのスピードでクラッシュすればひとたまりもない。これで完全に追っ手を振り切った。


「おっしゃ! でかしたぜサフィア!」


「うん、驚いたな…………人間が使う魔術なんて初めて見たよ」


 まったくだ。別に疑ってたつもりはないのだが、まさか本当に使えるとは。召使いなんかよりも宮廷魔術士になれば良かったのに。


「お前なぁ、あんな事が出来るんならもっと早くやれよ。出し惜しみしてる場合じゃなかっただろが」


「申し訳ありません。ご命令もなく勝手な行動を起こすのはまずいと思いました。以後気を付けます、ゴルド王子」


「……いや、もういい」


 つくづくわけのわからない女だ。馬鹿なのか天然なのか。まあ、基本優秀なのだから、この手のタイプは「教育」次第では使えるようになるはずだ。そう、俺にとって最も都合のいい人間にな。突如軽トラックは急ブレーキをかけ、俺は前につんのめって頭を強打した。くそっ、何なんだ一体? 見ると、前には三台の車が道を塞いでいた。まだ敵がいたのか。


「オルパー、何やってんだよ。早くUターンして逃げないと!」


「いや、その必要はねえ」


 オルパーはそう言うと、運転席から降りて、腰に携えた刀を抜いた。


「あと残ってるのは、さっきビルの上にいた奴を除けばこいつらだけだ。だったら逃げ回るよりか、ここでぶっ殺して道を開けた方が早い」


 あっ、なるほど。俺はそれだけで納得した。リドットとエメラも、もはや戦いは終わったと言わんばかりに落ち着いている。真夜中のカーチェイスの最後は、チターン団の悲鳴と血の雨によって幕を下ろした。



 *



 アジトに戻ると、すぐにエメラの手当てが始まった。決して軽傷ではなかったが、サフィアの手際の良い手当てによって、大事には至らなかった。


「サンキュー。あんた使えるね。誰かと違って」


「ああ!? 俺がいなかったら追撃の矢で死んでたくせに何言ってやがる!」


「誰もあんたの事だなんて言ってないけど? 自覚してたの?」


 くっ、このアマ……今に見てろよ。その後、売上金の分配が行われた。いつも通り、二億ジュールの九割を物置部屋に収め、一割を四人で分けるということになった。俺の盗品は大した値が付かなかったが、今回はサフィアをスカウトした事と、矢の雨を弾き飛ばした活躍を認められ、きっかり四分の一の報酬……つまり、五百万ジュールを貰えた。それでも、サフィアの購入費六百万には百万足りない。まあ仕方が無いが。


「やれやれ、今夜は使わなくてもいい体力使って疲れたぜ。ふわ~あ、俺はもう寝る」


「あたしも、痛み止めが効いてるうちに寝るわ」


「じゃあ僕も。おやすみ」


 三人はそれぞれの自室に戻り、リビングには俺とサフィアだけが残った。壁に掛かった時計の秒針が時を刻む音だけがリビングに響きわたっている。黙って俺をじっと見続けているサフィアに、俺は口を開いた。


「さて……どうせすぐに判ることだ。俺が何故こんな所にいるのかを話してやる」


 俺はこれまでの事を包み隠さず話した。二十歳の誕生日に城を追い出されたこと、国を捨ててアイアーンに移住したこと、強盗にあってから肉体労働をしていたこと、野垂れ死に寸前でエメラに拾われたこと、盗賊団の一員として日々を過ごしていることを。


「見損なうんじゃないぞ。確かに今の俺は王族ではなくただの犯罪者だが、いずれ必ず返り咲いてみせる。クリスタを超える国を造るんだ。そのためには、お前のような忠実な下ぼ……いや、部下が必要だ。協力してくれるな?」


「ええ、もちろんです。たとえ何が起ころうと、ゴルド王子への忠誠は変わりません」


「それと今後のために言っておくが、たとえ命令がなくても、俺のためになることは自分で判断して行動しろ。ここで一番偉いのは一応オルパーだ。基本的には奴の指示に従えばいいが、俺の命令を最優先に従え。仮に俺とオルパーが同時に命の危険にさらされた時は、一秒たりとも迷わずに俺を助けるんだ」


「心得ております。私の全てはゴルド王子のために、ですね?」


「お、おう。その通りだ」


 不気味なぐらい扱いやすい奴だな…………忠実過ぎて逆に怖いぐらいだ。何か裏があるんじゃないかと勘ぐってしまう。俺は既に人を信用するなんてことは不可能になっているのだ。まあ、今ここでこいつに不信感を抱いたところで何も始まらない。


「よし、話は終わりだ。部屋は空いている部屋を適当に使え。だが今夜は、シャワーを浴びてから俺の部屋に来るんだ」


「かしこまりました」


 建国に向けていろいろ考えることも多いが、今夜はとりあえず今までに溜まった物を吐き出すことにしよう。俺は久しぶりのお楽しみに心を躍らせながら、自室へと戻った。

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