ちはる1‐6

「そのままゆっくりお座り下さい。」

 同じカーペットが敷き詰められているそこに、案内され、ゆっくりと腰を下ろすと、ソファーのようなところに座った。隣の人も同様に、同じタイミングで腰を下ろしたようだ。突然、頭に被せられていた袋が引っ張り上げられ、画面が真っ暗になっているメガネの隙間から久しぶりの光が漏れる。ガチャリと音を立てて、固定されていた両手の手首が離れた感覚がした。

「メガネをお外し下さい。」

 急に心臓が高鳴った。ゆっくりゆっくり、久しぶりに動かした手で、確かめるように、メガネ型コンピューターの縁を触る。瞳の全面に降り注ぐ光が眩しい。

 目の前に広がっていたのは、驚くほど普通の、家であった。

 広いリビングが、奥の方まで広がっていて、綺麗なキッチンが見える。頭上には大きなシャンデリア、吹き抜けになった二階があり、温かみのある木の素材の大きな階段が端に見える。

 うちの何十倍も綺麗で明るくて温かくて、居心地は悪いが、監獄のような場所を想像していたので、自然とほっとしている自分がいる。

 隣から漏れた吐息で、我に返った。何も発しない隣の人を、ようやく見る。

「あっ・・・!」

 隣にいたのは、今朝、面接会場の道案内をしてもらった金髪の若者だった。柄と柄を合わせた、こんな奇抜なファッションをしているこの人を、見間違えるはずはない。

「え、なに?」

「今朝、ビルを案内してもらった・・・!」

「ん?そうだっけ?」

 顔を見合わせる。とても澄んだブラウンの瞳に真っ直ぐ見つめられ、身体が硬直した。

 そのとき、音を立てて、目の前にスクリーンのようなものが降りてきた。それと同時に照明が少し暗くなる。

「このたびは、合格おめでとうございます!ワタクシたちのカンパニーに、お二人を歓迎致します!」

 突然、スクリーンの横に、椅子に腰かけたサカキさんが現れた。でも、実物ではない。映像だった。天井から光の筋が伸び、そこにサカキさんを映し出している。半透明のサカキさんはとても幻想的で、美しく、私は自然と息をのんだ。

「本日より約3週間、お二人にはワタクシの仕事の補佐をして頂きます。その間、少しでも快適に過ごして頂けるよう、この家をご用意致しました。食事はこちらで準備致します。もちろん個室もありますので、ご自由にお過ごし下さい。」

 先程までの拘束からは考えられないような、穏やかな雰囲気。機密保持が厳重なだけで、自分の考えていたような恐ろしいことは一切なかったようだ。でもそれが当然、だよね。金髪の人を横目で見ると、何故だか奇妙なほどにおとなしい。でも少しだけ、笑っているようにも見える。

「ただ、こちらで滞在中に必ず守って頂けなければいけないルールがあります。こちらの映像をしばしご覧下さい。」

 スクリーンを指さしたサカキさんは、そのまま徐々に薄くなり、消えた。それと同時になにやら楽しげな音楽と共に、海外のアニメのような、そんな映像が流れ始める。

「①お互いの呼び方は指定されたニックネームで!本名を言ったり、聞いたりしては絶対にダメだよ!」

 男の子と女の子の可愛らしいキャラクターが会話するようなシチュエーションとともに、クマのぬいぐるみのようなキャラクターが解説するアニメ。

「②携帯電話の使用は禁止だよ!後ほど、回収されるよ!」

「③決められた時間以外の外出は絶対にしないでね!」

「④このハウスには鏡が設置していないよ!鏡を見ることは絶対に禁止だよ!」

 男の子と女の子の手首には、リングがはめられている。見覚えがあった。私と金髪の人の腕にも、似たような輪が黒く光る。よく見ると、左手首にはまるで時計のような、液晶付きのもの。右手首には、細いブレスレットのようなもの。

「ルールを破ってしまうと、手首のリングが爆発するよ!」

 大きな音と共におぞましいアニメーションが流れた。ポップな絵のタッチとは不釣り合いな、バッドエンドでフェードアウトする。思わず顔を見合わせた私たち。


「それでは、ワタクシの方からも、少しだけ補足説明させて頂きますので、ご静聴下さい。」

 いつの間にか、またそこにサカキさんが現れた。ゆっくりと口元に浮かべた笑みは、間違いなく、恐ろしいことが起こる合図なのだろう。



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