第8話 雑用係と召使いと性奴隷

 俺がここに来てから三ヶ月経ち、それまでに様々な仕事をこなしてきた。そしてもちろん、その数だけの苦難があった。警官に追われたり、三人に置いて行かれそうになったり、用心棒に殺されそうになったり、他の盗賊団とバッティングして乱闘になったり……何度も死にかけた。しかし、その度に俺は捕まることも殺されることもなく生き残ったのだ。自分で言うのもなんだが、結構慣れてきたと思う。報酬も四分の一とまではいかずとも、それに近い報酬を得るだけの仕事をこなせるようになってきた。それなのに…………今俺がしていることは何だ?


「あ~~~くそが! 面倒くせえ!」


 そう、シャワールームのカビや水垢との格闘だ。いくら擦ってもキリがない。それにもうすぐ六時だ。夕飯の支度もしなければならない。一体いつまでこんな雑用をしなければならないのだ? 決まってる……俺より立場が下の者が出来るまでだ。俺が来るまではおそらくエメラがやっていたのだろう。だからこそ、あいつは俺を救って入団させた。俺に雑用をやらせるために……。ならば俺も同じように誰かスカウトしてくれば良いのだが、オルパーの面接があるから適当な奴を拾ってきても駄目だ。素人の俺が入団出来たのも、身元がはっきりしているからというのも大きな要因だったのだから。


「あれ、何あんた。まだ掃除終わってなかったの? もう会議始まるよ」


 いつの間にか脱衣所にエメラが立っていた。俺は憎々しげに最後にカビをもう一擦りしてから立ち上がった。



 *



「さて、お前らも知っていると思うが、今夜は闇市場が開催される日だ」


 なんだそれは……俺は知らないぞ。俺は嫌味を言われるのを覚悟で口を挟んだ。


「闇市場ってなんだ? 聞いたことないぞ」


「ゴルド、俺達が盗んできた数々のお宝は、どうやって金に換えると思う?」


「そりゃ……質屋とか中古アクセサリーショップとかに売るんだろ」


「盗品をそんな表向きの商売してる所に堂々と持っていけるわけねえだろが。そういうワケありの品を堂々と販売出来るのが、闇市場ってわけだ。今夜そこに出店して、今まで集めた盗品を売り捌く!」


「闇市場は四ヶ月に一度、アイアーン西部のテンレス町で開催されるんだよ。裏の世界のVIPが取り仕切っていて、高額な場所代と引き替えに、僕らみたいな裏の住人達に店を出す機会を与えてくれるんだ。客層はいろいろさ。政治家や貴族はもちろん、本来こういう非合法なものを取り締まらなければいけない側の連中もお忍びで来るよ。そこでしか手に入らないレア物があるし、そうでなくても普通の店で買うよりも、盗品ゆえに安く手に入るからね。他にも闇オークションっていうのもあるけど、僕らの盗品は小粒で数が多いから、オークションより市場の方が合ってるってわけさ」


 リドットが補足で説明してくれた。いつまで経っても換金に行かないからおかしいとは思っていたが、闇市場の開催を待っていたのか。闇市場か……いろいろ珍しい物や面白い物もあるんだろうな。少し興味が湧いてきた。


「ところで、今回はちゃんと場所取れてるんでしょうね? 前回みたいに予約の手違いで、隅っこでビニールシート敷いての出店なんて、あたしはごめんだからね」


「ああ、大丈夫だ。今回は僕が手続きしたからね。ぬかりはないよ」


「…………」


 オルパーが気まずそうに黙っている。どうやらこの件に関しては詮索しない方が身のためのようだ。


 会議が終わり夕飯も食べ終わると、出品物を取り出すために、俺以外の三人がそれぞれ自分が決めたパスワードを物置部屋の電子パネルに入力していった。もちろん、遮蔽用のカバーのおかげで周りからはどの数字を入力したのかは見えないようになっている。物置部屋の中にはこれまで盗んできたお宝が並べられている。それにしても何度見ても圧巻の光景だ。金銀財宝、有名美術家の絵画や彫刻、目を奪われる煌めきを放つ装飾品の数々。全てを運び出すことはできないから、時間が経つと価値が下がりそうな物を優先的に運び出していった。中には俺の手で盗み出した物もあり、価値はそれほどでも無さそうだが、これらには少なからず思い入れがある。一体合計いくらになるのか……今から楽しみだ。



