第6話 俺達の所有物

 カラット団のアジトに戻ってくる頃には、朝日がうっすらとスチル町を照らしていた。乗ってきた軽トラックは近くの廃車置き場に乗り捨ててきた。まさかこのゴミのように積まれた廃車の中に、盗賊団が乗り回している車が紛れているとは誰も思わないからだ。俺はもし処分されたらどうするんだと口にしたが、オルパーの「そん時はまた盗んでくりゃいいだろ」の一言で納得した。


 いつも以上に細心の注意を払いながらマンホールの蓋を開け、二つの麻袋をアジトへと持ち込んだ。一つは俺とエメラで盗み出した札束。もう一つは、オルパーが館内で目についた物を片っ端から詰め込んだ物が入っている。リビングの長テーブルに、まずはオルパーの戦利品を広げ、リドットが一つ一つ慎重に鑑定を始めた。宝石やアクセサリー、食器や飾り物、絵画や彫刻像など、多種多様だ。一見どれも値打ち物に見えるが……。


「うーん……駄目だね。半分以上は大した金にならないよ」


「ちっ、やっぱそうか。暗かったし急いでたから、いちいち目利きしてる余裕無かったからな。まあしょうがねぇ」


「宝石類は小粒だけどそこそこな金額はいくと思うよ。しかしもったいないのが、この天使をかたどった彫刻像かな。オルパーが乱暴に扱ったせいで、翼が片方ポッキリ折れちゃってる。美品ならかなり高く売れただろうに。美術品は丁寧に扱ってくれっていつも言ってるだろう?」


「むう……」


 奇妙な光景だ。あの傲慢で厳ついオルパーが、優男のリドットに言い返せないでいる。しかし、それでもリドットの見立てでは合計一千万ジュールは固いとのことだ。続いて、俺とエメラで盗み出した札束を広げた。一束百万ジュール。それがちょうど百束あるから、一億ジュールということになる。俺の一時的な全財産が五百万ジュール……それですら、ギャンブルで増やした泡銭だ。日当四千ジュールで働いていたことだってある。全くもって馬鹿馬鹿しくなる話だ。金が無い? だったら最初からこうやって他人から盗めば良かったのだ。盗まれた方は大打撃だが、俺自身は痛くもかゆくもない。


「さてと……俺の戦利品は後々換金するとして、とりあえずこの現金を分けるか。いつも通り、一割を皆で分け合い、九割はここの倉庫に入れておくことにする」


 一割って事は、一千万を四人で分けるということか。一割と言っても結構な金額だが、九千万も残しておくのか。一体そんなに貯め込んでどうする気なんだろうか。そういえば、俺の入団面接の時に、何を目標に金を貯めるのか聞かれたな。こいつらにも、何か共通のでかい目標でもあるのだろうか。まあどうでもいいか。


「まず、今回最も大きい活躍をしたエメラ。全体の半分の五百万ジュールだ。ほれ、確認しとけ」


「はいどーもー」


 なに? 四人で二百五十万ずつじゃあないのか? まあ確かに、実行部隊の俺達と運転手のリドットが同じ報酬では不公平か。


「俺がその半分の二百五十万。リドットが百五十万。残りの百万がゴルドだ」


「は!?」


 俺の目の前に札束が一つ放られた。俺は即座に立ち上がり猛抗議した。


「ちょっと待て。何でエメラが五百万で俺が百万なんだよ。こっちは殺されかけたんだぞ! エメラと同じ報酬とまでは言わんが、運転手だけ務めたリドットより下なんていくらなんでもおかしいだろ!」


「あんた馬鹿じゃないの? 今回あんたがやったことなんて、最上階から一階まで金を運んだだけじゃない。殺されかけたのだって、あんたがあんなタイミングでくしゃみなんかするからでしょ? そのせいであたしまで危ない目にあったんじゃないの。その後に金を運んだのも結局あたしだしね。そんな仕事で百万も貰えるだけありがたいと思いなさいよ。このアンポンタン」


