第13話 浮浪児たち 後編

「浮浪児達を夜警に?」

「はい。適任かと思います。現状の警備体制よりも安全を保てるかと」


 クロードに一連の始末を伝えた後の昼過ぎ。書斎で仕事をしていた父上に彼を雇いたいと伝えると、父上はエミリー達を一旦下がらせ、二人きりになってからその理由を訊ねてきた。調査を派遣していた間にアミーンの視察を行っていた俺は、気付いた都市の改善点と対策を提示する。


「どういった点でそう思ったんだい?」

「彼らは裏通りも熟知しています。市民の持ち回りで構成される現在の夜警では、犯罪者に入り組んだ裏路地に逃げ込まれると見失ってしまうと、夜警を統率する騎士達から聞きました」

「確かに。しかし賦役ふえきは都市市民に対する領主の持つ権利だ。ただそれを無くして、クロード達に任せるわけには行かないよ。それに彼らを食べさせていかなければならなくなる。その費用はどうする?」

「夜警の賦役を無くす代わりに、少しづつ税を納めてもらいます。それで十分に賄えるでしょう。夜に警備をして、又朝から働かなければならない事に比べれば、市民の負担も少なくなりましょう」


 父上はそれを聞いて思案しているようだった。賦役は領主としての権威を示すものでもある。実利を得られるとしても、それを減らす事による権威の低下を気にしているのだろう。


「父上。私達は戦う者として彼ら領民を保護する義務があります。それ故に彼らは統治を認めているのです。食うに困らず、安心して眠る事の出来る環境を提供できる領主こそ、彼らの求めるもの。例え賦役が減ろうとも、それをなしたクラネッタに対する彼らの敬服は、些かも揺らぐ事は無いでしょう」

「ふむ。そもそも浮浪児達が夜警を行わなかったらどうする?」

「それはまず無いかと思われます」


 彼らとて好き好んで浮浪児をやっているわけではない。物乞いや日雇いで食いつなぐ路地での生活は辛く、運良く都市にある様々な職人や店の下働きになれれば、懸命に励む者もいるとクロードから聞いていた。アウトローとされる彼らとて、庇護が保障されるのならば良民になり得るのだと主張し、俺は父上に実験的にだが取り入れる事を認めさせる。

 そしてその事を客間で控えていたクロードに伝えると、彼は病み上がりにも関わらず喜び勇んで町に行き、数日の間で二十人近い浮浪児たちを集めてきた。最初は警戒される事も考え、数人でも集まれば良いと思っていただけに、これは予期せぬ収穫だった。

 クロードには数人の知り合いがいたが、飢えても決して盗みを働かない彼を奇妙な目で見ながらも、信用は出来ると考えていた。クロードは嘘を吐くやつではないという、彼らの口添えもあってこの人数が集まったのだ。

 数日間の騎士達の指導の後、元浮浪児の少年少女たちは夜警を果たしてみごとにやってのけた。



「俺は、姫様を見誤っていたかも知れない」

「それは、どういう事だ?」


 月明かりの下、松明をもった元浮浪児がしっかりと役目を果たしている。その様子を馬上から確認していた熊のように大柄な茶髪の騎士は、隣に並ぶしなやかな体格をした黒髪の同輩がこぼした言葉に疑問を投げかけた。二人はかつてマルセル小隊の一員としてエリザの視察に同行した騎士達である。


「ただのお人よしの貴族だと思っていたが、そうではない。あの方は、平民と向き合っているんだ」

「よくわからないな。いい人って事か」

「まあ、一面ではそうだろう。だが、誰よりも厳しい人でもある」

「お手上げだ。ベルナール。説明してくれないか」


 大柄な騎士が軽く両手を挙げると、同輩、ベルナールは彼に逆に問いかけてきた。


「なあ、グレゴリー。前語り合った事があったろう。このクラネッタの騎士団に自分達を売り込んだ理由を」

「ああ、お互いに食うに困ってだったな」

「実は、俺にはもうひとつ理由があったんだ。俺は、奪われない人間になりたかった」


 自らの巨体を見て、少しおどけたようにグレゴリーが答えると、ぽつりとベルナールが呟き、そして子供らに聞こえないよう声を潜めたまま語り始めた。


「貴族ってのは、口ではどんなきれいごとを言っていても、俺達平民の事なんざ気にもかけていない。ただ利用するだけだ。平民はただ吸い上げられ、花がおれる様に死ぬ。俺はそれが嫌だから貴族側の、吸い取る側の人間になろうと剣の腕を磨き上げ、お抱えの騎士になった」

