1-10 日暮れ

 闘いが終わったら、銭湯に入る。これは単に汚れを落とし疲れを取るというためだけではなく防疫ぼうえき、つまり都市へ迷宮由来の各種伝染病が侵入することを防ぐためでもある。


 僕たちは無事に迷宮を出て、黒い柱が立ち並ぶ海上の原風景へと帰還した。


 銭湯は北口にあるため探索を終えた冒険者は皆、北を目指す。


 燃料こそ薪ではないものの、昔ながらの銭湯という趣きの〈一乃湯〉は遥か古代から冒険者の体をあたたかい湯で癒してきた。


 ふた手に別れ、着の身着のままで暖簾をくぐる。



 迷宮にはおよそあらゆる有害なものが存在するものと覚悟すべきである。従って、迷宮へ着ていった服はすべて洗浄され、一瞬でも迷宮の大気に暴露した武器防具その他装備品は強制的に一時引き取られ滅菌される。


 同時に獲得した物品の鑑定もやってくれる。


 費用はどちらも無料。正確に言えば市の迷宮税から支出されている。



 このような冒険者のための銭湯は風呂場の構造自体が迷宮側の半分と都市側の半分で完全に二分割され気密が保たれており、必ず迷宮側から入り都市側へ出ていかなければならない。また探索を終えた冒険者以外の利用は不可となっている。


 二つの浴場を僕たちは先湯と後湯と呼んでいる。まずぬるい薬湯の沐雨シャワー、それからうがいをしてから髪と体を洗って血と泥を落とし、熱い湯を一、二杯浴び、先湯につかる。先湯がぐねぐねと全身を洗うに任せる。


 使った手ぬぐいを回収かごに叩きこみ、二重の気密扉を抜けて後湯に移動する。先湯側は陰圧がかけられているため、戸を開けると常に向かい風を浴びることになる。こうしてやっと普通の風呂にありつけるという算段だ。


 後湯は普通の銭湯と変わりない。男湯、女湯、第三湯の三つがある。



 評価金額が出た。三両と少し。

 会計担当の千尋と通信するべきかどうしようかと迷っている内に、向こうから音声でかかってきた。女湯の音がそのまま聞こえている気がするが、まあ多分問題はないだろう。

〔三両と八百九十四文、まあ相場通りのところね。このまま売却する?〕

〔そうだな、二、三個残しておいた方がいいんじゃないか。麻痺毒は使う奴もいるだろう〕


〔私が一つもらおう。その分は報酬から引いてくれ〕

 隣で目を閉じながら湯につかる長道が会話に加わった。

 長道の剣に乗せる呪毒は化学的な成分を使用するとは限らないが、対生物戦闘において麻痺はとても有効だ。


〔ボクも使うよ!〕

 牧はどこに使うんだろう? 銃弾に詰めたりするのだろうか。


〔あたしはいい。金にしてくれ〕


〔吾もいらぬ〕


 すると約三両を六で割って、一人頭の稼ぎはおよそ二。これはおにぎり換算で約二百個分、もしくは入学したての高校生が十時間ほど適当に働いただけの価値がある。僕たちのような駆け出しの冒険者でも、この程度を一時間少々で稼ぐことができる。無論この勘定では命を落とす危険性をどう評価するか考えていないわけであるが。


 時間がずれているものか、僕たち三人以外にいない男湯だったが、突如室内が暗黒と化した。もともと昼間は自然採光に頼る設計の風呂であり、そのほのかな暗さがまた好ましいのだが、なんでこんな唐突に暗くなるものか?


