第7話 初めて人を殺した感想

 俺達を乗せた軽トラックは、草一つ生えていない無人の荒野を走っていた。スチル町を出て、クリスタ方面に車で二時間ほど走った所にダマスカ団のアジトはあるらしい。数キロメートル離れたところに、俺がアイアーンに来る際に利用した鉄道があり、俺が乗ってきた機関車が走っているのが見えた。あの頃の俺には想像もつかなかった……盗賊団の仲間になって雑用係をやらされているなんて。


 俺の計算では今頃は、最低でも百人程の下僕を従え、小さな町一つぐらいは手中に収めている予定だった。それに加えて美女を十人ぐらい侍らして、酒池肉林を謳歌しつつ着々と建国に向けて突き進んでいたはずだった。それが実際にはこの様だ。どうしてこうなった? 決まっている。あの日強盗にあったせいだ。一度は転げ落ちたとはいえ、カジノで大当たりした時の俺は、確かに人生において上り調子だった。あのクソチンピラ共のせいで全てが狂ったのだ。


「見えてきたよ。多分あれだ」


 リドットが指を指した方向にいくつかの建物が見えた。一見、廃墟のような村というか集落に見えるが、微かに人影が見えた。いかにも柄の悪そうな男が数名……確かに間違いなさそうだ。怒りでぐつぐつ煮えたぎっていた心が急に冷めてきた。代わりに押し寄せてくる不安…………いよいよ始まるのか。


「どうするオルパー。このまま真正面から突っ込んじゃっていいのかい?」


「当然だ、暗殺なんて柄じゃねえ。まあ、正面から行く以上はしっかりと挨拶してやる必要があるがな」


 そう言いながらオルパーは懐から手榴弾を取り出し、窓から身を乗り出してピンを抜いた。ダマスカ団員の何人かがこちらに気付いた。


「な、なんだてめえらは!?」


「まずは挨拶代わりだ! おらぁ!」


 アジトの入口付近に投げ込まれた手榴弾が炸裂し、近くにいたダマスカ団員が吹き飛ばされた。軽トラックは爆煙の中を突っ切ってアジトの敷地内に侵入し、ドリフトしながら停車した。その勢いで俺の体は荷台から振り落とされ、頭から地面に落下した。


「ぐあっ! いってぇ……ちくしょう」


 頭を押さえながら身を起こすと、オルパーとリドットとエメラは既に臨戦態勢に入っていた。それもそのはず。既に数十人にも及ぶダマスカ団の連中が、殺意を剥き出しにして斧を持ってこちらを睨みつけていたからだ。


「どこの誰だか知らねえが、こんな大それた事をして生きて帰れると思うなよコラァ! 野郎共、ぶっ殺せ!」


 怒号とともにダマスカ団員が一斉に突っ込んできた。まだ何も心の準備が出来ていないまま戦闘が始まってしまった。しかもこっちは四人しかいないのに、相手は数十人……やばい、殺される。どさくさに紛れて俺一人だけでも逃げ出せないか? いや、無理だ。出口は完全に塞がれている。もう駄目だ……おしまいだ。しかしその瞬間、俺は目を疑う光景を目の当たりにした。オルパーが大剣を振るう度に、一度に数人の敵が上半身と下半身を分断されていく。リドットが引き金を引く度に、敵の眉間に風穴が空いていく。エメラが敵とすれ違う度に、ナイフによってパックリと割れた敵の首から大量の血が噴き出していく。何だこいつらは……何でこんなに強いんだ。だが、おかげで死なずに済むかもしれない。────そう甘くはなかった。敵が三人、棒立ちしている俺に気付いてしまった。


「く、来るな! 来るんじゃねえ!」


 俺は脱兎の如く逃げ出した。三人は斧を振り回しながら追ってくる。やばい、追いつかれる。俺は足がもつれ、派手に転倒した。


「ギャハハ間抜けがぁ! 死ねや!」


 敵の斧が俺に振り下ろされる瞬間、銃声と共に三人の頭が一斉に爆ぜ、脳漿や血が飛び散った。それが俺の顔や服にかかり、全身の鳥肌が立った。


「一人になるなゴルド君! 君はオルパーの援護をしてくれ! 僕はエメラと組む!」


 オルパー……奴はどこだ? 視界の隅にオルパーの姿をとらえた。相変わらず大剣を振り回し、敵をバッサバッサと斬り捨てていた。鬼人のような強さだ。確かに奴の傍が一番安全かもしれない。俺はオルパーの元へ走った。


「ボケッとすんな! お前もそのレイピアで戦えや!」


「た、戦えっつったって……うおっ!」


 間一髪で斧を避けた。俺はすぐさまレイピアで反撃…………出来なかった。柄を握りしめてはいるものの、刃を敵に向けられない。俺が無抵抗だろうが敵はお構いなしに攻撃してくる。ギリギリで避け続けていたが、遂に斧の刃先が俺の胸を掠めた。


「うぎっ!」


 鋭い痛みが走った。傷は浅いが、俺は痛みで胸を押さえてうずくまった。やばい、このまま追撃で殺される。そう思ったが、俺に斧が振り下ろされることはなかった。代わりに、目の前にそいつの生首が落ちた。オルパーに助けられたようだが、これはこれできつい。生首が俺をじっと見てくる……夢に出てきそうで、俺は目を逸らした。


