第十八章 王女・エレクトラ

    1


 どんずまりにはきっと人を食ったようなテーブルと椅子がある。

 最初の時よりか広い扇形の部屋の中央に、大理石のテーブルと、それを取り囲むように椅子が六つあった。

 テーブルは円でも四角でもなく、ダビデの星〈ヘキサグラム〉のような星型六角型をしていた。

 椅子のような突起物はその凹みにあって、テーブルに向かって座れるようになっている。

 今回も椅子に仕掛けがあると考えるのは安易だろう。

 その証拠に、ピカピカの黒い大理石のテーブルの上には、サイコロが置かれてあった。

 そして六つある丸椅子の座る部分には、それぞれサイコロと同じ赤い目が彫られてあった。

 つまり、サイコロを振って出た目のところに座れという意味だと解される。


 ――今度は正真正銘の六分の一の確率ってわけ?


 ――サイコロを振らなかったら、そういうことになるね。でもサイコロはそうはなっていない。


 ――どういうこと?


 ――サイコロの重心が中心にないから。


 ヒカルはサイコロを手に取って手触りを確かめた。

 少し大きめだけど、普通のサイコロだ。


 ――1の目と6の目とでは、くぼみの数が違うし、塗料だって六倍違う、一番出やすいーーというか確率の高いのは、5の目だといわれている。

 だから勝負師は5の目に賭ける。

 だけど振り方にもよるからね、ツボ振り師の。

 カジノのルーレットでもそうだ、ディーラーのスキルがものをいうといわれている。


 ――どこでそんなこと習ったの?


 ――中学の技術・家庭で習っただろ。


 ――習うものですか、そんなこと。


 ――車のエンジンを勉強した時、ペアリングの玉とパチンコ玉との違いをーーペアリングの玉はまん丸だけど、パチンコの玉は微妙に楕円形にしてある。


 ――どうして?


 ――重心が中心にあるベアリングの玉は、同じ速度で物に当たったら同じように跳ね返るけど、パチンコの玉は、玉の当たり所によって跳ね返り方が違う。トリッキーな跳ね返り方をするように、意外性を持たせているんだよ、自然と同じように。

 適者生存だけでは面白くない。


 ――なにわけのわからないこといってるのよ。じゃあ、どうすればいいの? 魔物はすぐそばまで迫ってるのに!


 ――運を天に任せるしかないね。


 ーーだからどうするの!


 扇の要(かなめ)にあたる入り口から入って来たのであるが、今しもそこに魔物たちが姿を現した。

 先頭はライオンの頭をしたマントヒヒだった。

 ライオン頭のマントヒヒが獅子吼するとーー。

 ウオーハンマーを手にした、顔のないボーリングのピンのようにのっぺらぼうの人間たちが、躍り出た。

 そのほかにも、象のような胴体をしたアリクイや、翼のあるワニや、カマキリのような悪魔など、キメラがうじゃうじゃ。

 蜘蛛のようなスズメバチの群れが舞い込んで来て、洞内を羽音で満たした。


 ――きみがいった通りにする。六分の一の確率。わざとらしいサイコロは振らずに、六芒(ろくぼう)星(せい)の6の目に賭けよう。


 といってヒカルは6の目が彫られている椅子に向かった。カレンは後ろから追随。

 ふたりが椅子に腰かけると、その周りが丸く切れて、地獄に引きずり込まれるように丸椅子ごと吸い込まれた。


    2


 気がついたら周りを、槍を構えた鎧兜の兵士たちに取り囲まれていた。


 ――おいカレン! 起きろ!


 ……なに? ここはどこ? 