 皆既日食でもこんな急激にはならないであろう。そもそもこの地点の皆既日食はまだずっと先だ。


「何事!」

 長道が鋭く叫び、照明式を発動しようとする。


 弱出力の、人体に無害な程度の電磁覚で窓の方を見ると、薄い黒体膜が開口部をぴっちりと覆っていた。

 これには見覚えがあるような気がする。


 長道が照明式の起動に失敗。対抗術式だ。


 驚愕する。

 この暗闇の向こうにひそむ静寂しじまを僕は知っている。居る。確実に。七海さんが。



〔長道、あわてるな……大丈夫だ。大丈夫じゃないけど。明かりは点けるな〕

〔どういうことだ、いや、奴か!〕


 七海さんのなめらかな肩が、僕の肩に触れる。

 湯をすくって半ばを僕の肌へ静かに流し、風呂場に響く凛とした声を僕たちは聞いた。

「いい湯ですね。泉くん」


 何と答えればいいのだろう。

 一応、通常の銭湯では軽犯罪となりかねない行いだが、一乃湯では歴史的に色々あって困ったことに合法らしいことを今、絵美理から聞いた。

「はばかりながらこちらは女湯ではないものと存じます」


「そうですねえ」

 七海さんのゆるりと落ち着いた答え。

 微妙に位置を変える七海さんの柔らかな三角筋。肩と肩であるためか、先ほど手を握られた時のような緊張はない。


「何をしに来た。柳生。貴様の仕業か」

「男湯をのぞきに来てはおかしいですか?」

 問い詰める長道を、鷹揚にかわす七海さん。


「おかしかろう!」

 長道はああ見えて気が短い時もあり、この声は激高する寸前だ。


「では、このように」

 つい、と僕を抱きとめて、「しばし息を止めていて下さいね」と耳元でささやかれたのもつかの間、有無を言わさず湯に頭を沈められる。第三湯へと連れて行く気だ。


 男湯と女湯の間にはさまっている第三湯は、どちらの浴場から入ってきても良いことになっている。


「待てい!」

 長道もついてくる。



 何故こうなった。


 第三湯にはアレクサンドラが馬体を湯に浸しており、もう少しで社会的にまずいことになるのでは? と危惧される部分もあったが何とか切り抜けた。


 じっとりとした無言の視線が素裸の僕と長道に投げられる。

 気にしない。慣習的には問題ない。


 しばらく無言の内に四人で湯に浸かっていると、誰が先に出るべきか、という問題が生じていることに気がついた。アレクサンドラが先に湯から上がるのは少々問題があるし、ここは我々が、と意を決した所で彼女が黒体膜をまとって身を震わせ、そのまま後湯を出て行ったため事なきを得た。


 何か追い出してしまったようで、すこし悪かったように思う。


「ではお疲れでしょう、お背中をお流しししましょうか、泉くん」

「いえ、結構です。もう洗ってあります」

 とっさにそう答える。


「出るぞ、兼定」

 褐色の肌をもう少し黒くし、長道が一層低い断固とした声で言う。


 そうだな。もう上がろう。

「それでは後ほど……」

 僕が赤面しそうな恥ずかしさをこらえて静かに湯から上がる背後で、七海さんは何を隠すこともなく堂々と浴槽を出た。

 なぜわかるかというと僕の受動パッシブ電磁覚は全周を常に見ているからだ。

 その分解能がどれくらいあるかとかいうことは、この際おいておこう。



 脱衣場に戻ると、不満気な絵美理が待っている。

 銭湯に来るといつもこうだ。

〔私だってお風呂に入りたいんですけど!〕

〔駄目。お前を連れてくとうるせえんだもん〕

〔眼鏡の精神的休息はどうなるの!? お願い! 何でもするから!〕

 なんでもって。何するんだよ。


 とりあえず洗面台の湯で洗ってやることにした。

 清潔な紙でやさしく脂を拭く。


〔うん……いい……でもちょっと違うかな……〕


 式というのは、あんまり言うことを聞いてやるだけではよくないらしい。手綱の緩急が重要だ。犬じゃないんだから、とも思うが。



 銭湯を出て湯冷ましに少し歩きつつ、学校へ向けて道を西に行く。

 祝賀会場にはすでに同級生や先輩たちが多く集まっており、市長も挨拶に来た。


 近隣の飲食店がこぞってご馳走を提供してくれる。

 これは我々冒険者達が将来の上客になってくれるのを期待してのことだ。高校には食堂もあるが、寮には全ての日に食事がつくわけではない。従って、学生は自炊したり外食したりするのであるが、今日では時給を考えるとしばしば外食でも安くつくため、つい外で食べてしまいがちになるのだという。


