第52話 応変の才

 日中だというのに、レムリアの門は固く閉ざされていた。


「開門願う! 我はジュスト。聖騎士団長ジュストである! 任を終えて帰還した兵を前に、なぜ門を閉ざすのか!」

「お役目ご苦労! まもなく開門しよう! なれどまず軍装を解き、罪人の引き渡しを行ってからだ。異端の娘達をこちらに渡されよ!」


 ジュスト殿の問いかけに、城壁の上から守兵の隊長らしき男が頭を出して応える。返答から見るに、既に都市内部にはサジェッサの手が回されているようだった。


「辺境伯殿は我らと和睦を結び、自らここにお越しになった。審問を受けし身なれど、罪人ではないっ」


 聖騎士団長はそう断言すると、辺境領と結んだ和睦の条件を読み上げた。内容を聞いた隊長が苦々しげな顔となる。


「勝手なことを! その身柄は、異端審問所が引き継ぐ事となっている!」

「それは、ならぬ。審問が終わるまで、我ら聖騎士がその身の安全を保証すると、主神の名において誓ったのだ! レムリアの者がその重さを知らぬ筈があるまい」

「罪深き異端に対して、誓いを行うのがそもそもの誤りだ。それをくつがえしたとて、誰も貴殿を咎めたりはせぬ。おとなしく引き渡せば、膨大な褒賞すら出よう」

「誓いのみならず、辺境伯殿まで愚弄するか……」


 甘言を弄する守備隊長の姿にジュスト殿の声が低いものへと変わる。が、彼は自らを鎮めるが如く胸元に架けたキアーヴェを握りしめ、再度守備隊長に声を掛けた。


「貴公にも守るべき職務があり、我らにもたがえてはならぬ誓約がある。そこでどうであろうか。辺境伯殿を守護する為、私と百名の聖騎士のみそのまま入れてほしい。他の者達は剣を預けて都市へと入ろう」

「引き渡しはどうするというのだ」

「わざわざ身柄を預ける事はありますまい。僅かな供だけを連れ、逃げも隠れもせぬ相手を捕らえようなどとは、教皇庁の権威すら貶しかねない行いでありましょう」

「もし、断ると言ったら……?」

「我らも誓約を違えるわけにはいかぬ。和睦の条件を満たせない以上、辺境伯殿を無事所領まで送り届ける。貴公が門前で追い返したと聞けば、命を下した御方はどう思われるかな……」

「し、しばし待たれよっ。伺いを立てて参る!」


 数千の兵を束ねるだけあって、ジュスト殿は駆け引きも心得ているようだった。その言葉を聞いた隊長は顔を青ざめさせ、城壁の上から姿を消した。


「辺境伯殿。面目無い。このような醜態をお目にかけるとは」

「いいえ。聖騎士団の気高き姿に感服しておりました。我が身をご案じくださり、ありがとうございます」

「恐れ入ります。では、私は護衛の騎士を選抜して参ります」


 こちらに言葉をかけた後、ジュスト殿は騎士達に指示を出し始める。彼も又、既に先の条件が呑まれる事を理解しているようだった。サジェッサが最も警戒をしているのは、聖騎士団の反乱であろう。

 その危険性を大幅に減らす提案であるが故に、例えそれが聖騎士団長本人からの申し出であったとしても、受けざるを得ないのだ。枢機卿が打ってくる手を予想しながら待っていると、隊長が再び城壁に顔を出す。


「許可が下りた! 異端の娘と聖騎士団長、そして護衛五十名の入場を許可する!」

「百名と申した筈だ。なぜ数を減らすのか」

「平時だというのに武装した騎士が多くたむろしていては、民に要らぬ不安を抱かせよう。五十名でも多すぎる所だが、聖騎士団長殿の誓いに免じて許可いたすのだ」


 先ほど脅された意趣返しか、隊長は意地の悪い笑みを浮かべながら屁理屈を述べる。しかしジュスト殿は嫌みな態度も意に介さずに話を進めた。


「なるほど。尤もです。ならば辺境伯殿の宿所はこちらで選ばせて頂く。人を減らす以上、我らが万全な態勢でお守り出来る環境でなくては」

「それは……」

「守護を担う以上、対処可能な場所を選ぶのは当然の事。まさか異論があるとは仰いますな?」

「いや、無い……」

「よろしい。それでは開門いただこう!」

「くっ、開門せよ!」


 手玉にとられた隊長が憎々しげに命を下し、聖都の巨大な門がゆっくりと開いていった。


「お待たせいたしました。それでは参りましょう」


 門が開ききる頃には俺達は五十名の聖騎士に四方を守護されていた。


「いつの間に選抜を終えられたのですか? 半数に減らされては守備のやり方も変わりましょうに」

「ははは。元よりこの人数での割り当ても決めていたのです。かの枢機卿がこちらの条件になにも口出ししないとは考えられませんから」

「お見事です」


 応変の才を見せた聖騎士団長に伴われ、俺は再び聖都入りを果たした。



 エリザベートが聖都に現れてから三日後。とある枢機卿の許にサジェッサが訪れていた。


「このような夜更けに失礼いたします」

「おお、サジェッサ殿。どうかなされたか。明後日はかの異端の公開裁判と聞いております。準備にお忙しいのでは? 顔も、お疲れのようだ」


 蝋燭に照らされたサジェッサの顔は、陰影がくっきりと表れるほどに痩せこけていた。それでいながら眼光は日に日に増している。それを目にした部屋の主はどこか落ち着かない気持ちになり、喉元まで伸びる自らの赤髭に手をやった。


「いえ。既に裁判の準備は出来ております。それよりも、貴殿も教皇聖下から裁判の陪審を命ぜられたとか」

「ええ。異端審問所だけで無く、様々な立場の者がいた方が公正であろうとのお言葉です」

「なるほど。それで聖下からの信認厚き貴殿が選ばれたのですな」

「いえ、いえ。異端審問所を一手に任されているサジェッサ殿程には」


 空々しい世辞を交わし合った後、サジェッサがご存じでしょうかと切り出す。


「あの異端によって、討伐軍の一員であるバルトロが殺されました。それどころか、かの者はバルトロら傭兵達を賊と呼び、賠償としてその財産を接収しようとしております」

「ほう……」

「傭兵隊長らの財を合わせると、それは莫大なものです。此度の遠征におけるバルトロの不首尾を指摘し、聖都の財を徴収したのですが……」

「なんと!」


 サジェッサが赤髭の枢機卿に囁く。その驚き様は、バルトロがいかに巨額の財を築いてきたのかを物語るものだった。


「これだけではなく、奴の本拠にある全てが、かの異端が罪なしとなれば奪われてしまうのです……貴殿はどう思われる。財は、神の家に捧げられてこそ尊きものだとは思いませんか?」


 サジェッサが懐から紐で縛られた革袋を取りだし、枢機卿に渡す。ずしりと重いその袋の紐を緩めると、まるで部屋が照らされるような黄金の輝きに目を奪われた。


「……サジェッサ殿の仰るとおりだ。私も、同じ意見である」


 赤髭がそそくさと革袋をしまうと、サジェッサは薄い笑みを浮かべて部屋を辞した。

 そして二日後。エリザベートに対する公開裁判が始まった。

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