たいよう1‐4

 まさか、僕がこのお化けビルに入るなんて。

 何故か僕はワクワクしていた。さっきまで最後の場所を探していたのにね。僕、昔から飽きっぽいって、あっこさんに言われてたから、こればっかりは仕方がないんだ。

 外観とは裏腹に内装は白が基調の、明るい建物だった。25階まで上がると、そこには大勢の人で溢れていて、吐き気がした。普段、家とコンビニの往復しかしていない生活なので、こんなに人の顔を見ることがない。僕以外、みんな同じ顔をしてるみたいに見える。

 8番のナンバープレートを渡された。指定された方の会議室に入ると、そこはまるで、大学受験の会場みたいだった。なんて、僕は受けたことないけどね。

 前後の人はもう席についていて、両方とも男性で安心した。僕のことをチラリと見た気がする。金髪をめずらしがっているのかもしれないし、僕のファッションをかっこいいなって思ってくれてるのかもしれない。両方の男性にどうも、と声をかけて僕は席についた。

 今まで当然アルバイトをしたことがないし、働きたいと思ったこともないし、お金が必要になったこともなかった。だから、これから面接で、なんて言おうか、考えた。志望動機とかって、必ず聞かれるでしょう?”今まで親のお金をあてにして暮らしていので、悪いなと思ったから”、”大学の入学金を稼ぐため”、”今まで学業にばかり励んでいたので、社会勉強のため”?思わず笑ってしまった。受かりたいと思ってるわけじゃないんだから、本当のことを言えばいい。

 ”死ぬ前の暇つぶしです”って。


「それでは」

 前方中央に髪の長い女性が立っていた。こちらに来ないと良いなぁと思った。

「Aグループの試験担当をさせて頂きます、アサミです。よろしくお願い致します。」

 自分がこんな金髪頭でなんだけど、特に僕は茶髪の女性が怖い。

「これから皆さんには、簡単なテストを受けて頂きます。必ずしもテストの点数が、採用につながるというものではありません。」

 テストという言葉に普通の人は大抵嫌悪感を示す。静まり返った室内に少しだけ声が漏れた。えっ、とか、なんで、とか。僕は、あ、筆記用具ない、と呟いた。

「ご質問のある方は挙手をお願い致します。」

 まばらに空いた席を縫うように見渡す髪の長い女性に対して、誰も手を挙げない。僕は様子を伺った後、そろりと手を挙げた。

「あの、筆記用具がないんだけど・・・」

「すぐお持ち致します。」

 背後から、フワリと懐かしい甘ったるい香りがして、僕は身体が硬直した。それと同時にペンを差し出される。

「どうぞ、お使い下さい。」

 後ろを振り返ることができないまま、僕は小さな声で、どうも、と言った。

「他にご質問ございませんでしょうか。」

「あの・・・」

 気づくと僕はもう一度手を挙げている。もうあの香りはしない。何かの間違いだったのかも。

「飴、なめて良い?」

「許可致します。」

 ポケットにある飴はあと3つだけ。僕の嫌いな白色の飴だけ、そっと戻して、メロンとブドウを一緒に口に入れた。


「終了して下さい。」

 20分間の試験がとても長く感じた。ただのIQテストで、ガッカリした。直感で答えるこのテストに、20分は長いと思う。その割に採点時間は短い。すぐにあの髪の長い女性が戻ってきた。

「それでは、今から皆様にカードを配布致します」

 スーツを着て、黒い髪を後ろで束ねた人が何人も、室内を一斉に周り始めた。また、あの香りがして、僕はすかさず手で鼻と口を押えた。気分が悪い。

 何やらカードの配布を行っていて、僕も片手で受け取った。スーツを着た女性たちが退出すると、ホッして手を口元から離した。

「臨時入構証・・・?」

 紅白のプラスチック製のカード。でも前に座ってる人の持っているカードは、両面白のようだ。僕、当たりを引いた?ラッキー。

「カードが両面共に白色の方は、荷物を全て持ち、ご退出下さい。係りの者が、次へ誘導いたします。片面のみ赤色の方は、この場でお待ちください。」

 あれ、もしかしてこれが一次試験の結果なのか。僕は少しだけ心臓が鳴った。室内に残ったのは、10人だけ。両面白のカードを受け取った90人は、どうなっちゃうんだろうか。


「こちらの準備ができ次第、面接審査にうつりたいと思います。番号順にお呼び致しますので、もうしばらくお待ちください。」

 僕は自分の胸に付けたナンバープレートを、他の人の物と見比べた。この中では、僕の順番は2番目だった。

「それでは、3番の方から、こちらへどうぞ」

 男性が会議室の外へ誘導された。いよいよ、面接が始まるんだな。僕だって、人並みの緊張みたいなものは感じる。中学受験の時の朝、緊張で手が冷たくなっていたときに、あっこさんが飴をくれた。飴をなめると僕は心が落ち着く。ポケットをがさっと漁ると、嫌いな飴しか入っていない。なんでさっき2個一緒に食べちゃったんだろ、本当に馬鹿だな、僕は。

 室内に時計はないし、僕も持っていないけど、でも、一人にかける面接時間がそこそこ長いんだなと感じた。なかなか呼ばれない。冷え切った手をさすりながら待つ、と、ようやくガチャっと、扉が開く音が響いた。

「8番の方、こちらへどうぞ」

 ようやく僕の順番がやってきた。立ち上がると同時に、突然、母の顔が目の前に浮かんだ気がする。こうゆう時は絶対、不吉なことが起きるんだ。なんだかすごい事が起こる気がして、僕はふふっと声に出して笑った。

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