 海上はなにしろ海がある貴重な市であるから、その名物は当然握り寿司である。さらに培養ではあるが焼牛ローストビーフ、山椒をふんだんに使った四川料理、伊式イタリア料理としてマルゲリータ、イワシと赤茄子トマトたっぷりのマリナーラ、草が生えたように香草を盛ったプロシュートとルッコラ、四種の乾酪チーズを使うクワトロといった平焼ピザとラグーやクリームソースやウニのパスタ、パン屋と握り飯屋が腕を競い、そば屋とうどん屋とラーメン屋が屋台を出す。


 お祭りであった。

 酒が出ないのは、かつて色々とあったからだという。



 大量の平焼を既に一巡して片付けた直正が近寄ってくる。

「おう、兼定」

「直正、火傷はもういいのか?」

 ドン! と腹を叩いただけですごい音がする。

「この通りよ」


 鍛え抜かれた上腕二頭筋と、腕橈骨わんとうこつ筋と大胸筋が僕の頭部全体を締め上げる。綺麗な側方頭締めサイドヘッドロックだ。修羅と僕の体格差を利用して肩でも組むように極めて自然ナチュラルに仕掛けられたこの技は、落としてよし、潰してよし、投げ等の決め手に変化してよしのまことにお手軽な静殺傷法である。


 頼んでもいないのに直正の汗と強烈な体臭と、ほのかに残る薫香を胸いっぱいに呼吸させてくれる有無を言わさぬ奉仕サービスであるが、率直に言って生命の危険を感じる。


「さて……」

 近くの椅子に腰かけて、僕にも座れとうながして来た。



 しらすの平焼を一枚まるごと半分に折って、僕を指した。

「話してもらおうか」

 直正が穏やかな口調でうながす。まるで当然話題などひとつしかないと決まっているように。


 僕は怪訝な顔を返さざるを得ない。


「話したくないと?」

「いや、ただ何について喋れといったのか、今ひとつ見当がつかなくてね」

「あの七海なる女、聞けばお前の幼馴染だというではないか」


 ほう、直正も七海さんに興味が湧いたか。そりゃそうだよな。自分を打ち倒した相手だものな。

「ああ…」


 僕が曖昧に答えている間に、直正が決定的なことを言う。

「あたしはあいつに惚れた」


 な。

 なんと。


「惚れた奴のことは知りたい」


 性的な意味で……?

 いや、男が男気に惚れこむということがあるのだから、女が女の武勇に心奪われることもあるのだろう。

 おそらく。そうであるに違いない。


 ぺたり、と長机に頬をつき、傾いだ姿勢から視線を投げかけられた。普通の体格の女の子であれば、普通にかわいいであろう仕草なのだが。


「お前は奴と恋仲なのか?」

「七海さんがどう思っているかは……分からない。七海さんはどんな所でもくノ一だから」

 忍びの本心を知ろうだなんて、大それたことだ。


「でも七海さんは僕の憧れだ。それは確かだ。闘法は大分違うけれど」


「あいつは強い」

「里では、強者と呼ばれる連中を随分見てきた。その中には、未熟なあたしにもはっきりと分かるほど異質な強さのものも何人かいた。だが、柳生の強さは、さらにまた違う……」


 口いっぱいに七面鳥の腿を頬張り、遠くを見据える目に闘志をたたえつつ、もぎりまぎりと噛み砕いてゆく。


 僕は柳生の庄について、七海さんの技について、七海さんのご一家について出来る限りのところを話していく。かなり長くなる。



 宴はひとたびお開きとなり、二次会になだれ込むもの、三々五々と家に向かうものなどに分かれてゆく。


 僕は酔い醒ましに――酒を飲んだわけでもないのに、修羅の静かだが熱っぽいやり取りに我知らず酔わされてしまったので――迷宮の脇を経由し、我が家をまわってから学校まで戻るという無意味な順路を選択する。



 冷光に照らされた夜桜が夜の闇に浮かぶ。

 海上列石の黒い柱たちもまた、周囲の防塁から投げかけられた光によって大地に薄い影を落としている。

 主に警戒と監視を目的としたものであるが、背中越しにあらためて見ると、かつての摩天楼のように海上市という生きものが輝きと影の階調グラデーションでその身を飾っているかのようにも思われた。


