第十五章 勇者・ヒカルと美少女剣士・カレン

 

    1


 ヒカルとカレンは一年間みっちり鍛えられて一端の戦士となった。

 だけどこの星は太陽がふたつあるせいか、一年が半年にーーいや、体感的にはもっと短く感じられた。

 全身鎧のプレートアーマーで武装したヒカルにペドロフはいった。


 ――お前は主(おも)に敵の攻撃を防御するのが役目だ。


 露出しているのは目の部分だけというくらい、ヒカルは黒光りする鉄板人間と化していた。

 ローマ軍の騎士のように。


 ――はい、使徒様。


 ――これからは隊長と呼べ。


 ――はい、隊長!


 実際、ペドロフは百人隊長のような鎧兜で身を固めていた。

 鉄鍋のような頬当て付き兜のてっぺんにはーーというか豊臣秀吉の兜に似ているーー扇を開いたような飾りがあった。


 ――剣士カレンよ。


 カレンは顔だけ出した黒革のマスクに、肩が丸く赤い鎧を纏って、ギンガムチェックのミニスカートをはいている。

 可笑しいのは鎧の胸が膨らんでいることだ〈当たり前だけど〉。

 といっても、この星では鏡というものがないので、自分の姿を見ることはできない。お互いの姿も、水に映して横目で見るしかない。

 湖の水面は鏡のように澄んでいるから、二人は交互に自分の姿を見て、満足した。

 目と目を合わせることができた。

 

 ――そちは、攻撃主体だ、それゆへ細身の長い剣を佩(は)いているのだ、わかるな。


 ――はい、隊長様。


 ――防御と攻撃、攻撃と防御、二人で一人だ、わかったな!


 ――はい、隊長様。


 ――ではまいるぞ――いざや戦場へ!


 ――おお~っ!!


 ドラゴンに乗ってひとっ飛び、惑星の裏側の広大な平原が見えて来た。

 旗幟(きし)がはためく、戦場だ。

 あれにおわすは、といって隊長は、平原に屹立した五千メートル級の岩山を杖で指した。


 ――わが軍の王・トべル様の陣、そして向こうが神軍の黄道十二正座の王・イスカル殿の陣じゃ。


 イスカルの陣も五千メートル級の岩山で、頂上付近は厚い雲に覆われていた。

 下には赤色の軍勢と白色の軍勢が長方形の形で対峙している。


 ――赤が官軍だから平家、白は源氏だよね。

 ――関係ないでしょ、そんなこと。


 ――わが軍は白色である、間違えるでないぞ。


 ――はい!!


 彼らを乗せたドラゴンは戦場の上を旋回した。

 下では軍勢の隊列から進み出た大将と大将とが騎上で向かい合っている。

 といっても、この星には馬がいないらしく、歩兵三名が組んで馬を作り、騎士を乗せているのだが。

 その点運動会の騎馬戦と同じだ。睨み合ってぐるぐる回るのも同じ。


 ――大将戦だけで勝ち負けを決めると、平和的で損害も少なくてすむのにな。

 ――ていうかあ、どうして神様とシャドー様が直接戦わないんだろう。いつも代理戦争で、ズルいじゃん。


 ――バカを申せ!

 そんなことになったら大変なことになる。

 昔、『在るもの』の主と『無いもの』の主が、銀河を投げ合って戦われたことがあるが、銀河と銀河がぶつかれば、光になってしまうのじゃ。

 あれ以来、合戦には監視役の立会人がつくようになった。


 ――立会人??