 *



 深夜一時、テンレス町に到着した。スチル町から軽トラックで三時間……ずっと荷台に座っていたせいでケツが痛くてしょうがない。気温がだいぶ暖かくなってきたのがせめてもの救いだ。スチル町もそうだが、ここもなかなかの寂れ具合だ。そこら中にゴミが落ちていて、異臭が漂っている。死体が転がってないだけマシといったところか。もっとも、普段から賑わっているような所で、そんな非合法なイベントを開催できるわけないだろうがな。目の前に車を止めるわけにはいかないので、俺達は少し離れたところから出品物を手に持って運び出した。


「着いたぞ。この中だ」


 パッと見はただの巨大な工業用の倉庫だ。窓一つなく、シャッターも閉まっている。しかし、裏口の扉を開けた先には、確かに市場が広がっていた。いかにも怪しい連中がそれぞれに与えられたブースに商品を並べている。まだ準備中の時間ではあるが、既に客らしき人間も何人かいて、早くも商品を物色し始めている。


「よし、俺達のブースはここだ。商品を並べろ。ゴルド、適当に並べるんじゃねえぞ。小さい物は前、でかい物は後ろだ。それと高値の物は真ん中に置くんだ。目に付きやすいようにな。接客は今回もエメラがやれ。俺やゴルドに営業スマイルなんて出来るわけねえからな」


 意外といろいろ考えてるんだな……。俺達は幅ニメートルほどの台の上に、丁寧に商品を並べていった。置ききれなかった分は、商品が売れ次第順次追加で並べていくそうだ。時刻は一時半になり、いよいよ本格的に市場が始まった。リドットが言っていたように、客層は様々だった。商品の性質上、俺達のブースに来るのは金持ちそうな貴族ばかりだが……。売れ行きはこの市場の中でもかなり順調な方だった。完売とまではいかないだろうが、既にかなりの品が売れている。周りを見渡しても、他の所はここまでは客は集まっていない。どんな物を売っているんだろうか……気になるな。


「オルパー、俺ちょっと市場見学に行ってきていいか?」


「あ? ……まあ、お前がここにいてもしょうがねえしな。だが一人で行動はするな。リドット、ついていってやれ」


 売れ行き好調のおかげか、オルパーの機嫌はいいみたいで、あっさりと許可が下りた。店を離れ、リドットと二人で市場を練り歩く。なかなか興味深い物も多いのだが、一つの疑問が湧いてくる。


「なあ、他の出店者も俺達と同じ盗賊なのか?」


「盗賊も多いだろうけど、そればかりじゃないね。マフィアや武器商人、密猟者なんかも結構いるよ。でも扱ってる物はいずれもワケあり品ばかりさ。吸引すると元気が出るクスリ、絶滅危惧種の動物、そしてこの取扱いが難しく危険な銃火器とかね」


 リドットは足を止めて、銃火器の店の商品を手に取った。愛想の欠片もない店主がジロリと見上げてきた。


「……いらっしゃい」


「どうもこんばんは。これいくらかな?」


「四百万ジュールだ」


「高くない? もう少し安くならないの?」


「見て分かるとおり、そいつは普通の拳銃じゃねえからな。厚み五センチの鉄板もぶち抜く破壊力だ。他じゃ手に入らないぜ」


「なるほどねぇ。じゃあこっちは?」


「ああ、そっちは……」


 …………商談が始まってしまった。銃が好きなのかリドットの目は生き生きしていて、しばらくは終わりそうにない。俺は銃なんかには興味がないから暇だ。一人で行動するなとは言われていたが、まあ別に危険なことはここでは起こらないだろうし、少しぐらいなら大丈夫だろう。俺はその場を離れ、市場見学を再開した。