「ちくしょう……何で王子である俺がこんな目にばっか遭うんだ……うぅ」


 痛みと恐怖と情けなさで涙が出てきた。やはり俺には無理だったのだ。王なんて夢のまた夢。平民としても犯罪者としてもまともに生きられないんだから……。この戦いが終わったら、カラット団を抜けよう。その後どうするか、そんなことは後で考えればいい。だから、さっさと終わらせてくれ……。俺は顔を上げ、オルパーを見た。


 ────んっ!? オルパーを取り囲む敵の中に、見覚えのある顔がある。あの四人…………そうだ! 間違いない。あいつら、俺の五百万ジュールを強奪したクソチンピラ共だ! あの日の記憶が鮮明に蘇る。いきなり顔面を殴られ倒れる俺。鼻血を見て情けなくうろたえる俺。横腹を蹴られて苦しむ俺。全財産を奪われる俺。────殺してやる。気付いた時には、俺はレイピアを握りしめ、奴らに向かって走り出していた。


「オルパーそこをどけ!! うおああああ!!」


 俺の予想外の行動に、敵だけでなくオルパーも驚きの表情を浮かべていた。四人組の前に敵が二人。こいつらも邪魔だ。敵が斧を振り上げたが、それよりも早く俺のレイピアがそいつの右眼を突き刺した。右眼を押さえてのたうち回る敵を尻目に、今度はもう一人の武器を持っている方の腕を突いた。


「な、何だてめえは! 調子にのんなよコラァ!」


 四人組が一斉に襲いかかってきた。何だてめえは、だと……俺のことを忘れたというのか。俺は一日たりとも貴様らのことを忘れた日はなかったぞ。俺の怒りが頂点に達した。一人の両脚を斬り飛ばした。一人の喉を貫いた。一人の心臓を貫いた。一人の脳天を貫いた。


「うぎゃああ! ひ、ひぃぃ助けてくれぇ!」


 脚を失った敵が必死に命乞いをしてきた。だが、許すつもりはない。例え今すぐに五百万ジュールを返したとしても、これまでに俺が受けてきた苦痛や苦悩、屈辱は計り知れない。俺はレイピアを逆手に持ち、地面を這いずり回る敵に向けて思いっきり突き刺した。何度も何度も滅多刺しにした。俺の怒りを、苦しみを、思い知れ、思い知れ、思い知れ! 何度刺したか分からない。いつの間にか頭は冷静になっていて、周りも静かになっていた。俺の足下には、ぐちゃぐちゃになった死体が転がっている。誰かに肩を叩かれ、思わず体がビクッと跳ねた。


「なんだよ、やれば出来るんじゃねえか。ちったあ見直したぜ」


「オルパー……これは俺がやったのか?」


「当たり前だろが。どうよ、初めて人を殺した感想は?」


「いや……別になんともない」


「そうか。まあ、それでいい」


 強がりではない。現実が見えていないわけでもない。やる前は散々ビビっていたが、実際には大したことなかった。生きる価値のない輩が、本来いるべき場所に逝った。ただそれだけのこと。そんなことより、まさか俺にこんな力があったとは……そっちの方が驚きだ。それとも、こいつらが見かけ倒しだっただけか?


「ゴルド君お疲れ様。怪我は大丈夫かい?」


「どうってことないわよそんな掠り傷。血止まってるじゃない」


 リドットとエメラが戻ってきた。二人には掠り傷一つ無かった。あれだけの大人数相手にどうやって無傷で済んだんだ……。


「おう、おめえらも無事だったか。そんじゃ、早速戦利品を頂くとす……」


「貴様らァ!! ここで何をしてやがるんだ!!」


 オルパーの声が何者かの怒声でかき消された。俺達は一斉にアジトの入口に視線を向けた。そこには、リドット以上の身長と、オルパー以上の筋肉を持ち合わせた隻眼の男が立っていた。背にはその体躯に相応しい巨大な戦斧を背負っている。一目で分かる……こいつらのボスだ。


「俺様の留守中に随分と好き勝手やってくれたなァおい。ただで済むと思うなよ」


 ボスはこちらに歩きながら、眼帯をしていない方の猛獣のような目で、俺達四人を見回した。俺は反射的に血の付いたレイピアを後ろ手に隠した。やばい。こいつはやばい。こいつは下に転がっている雑魚共とはわけが違う。早く逃げないと今度こそ殺される。


