ちはる1‐4

 目の前が真っ暗になると同時に、耳元でオルゴールのヒーリング音楽のようなものが流れた。曲はパッヘルベルのカノン。リラックス効果を狙っているのだろうが、全く安らがない。

 パッと画面が切り替わり、実際に自分のいる広い会議室とは別の、狭い取り調べ室にいるかのような映像。そして、ガチャリとドアが開く音が響き、足音が徐々に近づいてくる。鮮明な映像と音響に、最新機器の素晴らしさを体感したが、今は必要のない演出に少しイライラする。


 目の前の椅子にゆっくりと腰かけたのは、グレーのスーツを着た、女性とも男性ともつかない人間だ。オペラ座の怪人のような、鼻より上の部分だけ白いマスクを着用している。肩の高さでまっすぐに切り揃えられた黒い髪がピカッと光って、奇妙だ。足を組み、手を肘掛けに置く。薄い唇が、微かに笑みを浮かべている。

「はじめまして、サカキと申します。あなたのお名前を、お願い致します。」

「はやみ、ちはる、です。よろしくお願いします。」

 落ち着いたトーンの、優しく丁寧な口調に、少し安堵した。男性、のような気がする。

 少し間がある。サカキさんは微笑んだ口元を崩さず、そのままでいる。なんだろうか、時差でもあるのだろうか。

「では、家族構成を教えて頂けますか?」

 何故そんなことを聞くのだろうかと、少し腹が立った。どうでも良いことだ。

「父と、母と、私です。以上です。」

 私が話し終わるのとほぼ同時に、ほほっと、声をあげて笑った。歯並びのいい白い歯が、怪しく光る。何が可笑しいのだろう。

「自分が一番得意とすることを、教えて頂けますか?」

 サカキさんは足を組み直して、そう言った。私は少し戸惑った。趣味や、特技といった質問がとても苦手だ。数秒考えて、答えた。

「共感力が、人より強いと思います。」

 それは何だ、と問われるかと思ったが、うんうんと軽くうなずきながら、また少し間があいた。そしてゆっくりと口を開いた。

「一番、ですよ?」

「・・・はい。だめでしょうか?」

 なにか会話に違和感を覚えた。そして気が付く。自分が話していないときは右耳から微かにさっきの音楽が流れているが、その向こう側、パーテーションで仕切られた向こう側で、誰かが話している。もしかして、同時に面接している?そんなこと有り得るだろうか・・・

 また足を組み直してニヤリとしたサカキさん。

「では、最後に。どうして今日ここにいらしたんですか?」

 これは、アルバイトの志望動機を聞いているんだろうか。なんて答えるのが正解か分からなかった。でも、私は別に、アルバイトに受からなくても良いと思っているわけだから、あまり深く考える必要はない。本当のことを、素直に話すだけだ。

「外の世界が、見たかったから」

「・・・そうですか。では、お疲れさまでした。」

 メガネ型コンピューターの画面から、颯爽と去っていくサカキさんは最後まで姿勢が良い。目の前がまた真っ暗になり、イヤホンの外、自分の後ろ側から女性の声がした。

「これで終了となりますが、メガネを外さずに、このまま少しお待ちください。」


 次の瞬間、メガネの端から漏れる光がパチリとなくなり、室内全体の電気が消えたのが分かった。静かだが、明らかに周りで何かがうごめく。バサッと布の袋のようなものを頭に被せられ、ベルトで椅子と腕と身体を固定された。

「っ?!ちょ、ちょっと!ちょっと!!・・・・・・!」

 身体をジタバタさせるのがやっとだった。喉が急に乾いたみたいに、声がカラカラとしてうまく音にならない。恐怖で震えた足が、フワリと宙に浮いた。誰かが椅子ごと自分を持ち上げた。

「た・・・す・・け・・・て・・・」

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