第三章 老人・ロルジョ


    1


 追い詰められて、光はもうおしまいだと思った。

 死のうと思った。

 警察にはつかまりたくない。死刑なんていやだ。

 自分の罪は自分で償いたい。

 できればもっと静かな大自然の中でと思ったけど、仕方ない。

 そう観念して海に身を投げようとした時、海が割れて、そこに道ができた。

 逃げる道があるうちは逃げよう。死ぬのはいつでも死ねる。

 海藻や藤壺などがいっぱい張り付いたゴツゴツした岩だらけの道だけど、たどって行けば向こうの小島にたどり着けるかも知れない。

 果たして光はすべったり転んだりしながらどうにか小島にたどり着くことができた。

 そして振り返って見ると、今来た岩はピチャピチャ波に打たれ、そして波に洗われ、そして水没した。


 ――ああ、神様、ぼくはまだ生きねばならないのでしょうか。

 奴隷のようだった苦しい日々を思えば、死んだほうがよほど楽に思えるのですがーー。


 小島には波に浸食された海蝕洞があった。

 コウモリが飛び交っていた。夕食に虫を食べているのか、寝床に入る前にはしゃいでいるのか。

 奥は暗がりになっていて、壁伝いに行けば奥のほうまで行けそうだった。

 ピチャピチャ水嵩(みずかさ)が増していて、小舟なら奥に行けるに違いない。

 光は、海藻類が張り付いていない、つまりそこまでは満ち潮でも大丈夫な所に、腰を下ろした。

 そこは少し広まっていて、砂場もあり、なんと、焚き火の跡があった。

 落ち着いて色々考えを廻らせた結果、ここが死に場所としてはまずまずではないかと思えた。

 明日になって潮が引けば、遅かれ早かれ追っ手がやって来るだろう。そうすれば逃げ場はない。

 光は、リュックから拳銃を取り出した。

 五人を殺した拳銃で自分も死ねば “汝殺すなかれ”の、罪は償われる。

 あいつらは誰も殺してはいないのだ。

 でも、死ぬならあの黒岳の、ダケカンバの林の中で、霧に巻かれて死にたかった……。

 ハンマーを起こして、残り玉の一発をこめた。シリンダーを回転させて、ちょうどよいところに持って来る。

 口に咥えて引き金を引けば、苦しまずに死ねる。

 光が、引き金に震える指をかけるとーー。 

 

 ――少年よ、早まるでない!


 という声が奥の暗がりからした。

 振り返ると、仙人のような蓬髪(ほうはつ)の老人が立っていた。


    2

 

 老人はロルジョと名乗った。

 老人・ロルジョも光に負けず劣らず襤褸(ぼろ)を纏っていた。

 でもよく見ると、薄汚れてボロボロだけど、全身に纏っているのは、動物の毛皮のようで、履いている靴もそう、見るからに温かそうだった。頭にはロシア人のような白いふかふかの毛の帽子を被っている。

