たいよう1‐1

 部屋のど真ん中に、大きなピラミッドを築いた。

 ほら、トランプで作る、あのピラミッド。これ、全部参考書なんだよ、すごいでしょ?

 僕は満足してデスクについた。

 何をするって訳もなく、ずっとコンピューターの画面と向き合っている。アルファベットと数字の列が好き。キーボードを叩く音も好き。

 僕はいつからこうなったんだろうってたまに思うけど、たぶん最初から、こうだ。


 部屋をノックする音が響いた。少し経ってもう一度。

「留守だよ、誰もいない」

「もう、たいようさんったら。入りますよ」

 あっこさんはきっと、わぁ、とか、まぁ、とか、声を上げた後に褒めてくれるんじゃないかな。

「まぁびっくりした!立派なピラミッドね!お上手!」

 にっこり笑ったあっこさんに、僕も自然と笑顔になった。あっこさんは、僕が小さい時からこの家で働いてくれている、たぶん僕のことをなんでも知っている人。

「たいようさん、また髪の毛染めたんですか?傷みますよ?」

「正解!今度は金髪に少しオレンジを入れてみました!どう?似合う?」

「ふふっ。良いんじゃないですか、私は黒が好きだけど・・・」

 あっこさんは僕の部屋のいつもの場所に僕宛の郵便物を置き、お皿いっぱいのドーナツを机に乗せた。

「奥様が、今夜こちらに戻られるそうですよ。お話ししたいって」

「・・・あ、そう」

 ドーナツに手を伸ばし、コンピューターの画面を見つめて、食べた。あっこさんの作ったドーナツは、世界で一番美味しいんだよ。

「夕飯もあるんですからね、食べ過ぎないように!」

「はーい。あっこさん、ありがとう。」

 ピラミッドを壊さないように、あっこさんはわざとらしい忍び足で、そっと部屋を出て行った。


 医学の道に、進もうとしない僕に、父はすでに関心がない。

 年の離れた兄は大学病院で外科医をやっている。いずれ父の病院を継ぐのだろうけど、よく知らない。母は僕を医者にすることをまだ諦めていないのか、それともただ忙しい日々のストレスをぶつけているのか、分からないけど、定期的に僕のことを怒鳴りつける。

 僕が髪を何色にしようが、派手な水玉柄のスウェットに身をつつもうが、そんなことには一切関心がなくて、いつも同じことを言われるだけ。今日もきっと同じだ。


 夜になって、あっこさんと食事を済ませた。

 部屋に戻るとき、ちょうど母が帰宅した。学会発表だか何だか知らないけど、家にいることはほとんどなく、めずらしく帰宅したと思えば、第一声はいつも同じ。

「アンタは、いつからこうなっちゃったのかしら」

 僕はそれに、事務的な笑顔を向ける。

「さーて、いつからでしょう」

「ふざけないで!!」

 母が声を荒げても、僕はずっと笑顔だ。いや、元からこうゆう顔なのかもしれない。

 それから少しの間、罵声を浴びせられたように思うけど、よく覚えていないんだ。いつも同じことを言っているのだから、別に聞かなくても良い。

 母は僕の目を一度も見ずに、自室へ入った。心配そうな顔をしたあっこさんが、遠くから僕を見つめている。僕は手でピースサインを作った。


 自分の部屋に戻った僕は、静かにそびえ立つピラミッドにギョッとした。自分が作ったのにね。

 少しの間、それを見つめ、そして真ん中の一冊を抜き取った。

 バラバラバラ

 勢いよく、しかし思いのほか静かに、崩れ落ちる。僕はそのまま、腹をかかえて笑った。

「たぶん最初から、こうだ」

 父と母が、僕に隠し事した日から、すべて始まったんだよ。

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