1-4 部室にて

 迷高の冒険者たちには、一つの血盟クランごとに部室という名の部屋が与えられる。校舎の隣にある部活棟は校舎と同様の機能的で黒く四角い建築だが、どことなく先代の使用者たちの歴史を感じさせるものがある。


 教室で七海さんの背中を眺めていたら少し出遅れてしまい、長道からもう他の五人が揃っているぞと連絡が飛んできた。走らなければならない。


 僕の、血盟の仲間予定者たち。

 入学式が終わった時点で血盟予備軍の組み合わせ情報は市の掲示板に公開されており、今も次々と(仮)が取れて正式な部隊として成立していくのが見える。



 探索に必要なものはなにか、と問うた時に、第一に挙げられるのは仲間となるだろう。これは教育的建前などではなく厳然たる統計的事実だ。


 幸いにも、と本当に言うべきなのかは深く考えると込み入った話になるのだが、ともかく迷高での最初の血盟は市によって既に組み上げられている。我々はこれを断ってもいいし、受け入れてもいい。


 受容した際の第一の利点は望ましい戦力構成が取れているということ。もう一つ付け加えれば、方向性の近い面子メンツが揃うということだ。同年齢の冒険者たちと探索について議論しても、そこそこ稼げればよしとするのか、大きく狙っていくのかでどうしても意見は食い違う。ここが当初から似通った志向であるというのは大変都合が良い。


 そんなもの、おいおい話し合っていけばいいんだ、というのも勿論なのだが、はるか昔から計算機たちは我々の心の理論に熟達してこの種のお節介を自動的に焼き続けてくれているというわけだ。


 僕が深見主義者フカミストであったなら、忸怩じくじたるものがあるだろう。外部の機構システムに決められたことには何であれ懐疑的になる彼らと同じ思想の持ち主だったとしたら。


 僕はまだそうではない。従って、僕はこの血盟に加わるつもりだった。ただ、判断は実際に残り四人の――長道が居ることは確定しているから――顔を見てからでもいいだろう。部活棟に向かっている今現在、すでに公的な略歴プロフィールを流し読みしているのだが、わりと行けそうな奴らだ。……七海さんとやり合えるかはこれからだが。



 二階の二○七号室前に立って戸を開けると、確かに五人全員が先着しており、僕を待っていた。


 椅子に座らず、立って左の壁に背を預けている長道。

 僕の正面の椅子ソファに豪然と席を占める真っ黒な肌の、大柄な修羅。

 修羅の両隣に座る、小さな金髪の鋭い瞳の子と、狩衣かりぎぬ姿の眠たそうなわらべ

 仕立ての良い揃いスーツをまとった、目元にそばかすのある娘。


 奇妙な顔ぶれだ。冒険者という奴らは、僕も含めて型にはまらない人間とほぼ同義である。そんな僕の微かな表情を読んでのことか、修羅の女が最初の一声を投げつけた。


「お前が六人目か」


 低く、大きな声。だが不快ではない。その周辺パラ言語には、好奇心とある種の親しみが感じられた。仲の浅い戦友とか、新しい乗騎とか、買ったばかりの自分の得物に向けるようなたぐいのものが。


「ああ。遅れて済まない」


「構わねえさ。六人揃ったところで自己紹介といこう!」


 拳を叩き合わせると、それだけで砲撃のような風圧が生まれ、実際に巻き毛の子の髪がそよいだものと見えた。



「あたしは木村直正なおまさ! 毘摩質多羅ヴェーマチトラ様に連なる修羅だ。学級クラス神殿戦士テンプラー、まだ見習いだがな」


 天麩羅か。修羅の神殿戦士は在家ではあるが深く仏門に帰依し、仏法と阿修羅四大祖を奉ずる者たちで騎士というよりも僧兵に近い存在。その伝統に裏付けられた近接戦闘能力と胆力ガッツは眼を見張るものがある。


 黒千代古ブラックチョコレートのようになめらかな肌につつまれた、隆々たる筋肉。七尺二一〇cmに近い巨躯。豊かな胸元のふくらみを見ず、強く華やかな柑橘の香を聞かなければ女であるとは信じられぬなりであった。


 側面に深い切れ込みのある白地にほのかな桜色の紋様が入った単衣カミーズに、白い生地の素朴なサルワールを合わせ、足を包む形の薄い草履サンダルを履いている。得物は槍のようだが、今は壁に立てかけてられている。