 ――地底牢獄かも知れない。番兵たちに取り囲まれている。


 ……いやだ。


 ふたりは椅子に腰かけたままだった。

 相手は手槍を持った重装備の兵士五人。

 ヒカルとカレンは立ち上がって身構えた。

 短剣と長剣を抜く。

 槍相手は苦手だが、ここはなんとしても勝たねばならない。


 ――カレン、敵は重い鎧兜で武装している。細身の剣では歯が立たない。槍を奪え。


 ――オーケイ。今度は思うようにさせるものですか。


 動きのノロい敵から素早い動きで手槍を奪い取ると、絶妙のコンビネーションで、トリッキーな動きをしながら、カレンは手槍で敵の咽元を突き、ヒカルは短剣で兜を割った。

 可笑しいのは鎧兜が重くて、転んだら起き上がれない太った番兵は、ドン・キホーテのようにもがいていた。

 最後にそいつはカレンに手槍の穂先で頭を叩かれて気絶した。


 ――これで気がせいせいしたわ。レディーの急所を狙うなんて許せない。

 ヒカルは番兵から牢の鍵を奪い取って、


 ――いよいよ、アンドロメダ大王の王女様とご対面だ。


 と、緊張した面持ちで牢獄の扉を開けた。

 そしてふたりは礼を失しないように、片膝立に腰を落として、膝の上に手を置いてかしこまった。


 しずしずと衣装を引きずる音がして王女は現れた。


 ――大儀であった。

 して、そこもとたちはいずれの御家中かの?


 ――はあっ~?


 ヒカルは恐る恐る目を上げて、そして驚愕の声を上げた。


 ――うわっ?


 そこに立っていたのは、どこからどう見ても十二一重(じゅうにひとえ)のかぐや姫であった。

 黒々としたお姫様カットの長い髪。うりざね顔。絵本から抜け出したようなお姿で。


 ――なに? どうしたの? ヒカル。


 カレンは強引に体を入れ替えた。

 そしてポカンと口を開けて十二単のかぐや姫を見た。


    3


 ――なに、天の川銀河の地球からとな。わらわはかつて幼少のみぎり、大和の国に住んでおったが、奇遇じゃのう。

 くるしゅうない、表を上げるがよい。


 ――存じております、かぐや姫様。姫様は月に帰られたのではなかったのですか?


 ――なに、月にはなにもないからすぐに飽きた。

 ほうぼうを旅しているうち、イスカル殿の捕虜になってしもうたのじゃ。

 ーーほほほほ。

 ここが監獄とは思わなんだわ。


 ――?


 それにしてもそのほうたちは、不便なところに生まれ変わったものよのう。


 ――生まれ変わったのではありません。姫様をお救いするために、シャドー様に召喚されただけです。


 ――なに、シャドー様に? それなら、ここのシキタリに従わせて、わがままなそのほうたちを教育するためでもあろう。


 ――お言葉ですが、姫様。ぼくたちはわがままではありません。


 ヒカルは不平をいった。


 ――なに、自我があるということはすなわちわがままなのじゃ。

 二人一組というのはなにかと面倒であろう。ここはまだ単体になる前の進化の過程なのじゃ。


 ――そのように使徒様からもうかがっております。


 ――尾てい骨をシッポの名残りだなどと思っているだろうが、実際は違う。

 人間はみな双子で生まれて、片方は胎盤に吸収されてしまうように進化した。

 そのほうが便利だからじゃ。

 しかし、その反面、便利過ぎてわがままが増幅することになった。

 そのほうたちだけの罪ではない。

 それが命取りとなって、いずれは滅ぶことになろう。


 ――そんな……。

 ――ひどい……。


 ――おほほほほ。

 いずれ、そこもとたちの住む天の川銀河と、わらわのアンドロメダ銀河が衝突することは存じておるか。


 ――はい。光の赤方変位で、約四十億年後と予測されております。


 ――そして、赤ちゃん銀河が生まれ、そこに、高度に進化した人類が生まれるであろう。

 それは衝突するのではなく、銀河と銀河の生殖行為じゃによって――。


 ――えっ?


 ――銀河の形をみやればわかるであろう。


 ……棒状渦巻き銀河と、球状渦巻き銀河?

 ……なんの話? そんなことより、ここから脱出することが先決じゃん。


 ――かぐや姫様、この地底から脱出する方法はあるのでしょうか?


 ――この牢から出たからには方法はふたつある。

 ひとつは間欠泉に乗って一気に一万五千メートルほど吹き上げられるかだがーーそのほうたちも見たであろう。、

 これには課題があって、一緒に吹き上げられる蓋の岩石にぶつかる可能性がなきにしもあらず。

 ぶつからなくても、蓋が空に吹き上げられている間に、避(よ)けないと、三十トンもの岩石の蓋とともに蟻塚の噴出口に落ちて、ここに逆戻りということになる。


 ――あの穴は間欠泉の噴出口だったのですか?

 蓋の岩石が空高く舞い上がっている間に、ぼくらは‐―でも温泉は噴出していませんでしたよ?


