たいよう1‐7

 左手首に付けられたもの、よく見れば、WTCMA-Ⅰだ。ここの会社の製品がえらく好みのようだけど、あれ、そういえば、CEOの名前、なんだっけ・・・

「少し物騒な映像をお見せしてしまって申し訳ありません。簡単な約束事を守って頂ければ、あなた方に危険が及ぶことはありません。そちらの腕のリング”WTCMA-Ⅰ”は、高性能、高感度で、あなた方をきちんとモニタリングできる機能を備えております。違反行為などが見受けられた場合、すぐに爆発することはなく、まず警報音と共に液晶画面に警告表示がされますので、各自ご確認下さい。誤作動等を起こすことは絶対にありませんので、ご心配なさらずに。なお、雇用期間終了まで取り外す事はできません。」

 そうか、このアルバイトの仕様で、WTCMA-Ⅰに爆弾が仕掛けられてるのか。へぇ~。

「ねぇねぇ。この腕のやつが、なんだって?」

 なんて、とぼけてみたりして。でも実はすごくドキドキしてる。爆弾でバラバラになって死ぬのは、正直嫌だからね。それにしても、このお兄さん、あんな長い文章を一息でペラペラと。まるで、何度も何度も、同じ説明をここでしてきたみたいに。

 

「画面をご覧ください。あなた方お2人の、基本的な情報をおまとめしました。こちらのニックネーム以外でお互いを呼ぶことを禁止致します。それから、これらの情報以上のことを、必要以上に詮索することも、禁止致します。」

 立ち上がったお兄さんは、スクリーンを指さす。僕と女の子の、プライベートな情報が映し出される。どこで手に入れた情報かなんて、聞かなくても、なんとなくわかる。


”No.156「ハル」 身長:158㎝ 体重:45㎏ 血液型:O型 利き手:右”


 こんな情報を提供されたところで、僕たちに一体何を議論させたいんだろう。

「"ハル"ちゃん、って呼ぶね」

 僕が”たいよう”の”ヨウ”だから、きっとこの女の子の名前も、本名の一部なんだろう。ハルカ、とか、コハル、とか?まぁ、正直名前なんてどうでも良いけど、女の子って、こんなに小さくて、こんなに軽いんだなぁ。


 そのあとまた長~い説明が始まった。僕の耳は、長い話の時は重要なところだけピックアップして脳に送られるようにできてる。きっと母からの説教で鍛えられた、ありがたい機能だ。とりあえず、徹底的に管理された3週間になるってことだけは分かった。僕は外出予定もないから、最終門限なんてものも、大して関係ない。

 お兄さんが説明に夢中になっているとき、頷きながら、この部屋を目でぐるりと見渡す。視界に入る範囲だけで6台、恐らく僕達の後方にも、同じくらいあるだろう。僕たちを殺す為に連れて来た訳ではないということは、なんとなく理解した。このお兄さんは、変な性癖を持った、ただの異常者、かもしれない。

「はーい、質問質問!」

「どうぞ。」

「朝昼晩の三食の他に、お菓子って、出してもらえますか・・・?」

 この質問も、僕にとっては死活問題だから、必ず聞かなくてはいけないことの1つ。

「ワタクシも甘い物、大好きで、手放せないんです。たくさんご用意してますので、いつでもお気軽に使用人に申し付け下さいね。」

「ほんとに?!良かったー!!」

 毎日ドーナツ20個って言っても、怒らないかなぁ。こんなことで起爆スイッチを押されたら、たまったもんじゃない。

「それとさ、」

「どうぞ。」

「カメラが付いてない部屋、ちゃんとあるよね?僕は別に何見られても良いけどさ、ハルちゃんはそういう訳にいかないでしょ。」

 ねぇ?とハルちゃんに同意を求めると、先程よりも白い顔をしている気がした。あれ、もとから色白だったかな。

 本当のところ、今日出会ったばかりのハルちゃんが、何見られても僕の知ったこっちゃない、とは思うんだけど。たとえアレルギーが出たとしても、女の子には必ず優しくしなさいっていうのが、あっこさんの教えだ。

「ご説明が遅れまして申し訳ありません。仰る通り、このハウス内には、死角が存在しないように50台ほどのカメラが設置されていますが、個人の部屋には一切設置しておりません。後ほどご自身でご確認頂けたらと思います。ただし、WTCMA-Ⅰによって24時間音声のみ記録させて頂いておりますので、ご承知下さい。」

