ちはる1‐3
「それでは」
女性の声で目が覚めた。11時ちょうど。静まり返った会議室内を見渡すと、ポツリポツリと、空席もある。
「Bグループの試験担当をさせて頂きます、サトミです。よろしくお願い致します。」
栗色のふわふわな長い髪が、綺麗で、全ての男性がこの人のことを可愛いというんじゃないかな。無意識に自分の短い黒髪を触った。そういえば、高校生のときの裕太の彼女、こんな感じの女の子だった気がする。
「これから皆さんには、簡単なテストを受けて頂きます。必ずしもテストの点数が、採用につながるというものではありません。」
室内が少しざわついた。私自身も、面接のみだと思っていたので、少しだけドキリとした。
「ご質問のある方は挙手をお願い致します。」
数人が手をあげ、女性に質問をした。
”電卓は必要ですか” ”必要ありません”
”試験時間は何分ですか” ”20分間です”
”合格点のようなものはありますか” ”お答えできかねます”
また数人のスーツ姿の女性が入ってきて、用紙をひとりひとりに配り始めた。なんだか本当に大学受験のようで、久しぶりに、緊張を感じて、少し心地良い。勉強は嫌いではなかった。どんな内容のテストなのか、ワクワクしている自分がいる。
「それでは、開始して下さい」
裏返しで配られた用紙を、一斉にめくる音が響く。誰もが声を出さないでいたが、なんだ、これは、と思ったんじゃないかな。
たぶん、これはIQテストであった。
図形を直感で選ぶ問題や、短い文章問題などが並ぶ。初めてなので、少し焦った。時間も、とても短く感じた。私たちのIQを測定して、いったい何の仕事をさせようとしているのだろうか、そんなことを考えながら、問題を問いていると、あっという間に20分経った。
「終了して下さい」
張りつめた空気が緩み、はぁ、という声が、室内のどこからともなく漏れる。
用紙は回収され、その場でしばらくお待ち下さい、と言われた。出入り口の扉の前に女性がピンと背筋を伸ばして立っているので、私たちは席を立つことも声を出すことも、許されない空気を感じた。
10分ほどで、サトミさんが戻ってきた。
「それでは、今から皆様にカードを配布致します」
また複数のスーツ姿の女性が一斉に室内を周り、カードを配りだした。しっかりと顔と番号を確認しながら、カードを手渡している。
”Provisional”と書かれた白いプラスチック製のカード。裏側は全面が鮮やかな赤で、少し気持ちが悪い。
「カードが両面共に白色の方は、荷物を全て持ち、ご退出下さい。係りの者が、次へ誘導いたします。片面のみ赤色の方は、この場でお待ちください。」
配られたものが全員同じでないということにザワザワとした。これが一次試験の結果なのか、なんなのか、分からない。会議室内に残ったのは、たったの10人だった。外からは、がやがやと、大勢の人が何かを叫ぶ声が聞こえる。それも次第に収まり、妙に静かな、乾ききった空気が、会議室内にこもる。白のカードを受け取った人たちが、あの後どこに行ったのかは、知らない。
男が6人、女が4人、だと思う。年齢も、さまざまなように見える。
「こちらの準備ができ次第、面接審査にうつりたいと思います。番号順にお呼び致しますので、もうしばらくお待ちください。」
必要以上の言葉を発しないサトミさんは、ロボットのようだった。いや、今は優れた人型のロボットがどこでも仕事をこなす時代なので、これはロボットだ、と思った方が正しい。
「それでは、113番の方から、こちらへどうぞ」
一人目が会議室の外へ誘導された。私は、6番目だ。きっと別室に、今回の雇い主がいて、直接面接を行うのだろう。大まかな学歴や家庭事情、仕事に対するやる気などをアピールする。何を聞かれるか、何を答えるか、少しだけ頭の中でシュミレーションをした。すると、ものの3分ほどで、次の人が誘導された。あまりにも1人に対する面接時間が短い。一体なにを基準に審査しているのか、まったく読むことができなかった。勢いだけでここまで来た、自分に、今さら恐怖を感じた。これから自分は、何か大きな存在に、必要であるか、必要でないかを判断される。
「156番の方、こちらへどうぞ」
サトミさんの横を通るときに、微かに香ったのは、ロボットではなくちゃんと人間の香りだった。緊張しているときに限って、こうゆうどうでも良いことに気が向いてしまう。
会議室を出ると、通路には10m間隔ほどに1人、スーツ姿の女性が立っていた。みんな同じような顔に見えるけど、たぶんそうではない。静まり返った通路を抜け、どうぞ、と案内された別の会議室に入ると、先程と同じサイズの会議室を、真ん中をパーテーションで区切ったような感じ。向こう側がどうなっているか分からないが、こちら側は椅子が一つ。テーブルが一つ。テーブルの上には、ヘッドセット付きのメガネ型コンピューターが置いてある。最近発売されたばかりの、高価なものなので、ギョッとした。それ以外は、恐ろしいほどに何も置いていない。1対1の面接だと思っていたのだが、そうゆうことか。
席に着くと、スーツ姿の女性が、メガネ型コンピューターを装着させてくれた。重量感はほとんどなく、普通のメガネと何も変わらないから、不思議だ。もしかして、本当にただのメガネかもしれない。
スーツ姿の女性はゆっくりと部屋の角に立ったようだ。私は、なるべく動かないように、周囲を観察した。小さくだが、正面、右上、左上に、カメラがあることが分かった。おそらく後ろ側にもあるのではないか。監視されている。自然に足が震えた。やはり、ただならぬ場所に来てしまったのかもしれない。裕太の顔が浮かんだ。映画に行くことが、正解だったんだ。今頃、ふてくされた顔して、サスケと遊んでいるんだと思うと、心臓がきりきりする。そして、裕太の顔は一瞬にして暗幕に包まれた。面接が、始まった。
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