 ――地下のマグマは冷えていて、今はコアの呼吸(ガス)だけになっておる。衣類や食料などはパラシュートに吊るされて、あの穴から投げ入れられるし、不要な分別ゴミなどは、噴出の際にまとめて排出させるのじゃ。

 こういうイノベーションは、地球でもいかがわしいホテルで利用されているが、ヒカルやカレンはまだ知らない。


 ――もう一方の方法というのは?


 ――ついてきやれ。


 しずしずとかぐや姫は歩いて行く。

 ヒカルとカレンはそれに従った。

 かぐや姫の黒い御髪(おぐし)に、白髪がちらほら見られた。

 意外とお歳を召しているように見受けられる。

 そのかぐや姫が、


 ――そのほうたちは珍しいタイツを穿いておじゃるのう。


 という。


 ――はい?


 忘れていた。

 脚にはヒルがまだ吸いついたままだったのだ。


 ――うわっ!

 ――キャッ! 

 ――こ、これはタイツではありません、ヒ、ヒルです!。


 ――ちょうどよい。そのようなものはたちどころに退治できる。

 して、そのほうたちは泳げるのか。


 ーー泳げますが?

 ――泳げます。

 ――オヨゲマス。

〈ぺぺ軍曹はカレンの肩に戻っている〉


 ――それはよかった。


 やがて、泉のほとりに出た。

 コバルトブルーの泉だ。


 ――この泉に潜れば出られる。


 ――どこに出るのです?


 ――そのほうたちも見たであろう、一万メートル級の岩山を。

 その頂上のカルデラ湖じゃ。


 ――ええ~っ! 

 そんなバカなーーいえ、そんなはずはありません、姫様。

 カルデラ湖とこの泉が繋がっているのなら、水圧でここは湖の水で満たされるはずです。


 ――ここの気圧がいかほどのものか知らぬのか。水圧と拮抗しておるのだ。


 ――そうなのですか。

 でも、合わせれば二万メートルは軽くある高さまで、泳いで上がるのは、とても無理です。


 ――誰が泳いで上がるといった。泳ぐのはヒル退治のためだ。潜水用具はちゃんとある。

 こう見えてもわらわは、天の川銀河より高度な文明を誇る、アンドロメダ銀河の王女であるぞ!


 ――ははあ、失礼致しました。


 と、ヒカルは〈カレンも〉片膝立に腰を落として膝に手を置き、礼を尽くした。


    4


 エレクトラ王女は、フグのような恰好をした小型の潜水艇を用意していた。

 というか、その潜水艇で、カルデラ湖の海底を探索しているうちに、地中深くに通じる海底洞窟に入り込み、地底湖に出て、監獄とは知らずに空き牢の中で昼寝していたという。

 眠っているうちに、まんまと古代人に閉じ込められてしまった。

 天下のアンドロメダ大王の第七王女が、牢の中で、しかも丸腰ではなす術もなかった。

 潜水艇の中には、惑星を吹っ飛ばすほど破壊力のある重力波銃や、電子ビーム剣があるというのに。

 迷路のようのようになった海底洞窟を、GPSのナビゲーション画面を見ながら、エレクトラ王女は間抜けな話だといって笑った。

 やがてカルデラ湖の海底に出ると、クラゲの大群が襲いかかって来た。

 よく見るとクラゲには人間の目があった。

 電気クラゲの大群は潜水艇が発する強力な電熱波で、ゼリー状に固まってしまった。

 すると今度は潜水艇を呑み込むほどの大ナマズが現れて、行くてを阻んだ。

 これには両ヒレ部分からサンマ型水雷を放って仕留めた。

 そのほか有象無象のキメラを、外付きの中性子ビーム銃で撃ち散らしながら、コバルトブルーのカルデラ湖に浮上したーー。


 やがて真っ青な空に巨大な円盤が現れて、エレクトラ王女は、


 ――姫、おいたが過ぎます。


 という侍女に連れられて、天に昇っていった。

 ヒカルとカレンは、片膝立に腰を落として、剣士のポーズでこれを見送った。

 のちにヒカルは立ち上がって〈当然カレンも〉両手を広げて真っ青な空を仰いだ。


 ――ペドロフ様、シャドー様、使命を果たしました!

 どうかご加護をーー。


 と、その時、矢鳴りがして、

  

 ――ウッ!


 とカレンが呻(うめ)いた。


 ――カレン? カレンどうした?


 ……ああ、なんということだ!

 カレンの胸に矢が刺さっている!

 と、同時に、わあ~っという喊声(かんせい)が上がって、外輪山から

イスカル軍が攻めて来た。


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