第十六章 将軍・ワンホー
1
トベル軍の陣営。
カレン〈とヒカル〉は、傷病兵でごったがえす病舎に収容されて治療を受けいた。
そこへペドロフ隊長がやって来た。
――軍医殿、どんな具合でありますか?
――運よくちょうどバックルの上からだったので、傷は思ったより軽い。一週間も休養すれば戦列に復帰できるだろう。
――でも女性ですからね、デリケートな部位でもあるし、あまり無理しないほうがよくってよ。
といったの軍医と対(つい)の金髪の女医。くるりと回って、正面向いて喋るのが礼儀のようだ。
――そうもいってはおられないのですよ。この者たちは特殊任務を帯びて召喚されておるのでね。
――傭兵かね。
くるりと回って軍医がヒカルとカレンを見ていう。
――まあ、そういったところです。ワンホー将軍がお呼びなので、迎えに来たのです。
――ま!
素早くまた女医が前にしゃしゃり出た。
――そんなムチャいったって! 今は歩けやしませんよ!
――少年が背負うというのはどうでしょう、なにしろ将軍は作戦会議を開いていて、この者たちの出席は欠かせないのですよ。
――だったら背負い具を装備してーーおい! そこの看護兵、セイタゴを持って来い!
看護兵も対でやって来て、ヒカルとカレンの間に背負い具を装着した。カレンは腰かけたような状態で、ヒカルの背中に背中を預けるような形になった。
看護兵は色の黒い男どうしの対だった。
負傷者の中には色の白い女どうしの対も見かけられる。
けどやはり、男女の対が多いのは地球の双子と同じであった。
棺(ひつぎ)のようなものを背負っている者たちがいるけど、それは相棒がすでに死んでいるのだろう。
ここでヒカルは、シャドー様の使徒であり、隊長のペドロフ老人だけが、単体であることに今更ながらに気づいた。
今や隊長は鎧兜を脱いで、胴着と鎖帷子姿なので、蓬髪の老人になっている。
やはり高貴なお方なのだろう
――ではまいろうか。
2
ワンホー将軍の幕舎には、兜を脱いだだけの鎧・具足姿の武将たちが厳つい顔で左右に居並んでいた。
その連中がなんと、ペドロフ隊長が幕を払って中に入ると、いっせいに床机から土間に、片膝立に腰を落とした。
正面のひと際大柄なワンホー将軍とて同じである。
――これはペドロフ卿ではありませんか?
見慣れぬ甲冑姿であられましたので、どちらの傭兵かと、恐れ多くも呼びつけるなど、とんだご無礼をーー。
といってワンホー将軍は頭を下げた。
将軍も黒漆の棺を背負っている。
――この者たちの働きを称揚するために呼んだのであろう、気にするでない。
――はい、おおせの通り、見事な働きぶりでありましたので、戦功を授けようかと。
こちらは無様な戦をお見せして申訳ございません。
――よいよい。戦というものは勝ったり負けたりのせめぎ合い。この者たちはシャドー様に選ばれし民、傭兵には違いないのじゃ。
――と申しますと?
――さそり座の王・コクシムソウ殿が近々大群を率いてこの双子座に攻め込んで来る。
そうなればトベル殿も苦戦を強いられるは必定、その前に姫を救出せねば、姫の御命が危なくなる。
アンドロメダ大王様は御憂慮されて、祭祀にお伺いを立てさせたところ、シャドー様がこの者たちを召喚するようお告げを下されたのじゃ。
勇者・ヒカルに、剣士・カレンと申す。
――ヒカルにございます!
ヒカルは片膝立に腰を落として、膝の上に片腕を置いて頭を下げた。
鎧は脱いでおり、鎖帷子のハーフコートに、剣を差したベルトを締めただけ、脛当てにサンダル履き以外は生足。
――カレンにございます!
カレンは鎖帷子のベストは脱いで、赤い革の胴着とスカートに、サンダル履き、負傷した腹部は包帯でぐるぐる巻きにされて、両端はたすき掛けにしている。スカートから出た足は生足。
――おう、そなたたちの戦いぶり、まことにあっぱれであったぞ!
――したり!
――したりじゃ!
ほかの武将たちも膝を叩いてほめそやした。
みんなそれぞれ後ろに対の相棒がいるので幕舎は一時騒がしくなった。
3
ワンホー将軍は随分鼻の高い、立派な鼻髭の人物であった。体は並外れて大きく、威厳があった。
ムチのような指し棒で、地下牢への入り口がある渓谷のジオラマを指してペドロフ卿に説明した。
――このように、敵は大群の展開を許さない要衝の地に要塞を築き、姫様が閉じ込められておられる地下牢入り口を守っておりますので、容易に攻め切らないのであります。
しかも覆いかぶさるように突き出た断崖絶壁は、低い所で千五百メートルの高さでありますから、上から攻めるのも叶わず――一度、特殊部隊を綱を使って下ろしましたら、下から狙い撃ちされまして全滅致しました。
かといって、下流から、五十キロにも及ぶ渓谷伝いに攻め入れば、いくつもある上流のダムの放水にあって、これも水攻めで退却を余儀なくされた次第です。
――ほかに地下牢への入り口はないのか?