「ん? あれは……」


 大きめの檻が並んでいる店に目が止まった。檻の中に入っているのは動物ではない……人間だ。人身売買もやってるのかここは。まあこういった場だ。驚くほどのことではないが。俺は気になり、店に近づいて見てみた。ふむ、やはり女子供が多いな。それぞれの檻に値札が貼ってある。男は安く女は高い。大人は安く子供は高い。不細工は安く美男美女は高い。実に分かりやすい値段設定だ。この一番の高値がついている十歳ぐらいの少女は、将来間違いなく美人になるだろう。きっとどこぞの金持ちのロリコンオヤジに買われていくんだろうな。俺には関係ないことだが……。なかなか面白い見世物だが、どいつもこいつも当然ながら目が死んでいて、辛気くさくてしょうがない。そろそろ戻るか……そう思った時、一度は何も気にせずスルーした檻の中の女を再度見た。目が合ってしまった。水色のおかっぱ頭……美人だが幼さの残る顔……細身で小柄な体型……真っ白な肌……この女、どこかで会ったことがあるような……。


「こんばんわ、ゴルド王子。奇偶ですね、こんな所で」


「!?」


 こいつ、俺のことを知っている。そうだ、思い出したぞ。名前は確か……何だったか?


「お前確か四年ぐらい前に、半年だけ働いていた城の召使いだよな? 名前は何だったっけ?」


「サフィアです」


 そうそう、そんな名前だった。顔が可愛いから一度だけ抱いたことがあったが、反応が薄すぎてつまらないからそれっきりになっていた。しかし、サフィアはどうやら元々感情が無いも同然の、ロボットのような女だったということは後から知ったのだ。何を考えているのかはさっぱり分からないが、仕事は常に完璧にこなしていたし、俺に対する忠誠心や気遣いも文句なしだった。しかしある日突然姿を消し、その後も見つかることはなかった。


「いきなりバックレたと思ったら、こんな所で売られているとはな。何でこんなことになったんだ?」


「あの日の朝、いつも通りに城に向かって歩いていたら、突然男の人にさらわれたんです。その後こうして市場で売られるようになって、何人かのご主人様の元を転々としてきました。どうやら私、飽きられるのが早いみたいで、こうしてまた売られているんです」


 ……まあ、そうだろうな。顔は可愛いのにもったいない。そんな目に遭っても全く悲観的になっていないのが、サフィアの感情の欠落っぷりを物語っている。多分こいつは、目の前にナイフを突きつけても眉一つ動かさず、黙って殺されるんだろうな。


 ────!! 閃いた。サフィアをカラット団にスカウトできないか? こいつは元召使いだ。家事や雑用はお手の物だ。それに、こいつならオルパーよりも俺に従う。そう、記念すべき俺の忠実な召使い第一号となるだろう。それに、久しく女も抱いていない。夜の町に一人で繰り出すというリスク無しに、好きな時にヤレるというのは大きい。なんだ、完璧じゃないか。しかし、そんな浮かれた俺の心は値札を見て一瞬で冷え切った。


「なっ……。ろ、六百万ジュールだと!?」


「……なんだい兄さん。その子を気に入ったのかい?」


「おい店主。もう少し負けられないのか?」


「びた一文負ける気はないね。その子ぐらいの上玉なら、その値段でもいくらでも買い手はつくんだ」


 ……金はある。何か買い物を出来るかと思い、しっかり持ってきている。ギリギリだが、この場で払うことはできる。しかし六百万ジュールは大金だ……! 圧倒的大金……! だが、雑用係と召使いと性奴隷を同時に手に入れるチャンスなんて、もう無いかもしれない。


「くっ……分かった。この女を売ってくれ」


「へへ、毎度あり」


 檻から出たサフィアはいまいち状況が分かっていないようで、きょとんとしていた。一応念を押しておく必要がありそうだ。


「いいか、よく聞けサフィア。俺はたった今、六百万ジュールもの大金を払ってお前を買った。お前は俺によって人さらいの手から救われたんだ。その事をよく胸に刻んでおけよ。今後はまた俺の下で働いてもらう。いいな?」


 救ったなどと体のいい事を言ったが、結局は次のご主人様が俺になっただけのことだ。だが、こう言っておけば恩を売る形にはなるだろう。


「承知いたしました。私などを救っていただきありがとうございます。どんなことでも、何なりとお申し付け下さい。ところで、ゴルド王子は何故このような場所に?」


「うっ……それについては、後で説明してやる」


 偉そうなことを言った直後に、親父に勘当されたとは言いにくい。まあこいつなら、俺が盗賊に成り下がったと判っても、態度を変えることは無いとは思うが。


「ゴルド君、こんな所にいたのか。心配したよ。あれ、その子は?」


 リドットがこちらに歩いてきた。腰にはさっきの四百万ジュールの拳銃を装着していた。結局買ったのかあれ……。


「ああ、こいつはサフィア。城にいた時の召使いだ。売られていたから俺が買ってやったところだ」


「買ったって……アジトに連れて帰るの? うーん、オルパーが許可するかなぁ?」


 そう、そこが問題だ。駄目なら近くに住まわせるしかないが、それでは雑用を任せられないから、出来ればアジトに置いておきたい。何とか説得するしかないか。店に戻ると、うちの商品はほぼ売り切れていた。売れ残っているのは……俺が盗んできた物ばかりだった。


