カテナ降臨


「じゃあ躑躅ヶ崎くんも、ゲーム、結構やってるんだね」


「瀬田はアレやったことある? オルタースクロールシリーズ」


「あぁ、ファンタジー系のオープンワールドゲーだよね! 最近買ったんだ」


「やっぱりやってるか! あの手のゲームは世界観に入り込めるのが良いよな」


「そうそう、馬に乗って風景を眺めてるだけでも楽しいんだよね」


「わかってるなぁ瀬田!」


 威太刀と瀬田以外の客が完全に見当たらなくなった対戦ゲームコーナーを離れ、二人はプライズコーナーの休憩スペースに移っていた。

 話をしてみると、格闘ゲームこそ苦手のようだが、瀬田は相当なゲーム好きだということが分かった。しかも威太刀とジャンルの好みが近い。

 そうなれば必然的に会話も盛り上がる。

 考えてみれば、二ノ宮とは好みのジャンルが噛み合わないのでゲームの話で盛り上がったことがない。威太刀の友達には、同じゲームについて熱く語れる相手はいなかった。


「時々セーブデータを分けて、NPCの村人を暗殺しまくったりして遊ばない?」


「……瀬田、意外とエグい遊び方するんだな……」


「あっ……ごめん……引いちゃった、よね」


「いや、俺もするけどな」


「もう!」


「山賊狩りばっかやってて飽きてくるとやりたくなるよな」


 時々冗談を交えつつ、瀬田のいろんな表情を引き出していく。これが思っていたよりも楽しい。

 ずっと暗い表情ばかりだった彼でも、こんなふうに笑ったり、いじけたふりができる。それを恐らく自分だけが知っているという事実が、不思議と誇らしかった。

 ふいに時計へ目をやると、いつの間にやらもう午後四時半。すっかり時間を忘れて話し込んでしまった。

 家に監禁しておいたスティークがまた勝手をやらかしていないか、不安になる。そろそろ家に帰るべきかもしれない。


「……もうこんな時間か。瀬田は時間、大丈夫だったか? 結構長く話させちゃったけど」


「えっ? あ……ほんとだ。ボク、帰らなきゃ。ごめんね、付き合ってもらって」


「何言ってんだよ。結構楽しかったぜ」


「そっか…………ありがと」


 ゲームセンターの出口へと向かう途中、瀬田が今日一番の笑顔をみせる。決して満面の笑みと言えるほど無防備なものではなかったが、それでも以前に比べれば随分と心を許してくれたように感じた。

 屋外に出て、表の歩道へと辿り着く。瀬田の帰り道は威太刀とは反対方向らしく、二人の距離が徐々に離れていく。

 少しだけ、名残惜しい。

 そう思った威太刀は、気づけば瀬田を引き止めていた。


「なあ。また今度、今日みたいに遊べないか」


「え? うん……躑躅ヶ崎くんがいいなら」


「よし決まりだ! 携帯、持ってるよな」


「? 携帯?」


「連絡先、教えてくれよ」


「うん。…………うん!」


 上擦った声で頷くと、瀬田は大慌てで携帯を取り出した。

 すでに表示してある威太刀の連絡先を何度も入念に確かめながら、自分の携帯に登録している。連絡先を交換するのは初めてなのだろうか。

 登録が完了すると、瀬田が顔をあげる。わずかに紅潮した頬。


「ぁ…………ちょっと、気を使わせちゃった、かな……」


「だから、そんなんじゃねーよ。普通に楽しかったんだよ、今日」


「……ありがとね。本当に。…………それじゃ」


「ああ。じゃーな」


 再び赤くなった顔を隠すように、瀬田はせっせと駆けだしてしまう。それを微笑ましく見送ると同時に、威太刀は、瀬田のポケットから何かが落ちたことを見咎めた。

 銀のチェーンに繋がれた、純白のプラスチックの輪。見覚えがある。竹刀にはめるつばだ。


(なんで瀬田がこれを……)


