第46話 天を震わす雷 上

「村長。村人はこれで全員揃った?」

「はい。皆馬車に乗り込んでおります」

「よし、それでは先導の騎士に従って避難を。敵はまだ来ないから、慌てる必要はないからね」

「かしこまりました」


 村長が頭を下げて乗り込み、馬車の連なりが音を立てて動き出す。車列に軽く手を振って見送った後、俺は繋げてある馬へと足を向けた。

 王国歴三八六年八月中旬。辺境領西部。実家の公爵領ともほど近いこの地域で、俺は家臣らと共に村人達の避難誘導を行っていた。


 今回の戦において最も懸念されたのが、傭兵団による民への被害である。略奪は勿論の事、拉致、暴行の可能性も十分にあり得る。そのため戦場となり得る辺境領西部から、人と物資を全て待避させる事にしたのだ。

 これは被害を最小限にすると同時に、彼ら討伐軍に補給を行わせない戦略でもあった。その効果は、古代ローマにおいてハンニバルの鋭鋒を逸らせたファビウスが証明している。史上稀に見る名将ですら、その徹底した持久戦には大いに悩まされたのだ。

 だがそれだけでは、戦いが長引く可能性がある。長く村を空けさせては民の生活が立ちゆかなくなるため、敵の補給を絶ちつつも、早々に決戦に持ち込む必要があった。


――その為には、手段を選んではいられない。


 避難誘導が始まる前に行った軍議を、俺は馬上で思い起こしていた。



「セシール。敵の規模は」

「公称三万です」

「なんと・・・・・・」


 告げられた数に、問いを発した俺を始め、その場にいた誰もが息を呑んだ。


「ですが輜重隊も含めた数ですので、実際の兵は半数以下でしょう」

「それでも、大軍だね」


 レムリアに潜伏させていた『耳』から異端討伐軍出立の報を受けた俺達は、ナンシス領館の会議室で軍議を行っていた。議題はもちろん討伐軍迎撃に関してである。


「総指揮官は聖騎士団長ジュスト。主戦力である傭兵団を率いるは、傭兵隊長バルトロです」

「両名とも名高い指揮官です。評判は、正反対ですが」


 ベルナールが補足する。ジュスト、バルトロ共に貴族の庶子であったが、実力でのし上がった点は共通していた。しかし質実剛健で知られるジュストとは対照的に、バルトロは『甲冑をまとった盗賊』と揶揄されるほど強欲な男であった。

 略奪の為だけに戦争に参加しているとも言われ、戦に勝つと自身が先頭に立って奪い尽くす。その行状の悪さから、しばしば友軍からも忌み嫌われていた。


「ですがその指揮能力と、抱える軍の精強さは本物です」


 万の兵を苦もなく操り、さらには略奪で得た膨大な財で歴戦の古参兵を多く抱えている。彼らはその身を重装の甲冑で固め、馬を駆ってバルトロの手足の如く動く。幾多の戦場において赫々かっかくたる戦果を上げてきたその騎馬突撃は、山すら突き崩すと評されていた。


「そしてジュスト率いる聖騎士団ですが……」


 こちらも決して侮れぬ戦力です。と、今度はグレゴリーが説明を引き継いだ。数は三千程の兵だが、屈強な戦士であると同時に、死をも恐れぬ信者でもあった。

 傭兵は、戦の旗色が悪くなると逃走や裏切りが続発する。しかし彼ら聖騎士団は、そのような状況に置かれても決して揺るがない。自らが敗れ去る事は、パスティア教の敗北、神の敗北を意味する。熱狂的な信者で構成された彼らにとって、それは耐えがたい屈辱であった。

 劣勢であることがまるで神の試練であるかの如く、例え隣で戦友が倒れ、自身の身体が流血に塗れようと前へ、前へと進軍する。その姿は敵対する者達に恐怖と混乱を呼び起こし、過去には絶望的とまで言われた戦況を覆した戦いもあったという。

 現団長ジュストは、兵を無駄死にさせるような用兵は行わないとの評だったが、それは戦巧者であるという証明でもあり、あまり慰めにはならなかった。


「どちらも難敵だが、特に聖騎士団とは戦いたくないな。彼らは教皇庁直属の部隊だ。打ち倒しては後々話が拗れるだろう。セシール。何か案はあるかい?」

「一つ、ございます」


 セシールが述べた案は、俺自身を餌とした離間の計であった。討伐軍が完全に撤兵すれば審問会に出頭する。そう提示する事で、略奪を望むバルトロと、俺を連れ帰る事を目的としたジュストに仲違いをさせる。


「セシールさん。もしその条件を相手が呑んだ場合はどうなさるのですか?」

「エミリーさんのご懸念はごもっともです。ですが、心配には及びません。バルトロの強欲が決して和睦を認めないでしょう」


 セシールは、質問したエミリーに対して安心させるように微笑みかけ、その理由を述べ始めた。傭兵達の主な収入源は、略奪と、戦で捕らえた捕虜から得る身代金である。それは、どれだけ規模が大きくなろうと変わらない。それもなしに和睦をされては、多くの傭兵を動員したバルトロは大赤字をこうむる。仮に教皇庁から追加報酬が支払われたとしても、兵達の不満を抑えられる程の額を得られるかは疑問であった。


「ゆえに、バルトロは強引にでも兵を進めるでしょう。それは私達にとっても避け得ぬ戦いです。そのために、書状の最後にこの一文を加えます」


――辺境伯の教皇庁への赤心を無視し、なお兵が来たることあらば、我等はその者達を討伐軍とは認めず。賊徒として討ち滅ぼす。


「……なるほど。兵を分ける事で教皇庁の面子を保たせるのですね」

「お察しの通りです。エミリーさん」


 ジュスト率いる聖騎士団のみを討伐軍として扱う事で、彼らに逃げ道を用意するのである。『暴走した』傭兵達が辺境伯に討たれたとしても、教皇庁の名誉に致命的な傷が付くことはない……詭弁ではあるが、時としてそれが互いを救う鍵ともなるだろう。


「それから再度交渉を実施すればよろしいのです。主戦力である傭兵達を打ち破れば、彼らとてこちらの条件を呑まざるを得ないでしょう。その時は私にお任せ下さい」


 交渉に長けるクロードが発した言葉に皆が頷く。有利な条件で和睦を行うと考えているのだろう。誰もその言葉を疑う者はいない。

 この戦いの終着点を俺は既に決めていたが、それを伝えているのは彼と、参謀であるセシールだけだった。これだけは、他の者達、特に俺の身を第一に考えるエミリーには知られる訳にはいかなかった。

 ちらと隣に侍るエミリーの顔を見る。その時が来たら、彼女は怒るだろうか。それとも悲しむだろうか。心の内を察せられそうで、反応を返される前に俺は視線を戻し、居並ぶ重臣達に戦いへの覚悟を問うた。


「この戦いでクラネッタの、辺境領の、そこに生きる民の未来が決まる。私は、戦う者としての責務を果たす。皆、付いてきてくれるか」


 一糸乱れぬ動きで、重臣達が誓いの礼を返す。迷いのない動きに鼓舞され、俺も又、戦いへの決意を新たにした。

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