 目と鼻のほかは髪とヒゲに覆われているけど、アジア系の顔つきだった。

 老人・ロルジョは、「たった今、死のうとしていた者が、なにを怖がる」と、流暢(りゅうちょう)な日本語で、怖じけている光にいった。

「ああ、死にたや、さりとて、殺すといわれれば逃げ申すーーか」といって笑った。

 老人の笑い声が洞窟に木霊(こだま)のように反響した。

 老人・ロルジョは、手に持っていた魚(び)籠(く)と釣り竿を投げ出すと、焚き火の跡に火を起こし始めた。

 火種はまだあって、そこらの焚き木をくべると煙が立ち、やがて燃え始めた。

「あそこのを、もっと持って来てくれんか」

 焚き木は岩壁の根元にいっぱい拾い集められていた。

「ズタ袋もあるから、それもついでに頼む」


 暗い洞内の壁に炎の光が揺らめいた。

 海水面にも光の波が漂って奥へ奥へと運ばれる。

 焚(た)き木のはぜる音と、ピチャピチャ波の音のほかは、奥のほうでドーンという音がするだけ。

 老人・ロルジョは、串刺しにした魚を火にあぶって焼き、動物の革でこしらえたズタ袋の中から、黒パンを取り出して光に差し出した。「あいにく、ミルクはきらしている」

 光は逃げ惑う間つねに空腹だったので、奪い取るようにしてそれにかぶりついた。

「陸(おか)のほうは大変な騒ぎのようじゃな」と老人・ロルジョも干物を食いちぎりながらいった。「おかげでわしは上陸をあきらめねばならん。ここも危うくなった」

 それから二人は焼いた柔らかい魚を食べた。

 光は動物の干物も貰って食べた。それが蛇やコウモリの干物であることは知りもせず。

「わしはーー」といって老人ロルジョは独り語りに語り始めた。

 

 ――わしはもの心ついたら大草原に住んでおった。

 ヒツジやヤギなどの家畜とともに。パオで、草原を移動しながら……。

 我が一族は大家族だった。

 わしは家畜の世話より、親父について猟をするほうが好きだった……。

 お前ぐらいの歳になると、鉄砲でウサギやテンなど一発で仕留めたものじゃ、


 ある時、日本の兵隊がやって来て、丸い標的に向けて鉄砲を撃つ訓練を始めた。

それを見物していたわしは、あんまり当たらんので笑った。

 怒った隊長が、それなら小僧、お前が撃ってみろ、十発撃ってひとつも当らんかったら許さんぞといった。

 兵隊たちの鉄砲は立派なものだったが、わしは使い慣れた猟銃で撃った。

 いや、その前に、どこに当てたらよいのか聞いた。

 隊長は笑って、一番外側の丸から内に一発でも当たれば上等だ、許してやるといった。

 わしは、真ん中の黒い丸に当てたらダメなんですね、と聞いた。みんなそこだけ避けて穴を開けていたからだ。

 兵隊たちみんな大笑いした。

 小僧、みなはあれを狙って撃っているのだ、お前がまぐれでもあれに当てることができたら、ご褒美に小銃をやろう、と隊長はいって、みんなで笑った。

 わしは十発撃って十発とも黒丸に当てた。

 でも兵隊たちは、それ見ろ、弾はみな明後日の方向に飛んでったぞ、といって笑った。

 双眼鏡で覗いていた隊長は、いや、当たっておる、小僧、運がよかったな、まぐれで一発当たってるぞ、それも黒丸のど真ん中にだ、といった。

 兵隊たちは驚いて目を凝らして見た。

 わしはいった。

 いいえ、全部当たっているはずです。

 小僧、欲を張るな、穴は一つだ、と隊長はいう。

 いいえ、全部当たってます。

 強情なやつだな、穴はひとつしかないといっとるだろうが、おい誰か、的を持って来て見せてやれ、と隊長は腹を立てた。

 兵隊が持って来た板の的には、確かに黒い丸の中心にひとつだけ穴が開いていた。

 見ろ! と隊長は怒っていった。

 そこへ、別の兵隊がやって来ていった。

 分隊長殿、これをーーといって棒のようになった十発の弾を見せて、松の木にめり込んでおりました、十発とも同じ位置に当たっておりました。

 そのことがあって、わしは日本軍に狙撃兵として徴兵された。

 そして多くの人間をウサギやテンのように殺した……。


 戦争が終わって、元の生活に戻った。

 そしてこの歳になって、また人を殺して逃げている。

 お前のおかげで、夜が明けぬうちにまたどこかへ逃げねばならん。

 奥に小舟を隠してあるが、櫓(ろ)を流し、油切れなので、帆を張って、風が頼りだ。舵も壊れている。

 どこへ行くかは風任せだけど、よかったらついて来るがよい。なにをやらかした知らんが、自分から死ぬなんて愚か者のすることだ。

 そういって老人・ロルジョは、どれその前にひと眠りしようと横になった。

 光もお腹が満たされて眠くなったので、焚き木をくべてから砂地に敷かれたゴザの上に横になった。


  ♤


 そして天井にぶら下がった魔物が目に入ったーー。

 今までのことは夢だったのかも知れない。

 老人の姿などどこにもなく、そこらじゅう魔物の手先である吸血コウモリが飛び交っているーー。

 ――ウワーッ!