 予想を上回るカメラの多さに、驚いた。この異常者が。個人の部屋にはない、だなんて、絶対に信用できない。一言も発しないハルちゃんは、今何を思っているんだろう。 


「先ほどのアニメーションの説明とは別に、もう1つだけ、お願いがございます。ハウス内での性行為、またそれに準ずる行為は極力お控え下さい。」

 突然の”性”という単語に、急に心臓が鳴った。中学生じゃないんだから、って思うかもしれないけど、僕のそれに対するイメージだったり、認識なんて、小学生レベルだ。

「私と、この人が・・・?」

 今まで発言しようとしなかったハルちゃんがついに声を発した。ここよりももっと前に突っ込みどころはたくさんあったろうに、僕とのそれが、相当嫌なんだろうな。僕だって同じだ、女の子の身体になんて、絶対触れたくない。でも、興味がないといえば嘘になる、国立大学の入試問題の300倍難解な、この問題。

「なんだ、それは禁止事項じゃないんだね。じゃあ、したくなったらしちゃっても良いってこと?」

 僕は何も考えず、思ったことを言った。急に”控える”という言葉を使った意味が、必ずどこかにある。

「男女のことですからね。禁止することはできません。ただ、音声を記録しているということだけは、お忘れなく。」

 このお兄さんはただの異常者だから、男女を連れ込みそうゆう行為をさせてそれを観察したいのかな?やっぱり僕はそれに対する知識が小学生レベルで、そんな安易な考えしか思いつかない。とにかく、ほっといてもそんなことになることは、まずないから、考え込む必要はない。


 しばらくぐるぐると頭の中で”性行為”という言葉が回っていて、また急にハルちゃんが古瀬さんに見えたりして、僕はやっぱり、ちょっと勉強し過ぎちゃったバカで子どもなただの男の子だ。なんて思っていたら、またサカキさんの話を少し聞き逃した。

「・・・一時帰宅となります。3週間ほどこちらで過ごすための身支度をして頂き、またすぐにこちらに戻ってきて頂きます。他者との過剰な接触、会話はお控え頂きますよう、お願い致します。それでは、また明日、お会い致しましょう。」

 お兄さんは、キラキラとした光に包まれながら、姿を消した。なんて良いプロジェクターなんだろう。

 一時帰宅、という単語だけは聞き逃さなった。死ぬつもりで出てきた家にまた戻るのは、この上なく恥ずかし。

「べつに帰らなくても良いんだけどなぁ」

 ハルちゃんも小さく頷いた。ハルちゃんは、いったいどんな事情があって、ここに来たのだろう。ごく普通の人間は、あんな胡散臭いアルバイト広告にすがりついたりしない。きっとハルちゃんも、僕みたいに、普通の人間じゃない。


 試験官をしていた、例の茶髪の女性が、また現れた。そうだ、この部屋までずっと僕の腕を掴んでいたのは、この女性。

「それでは、携帯電話を回収させて頂きます。何かとご不便かと思いますが、WTCMA-Ⅰは簡単なコミュニケーションツールも装備していますし、このハウス内のPCでインターネットを自由にご使用頂けますので、ご理解、ご協力をお願い致します。」

 名前を覚えるのは苦手な方で、なんだったかな、アスミとか、アサミとか、そんな感じだったはずだ。

「ヨウ様、お手荷物がございませんでしたが、携帯電話はお持ちでしょうか。」

「僕、何も持ってこなかったんだよね。携帯も家に置いてきたから。」

「確認させていただきます。」

 ハンディタイプの金属探知機まで持ち出して調べるなんて、徹底しているな。皮膚に触れられないように、僕は直立して、ただ終わるのを待った。

「それでは、ハル様のお手荷物の中、確認させて頂きます。」

 容赦なくハルちゃんの荷物を漁り、携帯電話を取り出した。偶然だけど、僕の携帯電話と同じ機種、同じ色のもので、少し驚いた。

「お預かりさせて頂きます。」

「あの・・・!最後に1度だけ、着信を確認させてもらえませんか?今日、大事な約束をしていたのを、忘れていて・・・」

 おとなしかったハルちゃんが、突然、少し感情的な声を出した。一体何事だろう。大事な約束をしていたら、こんな怪しいアルバイト面接、来ないと思うけどね。 

「許可致します。」

 ハルちゃんの震えた手に、ただならぬ空気を感じる。きっと僕と違って、大事な存在が、あるんだ。もしかしたら僕と同じような人間なのかも、と思ったけど、やっぱり違う。少し悲しい。


「・・・ありがとうございました。」

 感情的だった瞳は色を失くし、あたりが一瞬無音になった。きっとハルちゃんは元の世界に区切りをつけ、新しい”外の世界”に足を踏み入れる、決心をしたんだと、僕は思う。

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