ワンホー将軍は、ここにーーといって、渓谷の向こうにそびえ立つ岩山を指した。
――これは高さが一万メートル余りの休火山でありますが、この頂上にコバルトブルーの火山湖があり、この湖面に太陽の光が垂直に当たった時に、この、地下牢の入り口が三分間だけ開きます。
ですからこの地下牢の入り口は一日に一度、三分間だけしか開かないのです。
それも晴れた時だけ。
――太陽というのはカストルのことじゃな。その光がマスターキーというわけか。
――はい、ボルックスは真上に来ませんので。
――その湖の底にも入り口があるやも知れんな。
――それがペドロス様、そう思って調べましたるところ、そこにはキメラの怪物がうようよ棲んでいて、これにも特殊部隊が餌食になってーーどのぐらの深さなのかもわからない有様でして。
――手の施しようがないというわけか。
ペドロフ将軍と左右に居並ぶ武将たちはヒカルとカレンを見た。
――こんな少年・少女剣士になにができる。
という目である。
――ということで、そちたちが召喚されたというわけじゃ。
というペドロフにヒカルはいう。
――そのような大役を自分らだけで?
――そうじゃ、地下何十万メートルか知らぬが、そこまで下りて首尾よく姫様を救出することができれば、お前たちは生きられる。
――元より死は覚悟の上ですがーーどうせ死刑囚なのですからーーそんなことが可能なのでしょうか?
――シャドウ―様を信じれば、不可能はない!
――でもカレンを道ずれにすることはできません!
――あたしも逃れなれないの、不治の病からーーでも生きたい!
――どうする、やるのか、やめるのか、やめるならただちに元の場所に戻す!
――やります!
――やります!
――そうか、じゃあ、ワンホー将軍、地下牢入り口までの案内はそちたちの任務。短兵急にな。
――はい、ペドロフ様、承知致しました!
――ひとつだけシャドー様からヒントのお告げがあった。
“神はサイコロ遊びがお好き”ーーということじゃ。
――サイコロ遊びーーですか?
――それを逆手に取るがよい。
――わかりました!!
ヒカルとカレンは頭を下げ、ヒカルは深々と腰を折った。
4
――よいか、勇者・ヒカルに剣士・カレンとやら、明日未明に決行する、わが軍が総攻撃をかけている間に、隙を見て地下牢への縦穴に入るのだ。
三分間しか蟻塚――我々はそう呼んでおるーーは開かないから、そのチャンスを逃したら日を改めなければならない。
だが、ペドロフ様がいわれたように、さそり座のコクシムソウ殿の軍がまじかに迫っておることだし、天候にもよる、二度とチャンスは来ないかも知れん。
心してかからねばならんぞ。
――ですが、ワンホー将軍様、何十万メートルもの縦穴には、階段か何かあるのでしょうか?
――そこだ、かつてわが軍の特殊部隊が一度だけ侵入したことがあるが、生きて戻ったのはただ一人、その者の話では、螺旋階段があるのは、百メートルぐらいまで、それから先の縦穴は直径一メートルほどに狭まり、階段はない。
だけど、そこまでに横穴がいくつかあって、その中に入った六人の隊員はそれきり戻って来なかったそうだ。
横穴の中は迷路になっているらしい。
カストルの光と、大気は一日に一度だけ縦穴を通って何十万メートルかの、地下の牢獄に届けられ、エレクトラ王女の命の糧となっている。
――そうしますと、横穴の迷宮をたどって地下牢まで下りて行くしかないのですね。
――そうだ、迷宮とはよくいったな。昔は地下城塞だったのかも知れぬ。
――空気の心配はないのでしょうか。
――その心配はない。大気圧によって迷宮の隅々まで空気は行き渡っているものと思われる。
そのために一日に一度だけ扉が開かれて迷宮は呼吸しているのだ。
――有毒ガスの心配は?
――オウムを連れて行くがよい。
どこからが色鮮やかなオウムが飛んで来てカレンの手に止まった。
――まあ、可愛い~い!
――連絡係でもあるぺぺじゃ、階級は軍曹、なにか用があったらぺぺにいうがよい。ぺぺは人間の言葉を聞き留めて喋れるからな。
むろん有毒ガスがあればいち早く感知して知らせる。
――わかりました。
――では、今日はゆっくり休むがよい。明日早朝からのミッションに備えよ。
――はい、ワンホー将軍様!!
ヒカルとカレンは頭を下げた。
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