ゆうた2-1

 嫌なことがあっても、悲しいことがあっても、心配なことがあっても、変わらず睡眠がとれる俺は、これを特技って言っても良いはずだ。ちはるのことが心配で、一睡もできなかったよ。って言える男に、俺はなりたい・・・。遮光機能が付いていない俺の部屋のカーテンは真夏の朝陽を存分に身体に与えてくれる。髪の毛のクセを直しながら、無意識に携帯電話の画面をのぞく。期待はしていなかったが、やっぱりちはるからの返信はない。サンサンと降り注ぐ太陽の光に向かって、目を細めながら大きなため息をついた。両手でメガネを探し、出かける準備をした。


 といっても、夏休みにBBQに行ったり、ボーリングに行ったり、そんなハッピーなキャンパスライフを共に過ごせるような親密な間柄の友達はいないし、ただただ気を紛らわすためにクーラーの効いた大学の図書館に来ただけだ。なんとなく、課題をやるふりをして。

 実は、と言うまでもなく、この大学は全然俺の身の丈にあった大学じゃない。高校時代の進路指導の先生にも、無謀だって言われ続けて、でもどうしてもどうしても入りたくて。文字通り死ぬほど勉強を頑張って、それで、なんとか入った大学だ。ちはるはずっと成績がよくて、都内でトップの高校に進学した。次の年、俺には全く歯が立たなくて、記念受験みたいになって、母さんに大笑いされたのを覚えてる。都内では珍しい、焦げ茶色の制服が目印の学校で、同じ色の制服を着れなかった俺は、大学こそは、絶対にちはると同じところに入ると、このとき心に誓った。


「よう、佐伯じゃん!え、なに、もう課題やってんの?」

 背後からひょいと顔を出したのは、同じ学部の、えーっと、確か野村。

「お、おう。お前も、勉強?」

「あー違う違う。近くで彼女と待ち合わせしてんだけどさ、ちょっと早く着いちゃってさ。外暑いから、避難避難。」

「あぁ、彼女、ね。」

 野村は自然に俺の横の席に座り、だらりとした姿勢で携帯電話をいじる。普段、特に仲が良いというわけでもないが、どちらかと言えば、会話したことがある奴だ。同じ学部の同級生にはまだ、一言も話したことがない奴が半分くらいいると思う。

「佐伯、お前こそ、今日彼女と一緒じゃねえの?」

「え?彼女って?」

「よく一緒に構内歩いてるじゃん!ショートカットの子!可愛いってみんな噂してるぞ。どこの学部の子?」

 野村は目をキラキラさせて俺の方を見てる。もしかして、もしかしなくても、ちはるのことだ。俺とちはる、そんな風に見えるのか・・・えへへ。って、喜んでる場合じゃないだろ、俺。

「あ、ああ、あれはただの幼馴染だよ。同じ学部の、1つ年上。」

「そうなんだ!幼馴染って、なんか良い響きだな。で、どこまでしたの?」

「・・・は?」

「いやだってさ、なにもないのに幼馴染と同じ大学通わないだろー?教えろよ、もったいぶらないでさ。」

 男って、この手の話が大好きだ。父さん然り。いや、俺も大好きなんだけどね。でも、自分のこととなると別だ。

 野村の言う通り、はたから見て幼馴染と同じ大学なんて、正直なにもなければ逆に気持ち悪いよな。俺はもちろん、2年前にした、たった1度だけの、ちはるとのキスのことを思い出した。唇の感覚を、今でもしっかり覚えていて、恥ずかしくなる。

「しかも年上ってのが、なんかエロいよな。向こうからグイグイきたりするの?」

「いや、ほんとに何もないんだって。姉弟みたいなもんだからさ、そんな風に見れないから」

 俺は咄嗟に嘘を付いた。今ここで話すような事でもない。

「まじー?じゃあ今度、 山本に紹介してやってよ。あいつ、その子のことめっちゃタイプだって言ってたよ。あ、じゃあ俺、そろそろ行くわ、じゃあね!」

「お、おう。また、今度な!」

 野村の後ろ姿を薄目で見て、左手でメガネの位置を直す。紹介なんてする訳ねぇだろ、ばーか。

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ぼくら、陽のあたる場所で、きっとまた。 渡瀬八重 @jeremy_88

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