 鍔を拾い、呼び止めようと立ち上がる。しかし見上げた先には、既に瀬田の姿はなかった。




 帰宅し居間へ入った威太刀の前に、小さな少女が立ちはだかる。

 もはや驚くことはあるまい。容姿こそ幼いものの、藍色の着物に花魁まがいの出で立ち。どこからどう見ても彼女はスティークだった。


「へー。幼女モードなんかもあるのか、お前」


「ぬぅ……。もっと驚いてもよかろぅ…………」


 刀が人の姿に化けているのだから、子供に化けようとも殊更驚愕には値しない。少なくとも威太刀はそう考えた。

 おおかた、背丈を縮めて身動きを封じる荒縄をすり抜けたといったところか。

 この厚顔無恥にして我が儘な暴君が、大人しく捕えられたままでいるわけがないのだ。むしろ駄々っ子じみた言動にようやく見た目が追いついたとも言える。


「えぇい、そうではない! 一度ならず二度までもわらわを緊縛しおったな! イタチ!」


「へいへい。腹いっぱい厄叉を喰わせてやるから、まー落ち着けよ」


「お、おう。それがわかっておるなら……よいのだが。……いや、されどもこの暴挙はなんたる事か! わらわの寝込みを狙って縛り上げるなど! おのれ色情狂め! この好き者!」


 身体が幼くなったぶん、いつもより数割増で耳に響く声でスティークが喚く。

 喚き方も、なだめる威太刀に対する反応も、あらかじめ予想した通り。化け物と言えども、やはり単純馬鹿であることに変わりはない。

 この手の根に持つタイプの馬鹿は、放っておけばいつまでも不満を垂れ続ける。この一週間で学んだ教訓だ。

 そして馬鹿につける薬は無くとも、馬鹿を一時手なずける方法ならあることを威太刀は心得ている。


「あんまり怒るなよ。俺もちょっとやりすぎたが、けど留守番させられないほど信頼のないお前にも問題はある。おあいこだろ」


「やかましいわい! わらわの辞書に五分五分ごぶごぶという言葉なぞない! そちが十割悪いのだ!」


「落ち着け落ち着け。そう言うだろうと思って、詫びの品を買ってきておいた。これで手打ちにしようぜ」


 馬鹿につける鎮静剤。すなわち、不健康な飲料水。無数の化学物質でコテコテに人工的な味付けをされたドリンク。威太刀も好物とする“ジェノサイダー”だ。

 帰宅する道すがら購入したそれをグラスに注ぎ、スティークに差し出す。


「な……何なのだ、それは。鉄の筒が小便を出しておるぞ……!?」


「ばっか、黄金色こがねいろの聖水って言え!」


 スティークの言葉を受けて改めて見ると、たしかに小便と似ている。

 現代人ならせめてビールに例えるだろうが、出生した時代すら不明の彼女にはそう見えても仕方がないだろう。そもそも人ではないスティークがなぜ小便の色を真っ先に思い浮かべるのかも、それはそれで謎ではあるが。


「美味いぞ。飲め」


「からかうのもいい加減にせよイタチ! これは小便ではないか! ちょっと体調が優れぬ時の小便ではないか!」


「そりゃ時代に取り残されたババアはそう言うだろうがな」


「――ッ!? ば、ババアと、今そう申したな貴様!?」


「いまどき、ヘンな色の飲み物なんて珍しくもねーよ。問題は色じゃなくて味。見た目よりも本質。そういう時代なんだ。もしかしてアレか、お前、舌利きには自信がないのか?」


「むむ……無駄にもっともらしい理屈をのたまいおって……! 良いだろう! わらわがこの黄金水の真価、見極めてくれようではないか!」


 品格を試すような言い方をしてやると、案の定すぐに意地を張ってくる。

 わずかに躊躇するような仕草を見せながらも、意を決したスティークは勢いよくジェノサイダーを喉に流し込んだ。


「っ……! これは……口の中でぱちぱちと弾け、雑多ながらも強引に纏め上げられし奇怪な風味が鼻を抜けてゆく……! なんたる品のなさ! なんたるゲテモノ! ……斯様かように美味なる水が、この時勢にはありふれていると申すのかっ……!?」


