たいよう1‐9

 嘘をつくのは苦手じゃないけど、なんとも面白味のない嘘をついてしまった。もっと派手で、あっこさんが少しでも楽しい気持ちになれる、嘘をつけば良かったなぁなんて。

 大きなボストンバッグを、リュックサックのように背負い、僕は何も言わず、玄関の、無駄に大きい扉のドアノブに触れた。それと同時に、突然、外側から扉が引かれた。

「うわっ!」

 バランスを崩し、前のめりになった僕は、がっしりと誰かに肩を支えられる。

「あ、兄ちゃん・・・」

 そこには、スーツ姿の兄が。そういえば、前に会ったのも、1年前の、ちょうど今日だった。どんなに忙しくても、この日だけは何故か、この家に帰ってきてくれる。少し疲れた顔をした兄は、父親似で僕とはあんまり似ていない。

「・・・それ、俺のバッグだろ?」

 心臓がドキドキしているのが分かる。兄と話すのはいつだって緊張する。でも、それは苦手とか、嫌いとか、そんな感情じゃなくて。

「あ、あははっ、ははっ。ちょっと、借りるね。」

 へらへらとする僕はいつものことで、背の高い兄はそれを表情を変えずに見下ろした。

「どこ行くんだよ、そんな大荷物で。」

「あ、えっと、あはは。ちょっと、じ・・・」

「自分探しの旅ってやつか?」

 僕は笑顔を崩さない。いつもそうしてきたし、そうしていれば、時間はすぐに過ぎて行くから。

「お前さ、そろそろ、やり直せば?お前が今まで頑張ってやってきたこと、なかったことにするのは勿体無いだろ。だって、」

「もう、良いんじゃない?だって兄ちゃん、医者になったんだからさ。そうでしょ?」

笑顔が、崩れてしまった。慌てて元に戻そうとするも、戻らない。僕もだけど、兄もまた、動揺した目がゆらゆらと震える。沈黙が続く、でもそれで良い。何も、言わないでほしい。

「・・・ごめん、お前に辛い想いさせて。」

違う、違うんだ。それは、僕が、言わなきゃいけない言葉。

僕は兄の横を、通り過ぎた。もう行かなければいけない。でもそのとき、腕を掴まれた。久々に感じる、大人の男の人の、力強さ。ぐいっと、手のひらに、箱を収められる。

「20回目の誕生日、おめでとう。ちゃんと、帰ってこいよ。」

綺麗に包装された何か。そう、毎年必ず、こうやって、プレゼントをくれるんだ。優しい、僕の、自慢の兄ちゃんなんだ。僕は一歩前に進んだ。いつもの、笑顔、ちゃんとできてるかな。


「"外の世界"、見てくるね。いってきます!」


それはきっと、誰もが強くなれる、魔法の呪文なんだ。

僕は重たいバッグを背負ったまま、駆け出した。真っ黒な闇に吸い込まれるように、そこはブラックホールではない、僕が元居た帰る場所だ。


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