「あぁ? 好き勝手やってくれたのはてめえらの方だろうが? 返してもらうぜ、俺達の宝石をな」


 オルパーが負けじとガンを飛ばしながら足を踏み出し、ボスを見上げた。頭一つ分以上の身長差があり、やはり体格では完全に負けている。


「そうか、貴様らも盗賊団だな。人の戦利品を横から奪い取ろうってわけか。そのハイエナのような腐りきった根性……叩き直してやらねえとなあ!!」


 ボスが戦斧を抜き、オルパーに向けて振り下ろした。オルパーは大剣でそれを受け止めると、その衝撃と重さで足が地面にめり込んだ。


「お前ら、手出しすんじゃねえぞ! こいつは俺の手で直々にぶちのめす!」


 オルパーが戦斧を押し返し、すぐさま反撃に転じると、ボスも素早くそれを弾いた。二つの巨大な武器が何度も交差し、その度に火花が激しく散った。あんな重そうな武器を軽々と……どっちも化け物だ。しかし初めは互角に見えた勝負も、徐々にボスが押し始めた。腕力の差が如実に表れ始めたのだ。オルパーは既に防戦一方で、攻めに転じることが出来ないでいる。


「や、やばいぞ。助太刀した方がいいんじゃないか?」


 と言っても俺自身は加勢するつもりはさらさらない。しかし今オルパーに死なれると今度は俺の身が危ない。だからこその提案なのだが、リドットもエメラも動く気配がない。それどころか涼しい顔をして戦いを観ている。


「おい、聞いてんのか?」


「うるさいわね。手出しするなって団長命令があったでしょうが」


「そんなこと言ってる場合じゃ……」


「うーん……まあ、オルパーなら大丈夫だよ。多分ね」


「た、多分って……」


 激しい衝撃音。視線を戻すと、オルパーが吹っ飛ばされて壁に叩きつけられていた。その時に武器も落としてしまっていた。やばい、完全に追い詰められた。


「ははは! 大口叩いた割に大したことなかったな! 死にやがぶおっ!?」


 俺は一瞬何が起こったのか分からなかった。ボスの台詞は、顔面にめり込んだオルパーの拳によって遮られていた。ボスは鼻血をアーチ状に噴き出しながら倒れた。


「武器を叩き落としたぐらいで油断してんじゃねえよバーカ」


 オルパーはボスに馬乗りになり、拳の連打を浴びせた。分かってはいたが、オルパーは素手でも充分強い。もはや勝負あった。どうやら命拾いしたようだ。俺はホッと胸をなで下ろす。それにしても、これだけボコボコに殴られても意識を保っていられるボスも大した物だ。オルパーが攻撃を止めて立ち上がり、哀れな敗北者を見下ろした。


「ち……ちくしょうめ。殺るならさっさと殺れ!」


「そのつもりだったんだがな、予定が変わった」


「あ?」


「俺に敗れはしたものの、てめえの強さはなかなかのもんだ。殺すには惜しい。てめえは使える。単刀直入に言うぞ。俺達の仲間になれ」


「……貴様ふざけてんのか? 誰がなるかよ!」


「団員になるなら歓迎だが、別にそこまでしろとは言わねえ。必要になったとき、一時的に俺達に協力してくれりゃそれでいい。同盟みてえなもんだ。もちろん報酬は充分に出してやる。ただ、当然ながら今後俺達の縄張りでの仕事は禁ずるがな」


「お断りだっつってんだろが」


「よーく考えろ。てめえも裏稼業の頭やってるなら分かるはずだ。この世の中、格好つけて華々しく散るなんて何の意味もねえ、馬鹿のすることだ。敵に土下座し、靴を舐め、雑草で飢えを凌ぎ、泥水で渇きを癒してでも、最後に生き残った者が真の勝者だ。今ここで俺に殺されて何の意味がある? 生きてさえいりゃチャンスは無限に転がっているんだぜ?」


「……」


 話がまとまりつつある。リドットもエメラも一切口を出さずに、そのやりとりを見守っていた。しかし俺は反対だ。俺は小声でリドットに話しかけた。


「おい、リドット、いいのかよあんな事させて。あいつを今ここで仕留めないと、いつ寝首をかかれるか分からないぞ」


「ん……まあ、団長のオルパーが決めたことだからねぇ。僕らはそれに従うまでさ。それに多少信用出来なくても、盗賊としてのスキルが無かったとしても、強ければいいのさ。今は一人でも多くの強者が必要だからね」


「どういうことだ? 戦闘要員ならお前ら三人だけでも充分間に合ってるじゃないか。金を貯めてることと何か関係があるのか?」


「……いずれ君にも話すよ」


 やはり何か隠しているな。まあ、今それを聞き出すことは出来なさそうだし、オルパーの交渉を止める術も俺にはない。結局交渉は成立。団員にはさすがにならないようだが、オルパーの呼び出しにはいつでも応じられるように、一人でここに残って暮らすということになった。


「そういや名前を聞いてなかったな。俺はオルパー、こいつらはエメラ、リドット、ゴルドだ」


「……ドニクスだ。ここは大人しく従ってやるが、せいぜい夜道には気を付けることだな」


 ドニクスが俺達を睨みつけながら言った。オルパーによって顔がボコボコにされたせいで、より一層迫力が増していた。やはりどう考えてもこいつを生かしておくのは得策ではないように思える。


 奪われた宝石と、ついでにアジトに残っていた現金は無事に全て回収したが、俺の五百万ジュールはさすがにもう無かった。まあいい……これだけの量の宝石だ。一割の更に四分の一以下でも、かなりの金額にはなるはずだ。これでまた、俺の野望にまた一歩前進したというわけだ。

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