まきビルギッタだ!」


 二番手のちんまりとした、金髪巻き毛の女の子が声をはり上げた。


狩人ハンターだ。よろしく頼む!」


 山育ちであろうよそおいは、金羊毛の袖無ベストと堅固な狩猟用と思しき作りの長靴ブーツから見て取れるが、履いているものは膝丈よりも少し短い半袴ハーフパンツだ。本格的な山向きというよりも、おしゃれに気を使ってみた結果であるような気がする。


ライフルはそこの銃櫃ガンロッカーに置いてある。腕前は今日の探索で見てもらいたい!」


 部室の内装は自在物質メタモーフで構成されており、先の椅子ソファやちゃぶ台、照明、窓、部員の物置ロッカー、寝台、水回り等に至るまで大抵の口に入らないものはこれで作り出されている。そしてほとんどの場合は事足りるし、模様替えも指一つ動かさずにできるという寸法だ。


 もっとも冒険者の腕力の前では真空に等しい強度だが、武器の保管庫のように法の規定を満たす上でも実際必要だ。



綾部長道あやべながみち呪剣士ブラックブレイドだ」


 長道の中音バリトンが静かに響く。


「そこの兼定とは幼なじみということになる」


 二振りの剣――〈月影げつえい〉と〈夜天光やてんこう〉――を腰に吊り、艶がなく灰色混じりにも見える軽装甲服をすっくと着込んだ長道は、言葉少なく自己紹介を終えた。


 頼もしい奴だ。準備万端、という風だな。



山中やまなかみさお、山中のかんなぎだ……」


 声変わり前のおさなげな口調で気だるそうに言うは、狩衣かりぎぬを着た長髪童形どうぎょうの稚児にも見えるものであった。


 自己紹介と服装からして神人じにん、つまりは神社神領じんじゃじんりょうに属する下級の神職であろうが、聞く所によると山中領においては特殊なことにその全ては現世に臨在する女神おんながみであり、一族が敬慕する神性存在である山中神やまなかのかみが産み落とした子らなのだとか。


 必然的に山中一党は同じき神の下にある複人ディビジュアルズであり、海上市の近辺では最も大きな規模の意識を共有している。


 神の大いなる心と、一千に余る同胞はらから集合精神ハイヴマインドから切り離されてここに一人立つみさおの胸中はいかばかりであろうか。

 少々気が滅入ってもいたしかたあるまい。


「当世風に言えば造換士ダウンローダーといったところかな」


 誰に向けてでもなく、みさおはぼそりと付け加えた。

 迷宮に無人機ドローンをはじめとする員数外の高度な知能を持っていくことは六人セクステット則の関係で問題がある。従って、迷宮の中でその種の物を生成する術には大きな需要があり、これに応えるべく様々な流派がしのぎを削っているのだが、その中の主要な一つが造換士である。


 造換士自身に強力な戦闘能力はないが、迷宮内の物資を利用することで偵察し、監視し、補給し、増殖し、修理し、防衛し、補足し、攻撃する軍団を作り上げる。特に深く潜る際にはぜひとも必要な戦力だ。



「私は東千尋あずまちひろ主計士トレジャラーよ。戦場会計士ウォーアカウンタント狙い。戦闘能力じゃあこの中で一番低いかもね」


 だが迷宮で必要なものは戦力だけではない。そう心得た顔だ。


 すらりと上物の揃いスーツをまとった東は、整った髪と手入れの行き届いた指先、冒険者らしく見せようとしてはいるがそれでも少々品の良い立ち振舞からすると、おそらくはそういった所の出であろう女の子だ。東の姓ということは東庄とうのしょうの東家のものかも知れない。背は高くも低くもなく、七海さんのように十人が十人とも振り返るほど、とまでは言わぬが生気にあふれていることにかけては他の誰にも負けていない。


 さて、主計士とは文字通り宝物トレジャーを扱う専門家であり、いかなる公的な認定も必要としないが、血盟のなかで最も金勘定について信頼できるものが任せられる重要な立場である。大抵は純粋な戦闘職ではないが、実態は多様だ。