 ――ほれ。

 あの向こうの岩山〈一段と高い七千メートル級だった〉におわすお方がそうじゃ。

 『在るもの』でも『無いもの』でもない主・ゼロ様の王・ゼノン殿が見張っていて、ズルしたらペナルティーを科せられてしまうのじゃ。


“――さよう。

わたしが、ブラックホールを自在に操る『在るもの』でも『無いもの』でもない主――ゼロである”


 という声が天上から轟いた。


“よろしいか、『在るもの』はわたしを通して『無いもの』になり、『無いもの』は、わたしを通して『在るもの』になる、而(しこう)して、宇宙のエネルギーの総和は、ゼロなのだ”


 なんだかややこしいことになったけど、下では大変なことになっていた。


 ――われこそはなんのなにがしが一子なんのなにがしである、先の合戦ではーー。


 と、長い名乗りを上げているうちに、矢が兜に三本刺さるというズルが行なわれて、全軍入り乱れての合戦が始まっていた。


 ――いざや出陣!


 ――おお~っ!

 ――おお~!


    2


 ――カレン、置き去りにしてごめん!

 あの時ぼくは、死神に取りつかれていた。

 でも、今は違う!

 なにがなんでも生きる!

 生きて生きて生き抜くつもりだーー!


 ――なに?

 なんのこと?

 カレンがどうしたって?

 やだ!

 来ちゃったよーー。

 どうしようーー。


 ――行くぞ、カレン!

 必殺の大車輪だ!


 ヒカルが前宙(まえちゅう)、カレンはバク宙――を繰り返しながら転がる。手にした剣で、敵に斬りつけながらーー。

 重い鎧兜が遠心力で逆に推進力となっている。

 戦車のように両側の敵を斬りわけながら、百人以上倒し、敵陣を突き抜けて梨の木にぶつかってようやく止まった。

 それから先はあわやの千メートル級の渓谷だった。


 そこへ矢鳴りがしたので、ヒカルはカレンに覆い被さって、全身鎧のプレートアーマーで跳ね返した。

 正確には、カレンを下敷きにしたというのが正しい。

 おかげでカレンは無傷。


 ――重いんだけど、どいてくれる。


 乱戦になると、ヒカルが短剣や鉄の鎧で敵の槍や剣(つるぎ)を受け、カレンが長剣で敵を叩き斬り、突き刺した。

 ヒカルの頭や首や肩や胸や腹や腿(ひざ)や脛(すね)で火花が散り、キンコンカンコンキンと、水(すい)琴窟(きんくつ)のような音を立てた。

 ヒカルが腰を曲げると、背中のカレンはその勢いで敵を蹴り飛ばし、元に戻る時に敵を真一文字に斬り裂いた。

 カレンが背を曲げれば、ヒカルが敵の刃からカレンを守り、元に戻る時に短剣で敵の兜を割った。

 ヒカルが背を曲げて回ると、背中のカレンも回りながら長剣で、敵を撫で斬りにした。

 見事なコンビネーションで、バッタバッタと敵を倒していった。


 だが、強敵が現れた。

 泣く子も黙るテンプル騎士団――のような格好をした、長い槍を持った騎士団がやって来たのである。

 溶接工が被るようなものを被り、赤い十字の縫い取りのある外套(がいとう)を着て、十字軍の旗を持った歩兵を従え、整然と五列に隊列を組んでやって来た。

 馬は歩兵が組んだものでも、長い槍は脅威だった。接近戦でこそ二人で一人の戦力が功を奏したのだ。

 離れた所から突かれたら、軽装備のカレンは圧倒的に不利。急所を突かれないようにするのが精いっぱい〈この場合、無防備な女の急所のことであるが〉。

 しかも、相手は五騎ひと組で次から次へと襲いかかって来る。

 形勢は逆転して、二人は防戦一方となった。

 今頃気付いたのであるが、なぜか神軍はみな単体だった。


 そして遂にカレンが、鎧の上から腹部を突かれて、腹部に深手を負った。

 だけど、介抱(かいほう)してやることはできない。

 ――カレン、しっかりしろ!

 首を捻じ曲げて、そう声をかけてやるしかなかったーー。


 ――退却だ!

 ――全軍撤退しろ!


 味方の軍勢も形勢不利となって敗走を始めていた。

 ヒカルはカレンを背負って逃げた。


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