 光は洞窟内を逃げまわり、追い詰められた時、神の声が下った。


“罪深き者よ、舟に帆張りなさい、風はわたしが吹かせるからーー“


    3


 海は大荒れに荒れ、小舟は大波に呑まれたり、大波にせり上げられて、中空に舞う。

 魔物は赤く焼けた空を黒々と覆い、そこから黒点の渦巻きのような腕を伸ばして襲いかかって来る。

 無数の海ガラスの群れだ!

 カラスの大群は槍のようになって、光に襲いかかかり、舟や帆に穴を開け、ズタズタにしてゆく。


 ――ああ、神様!


  ♤


「神様か……」

 とつぶやく声を聞いて光は目覚めた。

 老人・ロルジョの後ろ姿があった。

「だが、ついぞ御目にかかったことはないがな」

 毛布を掛けられて横たわっていた光は、寒さに震えながら体を起こした。

「ここは?」

「おお、もう目が覚めたのか。ゆっくり眠っておれば――といっても、こう寒くては眠れんか」

 光は辺りを見まわした。

「ここは海の上じゃ。そろそろ夜が明けるころじゃが、あいにくと今日は天気が悪い」といって老人・ロルジョは暗い空を見上げた。

「見ろ,向こうに稲光が。嵐になるぞ」

「どこに向かっているんです?」

「どこといって行くあてがないから、お前がしきりに“クロダケ”と、幸せそうな顔で寝言をいっておったのでな。北海道の黒岳のことじゃろう? 連れて行ってやろうと思って、陸(おか)の灯(あかり)を頼りに北へ向かっているところじゃ。といっても舵がないから、風任せだがな。星もあてにできん」

 光はリュックを探した。

「リュックなら海に流した。海に身を投げて死んだように見せかけたほうがよかろう。聖書と着替えはズタ袋の中じゃ。ピストルもなにかの時に役に立つ。

 喉が渇いたならそこに水筒がある、島の清水はうまいぞ。その革袋がそうじゃ、昔から水入れは鹿の膀胱(ぼうこう)が一番。どれ、コーヒーを入れてやろう,温かいコーヒーを飲めば体が温まるし、頭も冴える」