 これに対し戦場会計士は一般的な公認会計士とは異なるものの、各市が認証する公的資格であり、その習得は簡単ではない。


 銀の匙を咥えて生まれた、身だしなみの良い生真面目な盗賊。東の第一印象はそんなところだった。



「で、あなたは?」


「僕は泉兼定、導弾士ミサイリストです」


 兵術士の標準的な春物の対爆外套コートと眼鏡以外にはあまり特徴のない僕だが、実際装いファッションにあまり関心がある方ではない。


 術士というのは元来、戦闘向きとは限らないものだ。むしろその技能は社会の様々な局面で生産的に利用される方が多いのだが、一方で迷宮探索という準軍事的パラミリタリーな方面での用途もまた枚挙にいとまがない。そのなかで、ひときわ直接的な破壊力を追求した一派こそが僕たち兵術士タクティカルキャスターであると言える。


 兵術士は主に四種に分類される。すなわち、基本たる機銃士マシンガンナー、近接火力の権化たる擲弾士グレネーダー、(少なくとも開けた所であれば)戦場の支配者たる重砲士ヘヴィガンナー、そして導弾士ミサイリストだ。


 前二者が他の学級クラスと複合的に習得されることも多いのに対して、重砲士と導弾士はおおむねこれ一筋での鍛錬を必要とする。特に導弾士は身体的資源リソースの特殊な割り振りを必要とする関係から、掛け持ちにはまるで向いてない。


 導弾術ミサイルクラフトというものは、大抵の術士が戦闘以外の場面で発揮したりするちょっとした――時として死活問題となる――便利さをほとんどすべて振り捨てることでようやく成立する術式の大系であり、融通が利かないとよく言われる。


 僕好みだ。

 なんでも術士が解決してくれるというのはありがちな幻想である。迷宮で一番大切なものは、撃つか撃たないかという判断。そして撃つと決めたなら目標に投じられるべきは必要十二分な高い密度の火力。そのための弾頭、そのための導弾士だ。



「近接が二人、牧が遠近両用、泉が遠距離火力、制御デバフが山中、支援バフが私か。まあ均整バランスがとれた面子メンツじゃない?」


 確かにそうだ。都市の管理機構である太占ふとまにの人選は大抵の場合、かなり正しいという噂である。東が仕切り屋めいているのも結構なことだ。


「さて、私たちで血盟クランを結成することに異議はないかしら?」


「「無い」」

「ああ」


 直正と牧が声を合わせて同意し、長道が続き、みさおと僕が頷く。

 形式上、ここで否ということも許されてはいるが、


「じゃあ血盟クランの長を決める必要があるわけだけれども…」


「お前、団長リーダーってつらだな」

「え」


 直正が僕を指して端的に言う。よくわからない。僕のどこが?


「やれ」


 困惑する。修羅のお前の方が戦闘経験は多いのではないか、という眼をしてみると、直正は素早く先手を打った。


「あたしは槍働やりばたらきが本分、細かいことは得手えてじゃねえ」


「待って! 団長は互選で決めるのが慣例よ」


 千尋が鋭く注を付ける。


「他に立候補者はいないの?」


 いない。積極性に欠けた奴らだ。まあ団長なぞ名誉ある雑用係といった所で、面倒なだけのものだ。利益は均分するのだから、なにか余録があるわけでもないし…。


「で、あなた――泉の意思はどう? やる気?」


 助け舟を求めて長道の方を見る。


「兼定。個人的意見を述べさせてもらえば、適任だと思うぞ」


 何か僕をたたき落としたように聞こえるかもしれないが、単に思うところを述べただけであろう。長道はそういう奴だ。


 静寂。目を瞑り、しばしの後五人の顔を順繰りに見る。

 心を決め、確かめるために言う。


「いないようだな……」

「引き受ける前にまず知っておいて欲しいことがある。僕は今、柳生七海と決闘している。一年間の貢献点スコアでだ」


「僕を団長に選ぶのなら、僕ら六人が合意できる最大限の所まで冒険的にやらせてもらう。それでも全員異存はないんだな」


「あの柳生の一族か。あたしは構わないぜ。競い合う相手は強いほうがいい」

 直正は七海さんを知っているようだ。有名人だからな。

 長道もそうだった。常人を相手取っていたのでは、普通の強さに達することしか出来ない。正気ならざる覚悟を持った敵こそが、真に我々を成長させる。いずこの分野でもそういうことだ。