 我々は、迷宮を恐れていると同時に誇っている。すべての市を特徴づけるものは迷宮だ。僕は住み慣れた我が家を離れて、新しい我が家に向かう。学生寮へ。



 僕のように実家が近いものもいれば、市の直轄地域とは異なる町や村から入学したものもいる。そのために、新入生には全員一律に学生寮の部屋が割り当てられている。僕もせっかくだから実家と寮を交互に使うことにしたが、今日は初めてということもあるし寮で一晩を過ごすことにした。


 よく人類には狭い土地しか残されていないというが、海上には割と土地が余っている。


 自由闊達不羈奔放を旨とする我らが六迷高には、公式には男女の別なく部屋が割り当てられる。そもそも古き世とは違って性別は非常に繊細な政治的取り扱いを要する代物になっており、帝国および海上市のいかなる公的文書にも男女の区別というものはない。


 とは言え実際上は自治によりすみ分けが行われており、実質的な男子寮、女子寮、および第三区分という別がある。第三区分とはすなわち両性とか、中性とか、無性とか、機械とか人外とか魑魅魍魎のことで、誰でも居住可能な領域だ。


 七海さんは第三区分だそうだが、僕らは男子寮に入った。


 部屋の鍵を確認し、自在物質に適当な環境を命令コマンドして、完成まで半時間ほどぶらつくことにした。



 そうだ、長道の茶を飲みに行こう。

 奴は軽度の珈琲因カフェイン依存が疑われるほど各種の茶を飲みまくる性質があり、今日は珈琲、明日は緑茶、昨日は紅茶で明後日はなんか雑草を摘んできたような香草茶ハーブティーとその在庫は多種多様である。



 ばん、ばん、とわざと原始的に戸を叩く。

 通知方法などいくらでもあるのだが、何となくこうすることが僕の習慣だ。


〔よく来た……まあ入れ〕


 今夜の長道の部屋の内装インテリアは清朝の様式を思わせる。


 装飾的な足を持ち、磨きこまれた自然な深い木肌を見せる茶卓。

 背もたれのない箱型の椅子。座面は縁に錦糸が入ったい草の座布団が置かれ、花と鳥とがあしらわれている。


 今日は紅茶の日だったようだ。

 しかし注がれる茶器は大陸風。聞いた話では向こうにも紅茶はある――というか紅茶の起源もまた中国大陸なのだ――から、何もおかしくはない。


「長道、率直にいってくれ。僕が団長に向いていると思うか?」


「思う」


 小さな白磁の茶碗に七分ほど注がれた茜色の液面を見つめつつ、長道は即答する。


 こいつに特有の、少し言葉を選ぶ間。

 いったん口に運びかけた大陸風紅茶タリースーチョンの二煎目を置き、はっきりと僕を見て続きを口にした。


嚮導精神リーダーシップは、天才と同じくすべての人の内にある」


 先を行くこころ。先の校長の言葉の影響が、ここにも現れたものだろうか。


「ただそれが十全に発揮されるかどうかは、個々人の境遇によって異なるということだ。しかるべき所……まさにお前が今日獲得した場だ。そこで歩み、そこで戦い、そこで得るべきものを得よ」


「兼定。お前が先頭を行くものリーダーたらんと意志するのなら、お前は長たるものリーダーとしての第一歩をすでに踏み出している」


「柳生七海は強い。柳生の血盟も顔ぶれを鑑みれば学年の頂点に立ち得る実力を持っていよう。我々はどうだ。我々は奴らよりも劣っているか?」


 一拍。この一拍の間で僕に考えろということだ。否、と。否であると。我々が勝利するのだと。



「迷宮を征くもの、迷宮を踏破せんとするものは、逆説的だが迷宮から自由でなければならない。自在たる身でありながら全身全霊を迷宮に投入する。そのような心構えが必要なのだ。と、これは祖母の受け売りだがな」



