あかしの秋

なないち

序章:おわりはじまり

00 終幕


 運命は決められている。

 どうあがいたところで変えられない。

 それは変わることはない真理だ。

 人間も動植物もそこらに転がるものだって、決められた運命をなぞって息をする。

 大概のものは気がついていないのだけれど、せかいに存在するものはなんだってそうなんだ。

 今こうしているどこかでも、あちらこちらで、もう目の前に打たれているレールの上を、さも自分が望んでいる道であるかのように、我が物顔で歩いている。

 それは決められているものだと、思いもしないで。


 そこのあなた。

 あなたは、運命が決められているだなんて馬鹿らしいとわらうだろうか。

 ああ、あなたの持論を否定しているわけではないし、変えろと強制するわけでもないんだ。別に気にしなくていい。だってそれも決められていたことなのだからね。俺がどうだこうだと言ったところで、しょうがない。

 俺は別に諦めているんじゃないんだよ。

 運命は決められている。しょせん人間はさからえない。

 書き下された運命を、ただ受けとる存在である限り、それは変わらない事実だと、ただそう言っているだけなんだ。


 信じられないかい。


 そうだな、うん。たしかに、にわかには信じがたいかもしれない。

 べつに信じる必要もないのだけれどね。

 まあ、せっかくここにきてくれたことだし、そうだな。

 ひとつ話でもしようか。運命に逆らえなかった、ある男の昔話だ。

 



 男に与えられた運命は、ある物語の主人公だった。


 男は、失敗や挫折を知らずに生きる、選ばれた存在。

 なんとなく、適当にやれば何だって上手くいく、物語になくてはならない存在だった。

 主人公であった男は、成績も良いし運動だって得意で明るい性分でもあった。そのために友人にも恵まれていて、周りはいつも賑やかだった。何でも言い合えるような、唯一無二の親友もいたんだ。自分とはちがって、すこし大人しいけれどいいやつだったよ。男を信頼して、信頼できたただ一人のやつだった。

 恋だってした。相手はかわいらしくわらう少女で、たまに怒るけれどやさしくていい子だった。すきだというと、すきだと寄りかかる彼女がすきで、きっとしあわせにしてやろうと思っていたし、男もしあわせになるのだろうと思っていた。

 自分の肩を抱く親友を横に、自分を愛する彼女をそばに。

 男の人生はいつだって輝きに満ちていた。

 だって、主人公だ。当たり前だろう。

 そう、それは男にとって、当たり前だった。

 男はうぬぼれていたのかもしれない。


 過信か、そうでなければ、今までの報いだったのだろう。



 その日は突然に訪れた。


「草太!」


 男の耳に、絶叫に近い声が聞こえた。

 目は開いているのに見えていない。遠くでは、激しくサイレンがなっていたのを覚えている。喧騒で溢れかえっているのに、たくさんの音の中で彼女の声だけがはっきりと聞き取れて、どこか夢を見ているような気持ちだった。

 ざわざわざわ。

 鼓膜をくすぐるように音がして、開きっぱなしだった口から何かがこぼれたのが、無性に気持ちが悪かったのを男はしぬまで覚えていた。


「きこえる、きこえるでしょう、ねえ、そんなの許さないんだから」

「ちょっと待て、動かしたら」

「返事してよ、ねえ、」

「今救急車が」

「ねえったら!」


 誰かがしきりに止めていたけれど、その声も聞かず、彼女は慟哭していたよ。あの子はたくさん叫んだ。けどそれらの言葉は、結局男にはひとつだって受け止められなくて、だらしなく倒れた身体に重く積もっていくのがわかった。

 声を返したい。

 腕を伸ばして、触れたい。

 抱きしめたい。

 今まではできたなんでもないことが、そのときはどんなに望んでもできなかった。

 唇が震えて。泣き叫ぶ声が耳をついても。

 それでも何もできず、何も返せず、男はただされるがままに時間を食いつぶすだけだったんだ。


 こんなところで、こんな風に終わるだなんて。一体誰が想像しただろう。

 


「いやああああああああ!!」


 一際大きく彼女が叫んだのを最期に、そうして男は生涯を閉じた。

 


 これが男に決められた運命だった。

 どれだけ順風満帆な人生を送っていても、もう何歩か歩いた先でいきなりレールはちぎれて崖から落ちるかもしれない。谷底に無骨に打ち付けられたレールが、いきなり綺麗に整備されてしあわせなせかいにつながっているかもしれない。

 それは誰にもわからないことだ。もちろん、彼も例外じゃなかった。

 彼もしょせん、決められたレールの上から降りることはできなかったんだ。

 どんなになげいても、彼の物語は決まっていた。しょうがないことなんだよ。


 俺かい。

 俺はね、主人公じゃあなかった。そう、運命に決められているという自覚はあったんだけどね。

 俺は主人公には、なれなかったよ。

 男とはちがって、面白みのない人生だった。俺に決められた運命はなんの変哲もない、脇役の運命だったんだ。

 俺は、どんなレールの上を歩いてきたのかだって?

 面白くもないことだよ。よしたほうがいい。まあ、いつか機会があれば語るとしよう。そのときまでは、あなたの想像の中に俺の運命を預けていようかな。





 さあ。もう時間だ。


 俺はこれからまた、決められた運命をなぞる旅にでる。

 つぎにここに戻ってくるまではもう、俺の話をきいてくれたあなたのことは覚えていないだろう。あなたも、俺のことなんて忘れてしまうかもしれない。


 ありがとう。

 おかげでずいぶんと、気持ちが楽になった。

 これでようやく、物語の続きに踏み出せる。



 ああ、さいごに。

 もしも気が向いたのなら、俺のかわりに、これからはじまるひとりの男の物語と、どうか連れ添ってやってほしい。

 彼はこれから、しかれたレールの上をひとりきりで旅をする。ちぎれた記憶を集める旅だ。

 きっと長くなるだろう。

 しあわせはないかもしれない。

 けれど、彼は行かなくてはならない。レールが先に、続く限り。

 どうかさいごのその時まで、彼にそってやってほしい。


 そうして、またいつか会えるといいな。

 やくそくはしないさ。だって、あがいたってしょうがない。



 運命は、決められているのだから。

 

 

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