「私も泉を指名するわ」

 意外にも、千尋もまた戦闘的な意志を見せて僕を選んだ。確かにギリギリまで攻めた方が利益は得やすいとされている。だが、彼女の瞳にみなぎる力はそれだけでは説明できない成分が少なからず含まれているように思われた。


「吾はなんでもよい」

 みさおはかなり無関心だ。


「七海とはどんな奴だ?」

 牧はやや悩んでいる様子。

 僕がどう答えるべきか言葉を選んでいる間に、長道が説明に入る。


「まず、柳生という剣士を多く輩出している古い一族の生まれの女だ。剣の腕前もさることながら、いわゆる忍びの術を基礎とする迷宮での戦技に長けており、人心掌握術にも恐るべきものがあるという。おそらく今期の学生では一、二を争う強者だろうな」


 大体あってる。


「カネサダはよい獲物を捕るつもりか?」

 牧の、平易シンプルな問い。


「そうだ。この決闘ではより多くの成果を市に示したものが勝者となるのでね」

 じっ、と僕の目を見る。猟師の、獲物を見定める鷹の目だ。


「ではぼくもカネサダを選ぼう。よろしく頼む」

 差し伸べられた牧の手を軽く握り返す。

 痛みを残すほど強く握りこむ牧の手は、小さいながらきっと僕よりも力強そうな働きものの形をしていた。


「私ももちろんお前を団長として支持する」

 長道の、当然という声色。


 では……


〔兼定:絵美理、コメントはあるか〕

〔絵美理:私を紹介してはくれないの?〕


 今のところ僕にしか見えない絵美理はおどけた表情で、作った流し目を送ってくる。


〔そうだな。ここに出られるか?〕

〔もちろん!〕


「では、団長として仕事を始める前に七人目の仲間を紹介したい」


 直正が馬鹿な、という怪訝な顔をする。無理もない。高校で最初の血盟は六人と決まっている。これは人類がいまだ干渉できていない迷宮の性質として、一個の集団で確実にまとまって侵入できる最大の頭数が六人だからだ。七人以上の場合には、転移先で分断される危険性が常につきまとう。だから探索の最小単位は六人だ。七人目とは存在しない居たらいいな、という予備戦力のことを指す。


「絵美理。僕の式だ」


 部屋の投影機構を経由して、絵美理が出現する。


「はじめまして。個人用統合術式管制機構PIFCS長良川一一○式ver16.8.206410、絵美理です」


 部室の中央に、浮かぶように現れた絵美理は水色の髪をした女の子で、よく考えると人に見せたことはあまりない。


 足元までありそうな双尾ツインテールに、ひらひらした飾りひだフリル裙子スカート、なんだかよくわからない吊衫キャミソールみたいなもの。絵美理には〈可愛カワイイ〉を追求する精神が実装されているのだそうだが、まあ古き世に数多あった戯れ言の一部なのだと思う。脳を貸しているとはいっても、知ったことではない。


「精霊か。高級なもん持ってやがる」


 正確には直正が言う所の精霊とは異なるのだが、細かいことなので訂正はしない。


「一応聞いておくけど、あなた迷宮に入れるのよね?」


 千尋の問に、絵美理が淀みなく答える。


「私は兼定さんの人格および内経と完全に統合された機構システムです。ですから、迷宮の六人セクステット則に抵触するおそれはありません。既に五年と六ヶ月を共に潜っております」


「脳分割型の式はわりと珍しいけど……ならいいわ」


「言うなれば兼定さんの脳で演算された神格が、この部室の装置を利用して皆さんの前に投影されたものが私なんです」


「絵美理は……ずっと昔の軍用神格なんだ。近頃の精霊とも遜色ない能力がある。曽祖父の遺産なんだが、扱いにくくて僕の家では誰も使ってこなかったのを祖父が僕に贈ってくれたものだ」


「どうぞお見知り置きを」



 紹介が一巡し、長道が言葉を継ぐ。


「我々は互いを知り、合意は成った。ここに誓いを立て、正に血盟を結ぼうではないか」


 そう。血盟は文字通り血によって結ばれる。それは婚姻のように強い社会契約だ。そしてまた冒険者にとっては、精神の接合そのものだ。血と暴力と、親愛と勇気と破壊と殺戮の協奏曲コンチェルト。それが一つの血盟というもの。六つの体と六つの技と、六つにして一つの魂を持つ怪物だ。

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