 威太刀の目論見どおり、ジェノサイダーはスティークの嗜好と見事合致したようである。

 初めて彼女と遭遇した夜に言っていた“エグい味を好む”という話から、揺るぎない確信があった。


「この水は、名をなんと申す……?」


「ジェノサイダー」


「じぇの、さいだぁ! 良いな! じぇのさいだぁ! そちも中々気が利くのぅ! じぇのさいだぁ! じぇのさいだぁ!」


 名称の語感も含めていたく気に入ったらしく、スティークは何度も復唱している。

 その図だけを切り取れば、無邪気な少女がはしゃぎ喜んでいる微笑ましい光景かもしれない。




 ジェノサイダーで機嫌を取ったところで、やはり深夜の厄叉狩りは避けられない。

 駆り出される威太刀自身も半ば楽しみにしているとはいえ、土日くらいは大人しく家で過ごしたいのが心情というもの。

 今夜の威太刀はかつてないほどやる気が出ない。度重なる睡眠不足で肩が凝りはじめてきたようにすら感じる。


「おいスティーク。厄叉ってのはこう、何度駆除してもすぐ新しい巣を作る蜂みたいに、ひっきりなしに湧き続けるもんなのか? つーかどっから湧いて出てくる。厄叉の湧く泉とかあったら今すぐ埋め立てに行きたいんだが」


『そちは阿呆か? 物の怪といえど、魂を持つ者が全くの無から生まれるわけなどあるものか』


「じゃあゴキブリみたいにクッソ短いサイクルで繁殖を繰り返して、一匹見たら百匹いると思え的な何かなのか。害虫か。お前は害虫なのか。睡眠時間かじり虫か」


『ほぉーぅ? 折角わらわが有用な知恵を授けてくれようと思っていたものを、わざわざ無下にあしらうか。よしよし、それも良かろう。ならばわらわは何も教えない!』


「あっ、ズルいぞお前! そんな話、初耳だから!」


 相も変らぬ駄話を繰り広げつつ、スティークの指示に従って厄叉の出現地点へと向かう。

 だが通学路から逸れて閑静な団地へと差し掛かったところで、突如スティークは口をつぐんだ。一方の威太刀も、同時に異常を肌で感じる。


「…………ッ!?」


 全身の産毛が逆立つ強烈な悪寒と、胸を締め付けるような重圧。

 度を越した緊張感とでも言えば良いのだろうか。この感覚をもたらす要因を、感情を、威太刀は知っている。しかし、一体どこから――――?