「昔、なにかあったのか……?」


 そう訊ねられ、一瞬ベルナールの顔が曇った。だが同僚に気を遣ってか、なんとも無いといった風な口調で彼は答える。


「飢えで妹が死んだ。良くある話さ」

「……すまない」

「いいさ。お前が悪いわけじゃあない。俺の故郷のくそ領主が悪いんだ。幸い、ここの領主様はまだましだったし、姫様もいる。そう、どう姫様が他の貴族と違うかだったな」


 ベルナールの声が熱を帯び、声を潜めるのを忘れている事をグレゴリーは意外に思った。剣の腕ではマルセル小隊長に比肩するといわれる同輩は、若さに似合わぬ冷静な態度でも知られる男だったからだ。


「姫様は浮浪児達を自立させようとしているんだ。ただ飼い犬に餌を与えるように愛玩するのではなく、彼ら自身の力で生きていける様にしてくださっている。それは、俺ら平民を数の上でしか考えない他の貴族連中には決して思いつかない事だ。やつらは俺達を好き勝手に使い、あの子等のような弱い立場の者達が出ると、出来損ないの葡萄みたいに脇に捨て去るからな」

「俺達を、人として扱ってくれているという訳だな」

「そうだ。だからこそもし夜警をおろそかにしたら、姫様は厳しく罰するだろう。子供たちはそれを肌で感じたからあのように懸命に励んでいるんだ」


 集められた浮浪児達に夜警をするよう説いていたエリザを二人は思い出す。


――エリザベート・クラネッタだ。君達がもし腹を空かさず、ゆっくりと眠る事を望むなら、私の話を聞いて欲しい。


 その堂々とした態度に、最初は小さな子供だと侮っていた浮浪児たちの口が驚きに開いていき、エリザが話し終わる時には、自分達に機会をくれたものが誰かを悟り、皆が地に膝を突いて彼女に頭を下げていた。


「グレゴリー。騎士だなんだと俺達は自称しているが、所詮は領主の傭兵だ。貴族連中からそう見られている事も知っているし、奪われる事さえなければそれで良いと思っていた。だがな、今は姫様の『騎士』になりたいとおもっている」

「マルセル小隊長が良く言っているみたいに、か?」

「ああ。俺達を人として扱う姫様は、いずれ必ずそうでない連中と衝突する事だろう。その時にあの方を知っている俺が、命を懸けてお守りしないでどうする」


 あの小さな姫君こそクラネッタの誉れであるというマルセルの言葉を、娘の主人に対する欲目だろうと今まで話半分に聞いていたベルナールは、己の不見識を恥じながら言った。


「すこし違うぞベルナール。俺達だ。俺だって、仕えるなら俺達平民に目を向けてくれる人がいい」

「そうだな。俺達が姫様の剣、盾になろう」


 小隊長の受け売りだがな、とベルナールが付け加え、二人は静かに笑いあった。



「――このように浮浪児達を雇い入れる事で、都市の治安は劇的に向上しました。先程ユンク伯が仰っていた若者達とは彼らの事です。夜警という時に危険な仕事をさせるため、怪我などをさせない様訓練を施しておりました」

「しかし、我が領内に訴えてきた者の話では!」


 明確な供述を返してきたエリザの勢いに圧されまいと、エドモンは声を上げる。しかし、証拠不十分とされ、抗弁は許されなかった。

 それでもまだエリザを追い詰める手段はあると、次の『疑惑』を話し始めるエドモンであったが、エリザが供述の中で、領内の改革やその成果にまで触れた理由に気づく事は無かった。

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