ゆうた1‐3

「あれ?裕太、ちぃちゃんは?」

 クーラーの効いた部屋、母さんが料理する匂い、父さんが見てるテレビの音。全ての日常風景に俺は安堵した。さっき見た光景は何かの間違いかもしれない。いや、本当は間違いなんかじゃんないって分かってるけど。

「あぁ、えーっと。ちょっと、これから出かけるみたいでさ」

「なんだぁ、残念ねぇ。」

 ソファーの右端に座るのが好きな父さんの、反対側に俺も座った。

「ちぃちゃん、彼氏でもできたんじゃないか?お前がボヤボヤしてるから~」

 父さんが、顔はこちらに向けないが、にやにやした顔してそう言った。

「彼氏~?ちはるに?そんなわけねぇだろ。いつも家にいるんだから」

「遠距離恋愛かもしれないぞ?ほら、流行ってるだろ、SNSで知り合った、とかさ~」

「ない、絶対にない!」

 父さんは若い。年齢が、というより、気持ちが。恋愛ドラマが大好きで、いつも俺のプライベートを探りたがる。遠距離恋愛だって・・・?ない、とも言いきれない・・・。

「お前だって彼女いたんだからさ、ちぃちゃんに彼氏がいたっておかしくないだろ」

「うるせぇ、その話はすんなってば!」

「はいはい。でも俺はお前とちぃちゃんがくっついてくれれば嬉しいのになぁ。可愛いし、頭良いし、まぁ、お前にはもったいないか?」

「うるせぇって、そんなんじゃねぇから!」

 そこで母さんの笑い声がキッチンに響いた。突然、ちはるが最後に見せたぎこちない笑みが頭をよぎる。俺はごく普通の、でもすごく恵まれた、幸せな家庭で暮らしていて、でもちはるにはもう家族がいなくて。俺に、何ができるんだろうか。ちはるに、何をしてあげられるんだろうか。


 夕食と風呂を済ませ、部屋に戻り、携帯電話を眺める。メッセージの画面を開くと、それは俺がちはると繋がれる唯一の手段であり、小さな希望で、そう思わざるを得ない自分がとても惨めに感じた。しつこいのは嫌がるだろうから、最後に一回だけ、良いかな。


 ”家で待ってるから”

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