 小舟は漁船の体裁で、雨露を凌げる屋根があり、前の席が二つ、後ろに光が寝ていた長椅子が一つあった。

 その後ろの小部屋に台所のような設備があり、ガスコンロもあった。老人は大きなヤカンに水瓶から水を汲んで入れ、ガスコンロに掛けて湯を沸かした。

 コーヒーからマグカップまで外国製だけど、コーヒーの味は変わらなかった。

 幾分、体が温まった。けど、屋根はあっても半分板壁に囲まれているだけなので、冷たい風が容赦なく舞い込んで来る。

 毛布のように掛けられていたのは毛皮のコートで、それを羽織っていても寒い。


 やがて雷鳴が聞こえるまでに嵐は近づいて、海はうねり始め、波頭が高くなった。

 老人・ロルジョは大急ぎでマストの帆を下ろして畳んだ。

 舟は文字通り木の葉のように揺れた。

「少年よ、椅子の下にもぐるのじゃ。海に放り出されたくなければな!」

 まもなくして、小舟は灰神楽のような雪煙りに呑み込まれて、姿を消した。

 立て続けに閃光が走って、雷鳴が轟いた。


    4


 舟は雪嵐の中を漂流した。

 大海原の中のいと小さき存在だった。

 なすすべもなく老人と光は横たわっていた。

 体を椅子の脚にロープで繋いで、頭から海水を浴びるにまかせている。

 稲妻が幾つも立ち、雷鳴はとどまることを知らなかった。

「神は御怒りのようじゃな」

 光はこのような光景を夢の中で見たような気がした。

 夢の中でもそう思うことがあるように、これも夢であってくれればよいのにと思う。

 幼い頃より、夢が現実になることがあった。

 現実の中に夢が入り込む白昼夢を見ることもあった。

 そういう傾向は思春期になって一時影をひそめていた。

 それが高校生になってからまた始まった。

 イジメを受けるようになってからーー。

 現実感が薄れ、記憶の中にあることが、夢なのか現実だったのか区別がつかない。

 でもそれは日常的なささいなことだった。

 今のこれが夢であるはずがない。

 そばに老人・ロルジョがいる。

 死の恐怖に震えている自分がいる。

 向こうからやって来る死は無条件に怖い!

「おお、見よ!」老人・ロルジョは体を起こして叫んだ。「あれに見える島影は、佐渡ヶ島に違いない。舟は北へ向かっておるぞ」


 老人・ロルジョは、日本に密入国するために、日本の地図は隅々まで頭の中に叩き込んであるといった。

 兵隊時代に日本語はマスターしてあるし、同じモンゴロイドなので、風貌も変わりない。生き延びるためには日本に渡るしかないのだといった。

 だけど海岸は島国特有の、きっと山が海までせり出していて、断崖や、小岩島や、防波堤で隔てられている。

「願わくば、砂浜にーー」

 気休めではなく、老人はその落ちくぼんだ目で希望を見出そうと必死だった。

「マストはまだ健在のようだなーー」

 ――バシーッ!

 という激しい音と閃光がして、老人も光も思わずマストを見上げた。

 マストは無事だった。

 だが、目の前に巨大な壁が映し出されていた。


    5


 閃光に映し出されたのは壁ではなく灰色の軍艦だった。

 軍艦の横っ腹にあわや衝突かというところで、小舟は軍艦が立てる大波に跳ね返されてくるくる回った。

「おお! 日本軍の軍艦か!」

 光はイージス艦だと思った。神戸で見たことがある。

 イージス艦は小舟の存在などに気づきもしないで、巨大な影となって吹雪の中に消えて行った。 

「やれやれーー」

 老人・ロルジョはため息をついて光を見た。

 万能のように思えていた父が、死ぬ前に母に見せた、怯えた色の瞳と、同じ瞳をしている。

 光はこんな老人でも死は怖いものだろうかと思った。老人が愛(いと)おしくなった。

「なにかにしがみついてでも生きようとするのが人間というものじゃ」

 それを見透かしたように老人はいった。

 でも苦しさのあまり死にたくなることだってある。死んで楽になりたいと思ったことが何度もあった。

 それも見透かされて、「死が怖いのは人間も動物も同じじゃが、人間はなまじっか知恵を授かったものじゃから、自分から死んで楽になりたいと思う」といった。

 老人は死にたくなくて逃げているのだった。

 光は死に場所を求めて逃げている。

 そんな人間の事情など、大自然の中では、川に落ちた蟻が溺れ、運よく流れて来た小枝につかまったぐらいのことでしかない。

 老人と光を乗せた小舟は、いつ転覆してもおかしくない嵐の海を漂う、いと小さき存在でしかなかった。


  ♤


“ーー見よ!”


神の声を聞いたような気がして光は目覚めた。

夜になっていた。

嵐はおさまっている。

舟は小さなうねりにたゆたっていた。

――助かったのだ!