「う……ぐ……」


「そういうことだ。分かったらさっさと座れ」


 正論過ぎて反論できない。俺は黙って椅子に座った。百万は大金だが、建国費用としては雀の涙だ。こんなペースでは一体いつになることやら。


「金は自分でしっかり管理しとけよ。銀行に預けるのはお勧めはしない。このご時世、銀行も百パーセント安全とは言い切れねえからな。エメラでも開けられない電子式の金庫でも買って自室に置いとけ」


「……そうさせてもらおう」


 そんな金庫を買えばそれだけでこの金は無くなるだろうがな……。しかし、最も信用できない奴がここにいる以上は仕方が無い。俺は隣でニヤつきながら俺を見てくるエメラを睨み返しながらそう思った。



 *



 俺なんかが大金を持って一人でこの町を歩くのは自殺行為だ。俺は入国初日でそれを身をもって思い知った。だから不本意ではあるが、俺は今オルパーに同行してもらい、金庫を買いに向かっている。その前に、次の標的である宝石屋の下見にも行く予定だ。それにしても、何度見てもしけた町だ。宝石屋に行く途中何度もゴミ漁りしているホームレスや、寝ているのか死んでいるのか分からないホームレスを見かけた。所詮こいつらは人生の敗北者……だが俺は違う。一時はこいつらと同じ所まで落ちかけたが、今は違う。必ずや、前以上の地位を得てやる。


「ん? 何か騒がしいな。事件か?」


 オルパーの視線の先……今度の標的である宝石屋の前に人だかりが出来ている。ある予感がよぎった。ここでは決して珍しいことではない。人をかき分けて見てみると、予想はやはり当たっていた。割れて飛び散っているガラス片。店員と思われる三人の男女の死体と、警備員らしき屈強な二人の男の死体。カラッポになったショーケース。誰がどう見ても強盗にあったと分かる悲惨な状況だ。俺達の前に他の誰かに先を越されたというわけか。


「ちっ……一体どこのどいつだ?」


 オルパーが顔を歪めて呟いた。警官はまだ来ていないから、中に入って犯人の手がかりを探すことも出来なくはないが、盗賊である以上、大勢の人の前で目立った行動をするわけにはいかない。俺達は一時その場を後にし、ひとまず金庫屋に向かって歩き出した。


「気に入らねえな。やり方がスマートじゃねえ」


「どういう意味だ?」


「警官が来ていなかったから、まだ事件が起こって間もない。つまり白昼堂々。そして現場の状況を見る限りおそらく大勢で力任せに急襲したんだろう。誰かに目撃されることなんてお構いなしにな。強盗行為そのものは別に否定しねえが、俺達の場合は仕事中に誰かに見つかってやむを得ない場合か、相手も自分と同等かそれ以上の力を持っている場合に限り実力行使に走るんだ。はなっから何も考えずに、弱者を力だけで押し潰すやり方は俺のポリシーに反する」


 意外だな。この男がそんな盗賊の美学のようなものを持ち合わせていたとは。


「そして何より気に入らねえのが…………俺よりも先に獲物に手を出したことだ! 俺が目をつけた時点で、あの店の宝石は全部俺達の所有物だ! つまり、奴らは俺達の宝を盗んでいったのと同じ事をしたんだ! 絶対に許せねえ…………!」


 オルパーの怒りの形相に俺は思わず身震いした。だが見習うべきかも知れない……この自分勝手すぎる思想は。こんな堂々とした犯行だから、おそらく犯人はすぐに特定されるだろう。その後どうするかはこの男が決めることだ。俺は何となく嫌な予感がした。



 *



 翌日の午後二時。俺とエメラとオルパーはリビングでそれぞれの時間を過ごしていた。俺は食器洗いと掃除。エメラは読書……さっきチラッと見えたが官能小説だ。オルパーはいくつもの愛用の武器を丹念に手入れしていた。貧乏ゆすりしながらあからさまにイライラしていて、空気がピンと張り詰めている。エメラは特に気にしていないようだが、俺はいつ点火してもおかしくない爆弾と同じ部屋にいるようで気が気じゃなかった。


