たいよう2‐1
僕は、知らない女性と男性と一緒にご飯を食べている。うちよりもこじんまりとした家だが、綺麗に片付いている。なんだか楽しそうな雰囲気だ。僕が実際に経験した事のない、”温かい家庭”みたいな、そんな感じ。2人は30代前後くらいだろうか。一体誰だろう。比べてしまうのは申し訳ないけど、僕の母と父の方が、顔は良い、と思う。僕は何故か小学生で、ご飯を食べた後、ランドセルを背負って、外に出た。隣に住む小さな男の子と手を繋ぎ、一緒に学校へ向かった。
そう、これはきっと、アレだ。
「・・・・・・・てよ、早く!」
誰かの声が聞こえた。
そう、アレ、夢。夢だ。奇妙な夢を、僕は見ていた。
「ん・・・ん~~・・・」
さっきのは、夢。いつもの僕の部屋のベッドではない、寝起き最悪の今は、現実。もう、一体、何が何やら。
ハルちゃんがそこにいる。女の子が、僕を起こす日が来るなんて、まさに夢のようだ。なんて、別に、嬉しいわけではないけど。
「なに~もっと寝させて~。僕夜行性なんだよ~。」
「いい加減にして!8時までにご飯って言われてたでしょ?!」
母に怒られたような気がして、ドキリとした。もしかしたら、声が、似ているのかもしれない。僕にぐいっと近づき、ハルちゃんは僕のWTCMA-Ⅰを勝手に操作した。これ以上寝てると、身体に触られるかもしれないので、怖くなって身体を起こした。くせっ毛が伸びきって、寝癖でぐちゃぐちゃだろうけど、特に気にしない。髪はいつもあっこさんに切ってもらってたのに、タイミング逃しちゃったなぁ。そういえば、あっこさん、ご飯持ってきてくれないかなぁ。
「ハルちゃん~部屋までご飯持ってきてよ~。僕、朝はいつも部屋に持ってきてもらってるんだもん!」
素直にそう言ったら、またハルちゃんに怒られた。なかなか、共同生活も、難しいものだ。
昨晩と同じ、向かい合わせに座って、食事を摂る。ハルちゃんは何故だか少し、恥ずかしそうに、小さな声で”いただきます”と言った。小さい頃にあっこさんに教えられた通り、挨拶をちゃんとするってことを、ハルちゃんと約束した。でも、ちょっと、押しつけがましかったな、僕。
ハルちゃんと目が合い、すぐに逸らされた。
「なに?」
「あ、いや、なんでも。」
僕が言うのもなんだけど、ハルちゃんはすごく不思議な子だ。育ちが良さそうなおしとやかな雰囲気なのに、いつも何かに怯えたような、瞳をしている。
「ハルちゃんはさ、僕と似たような人生を送ってきたのかなって、思ってたんだけど、もしかしたら全然違うのかも。」
人との人生を比べたことなんて一度もなかった、でも、あの日から僕は、もしも僕が”別の人”と入れ替わったら、なんて、考えちゃうんだ。
「多分だけど、全然違うよ。」
「そっか〜。だよね〜。」
それで、もしも、”別の人”が僕の人生を送っていたら、なんて。
部屋で歯磨きをして、すぐにリビングに戻った。あの部屋は、狭くて圧迫感があって、居心地が悪い。このリビングの方が、落ち着く。それはきっと、なんとなく家に似ているからだ。あの家は大嫌いだから、ちょっと悔しい気分になる。
昨日から、このソファーから見える景色に、違和感があった。あの、窓だ。大きな窓枠があり、端にはご丁寧にカーテンが添えられているが、なんの意味もない。だってここは地下だから。そして窓枠の中には、ガラスはなく、誰が描いたか分からない、青空と太陽の油絵が。ぼうっと見つめていると、なんだか、そのまま溶けていってしまいそうだ。いや、僕の違和感はそうじゃなくて。この家には、自分を映し出すものが、何もない。
「ヨウ、どうしたの?」
ハルちゃんが、部屋から戻ってきた。
「ああ、ハルちゃん。窓にさ、ガラス、張ってあるかなって思ったら、なかった。自分を映せるものが、全くないんだよね。」
「鏡、絶対に見ちゃだめって、言ってたよね。どうしてだろう?」
「うーん。」
遠慮がちにソファーの端に座ったハルちゃんは、少し髪の毛に寝癖が付いている。女の子にとって、鏡がないと、大変だよなぁ。かといって、直してあげることは僕にはできない。
「ハルちゃん、こっち向いて。僕の顔、見て?」
僕の顔をちゃんと見ようとしないハルちゃんは、少しためらいながら、こちらを向いた。ハルちゃんのことを、初めて、観察してみようと思った。何度もいうけど僕は女性が怖いだけであって、興味がないわけじゃない。ハルちゃんは、つやつやで綺麗な黒髪のショートカット。色白で、鼻がしゅっとして高い。”誰か”に似ているような、似ていないような。古瀬さん、ではない。あと、古瀬さんより、胸が大きい。ふふふ。目は二重でぱっちりとしてるけど、いつもぼーっと、虚ろ。今も何かに怯えている。昨日の夜に、一瞬だけ微笑んだ顔は、すごく、可愛かったなぁ。
「・・・なによ。」
「僕らの顔に、何か、ヒントがあるのかなぁ~。なんてね。」
今言ったことに、特に何も考えはない。ただ、映し出すものがないということには必ず、意味がある。
そう、例えば、自分の顔が、"なにか"を、連想させてしまう、とか?
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