たいよう1‐5
「すっげぇ!PCGMA-Ⅱでしょ、これ!!」
案内された部屋の、中央に置かれたメガネ型コンピューターは最新モデルで、僕もまだ触ったことがない。今日で一番心臓が高鳴る。指示される前に手に取り装着してみた。
「似合う?」
「お掛け下さい」
あの香りがふわりとした。僕は顔をしかめ、大人しくそこに設置された椅子に座る。メガネ越しに見える景色は、案外冷静で、色んなものが見えた気がした。僕は監視されている。でもそんなことよりも、スーツ姿の女性が部屋から出て行ってくれることを願ったが、それは叶わず、始まったみたいだ。
目の前がパッと暗くなる。耳元では、カノンが流れた。あっこさんが、よく聴いてる曲だ。でも今は何故かあっこさんの顔が浮かばない。目の前は真っ暗だ。
すぐに画面が切り替わり、今自分がいる場所とは全然違った空間に送り込まれたような、すごい体験をしている。さすが最新モデルは違うな・・・ふふふっ。僕はすぐに手で口元を抑えた。笑ってしまう癖、自覚してるんだけどな。ドアの開く音や、足音、臨場感たっぷりの演出に、僕はさらにぎゅうっと唇をかみ、笑みを堪えた。
そこに現れたのが、依頼主さんなのだろう。顔半分にヘンテコなお面をしてるけど、想像していたよりもずっと若そうな人で、すらりとスタイルの良い、お兄さんだ。妙に赤い唇と、黒のおかっぱ頭が、イマドキ、な気がする。よく知らないけど。
「はじめまして、サカキと申します。あなたのお名前を、お願い致します。」
「はい!たちばな、たいよう、でーす!お日様の、太陽と、同じ漢字です!」
「では、家族構成を教えて頂けますか?」
「家族は、いません。僕1人です。」
お兄さんは声をあげて笑った。面白かったようで、何より。僕も、えへへ、と笑った。それにしても歯並びの良い歯が、羨ましい。
「自分が一番得意とすることを、教えて頂けますか?」
「えーっと、タイピングかな、いや、知恵の輪!あ、ちょっと待って、マシュマロ キャッチかな!あーでもトランプでピラミッド作るのも得意なんだよな~」
「一番、ですよ?」
「え~決めなきゃだめ?じゃあ、マシュマロキャッチね!」
ニヤリと笑うお兄さんは、仮面で顔が見えずらいが、微かに瞳が左右に揺れる。そこまで見えてしまう高画質映像に、僕は感動した。お兄さんは、”僕ら”を観察している。僕と、壁の向こうにいる誰かを、同時に。
「では、最後に。どうして今日ここにいらしたんですか?」
ついにきた!さっき考えていた志望動機だ。”死ぬ前の暇つぶしです”って言えばいい。でも、僕の口からこぼれ落ちた言葉は、自分でも想像していなかった、マンガの世界のセリフみたいだ。
「外の世界が、見たかったから」
「・・・そうですか。では、お疲れさまでした。」
なぜ自分がそんなことを口走ったのか分からなかった。
ああ、そうか、あの胡散臭い紙切れのせいだ・・・またあの、甘ったるい香りがして、我に返る。
「これで終了となりますが、メガネを外さずに、このまま少しお待ちください。」
すぐに、また暗闇が襲った。電気が消えた。でももう何が起きても、そんなに驚かない。今日一番ドキドキしたのが、PCGMA-Ⅱの性能を体感できたことだから。袋のようなものを頭に被せられ、ベルトで椅子と腕と身体を固定された。
「ふふっ。ふふふ、ははははは」
自然と笑い声が溢れて止まらない。僕が産まれてきた日から今日まで、ぜーんぶ合わせても、今日が一番楽しくて、一番最高な日だってことは、間違いない。僕は、宙ぶらりんになった脚を、わざと大きく前後に揺らした。
「ねぇ、どこ行くのー?」
運搬された僕は、ビルから一度外に出て、今度は車の中に運び込まれているようだ。どうせ殺すなら、薬でも、電気でも、なんでもいいから意識を飛ばしてからにすればいいのに何故だろう。微かだけど左肩にやわらかいものがあたった。多分だけど、さっき隣で一緒に面接を受けてた人だろう。犠牲になるのは僕一人じゃないんだ、可哀想に。
「逃げたりしないからさー。これ外してよー。」
固定された腕が傷む。隣の人は、大丈夫だろうか。
ほんの少しだけの不安と、これから起きることへの期待を乗せた、この車は音を立てて発進した。
「この車は、サカキ様のお屋敷に向けて面接会場を出発致しました。30分ほどの走行時間となります。ごゆっくりおくつろぎ下さいませ。」
ヘッドセットから流れるその声は、試験を担当していた茶髪の女性と同じ声のような気がする。確かじゃないけど、この車内にも乗っているのかもしれない。それにしたって、こんな状況でどうやってくつろぐんだよー。ふふふっ。思わず声が漏れてしまう。反射的に手で口を塞ごうとしたが、固定されているんだった。
僕が今一番気になるのは、この車の行き先ではなく、隣の人が男性か女性かってことだけ。言葉を何も発しないこの人は、ちゃんと生きているんだろうか。試しに肩を肩でぐいと押す。
「ねぇ、そう思うよね?」
何も言わない。けど、微かに肩を押し返される感覚があった。
「ねぇねぇ、お話ししようよ~。ねぇ?」
「・・・あ、あの」
なんとなくそうかなって思ってたけど、やっぱりそうだった。僕って、悪運だけは強いからな。直接皮膚同士が触れ合わなければ大丈夫だと、実験済みではあるけど、念のため、触れ合う肩をそっと離した。
「・・・やっぱり、女の人か」
「・・・はい?」
揺られる車内に身を任せ、僕はそっと目を閉じる。
次に目覚めたときには、明るい場所で、あっこさんのドーナツをお腹いっぱい食べられたら良いなぁ。
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