「ただいまー」


 リドットが帰ってきて、俺はホッと胸を撫で下ろした。その爆弾を解除できるのはリドットしかいないからな。


「おう、どうだった?」


「現場状況や目撃情報を聞く限り、ダマスカ団の犯行と見て間違いなさそうだね。あいつら最近勢力を拡大してきてるから」


「やっぱりそうか……! あのクソ野郎共が、図に乗りやがって!」


 オルパーの顔がますます鬼のようになり、テーブルに拳を叩きつけた。リドットは、そんなオルパーにはお構いなしに報告を続けた。しかしダマスカ団とは一体……。


「なあエメラ、ダマスカ団ってなんだ?」


「盗賊団よ。つまり、あたし達の同業者。他にもいくつかの盗賊団がいるから、こうやってバッティングする時もたまにあるわね。仕事中に現場で鉢合わせたこともあったかな。その時はキレたオルパーが一人で相手を皆殺しにして事なきを得たわ」


 オルパーの戦いぶりは見たことないが、その光景は容易に想像出来る…………あまりしたくないが。テーブルに並べられた数々の武器に、そいつらの血が染みこんでいるのだろうか。そう考えるとゾッとした。


「信頼できる情報屋から、奴らのアジトの場所は既に聞き出してきた。元々コソコソ活動する連中じゃなかったから、情報屋の間では特に貴重な情報でもなかったみたいで、料金は安く済んだよ。で、どうする?」


「決まってる。今から乗り込んで、俺達の宝石を取り返しに行くぞ」


 オルパーは自分の身長程の長さの大剣を掴んで立ち上がった。エメラもオルパーのその言葉を予想していたようで、当然のように本を閉じて身支度を始めた。それを見て、俺は慌てて口を挟んだ。


「お、おい。本当に今から行くのか?」


「あたりめーだろ。グズグズしている間に宝石を金に換えられて銀行にでも入れられたら面倒だろうが。アジトを変えられる可能性だってあるんだ」


「ていうのは建前で、本当はただ単に一刻も早く奴らを叩きつぶしたいからだろ?」


 リドットは少し呆れたような口調だが、やはりこの展開は予想していたようで、涼しい顔をしながら自分の武器である拳銃に弾丸をこめ始めた。情けなくオタオタしているのは俺だけだった。当たり前だ。喧嘩ですら、シルバとの兄弟喧嘩しかやったことがないのだ。そんな俺が、確実に前回以上の修羅場となる殺し合いの舞台に上ろうとしているのだから……。


「おいゴルド。この中から武器を一つ貸してやるよ。別に戦力としての期待なんかしちゃいねえが、だからと言って後ろで棒立ちしてるのは俺が許さねえ」


 俺は唾をごくりと飲んだ。もう覚悟を決めるしかない。ここで断れば、ダマスカ団のアジトに殴り込みに行く前に、この場でオルパーに殺されかねない。テーブルの上の武器に目を通す。どれもこれもオルパーにお似合いの重量級の武器ばかりで、俺に扱えそうな物は少ない。リドットと同じ拳銃もあるが、こんなゴツイ拳銃では撃った反動で吹っ飛びかねない。かといって、前回携帯していたナイフでは心許ない。となると、これしかないか……。まるで今の俺をそのまま表しているかのように、重量級の武器の傍らに心細そうに置かれたレイピアを手に取った。王族の俺にはお似合いの武器ではあるが……不安しかない。突くだけでなく斬ることも出来るタイプで、重量も軽いのはいいが、扱い方がさっぱり分からない。せめて武術だけは真面目に習っておけば良かったと激しく後悔した。


「よし、行くぞ! 奴らを皆殺しにして、宝石を全て取り返してやる!」


 もうどうにでもなれ。俺は半ばやけくそになりながらオルパー達に続き、アジトを後にした。

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