 団地を仕切るフェンスを飛び越え、周囲に目を配る。

 13階建てのマンションが四棟、ドミノのように立ち並んでいる。その三棟目と四棟目の屋上にそれぞれ、異形の影が蠢いていた。

 もはや見慣れた、いつも通りの厄叉だ。複数が同時に現れているのは初めて見たが、さりとてそれも脅威とは言い難い。


「なぁ、この感じ……」


『今は厄叉のみに傾注せよ。それは後回しだ』


 ふたりを威圧する謎のプレッシャーはひとまず無視し、より近い三棟目の厄叉に標的を絞る。

 今からマンション内に侵入するのでは時間がかかる。手っ取り早く厄叉たちのいる屋上を目指すなら、

 建物の外側へせり出した階段の鉄格子を掴み、真上へめがけて跳躍。身体強化の恩恵を得ている威太刀の脚力は、優に十メートルほどを瞬く間に飛び抜ける。

 3階と4階を繋ぐ階段の鉄格子へと掴まり、また跳ぶ。

 これではまだ遅い。厄叉を逃がしてしまう。

 最高点に到達してから落下を始めるまでの、一瞬の滞空時間。この間にすかさず鉄格子を掴み、重力に引かれてしまう前に再度跳び上がる。

 ペースを上げた威太刀は、ものの数十秒とせず屋上へと辿り着いた。

 山の入口という立地にそこそこの標高が相まって、視界はこれでもかと開けている。風も強い。

 夜景の光が下から照らす形になるのに加え、明かりもなく地上より暗く感じる。そんな中にあって、ゆらりと振り返る厄叉の白い肌はひどく目立っていた。

 視界の隅にとなりの棟の屋上を捉えておく。向こうの厄叉はこちらに気付いておらず、何とも知れぬ不気味な動作でうずくまっているようだ。


「手勢を増やしても、一緒にいないんじゃ意味がねーな、オイ!」


 床を力一杯蹴り、前方へ加速しつつ抜刀。それに応じるように厄叉も腕を刀へと変え、構えた。


『用心せよイタチ。……いや違うな。


 スティークが声音を低くして忠告する。

 目前に迫る厄叉は、武器に刀を選んでいること以外、突出した特徴はないように見える。

 これまでに戦ってきた厄叉の武器はどれも、鉈や鎌など癖のあるものばかりだった。それが比較的扱い易いものになっている、だから気をつけろ、ということなのか。

 得物のリーチで僅かに勝る威太刀が先制して初撃を振るう。駆ける勢いを殺さず、左足を踏み込むと同時に更なる加速をかけ、体重と慣性を乗せたスティークを斬り下ろす。

 応じる厄叉はわずかに身を逸らして回避。がら空きになった威太刀の首を薙ぎ払おうとする。

 この展開も一応考慮のうちには入れていた。刀の軌道も見えている。


「っ…………と!」


 威太刀は振り下ろしきる前にすぐさま手首を返し、切っ先で円を描いて敵の刀を巻き取るように、斬撃を逸らす。

 尋常な人間ならば、こんな荒業はとうてい成し得ない。

 視認、理解、思考、行動。

 これらのプロセスの間に生じる遅滞を、精神共有によるスティークの“反射”で“理解”“思考”と代え、身体強化による人外じみた速さの“行動”で強引に帳消しとしたのだ。

 得物がスティークでなければ、今の一手で威太刀は死んでいた。

 対処に成功こそしたものの、内心、動揺は否めない。

 この厄叉は、多少なりとも。最小の動作で回避し、反撃へ繋げたことが他ならぬ証左だ。

 バックステップで一旦間合いを開け、様子を窺う。見れば厄叉は、基本中の基本とも言える中段――――正眼の構えを取っている。


「なんなんだコイツ……?」


『親玉より技を分け与えられたのであろ。成程成程……やはり“刀憑き”が裏におるな』


「は? おい、何の話だそれ」


 スティークが、なにやら勝手にわけのわからない確信を深めている。先ほどの“有用な知恵”と関係のある事柄だろうか。

 今まさに命を賭けて闘っているというのに、下手に気を引くような話をされると、集中が途切れてしまう。

 次の瞬間、先ほどの威太刀の技を模倣したように、厄叉が飛び込んできた。

 油断して構えを緩めてしまった隙を狙ったのだろう。しかしそれは演技を織り込みつつだった。


「バカめ!!」


 やはり初撃をそっくり真似た斬り下ろしが繰り出される。

 威太刀はすかさず腰を低くし、迫り来る厄叉に自ら接近。胴を捉えた一撃が、敵の刀が振り下ろされるよりも早く斬り抜ける。


「半端な知性が仇になったな」


 刀身にまとわりつく微細な粒子。スティークが言うところの、厄叉の魂。それが空気中に放たれているということは、即ち厄叉の死を意味する。

 念のため、振り返って死に様を確認しておく。

 厄叉は千切れかけの胴を押さえたまま床に倒れ込んだ。即死にまでは至らなかったようだが、ゆっくりと刀傷から分解されている。もはや警戒するまでもない。

 スティークを掲げ、舞い上がった魂の粒子を喰わせる。

 隣の棟へと視線を移し、もう一体の厄叉を倒すための算段をつけているその時、威太刀の耳にどこからともなく声が届いた。


『ツ……ム……ギ…………ツ……ムギ…………』


 明らかな人語を発しているが、しかし声音はまるで喉を嗄らした獅子のよう。

 まさかと思い見下ろした先に声の主はいた。

 厄叉だ。たった今斬り捨てたこの厄叉が、喋っている。


「なっ……喋って、る…………!?」


 威太刀が気が付くのとほぼ同時に、厄叉の身体は完全に塵となって消え失せた。

 身動きを取れない。

 人喰いの化け物が、凶器を振り回すばかりの獰猛な獣が、言葉を発した。その事実が衝撃的すぎるあまり、茫然と立ち尽くしてしまう。

 はっと気を取り直して隣の棟へふたたび目をやる。

 視線の先、深い闇に包まれたマンションの屋上。そこに、白い影はあった。

 厄叉が更に増えたのか? ――――いや違う。

 新たな白い影は長刀を突き出し、もといた厄叉を追い詰めている。

 その威容を、正体を、威太刀は知っている。遠目でも見紛うはずがない。威太刀とスティークにプレッシャーを放っていたのはあれだ。

 刹那。わずか一太刀にて厄叉を斬り伏せた白い影は、長刀に塵を吸わせた後、こちらに向き直った。


「クソッ…………とうとう出やがったな……」


 春日山かすがやま克那かてな

 威太刀の最も恐れていた事態。最大の脅威が、数十メートルを介してそこに顕現した。

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