たいよう1‐6

「ゆっくり立ち上がって下さい。」

 耳元で聞こえた声に驚き、ビクッと目が覚めた。目が覚めても目の前は真っ暗。身体の縛りが解けたくらいで、状況は何も変わっていなかった。言われた通りに立ち上がると、二の腕あたりを掴まれ、軽く引っ張られた。

「服の上からなら良いけどさ、僕の皮膚に絶対に触らないでね。お願いだから!」

「・・・歩いて下さい。」

「はいはい、歩くからさー。お願いね。」

 少し歩くと、エレベーターの中に入った感覚がした。狭い空間に人が密集している空気がとても不快だった。不確かだけど上昇している気がする。車を降りた場所から外に出ていないから、地下の駐車場から、どこか地上へ向かっているのだろうか。

 エレベーターから降ろされ、再び腕を引かれると、カードを引く音、認証された音、自動ドアが開く音が順番に聞こえた。特別なカードでしか開かないような、密室に僕らは閉じ込められるのかもしれない。

「土足厳禁ですので、靴をお脱ぎ頂けますか。」

 自分の家に入るとき以外で靴を脱ぐなんてことが日常的にないから、なんだか抵抗がある。靴を脱がせて動きを鈍らせようとしてるのかな。そんなことしなくても、僕、そんなに動けないけどね。

「僕、紐靴だから目隠しされてちゃ靴ぬげないよー。もうこの頭の、外して良いでしょ?ねぇお願い!」

「靴紐、お手伝い致します。お脱ぎ下さい。」

「ちぇー。けちー。」

 僕は諦めてテキパキと靴紐を外した。なんだ、できるじゃねぇかと言われた気がしたけど、これは全部僕の妄想にすぎない。


「そのままゆっくりお座り下さい。」

 また少し進んだところで、ようやく到着したようだ。腰を下ろすと、ふかふかのソファーで、うちのリビングにあるものとなんとなく座り心地が似ている。隣の人がすぐ横にいて、手がぶつかりそうで、それだけが気がかりだ。そのとき、突然、周りが明るくなり、PCGMA-Ⅱの縁が眩しく輝く。同時に、両手の手首が離れ、自由になった。

「メガネをお外し下さい。」

 掛けなれないメガネに、耳元が痛んでいたので、すぐに外した。久々の明かりに目が眩み、細めながらもしっかりと周囲を見渡す。普通の家だ。でも、なんとなくだけど、僕の家の雰囲気に似ていて、気分が悪い。無駄に広く、無駄に明るい照明。子供の成長を見守り、眺められるような吹き抜け・・・そんな温かい家庭の暮らしなんて、一切存在しないのにね。全てが重なるようで、僕はもう一度、目を閉じた。見えない方が良いこともたくさんあるって、僕は知ってる。

「あっ・・・!」

 隣から声がした。そういえば、ここにいるのは僕だけではなかった。隣に目を向けると、そこにいたのは古瀬さんだ。いや、違う。まったく違う。黒髪のショートカットが、古瀬さんの影を映してただけ。

 僕の記憶が急に逆再生されて2時間ほど前に戻る。駅前で、同じことがあった。急に心臓がじりじりと熱くなる。ずっと過去のようにも思えるこのデジャブは、ついさっきのことなのに。

「え、なに?」

「今朝、ビルを案内してもらった・・・!」

「ん?そうだっけ?」

 顔は覚えていないけど、僕をのぞき込む、何も物語らないその茶色の瞳は、確かにあのときの。


「このたびは、合格おめでとうございます!ワタクシたちのカンパニーに、お二人を歓迎致します!」

 部屋が薄暗くなり、気が付くとそこには、あのお兄さんが。プロジェクターに投影された輝くその姿は、どこか神々しいが、そんなのはきっと気のせい。どこもかしこも、最新機器が散りばめられたこの環境、一体何者なんだろう?

「本日より約3週間、お二人にはワタクシの仕事の補佐をして頂きます。その間、少しでも快適に過ごして頂けるよう、この家をご用意致しました。食事はこちらで準備致します。もちろん個室もありますので、ご自由にお過ごし下さい。」

 実在する人物なのかどうかも、定かではない。そうか、このお兄さんは、バーチャルの世界の人間なのかもしれない。最近ハマっていたネットゲームの主人公みたいで、なんだかかっこいいな。ふふふ。それにしても、食事におやつは含まれるんだろうか、甘いものがないと、僕、死んじゃう。

「ただ、こちらで滞在中に必ず守って頂けなければいけないルールがあります。こちらの映像をしばしご覧下さい。」

 小さい時から勉強漬けだった僕に、あっこさんはいつもドーナツを揚げてくれた。頭ばかり使うと疲れるでしょう?って。あっこさんがくれる甘いものを食べると、嫌なことがあってもツライことがあっても、不思議と元気が出て、また勉強を頑張ろうって気になった。それから僕は甘いものが手放せなくなって、今日の手持ちがなくなっちゃった今、集中力も半減、あれ、なんで僕こんなとこにいるんだっけ。珍しく、早く、おうちに帰りたい。


 突然の爆発音で我にかえる。

スクリーンには血みどろの男の子と女の子が横たわり、よく使われるゲームオーバーの効果音と共にアニメーションはフェードアウトした。古瀬さん、じゃなくて、隣の女の子が青白い顔でこちらを見ている。僕も見る。え?なに?どうかした?


「それでは、ワタクシの方からも、少しだけ補足説明させて頂きますので、ご静聴下さい。」

 もしかして、今、この部屋に隠してある地雷の位置の説明でもしていたんだろうか。それならとっても重要だから、女の子にあとでこっそり教えてもらおうっと。

お兄さんがちらりとこちらを見た気がした。ちゃんと聞いてます、の意を込めて、僕は小さく拍手を送る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る