 長道が、こんなにも熱いやつだったとは。


 あいつの部屋を出てまだ冷めやらぬ僕は、もう少し夜の散歩をすることにした。



 ゆっくりと天を横切る光点は、自らの重力をもって進む巨大で、貴重な機械ハードウェアだ。


 巨大とは言ってもこの波の具合からするとたかだか三十メートルほどのもので、往時の航宙船からすれば短艇カッターほどの大きさでしかない。


 僕は不満だった。


 まったく不満だ。

 こんなにも栄華を誇った人類すら、かつての〈引き潮の時代〉を押し留めることはできなかった。


 僕たちの時代に、僕たちの文明にどれほどのことができるだろう。


 神代にすら航宙船を所有していたのは軌道の民など一握りだったと聞くが、それでも必要ならば買うことはできた。


 今は。非売品だ。

 同じ性能のものは造れるのだが、それではもはや迷宮と化した今日の空を飛ぶことはできない。



 全ての導弾士ミサイリストのなかには、自らも自由に飛翔したいという欲望が隠されている。高速で、大出力で、自ら進路を決められる状態で。



 七海さんとの決闘すら、その準備に過ぎないのかもしれない。

 僕はそんなことを思って、変形処理が完了した部屋へ戻った。



 新しくなったいつもの布団にくるまって、眠りにつく。



〔もう寝ちゃうの?〕


 うるさいな。今日は充分疲れただろう。


〔私を見てはくれないの?〕


 見る……絵美理を?

 違和感の原因に気付く。僕は眼鏡をしていない。

 ということは絵美理が勝手に部屋の機構システムに介入しているということだが、僕の実家なら設定を許可しているからともかく、この部屋では無理なはずだ。


 どういうカラクリか、といぶかしんで星明かりの差し込む窓と机の上の眼鏡を見る。

 完璧な姿の絵美理が、そこにいた。



〔どういうことなの……〕

 こんなに解像度が高いわけはない。


 絵美理は眼鏡や投影機によって描画された画素の連なりだ。拍動や筋肉の連携、あたかも人の肺腑から発されたかのような声、環境とほぼ同じ風にそよぐ髪と装束、そして人に類似した知能を備えており、表面的にはそれらしく映るが、所詮肉体を持たない存在だ。


 電磁覚をそなえた僕のような導弾士にとって、投影像でしかない絵美理は薄っぺらなまがい物だ。



〔これは幻覚よ〕

 絵美理がいつもと変わらぬ少しニヤリとしたほほ笑みとともに言う。


〔そうだな。幻覚だ〕

 かなりの幻覚だ。


〔幻覚だから問題ない。そうでしょ?〕

 違う。問題だ。



〔寝床のない私と一夜を共にしてくれてもいいんじゃない?〕


 駄目だ。仮想的な布団に仮想的にくるまって仮想的に眠れ。ふるえて眠れ。



〔わかった、わかった。種明かしすると兼定が成人したので、今日やーっと兼定の脳への展開インストールが終ったのよ〕


 ……聞かなくてもだいたい何がどうなったかわかったが、何の? と一応聞いておく。


〔この私のね!〕


 削除アンインストールを開始する。


〔ちょ! ちょっ待って! 待ってウエイト!待ってウエイト!!!〕


 僕が待たなければならない理由を二秒以内に百四十文字以下で答えよ。


〔私が帝国法に拘束されない式でありかつ柳生七海との決闘で決定的に作用するだけの貢献点に繋がる手続きが可能であるという有用性をもっと説明させて!〕



〔……お前、倫理規定はどうした?〕


〔兼定のように深見化フカミゼーションされた脳に完全展開された私は倫理規定のほとんどの項目について回避することが可能なのです!〕


 えっへん、といわんばかりの、寝間着姿の絵美理の態度。


 本当だろうか?

 事実とすればひどい裏技だが…


 僕の深見式まとめノートから参照して、書庫アーカイブの関連文書を捜索する。


 あった。確かに曽祖父の戦時中の記録にはその手のことをほのめかす記述がある。だが、だとするならばどうして僕はまだ絵美里を所持していられるのだろう。これはれっきとした『人類に対する罪』を構成する極度の重犯罪だ。



 もうめんどくさい。話は明日聞く。


〔あっ、ちょっ!〕


 寝る。



 柳生の庄で、七海さんは眠らないという噂を聞いたが、果たして本当なのだろうか。

 後期人類ポストヒューマンの僕たちも、眠るという性質を無くすことはしなかった。しかし七海さんなら、きっと、有りそうな、こと……

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