「エメラお前、俺の盗品だけ売らないようにしてんじゃねえのか?」


「人聞きの悪いこと言わないでよ。あんたの盗品に魅力がないだけでしょうが。ていうか、その子誰よ?」


「ああそうだった。オルパー、こいつをカラット団に入れたいんだが……」


「あ? 何だよいきなり」


 俺は経緯を説明した。幸いオルパーの機嫌は良さそうだから、頭ごなしに駄目と言われることはなかったが、やはりこの場で面接はするようだ。


「サフィアとか言ったな。お前、何か特技はあるのか?」


 俺の時と同じ質問だ。頼むから、まともに答えてくれよサフィア……。


「先ほどゴルド王子から説明していただいた通り、召使いの経験を活かして皆様の身の回りのお世話を出来るかと思います。それと、少しですが魔術の方も嗜んでおります」


「はっ? 魔術?」


 何言ってんだこいつ。召使いのくせに魔術なんて出来るわけ…………いや、どうなんだろう。実際のところ、俺はこいつのことをほとんど知らないのだ。


「ほう。どんなことが出来るんだ?」


「そうですね……火を出したり物を凍らせたり突風を巻き起こしたり、基本的な魔術は一通り習ったことがあります。戦闘面でお役に立てることも多少はあるかと」


「それで人を殺したことは?」


「ありません。ですが、やれというのならやります」


 マジかよ……。いやまあ、雑用以外にも使い道があるのは大歓迎なんだが、意外すぎる。こんなボーッとした女が戦っているところなんて想像出来ない。ましてや人を殺すところなど。その時にもこいつは無表情で淡々とこなすのだろうか。まるで殺人マシーンだ。その後もいくつか簡単な質問があり、その度に無難かつ意外な回答で進んでいった。そして最後の質問になった。


「お前、何か最終目標みたいなのはあるのか?」


「今のところは特に考えておりません。今はただ、私を救っていただいたゴルド王子と、そのお仲間である皆様と同じ方向を向いていきたいと思っております」


「…………よし、まあいいだろう。入団を許可する」


 やった。俺は小さくガッツポーズした。これで下っ端卒業だ。そして、たった一人でも初めての忠実な召使いが出来た。建国という大きな目標にまた一歩近づけた気がした。


 店を再開した。この市場では珍しい女性店員が二人になったことで、嫌でも客の目に止まるようになり、売れ行きは更に良くなった。俺の盗品は最終的に半額まで下げることになってしまったが……。何にせよ、無事に完売だ。場所代を引いた純利益は二億ジュールだ。この中のいくらが俺の懐に入るのかは知らないが、サフィアの購入費六百万ぐらいは何とか取り戻せるかもしれない。



 *



「よっしゃ、帰るぞ。今回は大成功だったな!」


 二億ジュール分の札束の入ったアタッシュケースを荷台に積み、俺達は帰路についた。俺とエメラとサフィアでアタッシュケースを囲うように荷台に座っている。いい加減、二人乗りの軽トラックでは無理があるように思えてくる。そんなことは関係無しに、寝静まった町中でエンジン音を鳴らしながら、昇り始めた朝日に向かって軽トラックは走り続けていた。


「……オルパー、リドット、つけられてるわ」


「そのようだね」


「ちっ。やっぱり仕掛けてくるか。ウザってえハイエナ共が」


 一体何の話だ? そう思った次の瞬間、一体どこに隠れていたのか、建物の陰から何台もの車やバイクが一斉に現れ、猛スピードで追いかけてきた。リドットも一気にアクセルを踏み込み、危うく荷台から放り出されそうになった。何となくだが、状況を把握した。今夜こそは何事もなく平和に終わると思ったのに……。

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