 空は満天の星空。

 遥か遠くに陸地の影が見えた。

 老人は眠っている。

 舟は陸地に向かっているようだ、導かれるように。

 その証拠に、灯(ともしび)が見えて来た。


   6


「おお! 見よ! 新天地じゃ!」

 目覚めた蓬髪の老人・ロルジョは両手を広げて叫んだ。

 夜は白々と明け、黒雲は東の空に吹き寄せられている。

「これはなんとしたことか? あれに見えるは奥尻島に違いない。すると東の陸地は渡島半島か? ――おお! 茂津多岬に狩場山が見えるぞ! なんと北海道は目の前じゃ」

「本当ですか!」

「お前の神の名はなんと申した? 大風を吹かせてお前を北海道に導いて来たのか? たいしたものだ」

「神は貧しく弱き者のそばにいます。“お金持ちが神の国に入るのは、ラクダが針の穴を通るより難しい”といいますから」

「うふふふ、たいがいみなそうじゃ。わしらの草原の神だって“食うだけの物と寝るだけの場所があれば幸いだ”というから。わしらの先祖は草原を漂うように移動しながら生活しておった。

 だがそれだけではすまんのが人間社会よ。人さまの幸せを妬み、食い物を奪い、支配しようとする、よこしまな人間どもにも、神さまがついているからな。ふほほほーー。

 まあ、冗談はさておき、少年よ、帆を張らねばならんぞ。帆を吹き飛ばされてなければよいが」

「大丈夫です」

「おお、そうか、だったら急いで帆を張ろう。今のうちにどこか人目のない所に上陸しなければーー」


 老人・ロルジョと真部光が上陸したのは、茂津多岬南の国道229号線沿いの海岸だった。

 幸いそれまでにほかの船と遭遇することはなかった。

 小舟は岩陰に隠して、誰にも見られずに上陸することができた。


 国籍不明のその小舟が発見されるまで五日間の猶予があった。

 通報を受けて、海上保安部が騒ぎ始めたころには、彼らはヒッチハイクやバス、電車を乗り継いで、小樽の街まで来ていた。

 そこで、古着屋から衣装を買い、散髪屋にも行って、身なりを整えていたので、もうどこから見ても普通の老人と若者だった。

 だが、密入国者の詮議が始まったことから、老人・ロルジョはいった。

「少年よ、これまでじゃ。二人一緒だとお前まで捕まってしまう」

「でも……」

「わしのことは案ずるな。大都会の札幌まで行けば、そこで物乞いでもすればなんとか生きていけるだろう」

 老人は、サハリンのコルサコフから、漁船を盗んで逃げて来ているのだといった。一銭も持たずに。

 光は老人に三万円握らせた。

 古着屋やディスカウントショップで必要なものを〈二人分〉買ったけど、家から持ち出したお金はまだ六万円以上残っていたのだ。

「少年よ、この国の民(たみ)は、この憐れな老人に一日にパン一切れでも施(ほどこ)してくれるだろうか? この息が途切れるまで」

 光はもう一万円やった。

 どうせ黒岳で死ぬのだから、電車賃と宿泊・食事代、それにロープウエー代含めても、二万円もあれば足りるだろう。これからはヒグマが出るし凍えるので野宿というわけにはいかない。

「少年よ、あと何年生きられるか知れないこの憐れな老いぼれが、一月(ひとつき)に一度、いや三月に一度だけでも温泉に入りたいと思う、その願いを叶えてくれるだけの小銭を恵んでくれる人がいるだろうか? 川や海の水が温かくなるまで」

 光はさらに一万円追加した。人家の近くに野宿すればクマも出まい。というかクマはもう冬眠しているかも知れない。

 残金は一万円余りとなった。

 さらに老人は、「小樽から札幌までの電車賃は幾らかかるだろうか、買い方もわからない」というから、小銭をはたいて切符を買ってやった。

「少年よ、お前と出会えたことは幸運だった」といって老人は別れの抱擁をした、「お前の神によろしくな」


小樽駅ホームで再び抱擁し、毎年クリスマスの日に札幌時計台で会おう、と約束させられた、けどそれはできない。

「世界で一番売れている、超ロングベストセラーのお前の聖書の著作権は誰が握っているのかな?」と老人は耳元で聞いた。

「知らない」というと老人は両腕を差し上げるように開いて、頭を振りながら電車に乗り込んで行った。


――ダスヴィダーニヤ! 

(さらばじゃ、また会おう!)



    

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